赤ずきんパロ-4話-




「美味いか?」

老人がそう聞くと、狼は口をもぐもぐ動かしながら首を縦に振りました。
狼に振る舞われたのは一杯のラーメン。
白い湯気を立ち上らせるそれは狼の冷えた身体を芯から温めます。
箸を使うことは出来ず、フォークでぎこちなく麺を口に運ぶ狼を、老人はテーブルの向かいに座り微笑まし気に眺めました。

「これでも俺はラーメン屋を経営しているんだ」
「そうなのか」
「ああ。お前が入ったのは裏口の玄関だ。表はラーメン屋になってる。まぁ趣味で開いたような店だ。客は大した来ないけどな」
「こんなに美味いのに」
「ははっ、味には自信があるんだがな。なんせ小さい村だ。買い出しにも徒歩数時間掛かる町まで行かねばならん」
「…大変だな」

狼は饒舌な老人の話に相槌を打ちながら、ラーメンを掻き込みます。
スープがテーブルの上に飛び散り、綺麗な食べ方とは言えませんでしたが、美味しそうに食べる狼に老人も悪い気はしません。
あっという間に丼が空になると、老人は洗い物をするべく立ち上がり、丼を手に取ります。

「…ご馳走様」

狼は目線をさ迷わせながら、老人に聞こえるか聞こえないか位の小さな声で呟きました。常人からしてみれば至極当然の挨拶でも、狼にとっては妙に気恥ずかしく言い終わってから俯きます。
そして狼は頬を指で掻きながら、キッチンに洗い物を持って行く老人の姿をチラリと盗み見ました。

「…っ」
「どうした!?」

すると、数歩歩いたところで老人が足を庇うようにしゃがみ込み、苦し気に眉を寄せます。狼は老人の異変に気づくと急いで駆け寄り、背中を支えました。

「悪いな。ただの捻挫だ」

狼に肩を借り、老人は起き上がります。
老人の額には脂汗が滲んでいました。

「洗い物、俺がやろうか?」
「いや、大丈夫だ。それに飯も上手く食えないお前が、満足に洗い物が出来るわけないだろう」
「………」

老人にそう言われると、狼は口を噤む他ありません。
何か老人の助けになりたいと考えた狼でしたが、確かに手伝えば逆に仕事を増やしてしまいそうです。

「今日はもう遅いから泊まっていくといい。客間があるから、お風呂に入ってそこで寝なさい」
「……わかった」

狼はキッチンまで老人に肩を貸すと、渋々部屋から出て行きました。






お風呂から上がり客間に案内されると、狼は部屋の窓を開け、ぼんやりと夜空を眺めました。
空気の澄んだこの村から見上げる空には幾億もの星が瞬いています。
そんな星空に気を奪われることもなく、狼の思考を支配するのは今日の出来事と、そしてこれからのことでした。
夕方は散々な目に遭った狼でしたが、人の優しさに触れたのも間違いなく今日が初めてでした。
物心がついた時から一人で生きてきた狼。
誰かとまともに関わったことがないからこそ、孤独を感じることもありませんでした。
ですが人の温かさに触れてしまった今日、明日にはこの家を出て行かなくてはならないと考えると、胸の辺りが締め付けられるように痛みます。

「…明日からまた一人か…」

狼がぽつりと呟いた言葉は夜空に吸い込まれるようにあっという間に消えました。



(…もう寝よう)

この村の夜は冷えます。暫く夜風に当たっていた狼は、身震いをすると窓に手を掛けました。

――ガツッ

しかしそれを制する手が一つ。

「あれ?何で君ここにいるの?」
「……お前……」

目の前の美少女めいた人物が発するのは、凛とした少年の声。
見間違えるはずも、聞き間違えるはずもありません。

忘れたい出来事であっても、先程まで狼の思考を占めていた一部に、確実に彼は存在していたのですから。


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