神の愛、人の愛 4 (3/4)


 「凄い!! 私、あんなにドキドキしたの初めてです。まるで物語に出てくる騎士みたいでした」
並んで街を歩きながら、少女はいかに興奮したかを仕草で、その表情で、そして可愛らしい声で目一杯表現していた。先程から何度も凄いと褒められて、スザクは照れ臭くて頭を掻く。
「そんなに大袈裟に褒めてくれなくても…」
「大袈裟なんかじゃありません。私、冒険譚の中に居るような気分です。あ…、あのお店…ちょっと見て行きませんか?」
スザクは手作りのアクセサリーを売っている露店の前に引っ張って行かれる。こんな風に少女に引っ張られるのは、これで何回目だろう。何かを見つける度に目をキラキラと輝かせる少女と一緒にいると、スザクにもペンドラゴンの街が輝いて見える。そういえば、最初にこの都に辿り着いた時はスザクも彼女のように好奇心に満ち満ちていた。だが、次第に自分の責務や帝都での軋轢に押し潰されそうになり余裕を失っていた。
 「まぁ、可愛い!! ねぇ、こちらのお花のネックレスと、羽のネックレス、どちらが似合うと思いますか?」
少女が左右の手に持ったネックレスを交互に開いた襟元に当てて問いかけてくる。片方は桃色の可愛らしい花をあしらったもの。もう片方は白い天使の翼をあしらったもの。
 どちらも、宝石ではなく貝殻やガラスを使った安価なものではあった。だが、主張の強い華美な宝石の装飾品よりも、こういう素朴な可愛らしさが彼女に似合う気がした。何よりも、彼女が気に入っているということが重要なのだと。
「どちらも、とてもよく…似あってます」
スザクは心からそう言ったつもりだったが、少女は不満そうに頬を膨らました。


 「そういえば、まだ名前を…。僕は…」
少女と並んで公園のベンチに座り、露天で購入したベーグルサンドを食べながら、ふとスザクはまだ互いの名前すら知らぬことに思い至った。もう、何年も前からの知り合いのような気さえしていたのに。
「知っています。枢木スザク卿でしょう?」
「え、どうして…?」
「だって、貴方凄く有名人なんですよ。今、宮廷の噂話は貴方のことで持ちきりです」
スザクは、彼女とは皇宮で出会ったことに、今更思い至る。スザクのことを知っていたも可笑しくなかった。だが、知っていてどうして自分に助けを求めてきたのか。宮廷でのスザクの噂話など、いい話である筈がないのに。
 「魔法の国からいらっしゃったんでしょう? 枢木卿も魔法が使えるんですか?」
これ以上ない程に目を輝かせて、少女が自分を見つめている。
 魔法の国…なんて言われたのは初めてだった。極東の魔都やら、悪魔の国…などと恐れられるのでなければ、辺境の小国と馬鹿にされるのが常だった。だが、彼女はまるで絵本の中の魔法使いに出会ったかのように、好意的な好奇心をスザクに向けている。
「まぁ、一応…。でも、そんなにいいものじゃありませんよ…」
スザクは自嘲した。少女が、自分が彼女の言うところの魔法で一体何をしたか。彼女が知ったら、きっと失望するだろうなと、そう思わずにはいられない。
 「どうして? だって、貴方が使うのでしょう? きっといいものに決まっています。だって、貴方なら絶対いいことに使うもの」
そう言われてスザクは目を丸くした。どうして、出会って間もないこの少女は、スザクのことをいい人間だと信じて疑わないのか。
「自分はそんなに立派な人間ではありません」
「そんなことありません!! だって貴方は私を助けてくれました。私、今日は凄く楽しくて…人生で最高の日だったのに!!」
彼女はベンチから立ち上がり、スザクの真正面に立って言い放った。きゅっと上がった細い眉。膨らんだ薔薇色の頬。怒っているのがわかるのに、その表情がとても可愛らしくてスザクは思わず声を立てて笑ってしまった。
「どうして笑うんですか? 私は真剣にお話しているのに」
「ははっ、ごめん…いや、申し訳ありません。ただ、貴方が…」
 「ユフィです。ユフィと呼んで下さい。それと、申し訳ありませんじゃなくて、ごめんの方がいいです。それなら、許してあげます」
彼女が怒った顔を和らげながら、それでも精一杯偉そうに言い切った。だが、スザクの返事を待つ間、何度も不安そうに逸した視線をチラリ、チラリとスザクの方に向けてくるのが可笑しい。
「じゃあ、僕のこともスザクで。宜しく、ユフィ」
「はい。宜しくお願いしますね、スザク」
スザクが差し出した手を、ユフィは笑顔で握った。
 その笑顔は咲き初めの花のように清楚で、それでいて人の心を離さない鮮やかさでスザクの心に焼き付いた。


 to be continued


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