神の愛、人の愛 4 (2/4)


 スザクが彼女と初めて出会ったのは、王宮に中庭だった。
 その頃、皇宮というのはスザクにとって憂鬱な場所でしかなかった。
 スザクの故国日本は、ブリタニアの植民地の中では比較的新しい。海に囲まれた小さな島国で、その環境からブリタニアの侵攻を受けるまで、殆ど外敵の脅威に晒されることなく独自の文化を発展させてきた。特に呪術…ブリタニアの言うところの魔術の発達した国で、多くの儀式や呪いが日常に溶け込んでいる。
 恐らくはこの呪術の力を持ってすればブリタニアへの抵抗も可能だったかもしれない。だが、日本はある事情から、力を残したまま早期に降伏を宣言した。その為ブリタニアの植民地の中でも特別に自治を許され、更には日本を統治する有数の名家の集まりである京都六家がブリタニアの貴族として爵位を拝命した。
 但し、ブリタニアからも幾つかの条件が課された。そのうちの一つが京都六家の当主から必ず一名以上が、ブリタニア皇宮に仕官することである。実質人質ということだ。現在京都六家の当主は、今上天皇である皇家の当主と枢木家の当主であるスザク以外は全員老齢だ。まさか、今上天皇を仕官させるわけにもいかず、必然的にスザクに白羽の矢が立った。だが、降伏当時スザクもまだ幼く、当時は天皇ではなかった皇家当主は更に幼かった。故にスザクが元服を迎えるまで猶予が与えられたのだ。そして元服を迎えたスザクは、故国を出てブリタニア皇宮に仕官する為に帝都ペンドラゴンにやってきた。
 ブリタニアという国自体は、多くの民族を内包する多民族国家だけあって、人種に関して緩やかだ。何せ国民の半数以上はブリタニア人以外の民族や混血なのだから、いちいち人種に拘っていたらキリがない。最初は絶対的な支配下に置いていたはずの領地は、剰りに増えすぎたために、武力で抑え付けるばかりでは支配がままならなくなっていた。そのために政策の転換が行われ、現在では植民地と従来の領地とに明確な区別は設けられず、またブリタニア人以外の民族であっても、ブリタニアの支配下にある民族には全てブリタニア国民として、ブリタニア人と同等の権利が与えられた。そうすることによって、ブリタニアは植民地の反発や抵抗の沈静化を図った。植民地側にしてみれば、下手に独立して他国の植民地となる可能性を考えれば、独立はなくともブリタニア国民として充分な権利と安全を保証されている現在の方が、安定していて魅力的だ。寄らば大樹の陰というわけである。この政策のお陰で、辺境各地の独立運動は影を潜めた。また、規制の緩和された各地では、その土地各々の独自の産業が競い合うように発達し、軍部ではブリタニア人以外からも優秀な人材が取り立てられ、ブリタニアは以前よりも豊かで強い国となった。
 だが、既得権益を奪われたブリタニア人の中には、以前の支配意識を残したまま、現在も融和政策に反発する者も多い。生粋のブリタニア人こそが支配者で、支配者と被支配者の区分けを明確にすべきと主張する彼らは、純血派と呼ばれる。
 その純血派が最も多いのが、ブリタニア帝都ペンドラゴンの皇宮だ。融和政策によって民族の差別は撤廃されたものの、ブリタニアは貴族社会である。そして、貴族の8割以上が未だ生粋のブリタニア人だ。そのため、庶民の間では廃れた民族差別が、支配階級である貴族が集まる皇宮では平然と罷り通っているのが現状だ。そんな中に、日本の京都六家のような異民族の俄貴族が入っていけば、どういう反応をされるか。スザクは、ペンドラゴンに到着して3日しか経っていないというのに、嫌と言うほど思い知らされていた。
 ましてスザクは黄色人種だ。肌の色や面立ちから一目で生粋のブリタニア人ではないと知れてしまう。皇宮を歩いているだけで、明らかに好意的でない視線の数々に晒され、聞こえよがしの侮蔑が雨のように降り注いだ。まして、皇帝に謁見を賜り挨拶をした時などは、針の莚だった。ざわめきの中で皇帝に自らの口上が聞こえるように声を張り上げるのが一苦労だったが、これも自分の罪に相応しい罰の一部だと思えば、自然と受け入れられた。
 自分には故国のために果たさなければならない役目がある。その役目を果たすことこそが、自分にできる唯一の償いなのだと再度確認したものの、さりとて不必要に敵意の中に身を置く必要もなかった。スザクは謁見の帰りは行きと違って案内がつかなかったのをいいことに、人通りの多い回廊を避け、人気のない中庭を通って正門へと向かっていた。
 ふわり。
最初にスザクの視界に入ったのは、一枚の白い羽だった。目の前を風に乗ってゆっくりと落ちてくるそれに、思わず手を伸ばす。羽音は聞こえなかったが、鳥が居たのかと思わず上を見上げたスザクの目に飛び込んで来たのは、
「退いて下さーいっ、危なーいっ!!」
という可愛らしい悲鳴と共に空から落ちてくる少女だった。
 咄嗟に手を差し出した。差し出したその手に人一人分の体重に落下の勢いを加えた衝撃を感じながら、彼女の体を落とさないように抱き止める。数枚の羽毛が宙を舞った。
「あの…怪我とか、していませんか?」
スザクはゆっくりと屈んで、腕の中の少女をそっと地面に下ろす。ギュッと目を閉じてスザクの腕の中で身を縮めていた少女の体がゆっくりと弛緩して、それと共に開いた瞳がスザクを見上げた。
 僅かに見開かれてスザクを見つめる彼女の瞳は、淡い菫の色。ふわりと軽やかに広がった巻き毛は牡丹の花弁の如き薄紅。
 天使が空から落ちてきた…そう思った。ブリタニアの絵本や宗教画に出てくる天使とそっくりだ。優しげな面立ちで、背中には白い翼が…そう思ってよく見れば、翼に見えたのは薄桃色のドレスの上に羽織った純白のケープだった。ケープの表面は白い鳥の羽や羽毛で覆われており、一目で相当に高価な品だと知れる。周囲に散らばる羽も恐らくこのケープから舞い落ちたものだろう。
 「わわっ、ごめんなさい。下に人がいるとは思わなくて…」
「あ、いえ…。僕も上から女の人が落ちてくるとは思いませんでしたから」
少しズレた返事を返してしまったスザクだったが、その少女は笑うことも馬鹿にすることもなく、スザクの顔を見つめて首を傾げた。
「あら?」
「どうか、しました?」
スザクが問うと、少女は難しい顔をして押し黙り下を向く。だが、ぱっと再び顔を上げた時には満面の笑顔を浮かべて微笑んでいた。まるで花の蕾が綻んで開いたような、そんな可憐な笑みだった。
「はい!! どうかしたんです」
「え?」
輝く笑顔でそんなことを言う彼女に、スザクは戸惑う。従兄妹の少女が悪い悪戯を思いついた時の表情に似ている気がするのは、気のせいだろうか。
 「私、実は悪い人に追われていて…。だから、助けて下さいませんか?」
彼女の言葉に思わず追手を探して、上を見上げる。追手の姿はなかったが、代わりにカーテンやベッドのシーツを繋ぎ合わせて作った即席の命綱が垂れ下がっていた。恐らく彼女はこれを使って中庭に降りて来ようとしていたのだろう。誰かに追われての行動だとしたら、頷けなくはない。とはいえ、彼女の様子はとても切羽詰まっているようには見えなかった。だが、もし本当だったら。或いは嘘だとしても、何か理由があって嘘をついているのだとしたら…。スザクは結局、彼女を信じる方を選んだ。
 「わかりました。行きましょう」
スザクは彼女を再び抱き上げて駆け出す。
「あの…お城の中は見つかってしまいます。こちらへ…」
少女がスザクの首に掴まって指差す方へと掛ければ、外面に面している城壁があった。スザクは城壁の脇に立っている高い樹を見つけると、一度足を止める。
 「しっかり掴まっていて下さいね」
「え? あの…わっ…」
スザク自身も彼女を抱える手にぐっと力を入れると、一気に助走を付けて樹に向かって飛び上がる。樹の幹を勢い良く蹴ってその勢いで今度は城壁を飛び越える。スザクの蹴った樹が大きく揺れ、葉が擦れる音が立つ。その音が止む頃にはスザクと少女は城壁の外側から街へと歩き出していた。


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