神の愛、人の愛 3 (1/3)

 シュナイゼルはジノの視線の中でスザクを抱き上げて、その部屋を出た。ジノはどうしてよいか解らず、その場に膝を折って頽れ、自らを抱き寄せるように蹲る。
 先程までジノの目の前で繰り広げられていた光景。シュナイゼルとスザクが交わるその様が、現実を否定するように強く閉じたジノの瞼の裏で何度も繰り返されていた。
 あの時、ジノは何もすることができなかった。ただ、見ていることしか。スザクを守ると決めたのに。そのために、騎士になったというのに。
 一番近くにいる筈なのに、スザクのことが解らない。シュナイゼルのことを愛しているとは到底思えない。だが、ジノの知っているスザクは、ただ権力に頭を垂れて体を差し出すような人間でもないはずだ。そしてあの涙。一体スザクが何を考えて、シュナイゼルと交わっているのか。ジノには計り知れなかった。


 どれくらいそうしていただろう。不意に自分の上に差した影。見上げると、赤い髪の女性がジノを見下ろしていた。
「アンタ、こんなところで何してんの?」
「カレンさん…」
「げっ…何、アンタ、何で泣いて……」
男よりも漢らしいと評判の彼女は、ジノの泣き腫らした目を見て、ぎょっとしたように身を引いた。対応に困るとでも言いたげに、落ち着かない視線を周囲に巡らしていたが、ふとその視線が一カ所で止まる。その先には、先程までジノが目を離せずに居た、タウラスの離宮の寝室があった。今はそこには誰も居らず、ただ開いたままの窓から吹き込む風に白いカーテンが揺れている。
 「アンタ、見たのね…」
カレンの珍しく沈んだ声に、ジノの肩がビクリと揺れる。今は空っぽのはずのその部屋。それなのに、カレンはその部屋を見つめて憎々しげに瞳を眇めた。
「もしかして…知って…たのか!?」
ジノは立ち上がってカレンに詰め寄った。
「えぇ。今に始まったことじゃないもの。アンタが騎士になるよりずっと前からよ。もう何年も、アイツらの関係は続いてる」
カレンが怒りを抑えたような声で告げる。ジノはそれを聞いて、カレンの胸ぐらに掴み掛かった。
「だったら、何で…何で…止めないんだ!?」
「止めたわよ!! でも、聞かなかったのよっ。アイツが、スザクが…それを望んでるんだから、仕方がないでしょ!?」
カレンは襟を掴むジノの手を乱暴な仕草で払い退ける。
「じゃあ、スザクが好きでシュナイゼル殿下に抱かれてるって言うのか? スザクはシュナイゼル殿下が好きなのか? 私にはそんな風には見えなかった…」
「そうね。私にもそうは見えないわ。あいつはただ…罪悪感を利用されて、いいように使われてるだけよ…」
カレンにしては珍しい暗い表情。
「罪悪感?」
 彼女の言う罪悪感とは何なのかジノには心当たりがなかった。ただ、スザクを抱く前のシュナイゼルの言葉に、一つだけ引っ掛かっていたものがあった。“ユフィの代わりに”シュナイゼルは、確かそう言ってスザクに奉仕を命じていた。
「なぁ、スザクとシュナイゼル殿下と……亡くなったユーフェミア殿下の間に、何かあったのか?」
「アンタ、何も聞いてないの?」
 ジノはカレンの問いに、首を横に振った。ジノがスザクの養子になった時には、既にユーフェミアはこの世を去っており、スザクはジノを養子にして間もなく、シュナイゼルの騎士になった。それ故ジノは、当時のことは何も知らない。
 気にならなかったわけではない。スザクにとって、ユーフェミアは心の中の特別な場所にずっと大事にされている。それはジノもずっとスザクと共に居て、感じていたことだった。だが、だからこそ訊けなかった。その大事な人を失った絶望を、思い出させたくなかったから。そして、スザクも彼女の死については、何も話さなかった。
 スザクがユーフェミアについて、ジノに話してくれたのは、とても他愛のないことばかりだった。彼女が好きな花。彼女がくれた羽ペン。彼女と一緒に訪れた場所。彼女が可愛らしくお茶目だったこと。彼女の笑顔が凄く眩しかったこと。
 その他愛のない話からはスザクがどれだけ彼女が慕っていたのかが、強く伝わってきた。嫉妬すら覚える程に。だからこそ、ジノにはそこに踏み込めなかった。
 「そう。ユーフェミア殿下は……」
「ごめん。やっぱりいい」
話し始めたカレンの言葉を、ジノは遮った。
「スザクに訊く。スザクの口から聞きたい。ユーフェミア殿下のことも、シュナイゼル殿下とのことも」
そんなジノの反応に、カレンは表情を綻ばせて溜息をついた。
「そうね。その方がアンタらしいわ。アイツにガツンと言ってやってよ。息子のアンタが言った方が、堪えるでしょ」
私が言っても聞きやしないんだからと、カレンが肩を竦める。本当にジノが言ったぐらいでどうにかなる問題なら、カレンが言ってもどうにかなっているだろう。彼女もわかっていて、ジノに発破をかけているのだ。押し負けるなと。
「あぁ。任せておけよ。私のテクでシュナイゼル殿下なんか忘れさせてやる」
ジノもカレンの気持ちを察して、明るく応じた。
「馬鹿」
そう言ってカレンに小突かれた額から、じんわりと熱が拡がり、冷え切った体が温まっていく気がした。


[*prev]  [next#]
[目次へ] [しおりを挟む]

  

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -