花宮と捏造妹
妹は幼いころから肺を患っており、家に暮らしている時間よりも病院で眠っている時間の方が長かった。青白い肌、細い髪、折れそうな首、なにひとつ花宮には似ていない。それでも同じ親の肉体から生まれたのだということが、幼い少年にとっては興味深かった。だから妹には優しくしてやった。それだけだ。 「お兄ちゃん、私、ちょうちょが見たい」 そう言われたときは虫籠に適当な蝶を二匹と、蛾を一匹つかまえて見せてやった。妹はろくに三匹の違いが分からないままそれを喜んだ。数日後、一匹は逃げ、二匹は死んでいた。 「ねえ、がんばった人って手にたこができるんだって。触ってみたい」 もうバスケをしていたかは覚えていない。とにかく傷んだ手を触らせてやった。妹は楽しそうに花宮の手に触れ、汚いと笑った。その頭をぶつと急に泣きだして、母親に叱られた。 「この人が傷ついたらどんな顔するか見たい」 なぜかそのおねだりだけは何度もされた。写真から指さしたり、会話の中から抜き出されたり。とくに統一性のない面々を、暇なときに花宮は痛めつけて、そのさまを話してやったりカメラでとってきてやったりした。花宮はもう成長していたので、自分が妹を愛しているらしいことを自覚していた。妹は肉が削げ落ちた顔に瞳をぎらぎらと輝かせ、「お兄ちゃん、大好きよ」と囁いた。
「この人が傷ついたらどんな顔するか見たい」
同じからだから生まれた身だが、同じことを思ったのは初めてだった。いかにも穏和そうで、頑丈そうで、すこやかな青年だった。花宮にも妹にもまったく似ていない人種。高校生、注目選手特集!と大きな見出しがついた記事を、妹は大事そうに切り取った。花宮はその記事に映る青年を、太いペンで丁寧に塗りつぶしてやった。 「これはお前のためじゃない。いや、半分くらいはいいか。俺は優しいお兄ちゃんだからな」 「別になんだっていいわ。お兄ちゃんは私のもの。私はお兄ちゃんのもの。どっちだって一緒じゃない」 花宮は妹をおろかだと思ったが、そんなものか、とふと気づいた。なにもかも劣っているからこそ、彼女は、かわいらしかった。
「お兄ちゃん、どうして傷つけてくれなかったの」 「……ちゃんと壊しただろ。おまえ、最近調子に乗ってないか」 半分、などと言ったせいかは知らないが、木吉という男のことはうまく壊せなかった。傷つけられたのは肉体だけ。精神は、ぜんぜんだめだった。万能の兄が失敗したことを妹は理解できず、私のこと嫌いになったのね、と彼女は泣いた。泣いて怒鳴って、花宮に病室中のものを投げた。 「なんでできないの。お兄ちゃん、私のことをこんなに悲しませて、どうして、あの人を傷つけられないの」 嗚咽をこぼす妹は醜い。腫らした目元の血の色、ささくれだらけの爪、不揃いな歯。なにもかも、昔から醜かった。だから花宮は妹がいとおしかった。かわいい俺の妹。こんなに嘆いてくれるなら、失敗もたまには悪くないとさえ思った。 「お前が言ったんだよ、おまえは俺のものだって。俺のものなんだから、そりゃ壊せるさ」 「ならなんで、あの人はお兄ちゃんのものじゃないの」 妹が花宮をみつめた。花宮は笑って彼女を抱きしめると、うまく洗えていない髪をすいてやった。 「これから俺のものにしてみせるよ。お前に見せてやろう。写真やビデオじゃなく、直接つれてきてやる。ただ何年かかるかはわからないけど、待てるか」 「うん。私、待てる」 「よし」 その約束をしてから数日後、妹が死んだ。花宮の人生に幾度か失敗はあったが、守れなかった約束は、今のところそれひとつきりである。
他者は美しい
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