太一と女の子

「別に君じゃなくてもよかったけど、君がよかったんスよ」
口にしてから、彼女にだけではないと気がついた。付き合って半年の恋人は、グロスで染められた唇をぽかんと開けて太一を見ている。酷いことを言うと、泣かれるだろうか。泣かないだろう。きっと彼女は許してくれる。分かっていたから言えた。そして、そんなことはもう、彼女に限らず繰り返していた。
日差しは明るく、風は冷たい公園で、ベンチには木漏れ日が斑模様を落としていた。マクドナルドのセットをふたつ、月見バーガーでのピクニック。とるに足らないシチュエーションを太一は懺悔室に選んだ。ミニスカートで剥き出しの彼女の膝は少し寒そうで、けれど魅力的だった。

彼女は制服のスカートも短かった。花咲の落ち着いたブレザーをほどほどに着崩して、初めて出会った日の彼女も口を開けていた。だがその目は太一を見てはいなかった。太一を通り過ぎて、隣に立っていた華やかな彼だけを見ていた。その、眼差しの熱さ。色を塗るなら真っ赤の、鋭く重くまばゆい目つき。それは太一を選ばなかった。
「万里くん、わたしと付き合ってください!」
その赤がバッサリと切り捨てられるのも太一は見ていて、そこで隙間につけこんだ。今思えば酷いやり方だった。しかし当時の太一は本気だった。本心で彼女に恋をしたつもりで、自分を疑っていなかった。友達からの恋人をすべらかに走り抜けた数か月、太一は自分を綺麗な嘘で騙し通せたのだ。
気づいたきっかけは忘れた。自分で気がつけるはずもないから、多分だれかに指摘されたのだと思う。本当にその子が好きなの?なんで?そんな無邪気な問いで。理由なんてないけど本気っスよ!そう言った声が空気に浮かんで、魔法が解けた。馬車がカボチャに、ドレスが襤褸に変わるように、しょうもない自分が現れた。

「万チャンのことを、好きな君がかわいかったから。いや、かわいいっていうか、たぶん、……すごく真っ直ぐに見えて、羨ましかったからみたいな」

口を閉じて、彼女が太一を見た。穏やかで静かな目。誰でもいい人を見る、優しい目だ。彼女は太一に優しかった。バカだとかうるさいだとかいいながら、いつだって太一を許してくれた。だから太一は告解ができた。許されるための場所でなければ、太一はきっと何も言えない。そんな自分を知ればこそ、太一は彼女のあの瞳を求めた。恋と錯覚できるほど、それを妬めた。
「……バカだね、太一」
「うん」
「そういうのはね、普通言わないんだよ。でも、太市は言う人だよね」
彼女が悪戯ぽく微笑む。その顔にどきりとして、もうひとつ浅ましい自分を知る。
「ずるいし、バカだよね。楽することばっか考えてる」
「うん。……うん」
彼女の方向を見ていられなくなって目を閉じれば、瞼を通して赤い暗闇が視界になる。この赤ってどうしてなんスか、それは瞼の血管が光を透かしているんだよ、そんなことを話した。彼女とだったかもしれない。他の誰かだったかもしれない。誰だって一緒だった。彼女だけではない。カンパニーの皆もクラスメイトも家族も、誰だって同じだ。誰からだって太一は好かれたかった。優しくされたかったし、大事にされたかった。それだけしか目的はないから、誰でも本当は、かまわない。
「太一。太一はね、特別じゃないよ。太一だけが異常なんじゃなくて、わたしだって、誰でもいいんだ。だって誰も万里くんじゃないし。ねえ、でもわたしのこと嫌いじゃないでしょ?」
「好きっス。きっと、でも、君が万チャンを好きなことに、きっと勝てない好きでも」
「それでいいじゃん。それくらい、わたしも太一が好きだよ」
「いいんスか、それでも」
「わたしと太一がよければ、いいんじゃないの」
売れっ子になったら別れてあげるよ。彼女の指が瞼を撫でるのが感触でわかって、太一は急に泣きたくなる。泣くことなんて簡単だった。芝居でも出来るし、悲しい気持ちになんかいくらでもなれる。ただ泣かないでみようと思った。彼女の顔と、冷たく明るい秋の光を濁りなく見たかった。特別な人のいない、強烈な愛のない景色。太一は目を開ける。彼女が急にキスをしてきて、その生温い温度を心地よく感じた。月見バーガーはきっと、もう冷めているだろう。


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