アセトアルデヒド





大体、このご時世に余興をする上官自体不躾なのだ。
調査兵団とか、教会とか、私は学がないからよくわかんないけど、巨人のいる世界で余興なんてとっても馬鹿げてる。
巨人は毎回全滅できなくて、生活自体は安全だったけど、最近は違う。
壁が壊されたとか団員が殆ど死んだとか、よく聞く。
本当は平和じゃない。
いつも誰かが平和を守るために、誰かが散っているのだろう。
それでも、余裕を手にしてしまうと弄びたくなるのが人の常。
大昔から変わらない。
ずっと変化がしない人間の愚かさと触れ合うのが、私達の仕事だ。
綺麗な服は、着せてもらえない。
せいぜい卸したての簡単なドレスか、古いぼろぼろのコルセットでやせ細った体を更に細くする以外になくて、若いだけが取り得。
ちゃんとした服は、上官のお気に入りさんとかもしてる人じゃないと、手に入らない。
豪華な服とか、食べ物とかを毎日食べてるのを見て羨ましいと思う。
けれどそのために、裸になったりとか男の人の言うことをきいたりとか、とてもじゃないけど私はまだ抵抗がある。
抵抗がある私は、きっとこの仕事に向いていないのだろう。
でも仕方ないのだ、小さい頃から親を知らない私は、貰われた先での、この仕事しかないのだ。
きっとこの抵抗もいつか薄れていって、何も感じなくなる。
ひとりひとり綺麗な服を着るようになる同僚が増えていく。
美味しそうなものを食べて、体つきがすこしふっくらして柔らかそうな体になって、他の人に気に入られる。
そうじゃなきゃ、私達はいつか死んでしまう。
唯一救いなのは、大きな余興に呼ばれたときは食べ物にありつけることだろうか。
肉とか、焼いたパンとか、なんでもある。
これが目当てで私は踊りも歌も、余興の仕事を頑張っていたんだっけ。
本当はお腹いっぱい食べたいけど、踊りが綺麗に見えないからって私のご飯はいつも少ない。
パンひとつとか、スープ半分。
そんなのあたりまえ。
誰かに気に入られたりした人は、肉とか魚とか、芋とか、好きなように食べれてるみたい。
服も自由だし、一人で使える部屋も買える。
だから早く、誰かに気に入られてやめたい。
大きめの余興に行けば、お金を持っている人が沢山いる。
皆、絶好のチャンスだと口を揃えて言う。
その大きな余興というのが、司令官だっけ、隊長だっけ、そんな人が集まるところ。
私は先ほどから、髭面の怖い顔をしたおじさんのテーブルについている。
髭面は、キッツだかヒッツだかって名乗った。
あまり興味がないので、相手の話題についていくふりをして周囲に耳を澄ませた。
酒を飲むと、喉が焼けるようだった。
胃も焼けそうで、押さえ込むように笑う。
今すぐ何か食べて胃を抑えたい、そう思って、髭面に抱きついてから片手で肉を取って食べた。
酒を注ぐ音、男の人の笑い声。
男の人のすこしだけ下品な笑い声を聞くかぎり、お偉いさんは確かにいるんだろうけれど、凄い偉い人はいなさそうだ。
仕切り代わりのカーテンの向こうのそのまた向こうから、妙な声が聞こえてきたりする。
チップ欲しさにナニでもしているんだろう。
ぬるぬると滑るように腰や尻を撫でる上官の、名前も知らない男の手を笑いながら撫でる。
皺が目立つ手は、冷たい。
私の細い指に手を絡めて笑うと、髭面はにんまりと笑った。
尻に伸びてきた手が、体制を変えるように私を抱きかかえ、膝の上に座らされた。
その隙にテーブルの上のパンを拝借して、急いで食べる。
体を変な風に撫でられて笑われてるけど、そこは決して反応しない。
私の余興は、踊りと歌だけだから。
これも仕事。
全部仕事。
他の子のテーブルを見ると、なんだか嫌な感じがした。
何故か、テーブルの下に潜り込んでいるのだ。
察しはついたけれど、見ずにはいられなかった。
ちらりと見えた光景は、同僚が精液入りのワインを飲まされ笑顔でいう事をきいている、あまり見たくない光景だった。
濁ったワインを飲まされ、笑う同僚。
そして渡されるお金。
正気でいればいるほど、頭がぐらついてしまう。
だからなんにも考えないようにした。
なんにも考えないことが、体を売る第一歩だって、わかってる。
いつか私も、ああいうことをしなきゃ相手にされないような歳になるのか。
この仕事をしていると、売り物としての価値はとても短い。
いろんなことをしないと生きていけない、そんなことになる前に、私は、誰かのものになりたい。
微笑みながら酒を飲むと、また胃が熱くなった。
髭面の側に、他の子がきて、視線をそちらに向けたとき、手の力が抜けた。
するりと撫で回される手を抜け、静かに広間に近いような部屋を出た。
一瞬誰かと目があった気がしたけど、気のせい。

廊下をすこし歩いて、風にあたれる階段へと走った。
壁の隅にあるバケツを引っつかんで、その中に嘔吐した。
バケツの中で渦巻いていく吐瀉物を目に焼き付けるたびに、頭の奥が押し出され涙が零れる。
生理的な涙と、口の中の混沌に、再び嘔吐する。
戻ったら、また食べなきゃ。
そうしないと、お腹がすいて仕方ない。
バケツに向かって嘔吐し終わったあと、ふと視線を感じた。
嘔吐してぼろぼろの顔をした私を、いつから見ていたのだろう。
金髪の男の人が、私を見ていた。
「まずいものは、並んでいない。口に合わないのか?」
「いや、そうじゃないよ」
「贅沢な暮らしをしている余興の者かね。」
きっと、ご飯がまずくて吐いたと思っているんだろう。
その誤解を解くべく、掠れる喉で喋った。
「他の子がね、テーブルの下で、精液入った酒飲まされててさ」
気持ち悪くなった、と適当な言い訳をした。
私はそんなことしていないと言おうとしたけど、やめた。
「あなたお偉いさん?」
「団長だ。」
団長というと、相当偉い立場なんじゃないのかな。
金髪で顔も凛々しくて、申し分ない。
こういう人が、私を迎えにきてくれたらいいのにって考える余裕はまだ残っていた。
「へえ、なんで追ってきたの」
「行きがてらの道に、君がいただけだ。」
行きがてら、というと、トイレに行きたかったんだろう。
尿意の邪魔をしている自分が可笑しく感じて、笑ってしまった。
くすくす笑う私は、相当感じが悪いだろう。
「若い女は、皆君の同僚か?」
笑う私に、冷静に質問してくる。
「うん、同僚だよ」
団長さんは、不満そうな顔をして、吐き捨てるように私に愚痴をぶちまけた。
「私の側にいる、あの女はなんだ。上辺だけで話の中身がなさ過ぎる。金を強請ってくるぞ。あんな女、私はいらない。面白くもない。」
どの子かは、すぐ分かった。
皆のパンを盗んで、口をきいてもらえなくなった子のことだ。
そんな子が団長なんていう偉い立場の人に関わったんじゃ、底が見えてしまってつまらないだろう。
同情しながらも、へらへらと私は笑った。
「あー、いや、皆知らないんじゃない?」
「知らない?」
吐いた喉からすこしだけ酸がとれて、話しやすくなった。
濡れた唇を舐めて、例えば、と続ける。
「例えばさ、遊ばれて、さっきみたいな汚い酒でも喜ばなきゃいけない話題を作るのか、団長さんの話を黙って聞くのか、どっちがまともに心を擽るか知らないんだよ」
回らない頭で話したことが、伝わってるかどうか疑問だけれど、喋っているうちに声は戻った。
酸にやられるのは、よくない。
歌うときに声が出なくなったら、大変だ。
団長さんは私のことを見据えると、なんと微笑んだ。
「君は・・・頭は悪くなさそうだが、物言いは悪いな。」
「余計なお世話よ、ありがとう」
「へつらう女は嫌いだ。次からは君を余興に指名する。名前は?」
「なまえ。」
意外な団長さん。
くだらない女だ、と一蹴されると思っていたのに、この微笑。
本当は明るい人なんだろうと思った。
「あ、私が金取るのは踊りとかだから、セックスしたいなら他の子ね」
「最初から目的がないから安心しろ。」
「なにそれ」
「なまえ、あまり吐くんじゃない。体を壊す。」
「どうもね、団長さん」
「吐いたばかりだろう、隠れておけ。」
そう言った団長さんの後ろで、扉が開いたのが分かった。
用を足しに、上官が数人出てきたのだ。
私は吐瀉物が入ったバケツを持って柱の後ろに隠れて、しゃがんだ。
しゃがんだ私の横を、知らないふりして通り過ぎた団長さんが、最後に私を見て、また微笑んだ。
その顔の精悍なことといったら、なんといえばいいの。
私にはわからない人だ。
こういう時に学があれば、きっとこの団長さんとは別の方法で近づけただろう。
情けなくなりながらも、吐瀉物入りの生暖かいバケツを抱きかかえた。
風が通る階段は、寒い。
団長っていったら、偉い人。
なのに、私を気にかけた。
本当は気にもかけていなくて、お偉いさんらしい考えがあるんだろう。
期待しちゃいけないし、してない。
余興や宴会を売る立場なんて性別を売ってるだけで、たぶん一番安全な生活をしてる。
見せるだけで、生きれる。
でも、悪い人じゃなさそうだ。
痩せこけた細いだけの私にも、話しかけてくれる。
次の余興があるとき、会えるといいな。
団長さんの名前、教えてもらいたい。





2013.10.07

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