壁外調査から帰還したナナバさんは、泣くわけでも寝るわけでもなく、食べる。
ひたすら食べている。
大体の人は寝込むか、酒を飲んで忘れようとするか、嘔吐しているか。
たまにわけもなく哲学的に考え込む人もいたりするけれど、私はどちらかというとそれだ。
酒を飲んで忘れようとするくらいなら、別のことで考えを上書きしたほうがいい。
酒は記憶を定着させることを、皆知らないのだ。
そんなことを知っているのか知らないのか、ナナバさんは私の部屋にきて、ベッドに座って果物を貪りだした。
何故私の部屋か、と聞かれれば同室は皆酒を飲んでいるか、どこかで嘔吐してて、私以外は誰もいないからだ。
桃を食べるナナバさんは、相変わらず横顔が綺麗。
果物なんてどこからとってきたのか知るよしもないけれど、美味しそう。
その行為を横目で見つめていると、ナナバさんが果物を食べる口をとめて、飲み込む音がして、問いかけられた。
「なまえも食べたい?」
「いえ、あの」
薄手のシャツに紺色のズボンを履いたナナバさんが、何気なしに見る。
シャツから伸びる細めの腕が白くて、浮いたように綺麗な首筋に目がいってしまう。
ナナバさんの首筋を見つめながら、うわ言のように答える。
「たくさん食べてるなあ、って」
私が喋る間にも、ナナバさんは食べている。
抱えていた大きな皿から、また桃を取って食べ始めた。
閉じられた薄い唇に果汁がついて、口元が濡れている。
はにかんでから、ナナバさんは説明のように喋り出した。
「三大欲求だよ。」
その姿は、どこか座学の教授を彷彿とさせた。
「食欲、性欲、睡眠欲。抗えない本能さ。壁外調査から帰還すると、本能が爆発するんだよ、ばらばらにならないうちに本能が爆発する。」
ナナバさんの手の中にある食べかけの桃を見つめた。
今にも汁が零れ落ちそうな角度で持たれた桃よりも、その細い手首に視線が釘付けになった。
きっと、ナナバさんは気づいていない。
私に善意の説明をする声は、いつもよりすこし明るかった。
「私は食べて落ち着かせてるかな。この虫食いの桃みたいになる前に、へこんだところを埋めるんだ。」
へこむ、なんて一番彼女らしくない言葉が出てきた。
強かで、性別を感じさせなくて、いつだってしっかりしている。
そんな人から、意外としか言えない言葉が飛び出てきて、私はまた桃を貪るナナバさんを見つめてしまった。
「ナナバさんらしくないです」
本音を言うと、大層不思議そうな顔をされた。
「なんで?」
「細い女性が、大食らいなんて」
そう言うと、ナナバさんは笑った。
呆れた笑いではなく、物珍しいものでも見たかのような笑い方だ。
それでも善意しか感じ取れないこの人は、根が美しいのだろう。
「なまえも食べよう。」
ナナバさんから差し出された桃に噛り付いて、果汁が口の中で蕩ける。
吸い付くように唇を桃に押し付け、果汁を垂らすまいと食する。
ナナバさんから見たら、実に愉快な光景だろう。
押し付けた唇も虚しく、果汁はナナバさんの手首に垂れた。
ナナバさんは躊躇いなく手首の果汁を舐めとると、微笑む。
「ほら、なまえ。唇についてる。」
艶やかな唇が、私の名を呼ぶ。
ナナバさんの細い指が、私の唇に触れて果汁を拭き取った。
その指を、悪戯っぽく舐めるナナバさん。
私が驚いているのを見て、まるで遊んでいるかのように楽しそうに微笑んだ。
この人にはそんなつもりはないと理解していても、つい赤面してしまう。
綺麗な人の、綺麗な仕草。
意図するものが何もなく綺麗なものは、本当に美しいのだ。
ざわざわと湧き上がる感情は、知っている。
だけど、この人は女性なのだ。
「ナナバさん、綺麗。」
素直な気持ちを伝えることに、疑問は持たなかった。
果汁が垂れ、床に落ちる。
甘そうなナナバさんの唇を見つめていると、私の唇に桃が充てがわれた。
ナナバさんの顔から、目が離せない。
表情の変化のひとつも見逃すまいとしながら、食欲に傾いた。
口を開けると、遠慮なく桃の味が広がる。
まるで、ナナバさんとキスをしているよう。
私だけがいやらしい、そんな時間に感じられた。







ナナバさんとひたすら恋をしよう企画への提出作品



2013.09.17

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