単純な世界




焦燥大反響の続き




「なまえが歌うのが好きなことも、実は私服が可愛いのも、モブリットに八つ当たりするのが楽しいのも、全部秘密なの?」
ハンジさんは疑問を簡単にぶつけてくる。
悪意は存在しないような顔をしているから、疑問は受け取らざるを得ない。
「駄目ですか?」
私が更に疑問で返すと、ハンジさんは椅子に座ったままこちらを向いた。
「駄目じゃあ、ないけど。」
だけど、と続けるハンジさんは、どこか無邪気だった。
「随分秘密にしてるね。」
「そうですかね」
「隠し事というより、言わないだけかな?そんなふうに思える。」
「言わないだけですね、たぶん」
「なまえが元気に見えて静かなのは、そういうことか。」
「仰るとおりです」
「私に、何も隠してないよね?」
その無邪気が突き刺さるだけでも、私は怯む。
私が薄い感情で隠していることなんか、きっとお見通しなんだろう。
「えっと、その」
好きと言っても動じなかったハンジさんになら、と警戒心が緩む。
歌っているときみたいに、自分自身になれない。
引き出された棚から溢れるように、言葉が溢れた。
「女同士で、としか考えられないとか、そういう」
私の断片的な言葉に、ハンジさんが不思議そうにした。
「うん?」
しばしの悩ましい沈黙。
考えさせる時間すら、申し訳ない。
「えーと、なまえは、女性が好きなのかい?」
当たり前の質問が、飛んできた。
「は、ハンジさんが、ハンジさんが」
「私が?」
「す、すき、すきです好きで」
「ごめんごめん、そんな慌てないで。」
赤面しながら話す私を宥めるハンジさんは、いつも通りの顔をしている。
顔色を伺う私に気づいたら、呆れるだろうか。
何かを言うにも、いちいちハンジさんを確認する。
その根底の思いなんて、きっともうばれているはず。
「お、とこの人とか、動物とか家畜みたい、そういうことするのは」
男性が聞いたら怒りそうなことを、平然と口走ってしまった。
家畜、という言葉に何故かリヴァイ兵長の顔が浮かぶ。
怖い顔と怖い目つき。
ふと思い出すと、背筋がつい伸びてしまう。
あの人がいつも、ハンジさんの近くにいるからだろうか。
だったら私が兵長になればいい、そう思ったこともあるけど、男の人には絶対になれない。
男の人に触れた触れないよりも、先に湧き上がる感情がことごとく邪魔をする。
脳内背景まで伝えるような説明に、我ながら芯が寒くなった。
「分からないけど、分からないから、私は女性が」
分からないから、自分の知り得る範囲に及ぶ。
それがどれだけ狭い行動なのかは、知らなくても分かる。
それでも自分の思いを侵されたくない、それだけのための行動。
ところが、ハンジさんは思いのほか笑い始めた。
「特別変なことじゃないけど、動物って何!」
ハンジさんが、けらけら笑う。
信じられないような顔をしたら、ハンジさんはにやけながらも笑うのをやめた。
「いや、面白くてさ。」
鼻をすするような手の動きをしてから、またにやりと笑われた。
「なまえが考えてる以上に、世界はシンプルだよ。最優先されるのは理論の裏に欲がくっついたものだ。女同士でキスしたり、抱き合ったりするのは普通だし」
椅子から立ち上がったハンジさんが、側で突っ立っていた私に近寄る。
すこしだけ、上向く目線。
ハンジさんのために動く視線を、ハンジさん自身はどう思うのだろう。
俯いてしまう私に、手を差し伸べるように見つめる。
そんなところも好きと言ったら、馬鹿にされてしまうだろうか。
ハンジさんの言葉を聞き逃すまいと耳を済ませると、体内の音まで聞こえそうだった。
「世間体くらいしか、邪魔はないよ。でもさあ。」
ふと、ハンジさんが私に顔を近づけたと思うと、鼻が触れ合いそうなくらいまで距離を縮められた。
微動だにしないまま、ハンジさんの目を見つめていると、軽くキスをされた。
一瞬だけ止まる息と、邪魔をするくらいうるさい鼓動が耳にまで聞こえてくる。
息を止めていても、鼓動が聞こえても、目はずっと開けていた。
「ほら、世間体は邪魔する?」
悪戯っぽく笑うハンジさん。
今の自分の顔を鏡で見てみたいけど、到底見れたものじゃないだろう。
顔どころか、耳まで熱い。
「なまえは、やっぱり可愛いね。」
首の後ろを撫でられ、耳に感じたことのない冷たさが走った。






2013.09.09


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