フリー・シャイネス





夜の食堂は、まず人がいない。
たまに、誰かがいる。
お酒を飲みにくるゲルガーさんは途中で酔ってえづきながら去っていく。
残るのは、夜更かしが得意な私と、たまにエルドさん。
話す機会は、何度もあった。
夜の食堂、疲れを唯一癒せる場所。
眠ろうにも酒がないと眠れない私達は、酔うまで飲むしかないのだ。
けれど、エルドさんは酒を飲まない。
以外で以外で、仕方なかった。
私も飲んでいるものは、牛乳だ。
二人で適当に話しながら食堂で時間を潰すことが、よくあった。
だから二人で話す時間は、今まで多かったのだ。
今日も同じ。
温かい飲み物を飲んで、体を休めて、時間と共に溶けるように休む。
もっとも、エルドさんに惹かれている身からすると、至福の時間。
ジンジャーを飲む姿も、私しか見ていない時は、胸が高鳴る。
ただの惚れやすい女の戯言なのだろう。
目の前の彼は、素敵なのだ。
エルドさんがジンジャーを飲み干してから、私に言い放った。
「なまえちゃんって、彼氏いるの?」
こういう席では、必ず聞かれることだ。
私は、彼氏だとか、そういうのがいないと駄目な雰囲気でも出てるのだろうか。
「いないよ」
正直に言うと、エルドさんは物珍しそうに私を見た。
にっと笑った時の口元は、悔しいけれど格好いい。
「可愛いからモテるだろうに、珍しいね。」
「そう、ですか」
「どんな男が好きなの?」
突然の質問に、私の喉が詰まる。
「えっ、と」
冷や汗を背中から腰に感じながら、平静を装う。
「背が高くて、しっかりしてて、リーダー気質があって」
お見通しと言わんばかりのエルドさんが、笑いながら私に正しく言い放つ。
顎鬚が、とてもセクシーな人とは、さすがに言えなかったことも、きっとお見通しなのだろう。
私は隠し事が下手だ。
その証拠に、私は今とても赤面している。
「好きなタイプを聞いてるのに、なんで好きな人のこと喋ってるの?」
矢のように刺さった言葉。
ばれている。
確信はともかくとして、ばれている。
「なまえちゃん、隠し事下手だね。」
髭を生やした好青年がフェミニンに笑う姿は、それは格好いい。
ナンパ男にしては、あまりに軽くない。
それがエルドさんだと分かっているけれど、私は惹かれていた。
「で、好きなタイプは?」
口に張り付いた蜘蛛の巣を食べてしまうように、口を開いた。
「背が高い人、です」
エルドさんがすこしばかり悩んでから、同期の名前を羅列し始めた。
「うーん、グンタ?」
「違います」
「ミケ分隊長。」
「背は高いですけれど、違います」
「オルオ。」
「違います!」
「俺。」
「・・・」
私とエルドさんに流れる、余裕と詰問の沈黙。
この人は、余裕なんだ。
余裕だから、こんな詰問ができるんだ。
感情を手の平の上で転がされているようで、胸が焼けそうになる。
「わかって聞いたんでしょう?」
エルドさんが飲み干したジンジャーを指で触り、水滴がついた指を舐める。
男の人の、余裕の一々が刺激になる。
「女の子をからかう趣味はないよ。ただね、なまえちゃんが困った顔見てると・・・」
空のジンジャーから目を離し、私を見つめた。
まっすぐな、それでいてナンパ男の目。
でもどこか誠実さが宿るその目に、私はずっと惹かれていた。
高鳴る心臓の音を聞かないふりをして、エルドさんを負けじと見つめ返した。
「キスしたくなる。」
エルドさんの唇が動いたときには、とんでもない言葉が投げかけられていた。
私にとっての「とんでもない」であって、彼にとっては普通のことなのだろう。
好きな相手、可愛い相手には、感情から浮き上がる行為をぶつけたくなる。
それが、男の人なのだろう。
また、しばしの沈黙だった。
ここで私が積極的なら、エルドさんにキスをして、舌を絡ませていただろう。
残念なことに、私は思いのわりにそれを行動に移すのが下手糞だ。
脳内で、私とエルドさんがキスをする。
その光景が、真っ先に浮かんだ。
俯く私の頬に、エルドさんの指が触れた。
「エルドさん、私っ」
「恥ずかしいの?」
「馬鹿みたいに恥ずかしいですよ」
誰もいない食堂、誰かが見たら情事の始まりだと思われてしまうだろう。
そんな状況に、心躍る私は、結局エルドさんと同じだ。
熱い顔に、エルドさんの指が触れる。
その温度が心地よくて、頭の中が一気に浮遊した。
「やっぱりなまえちゃん、可愛い。」
可愛い、という魔法のような言葉。
酒が入っていない、私とエルドさん。
至って正気だった。
「お互いフリーなら、なまえちゃん、俺と付き合わない?」
冷静になるべきだ。
行きずりのような、流れのような、こんなものでいいのかと理性が襲い掛かる。
それでも、私は冷静にいられなかった。
「はい」





2013.09.01


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