こどものかっとう

ほんきのおとなの続き



机に突っ伏して、目の前のスープにまったく手をつけない私を、ぺトラが撫でる。
頭を撫でられて気持ちいいはずなのに、頭に触られるだけで縮む気がするのは何故だろう。
「なまえ、さっさと食えよ。」
何も知らずにオルオが言い放ち、私は苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。
「なんかあったのか?」
エルドがパンをちぎりながら、何に唸っているか知った顔で言う。
とても腹が立つけれど、目の前のオルオに向けて消え入りそうな声を出すしかなかった。
「し、し、身長が」
自分で思ったより随分とか細い声に、情けなくなる。
スープがそろそろ冷めるころだな、と思い、スプーンを手にとった。
「3cm縮んでた」
手に取ったスプーンを握り締めながら言うと、真っ先にオルオが噴きだした。
馬鹿なことでも聞いたかのように失笑するのを、必死で抑えている。
笑いながらも兵長の真似をするのをやめないことにも、腹が立った。
「うわああ!オルオなんか嫌い!」
失笑に耐え、屈むオルオに叫びかけると、今度はグンタが笑った。
手にあるスプーンを投げつけようかと思ったけれど、そんな真似はしちゃいけない。
「ふん、たかが身長程度で騒ぐなんて情けないな。だからなまえは小さいんだ。」
笑いを堪えてがたがたになった声で諭すオルオの身長を、改めて見た。
同期のはずなのに、私よりずっと高い。
よく兵長の真似をしてるけどまったく威厳がない。
面白い人として扱うくらいしかないのに、なんで背は高いのか。
「なんで!なんで私より高いのー!」
テーブルの下から足を蹴って、失笑に顔を歪ませるオルオを鈍らせた。
脛に当たったようで、オルオが椅子から飛び上がる。
「いてえ!蹴るな!」
立ち上がって私から距離を取るオルオに近寄ると、更に距離を取られた。
追いかけっこのようになり、自然と見下ろされた。
どうしてここまで人に見下ろされないといけないのか。
「見下ろさないでよ!」
オルオの頭を蹴り上げると、オルオが地面に転がるのより先にペトラが笑う。
冗談だと分かってくれているから、グンタも笑っている。
「その跳躍力があるのになんで伸びないんだ!」
呻き叫ぶオルオを蹴りたい衝動を抑え、いらいらしながら起き上がろうとするオルオの頭を叩いた。
私がオルオをひたすら弄っている間に、エルドがグンタに話しかける。
「あれ、なまえってオルオと歳も同じだっけ、あれ?」
エルドが不思議そうに言う。
「知らなかったの?」
ぺトラが更に不思議そうにフォローを入れたけれど、エルドは私の歳は知らなかったようだ。
こんな見た目をしている奴の歳なんて、野次馬根性で皆知りたがりそうだけれど。
私を一瞥したエルドが、そっと呟く。
「小さいな。」
オルオを叩く手をやめて、エルドの背後に回って飛び掛った。
「聞こえたあ!」
エルドの髭に掴みかかると、またペトラが笑った。

「ペトラくらいの身長になりたあい」
椅子に座っても床につかないまま浮く足をぶらぶらさせながら、むくれた。
どうやったって身長が伸びない。
体の成長が止まってるうちは、体の成長はしないのだろう。
「なまえは、そのままでいいのよ。」
ぺトラが山積みの書類をばらして埃くさい机の上にさっさと分けていく作業を片手間に、私の言葉に反応する。
後ろにいたハンジさんが、間延びするような疲れた声で会話に参加した。
「そうさ、なまえが私くらいの身長になったら大変さ!」
ハンジさんは背が高めで、羨ましい。
「そうかなあ」
椅子に座ると床に足はつかず、立っても体の周りに家具がある。
今すぐに背が欲しい。
欲を言えば、ミケさんに抱きかかえてもらうか目線にしゃがんでもらうことがないくらいの背が欲しい。
もっと大きくなれたら、と思うたびに自分の小ささに悲しくなる。
ある日突然いなくなっても、きっと誰も気づかない。
「身長で不便なことなんて、実際はあまりないよ。」
ハンジさんが疲れを振り払うような声で、私の肯定をしてくれた。
背の高い人が言うことであって、小さい人間からすると不便も何も劣等感に近いものがある。
不便、と言われて、その劣等感以外のことがすぐ出てこなかった。
「ほら、不便なことはあった?」
もう一度問いただされて、すこしばかり考える。
「うんとね」
思うところを、ひたすらにあげていった。
「高いとこの物は取れないし、椅子に座ると足がぶらぶらするし、たまにぶつかるし」
自分のものだけ低い位置にあると、思わず壁でも蹴りたくなる。
綺麗に座れても、つま先があとすこし床に届かないだけで、そのまま浮遊できたらと思ってしまう。
机にはぶつかるし、この前は出会い頭にグンタと衝突して床に転がるはめになった。
「あと」
日常的なことのあとにすぐ出てくることは、これしかない。
「ミケさんにぎゅうってされると、足がちょうどベルトを蹴っちゃうの」
抱きかかえられても、ちょうど足でベルトを蹴ってしまうのだ。
足を伸ばしても、ちょうどベルトを靴の裏で汚してしまう。
「え?」
ハンジさんに聞き返され、私は眉毛を下げた。
「ベルトに足がぶつかるの」
「ミケの?」
「ちょうどこう、靴で蹴ったりするから」
「抱きかかえられると?」
ハンジさんが、急に私の顔を覗き込んできた。
その顔は、疲れて隈ができているのに、実に楽しそうだ。
楽しそうな顔の期待に答えるように、説明する。
「ぎゅうってされたり、膝に乗っても私からじゃちゅうできないし」
ハンジさんの後ろにいたモブリットさんが、淹れていた紅茶に何故かクッキーを砕いて入れ始めた。
粉に近い状態になったクッキーが、溶けるように紅茶に入る。
モブリットさんの顔が見えないけれど、何を思ってあんなことをしているんだろう。
私の顔を覗いていたハンジさんが部屋を飛び出した。
目で追ったけれど、すぐに部屋から消えてしまった。
ぺトラは、心底驚いた顔をしている。
「え、なまえ、えっ?」
久しぶりに聴いたぺトラの焦った声。
私に兵長が好きなことを当てられて顔を赤くしていたときと、同じような声だ。
「なに?」
「ねえ、え?あの、ミケさんに?」
「だから抱っこされると足の裏がぶつかるのよ」
ぺトラの驚いた顔は、とっても可愛い。
どうしてこんなに驚かれているかわからないのは、きっと私が馬鹿だからだ。
すぐに、ハンジさんが帰ってきたけれど、ハンジさんはミケさんをヘッドロックしたまま、ずるずると引きずって部屋に連れ込んだ。
頭を固められるミケさんは、実に苦しそうだ。
喜ぶハンジさんの顔。
とっても楽しそう。
そんなに楽しいこと、私は言ったのかな。
「ほらあああ!ミケ!ほら!」
引きずられてきたミケさんは、ハンジさんの手によって私の目の前に突き出された。
見上げて見ると、ハンジさんとミケさんの身長差は丁度いい。
「分隊長!あんたいい加減にしてくださいよ!」
モブリットさんが叫んだ。
粉々になったクッキーを入れた紅茶を持つ手が震えている。
「いや!本当かどうか、さすがにね!気になって!」
目がらんらんと輝いたハンジさんは、ずっとミケさんの首を掴んでいる。
何がそこまで楽しいのかは分からないけれど、どんよりしたミケさんの顔は見ていて心配になる。
「私、へんなこと言ってないよ」
ミケさんに近寄り、耳元で言うと、更に顔がどんよりしはじめた。
「なまえ、あのな・・・。」
どんよりした顔が、すこし焦っている。
なにか、悪いことを言ってしまったのだろうか。
どんよりしたミケさんの後ろで、ハンジさんが楽しそうにしている。
「ほんとなの?ねえねえほんとなの?私見たいなあ、ミケがなまえ抱えてるとこ!」
抱えているところ、と聞いて私の甘えたくなる衝動がざわざわと湧き上がった。
衝動を胸に、そっとミケさんに近寄る。
至近距離まで近づいて怒られるかと思ったけれど、再び向けられた顔にどんよりとした雰囲気はなかった。
ミケさんが、私に腕を伸ばす。
腕の中に駆け込んで、ぴょんと飛び上がりミケさんの首に手を回してぶら下がると、すぐに抱っこしてくれた。
抱えあげられ、視線が一気に2mの高さまで持ち上がる。
「親子みたいじゃん!」
そう言って笑うハンジさんの顔は見えたけど、抱っこしてくれてるミケさんの顔が見えなかった。
体をひいてミケさんと顔を合わせると、私はにっこりと笑った。
嬉しくてミケさんのほっぺにキスをした。
唇にキスをすると、口ひげが触ってちくちくしてしまうのだ。
私が軽くキスをしたのを見て、ハンジさんがもっと笑う。
「すげー!ほんとに親子だ!」
いつものことだから、変だとは一切思わなかったけど、ミケさんが何故か顔を赤くした。
ミケさんの頬をぺたぺたと触ったら、熱い。
それでも私は嬉しくて、ついけらけらと笑ったら床に降ろされてしまった。
「親子だって、ミケさん」
床に降ろされてもなお、私のにやけた顔は戻らない。
ミケさんは背が高いから、どんな顔をしているか分からないけど、むっとした顔をしているんだろうな。
お父さんみたいな、この人が好き。







2013.08.23

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