15




明らかに、明らかに危なさそうなメールだった。
すぐに返信して、それでも連絡はなく、ライナーも数日学校に来なかった。
まずいと思ったけれど、行動を起こせない。
行動を起こしていいものか、悩ましいのだ。
なまえさんのプライベートに、僕が土足で入り込んでいいものか。
普通なら、例えばエレンみたく血気盛んな奴だと、すぐに乗り込んでいくのだろう。
そういうわけにも、いかない。
朝の教室で、数日前のメールを見つめて一人冷や汗を流す。
もしかしなくても、そうだ。
卑しいことも、いやらしいことも、僕は考えたくない。
むしろ苦手なのだ。
だからこそ、なまえさんのメールが辛くて仕方ない。
更に数日後、文脈がめちゃくちゃなメールが届いたときは、恐怖でしかなかった。
何が起こっているか。
そんなこと、考えたくもないけれど、分かってしまう。
朝日が照らす教室が、審議所か何かに思えてくるくらい、僕の気分は重かった。
思わず瞼を閉じて、寝てしまいたくなる。
学校の傍ら、ライナーは何をしているのだろう。
考えただけで、嫌な悪寒が走る。
その悪寒を無視するように、ライナーが久しぶりに教室に入ってきた。
いつもと変わらない、兄貴分。
このいなかった数日間は、その兄貴分はどうなっていたのか。
また僕だけが冷や汗をかいて、口の中で歯を食いしばる。
「ライナー、久しぶり。」
前の席に座ったライナーに平静を装って話しかけると、いつもどおりの明るい返事が投げかけられる。
「ああ。」
「あんまりにも来なかったから、心配したよ。」
目の前に座るライナーから、ふわりと漂う匂いがいつもと違った。
柔らかい匂い。
洗剤とかの匂いじゃない、ふんわりとした匂い。
一体なんの香りなのだろう。
香りの正体は分からないけれど、それがなまえさんのものであることは、すぐに分かった。
「そりゃ悪かったな。」
「最近来てなかったよね、どこかに行ってたの?」
椅子に腰掛け、僕を見る。
その目は、寸分もおかしくなんてない。
あのメールの内容が、本当だとはとても思えなかった。
けれど、なまえさんが嘘をつくような人だとは思えない。
僕は、確信と疑いをライナーにぶつけた。
けれど、ライナーはなんなく僕の意図を受け止めることはなく、笑顔を見せた。
「出かけてはいない。なまえさんといるよ。」
なまえさんといる。
つまり、あのメールは。
ここで感情だけで探りを入れてはいけない。
僕は作り笑いで、ライナーの話に相槌を打つ。
「そっか。図書館でなまえさん見てないから、安心したよ。」
そういうと、ライナーはしばらくぼうっと空中を見つめた。
人によっては朝日でも見てるのかと思う仕草だけれど、これで何度目だろう。
その光景を見て、次に放たれる言葉に身構えた。
大体、いつもどおりだ。
次に放たれる言葉は、大体予想がついていた。
「いないのか?」
ライナーが、ふと気づいたとでもいった様子で僕を見る。
「え?」
僕が聞き返すと、困った顔、オーバーリアクションで逆に尋ねられる。
「図書館にいないのか。」
首の後ろが、さっと冷える。
頭の中で、話を構築しようにも、パーツが足りなさ過ぎる。
僕の構成力ではなく、外部から与えられたパーツの問題だ。
「・・・いないよ。」
相槌を打つ声が、震えてしまう。
なまえさんは、今どうしているのだろう。
きっと、あのメールの内容は本当だ。
簡潔でめちゃくちゃな文章、それでも言いたいことは、よく伝わるものだった。

図書館に一人で行くと、先客がいた。
エレンと、アルミンと、ミカサ。
ミカサは相変わらずエレンに寄り添っていて僕なんか眼中にないけれど、エレンが僕に気づいてすぐ手を振った。
同じ席について、他愛のない話をする。
課題をやり終えて本を積んだアルミンが、ふと喋る。
「いつもの司書さん、いないね。」
即座に流れる冷や汗。
なまえさんのことだ。
なまえさんはいつも司書さんの仕事で、カウンターにいた。
借り出すときや返すときは、大体あの人の顔を見ている。
ここ一週間近く、いない。
通っている者なら、すぐに気づくだろう。
「アルミン、よくあの司書さんに本取ってもらってたもんな!」
エレンが何の疑問もなさそうに言う。
知っているのは、僕だけだ。
「ベルトルト、最近ライナーも来てないよな?」
ぞっとする、エレンの一言。
僕は平静を装うしかなかった。
平静を装う頭の中で、なまえさんの丁寧な笑顔が浮かぶ。
「そうだね。」
適当な相槌。
本当に、これでいいのか。
再び課題に戻ったエレンの横で、僕はしばし悩んだ。
携帯を見て、メールボックスを見る。
何件かのメールに混ざる、なまえさんからのメール。
胃が冷え、頭が寒くなる。
もう一度メールを見て保存したあと、文面を読んで、記憶と感覚を頼りに地図検索をした。





2013.08.14

[ 110/351 ]

[*prev] [next#]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -