ジェンダー・フリービッチ




女の子は、いや、女共は噂が大好き。
ないことばかり吹聴したり、あることを尾ひれはひれつけたりして話すのが大好き。
そういう女は、誰かに構ってほしくて仕方ないのだ。
一人でいれば、死んでしまう可哀想な女。
そんな可哀想な女も、好奇の視線が注げる対象がいるのなら、喜んで注ぐ。
その視線は、私とアニに突き刺さっていた。
もう何日も突き刺さったまま取れない視線は、いつの間にやら男子にもすこし飛び火し、ちょっとした噂となった。
アニとなまえが付き合っている、女同士で、と。
理解力のない田舎者はこれだから、と言いたいところだが、理解できなくて当然だ。
性別という壁の中にいる者からしたら、その壁を越えた存在は脅威か異物感でしかなく。
フリークには、すぐ視線が集まる。
なんていったって、珍しいから。
細心の注意を払って抱き合っていたつもりだったけれど、どこかで見られたか嗅がれたかしたようだ。
非常にめんどくさい。
普通だと思っていることを、否定され、そこから更に説得させるのはとても困難。
アニと付き合っていることが、いつの間にかばれていたのだ。
物陰でキスしたり、誰もいない倉庫で事に励んだりするしかない。
アニの可愛い喘ぎ声を聞く回数が自然と減った。
どうしてくれよう。
そんな思いでいっぱいだったけれど、悟られてはいけない。
愛する感情を笑いものにされることだけは、許したくないし納得もしたくない。
普通に振舞うしか、ないのだ。


「ねえ、なまえ。」
風呂上り、ベッドでアニと二人で髪を梳かしていると、女子数人が話しかけてきた。
見知った顔もあるけれど、大体覚えていない。
興味がないのだ。
「なに」
相槌をしてからは、適当な会話をした。
どうせ後から本題をふってくるのだろう、と思って話半分に聞いていると、そこにクリスタも加わった。
女神様が随分珍しいじゃないか、と言えば、顔を赤くした。
そのクリスタを見つめる、そばかすちゃんことユミル。
ユミルの目線を捉え、察する。
他愛のない話に巻き込まれるのは嫌いだった。
どうせ、他の男子がどうのとか、そんなのだから。
「ね、あのさ」
一人の女子が、本題に入った。
にやつく口元を見ていると、吐き気がする。
「なまえとアニが付き合ってる、ってマジネタなの?」
「そうよ」
私が即答すると、女子が驚いた歓声をあげた。
予想できたことだけれど、私とアニにとっては会戦の合図。
アニに目配せして、私はまた女子の輪に意識を移した。
「ねえ、女同士ってなんで?よくわかんないんだけど。」
ミーナの隣にいた女が、興味津々だ。
どうせ話のネタにしたいだけだろうと思っていても、察されてはいけない。
「ほんと、よくわかんないよ。女同士でなにすんの?」
いやらしい笑みをする同期生を、張り倒したかった。
不細工な笑い方をするのと好奇の視線を向けてくる同期生の刺す視線を折って、可能な限り続ける。
「むしろそういうのこそ、女だからとか関係ないと思うけど」
そういうと、女共はわからなさそうな顔をした。
ミーナと、後ろのほうにいるクリスタがぽかんとした顔をしている。
こちらの話を聞いていたのね。
「じゃあ、例えば」
私は女子の面子に目を滑らせ、一人を捉える。
金髪の可愛い子。
「クリスタ」
名前を呼ばれて、驚いた顔をする。
その顔を見て、なんとなくユミルの好みが想像ついてしまった。
「あなたは、男が好き?女が好き?」
クリスタに率直な質問をしたけれど、当然すぐには答えは返ってこない。
「女なんてあり得ないって思ってる?」
どちらでもない、決められない、そんな雰囲気のクリスタに数名の女子が顔を顰める。
「じゃあ、こういう例えばの話」
私は頭の中で即興で物語を作り、喋り始めた。
「ある日、クリスタに愛の告白をしてきた人物がいました。クリスタにとってそれは、完璧なまでの愛でした。けれど、その人は同性。こう言ったら分かるかしら」
突然の例えに、女共全員の思考と表情が一瞬止まる。
何を思っているかまでは不明だけれど、悪いほうに転ばないとだけは思いたい。
「その時どうする?相手の気持ちをどう受け取る?」
クリスタは、答えられずにいたけれど、顔は顰めもせず歪めもせず。
隣にユミルがいるからだろうか。
もしそうなら、どこまでも可愛い子だ。
「その愛の告白をした人を、同性だからという理由で突き放したら、きっと傷つくでしょうね」
私が腕を組んでため息をしても、野次に近い質問は飛んでこなかった。
飛んできてくれたほうが、こちらとしては有難いのに。
視線を投げかけると、みんな微妙な顔をしていた。
この例えをしても、理解が追いついているかどうか、わからない。
「性別という壁を、ぶつけられたのだもの」
背後から、アニの視線を感じる。
髪を梳かす音が聞こえるので、私の話を聞きながらずっと動いていたのだろう。
「性別という壁を、超えてきたのに、ね」
視線を流すと、ミーナと目があった。
「あなたたちだって分からないわよ、いつ誰を好きになるか、分からないから。」
アニが、ようやく喋った。
髪を梳かし終わり、綺麗な金髪が頬を隠している。
私とアニの姿を見て、とやかく言うことも、あとで陰口を言われそうな雰囲気もなかった。
「変な目で見られるのは、如何なものかと思うわ。」
喋る仕草も綺麗。

「おい、なまえ。」
ユミルが、就寝直前の私に話しかけてきた。
暗がりで見るときつい顔をしていると思うけれど、先ほどのことがあったせいで不快感はどこかへ飛ばされた。
「随分喋ったじゃねえか。気取ったレズかと思ってたぜ、見直した。」
気取った、と言われ苦笑する。
サシャやクリスタを通してしか今まで話したことのなかった人に、そう言われるとは。
「クリスタを例えたことが嬉しかったの?」
私が駄目もとで言うと、ユミルは笑った。
「ははっ、ばれたか。」
毛布の上に座り込んだユミルの足のラインに、思わず感心した。
四肢はとても綺麗。
ユミルと向き合うように毛布の上に座ると、覚えのある視線を向けられた。
つい気分がよくなる。
「性別の壁を超えたら、自由になるわよね。壁の中で自由にしてるのもいいけど」
若干の眠気を振り払うように喋る。
目の前のユミルは、まったく眠くなさそうだ。
「男と女って、結局は違う民族じゃない」
ユミルがこちらを、じっと見ている。
私の出方を待っているか、自分の出方を決めているか、きっとどっちもだ。
なら、肝を冷やすようなことを言ってやろう。
「ユミル、あなたは?」
そっとユミルの頬に触れて、鎖骨から胸を撫でる。
抵抗はされなかった代わりに、ユミルは笑った。
「アニにどやされるぞ。」
悪っぽい笑い方、それはアニとはまた別の笑い方。
「私は自由だから」
軽い言い訳をして、ユミルの首に腕をまわし、横になる。
寝転がってできる髪の毛の影が、心底綺麗だと思った。
「レズビアンのフリーか、そんなの、なまえだけでいいな。」
ユミルの囁く声に、微笑みが零れる。
「なんとでも」
そっと髪に指を滑らせ、撫でた。
「ユミルの髪の毛も、鋭い目も、綺麗。」
指先で髪を遊びながらキスすると、腰あたりにユミルの手を感じる。
視線を合わせることなく、髪を遊ぶ指が止まるまでキスをしていた。






2013.08.12

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