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部屋まで引きずられて、手首と足首をタオルできつく締められるまで、ものの一分もかかっていない。
この手際の良さは、なんなのだろう。
短めのタオルでも、外れないようにきっちりと縛ってある。
早くも手に感覚を感じなくなった。
血の気が感じられず、どんどん痺れていく。
手際の早さに寒気を感じながら、とにかく抵抗したけれど無駄だった。
ライナーと私の体格差がありすぎる。
足をばたつかせようとも、暴れても、全部押さえ込まれる。
叫ぼうにも、私自身状況が掴めていない。
そんなの、ずっとそうだったと気づいた時にはもう遅かった。
床に倒され、身動きがとれなくなったことを確認してから、視線を部屋に泳がせる。
部屋はいつもどおり。
おかしいのはこの部屋にいる二人だけだ。
動けない私の上に、ライナーが軽く跨った。
体に、すこしだけ重さが圧し掛かる。
体重が、不快感に変わる。
「お姉さん、俺な、聞きたいことがまだあるんだ。」
ライナーが、ポケットから用意していたとばかりに何かを取り出して、私に突きつけた。
突き出されたのは、煙草のケースだった。
煙草のケースが既にポケットに入っていたことから見るに、実際今日は何か実行する気だったのだろう。
そこに運悪く言葉を投げかけてしまった、というわけだ。
最悪な流れ。
そう、この煙草、たしかこれは、中身がまだある。
「なあ、お姉さんってさ、こんなもの吸ってた?」
ライナーが、見たこともないような顔をしていた。
悲しそうな、悔しそうな、寂しそうな、そんな感情が全部混ぜられたような顔をして、私を見ている。
手に持っている煙草は、凝視しなくても何か分かった。
随分前に彼氏が置いていった煙草だ。
箱はところどころ皺ができている。
中にライターごと入っているはずで、机の奥のほうに仕舞っていたはず。
合鍵も、同じように引き出しの奥のほうに入れていた。
頭の中で、本を読んでいる時のようなパズルが完成した。
いつ見つけたのかはまったくもって分からないけれど、きっと察している。
ライナーは煙草の正体について察しがついているのだろう。
「お姉さん、俺の質問に答えて。吸ってないよな?」
「うん」
「じゃあこれ、何?」
答えずに黙り込み、ライナーの目を見続けた。
もう、分かっているんだろう。
随分と酷なことを高校生の男の子にしてしまったな、と思いながら、そもそもなんで声をかけたのかを思い出していた。
声をかけられて、私が連れ込んで、暇なら来いと言って。
ああそうだ、弄んだのは私のほうだ。
「そっか、答えてくれないんだな。」
その言葉が漏れて、静寂が包んだ。
肉を焼く音も、聞こえない。
車の音とか、外からわずかに何か聞こえてもいいはずなのに、何も聞こえてこない。
鉛でも飲み込んだような声で、ライナーが喋り始めた。
「そうだよな。そうだ。俺が初めてしたときお姉さん処女じゃなかったし、そうだと思ってた。けど、な。」
ライナーがそっと煙草の箱を漁り始めた。
煙草を一本探し当てたと思えば、次にライターを探し当てる。
「でも、目の前にいる俺を、愛してくれてると思ってた。」
箱を足元において、煙草に火をつける。
煙草の先端が焼ける音、私の鼻先にまで匂ってくる煙草の匂い。
「なんでだ、言ってくれよ、なんで?俺が納得するように言うこともできないのか?」
ライナーの指先にある煙草から、煙が立ちこめはじめた。
その光景を見て、脈拍がどんどん上がる。
「考えたけど、全然わかんねえよ。なんで俺がわからないことだらけなんだ?」
強張った表情に見下ろされて、心臓が締め付けられた。
その手にある煙草を、どうするのか。
「俺だけが、どうして知らないんだ?」
出来れば説得したいけど、それは自分のためだ。
何かを訴えるための声すら、出てこない。
「なんでだよ。」
こんなに情けない女なら、最初から何もせずに生きていればよかったと、そう思った。
「最初から俺より好きな奴がいたのかよ。」
火のつけた煙草を、ライナーは惜しげもなく自分の左腕に押し付けた。
じゅう、と火と皮膚が焼け潰れる音がして、私は緊張の糸が解けたように叫んだ。
ライナーの左腕に、ぐりぐりと煙草が押し付けられ、火と煙が消える。
手を離せば、ぽろりとゴミになった煙草が床に落ちた。
腕には、今すぐ手当てをしたくなるような丸い火傷がある。
ほどいてくれれば、すぐに手当てするのに。
叫びもせず、表情も変えないライナーが怖くなって、歯を食いしばる。
きっと、私はとんでもなく醜い顔をしているだろう。
根性焼きの痕ができたライナーの腕が、そっと私に伸びる。
首を掴まれ、精神的に意識が遠のく。
「忘れろ、全部忘れろよ!」
怒鳴り声を、ただ受け止めるしかなかった。
ぼろぼろと泣き出したライナーの顔がきちんと見えているけど、いまいち脳内に入ってこない。
首を掴む手から、鼓動が伝わりそうなくらい、心臓が暴れている。
「俺がいるんだ!全部最初からなかったことになれよ!」
いつ手に力を込められるか、わかったものじゃない。
思い切り手に力を込められれば、私なんて一瞬だろう。
ライナーの溢れ出ている涙が太ももに落ちていく。
生暖かい涙が、ぼたぼたと素肌に落ちた。
内股に垂れる涙が、どんどん冷たくなっていく。
「なんで俺はなまえさんに早く会えなかったんだよ!」
その声は、歪んでいた。
怒号が響き終わる前に私の服に手がかけられたけれど、最早抵抗する気にもならなかった。







2013.08.12

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