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学生時代からの友達から連絡がきて、暇な時間にお茶をする。
連絡がきて、久しぶりに会うのは嬉しくて、つい羽目を外す。
カラオケにも行って、学生気分を取り戻していたりしたら、夜になってしまった。
居酒屋に行き、煙のこない席を選んで適当に飲む。
こんなこともある、そう言って適当に喫茶店で団欒してたら、やはり彼氏のことを聞かれた。
彼氏のことを聞かれて、ライナーのことを答えてしまった。
もちろん、年下だということは言っていない。
それを言わずに友達に言った結果、反応はとても良好だった。
なんでも、料理をする男はイイらしい。
よくわからないけれど、世間的に見ればそんなものか。
友達と次に遊ぶ約束をして、帰路についた。
二人分のお菓子と、適当なつまみを買っていく。
まだライナーのことを可愛いと思っている自分がいることに、驚きだった。
驚くことでもなく、当たり前なのかもしれない。
それでも、私自身が何かの変化をしていっている。
私の感覚は、どうなってしまうんだろう。
帰宅して、顔をあげたら真正面にライナーがいた。
いつから待っていたのか問いただしたいくらい、微動だにしない。
暗がりの中で、じっと私を見つめていた。
見てわかるくらい、怖い顔をしている。
「どこにいたんだ?」
「友達と遊んでいたのよ」
「友達?」
怒ったような悲しいような顔をするライナーに、すこし警戒心が現れる。
「なにを心配してるの?」
そう言うと、ライナーがそっと抱きついてきた。
大きな腕が私を抱きしめる。
抱きしめられるというよりは、縋りつかれるような、甘えられるような、大きな男の子がするものじゃない抱きつき方だった。
彼はまだ子供だ。
これくらい許容してあげないと、そう思った。
抱きついたまま、ライナーが不安そうに呟いた。
「お姉さん、お姉さん、俺より好きな人が出来たの?」
ぎゅ、と強く抱きしめられた。
友達と遊んだだけと、言っただろう。
聞いていないのか聞こえていないのか、聞く気がないのか。
どれにせよ、面倒くさい。
「違うわ、ねえ、ライナー」
「何も聞きたくないんだ、やめろ。」
「違うわ、落ち着いて!」
私の細い腕でライナーの背中を撫でると、ぎゅううう、と抱きつかれる。
すこし苦しいけれど、我慢した。
「お姉さん、お姉さん。」
弱々しい、小さな声。
何が不安なのか、汲み取ることはできない。
私はあなたじゃない。
そう言いたかったけれど、そんな事実も酷なのだろう。
「不安なら、不安って言いなさい」
背中を撫でていると、抱きしめられたまま座り込まれた。
太ももが床の冷たさに触れる。
お姉さん、とうわ言のように繰り返すライナーに、不安を抱いていいのか、可愛がっていいのか、わからなかった。

金曜日にベルトルトくんはふらりと現れた。
ライナー達と来る時間よりも、だいぶ早い来館。
もしかしてライナーを置いて来たのだろうか。
ベルトルトくんは私を見るなり、目当てと言った具合に近寄ってきた。
貸し出しカウンターのところで、難しそうな顔をしている。
私が駆け寄り、身長差のせいで見上げる体勢になり、首が痛くなる。
「その。」
ベルトルトくんが、難しそうな顔から一気に焦った顔になった。
いつもの、見慣れた顔。
「ライナー、最近なまえさんとなにしてるんですか?」
最近のことを思い出す。
友達と遊んで不安定になられたことを抜きにして、思い出す。
買い物に行った、服を買いに行った、食材を買いに行った、あとは。
「映画にいったわ」
これといった出来事をピックアップして、ひとつだけ言った。
抱きしめられたまま床に座り込まれた時のことは、思い出さないようにした。
それを言った途端に、ベルトルトくんの顔が余計に焦り強張る。
どんどん焦っていく表情を見て、唇が歪んでいく。
申し訳ないのか、怖いのか、よくわからない顔をして、ベルトルトくんは告げた。
「ライナーがなまえさんと映画館でセックスした、って言ってて。」
まず、映画の内容を思い出した。
二人の即決で、アクション映画を観た。
その中でそういうシーンは出てこない、いや、キスくらいはあったかもしれない。
そしてその後のことを思い出す。
その後は、たしかにした。
けれど、どこをどう考えたら映画館でセックスした、になるんだろう。
「まさか、ライナーがそんなことを?」
疑問しか頭を覆わず、疑問をぶつけることしかできなかった。
ベルトルトくんだって嫌がらせでこんなことを言ってるわけじゃないだろう。
「誰に言っているの?」
「僕とか、あと、仲の良いクラスメイトに。」
クラスメイト、と聞いて貧血を起こしそうだった。
現に視界はぐらついた。
ため息をついた私を見て、眉を潜めるベルトルトくん。
互いに視線を合わせた。
気づいている、きっとベルトルトくんも気づいている。
言葉は、いらなかった。
ベルトルトくんの、真剣な目つき。
「僕ができることは、あまりないですけれど。」
すこし会話して、互いに携帯を取り出し、ベルトルトくんとアドレスを交換した。
話せることは、あまりないだろう。
けれど、連絡を取れるようにしたほうがいい。
そう思ったのだ。
アドレスを交換したあと、ベルトルトくんの背後からひょっこりとアニちゃんが現れた。
アニちゃんが現れた途端に顔を赤くしているベルトルトくん。
とても、青春。
「なまえさん、だったわね。」
なまえさん、と切り取ったようなアニちゃんの言葉に、想像がついてしまった。
アニちゃんは私を見て、ベルトルトくんを見た。
きっと、ベルトルトくんの行動は、打ち合わせ済みのことなのだろう。
それに気づいて、すぐに気分が石の下に押しつぶされるように静かになった。
二人は気づいている。
糾弾されることもなく、何かを話そうとしている。
そして、掃除の報告でもするかのように気だるく喋りだした。
「すこし前から、ライナー、あいつがね・・・」


帰宅すると、やはり料理をしているライナーがいた。
床の隅に鞄がある。
私に気づくと、すぐにおかえりと言った。
部屋に溜まる、良い匂い。
すこし前は、この匂いを嗅ぐと少しはわくわくしたのだけれど。
トーストが既にテーブルに並べられていて、トーストの上にでも乗せる肉を焼いている。
二人分だというのに、肉の量は多い。
きっと肉が好きなのだろう。
作る手際がだいぶよくなっている。
焼けている肉は、とても美味しそうだ。
ふんわりと漂う良い匂いと、換気扇の音、肉が焼ける音。
全部この部屋のもの。
異物は、異物と認めなければ異物にもならない。
私は椅子に座ることもせず、ただライナーを見つめた。
大きな体、精悍な顔、見た目は文句なしに好みなのだが。
底知れぬ感覚を覚えて、それを心の底に沈めておくことが出来なかった。
私の視線に気づいたライナーが、片手間に私と視線を合わせる。
いつもの顔、この顔をマイナスの感情で歪めることは、できればしたくなかった。
本当は、私は責めることができる立場ではないのだろう。
それでも、行動を起こさずにはいられなかった。
「ライナー、ベルトルトくんとアニちゃんに、なにを言ってるの?」






2013.08.08

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