09





金曜日じゃなくても、最近は家に帰るとライナーが料理をしている。
最初は見事にスクランブルエッグしか作れなかったものの、今はオムライスを作れるくらいには進化していた。
仕事から帰ると、いつから主婦になったのだ、と言いたくなる様なライナーがいる。
入り浸るまでに、特にこれといった経緯はない。
でも、いつだったか、映画館の帰りに目が疲れたライナーを泊めたら、次の日は丸一日家にいた。
学校はいいのかと聞いたら、頭の中に単位と欠席数は入っていると言われた。
そうじゃないけど、学生にしてみればそうなのだろう。
上手いこと休みを調節しないと単位なんてすぐ落ちてしまう。
そして、ずるずるといつの間にか私の家にライナーの鞄や学校類のものが常駐するようになり、帰宅すれば飯が既に出来ている。
家の鍵を閉めていても、開けて入っていることだってあった。
いつ自分が合鍵を渡したか、まったく分からないのだ。
私まで記憶力が衰えたのだろうか。
学校帰りに、図書館に寄らず私の家に直行なんてこともある。
尽くしてくれている、そう考えたほうが妥当な気がするのだが、この違和感はなんだ。
オムライスがまずいわけでもない、ライナーがおかしいわけでもない。
年下と如何わしい関係になったことに対する、今更の嫌悪か。
嫌悪を向けるのは、ライナーがあまりに可愛そうだ。
私に縋りついてきたり、強引に抱きしめてきたり。
これだけ気分の波がある人を突き放すのも、なんだか後味が悪い。
そう思い始めてしまった。
ライナーは自分のことは、あまり気にしていないようだ。
いや、気にすることをそもそも知らないのかもしれない。
でも私の外出先は、気にするようだ。
お菓子を買いに行っただけで、携帯にメールが10件なんてよくある。
外出先で鍵を忘れても、家にはライナーがいるから大丈夫、なんて都合よく思う私もいる。

「あの、なまえさん。」
「はい」
ベルトルトくんが、先週あたりに借りた本を返しに来た。
相変わらず背が高く、随分と物腰柔らかい。
本を返す目的、というよりは私目当てのようだ。
臆病そうな視線が、私を捉える。
一言二言会話して、ベルトルトくんが私に直球な質問をしてきた。
「ライナーが、なまえさんの合鍵貰ったって本当ですか?」
なんだって?
思わずそう聞き返してしまいそうだった。
ここは仕事場、ましてや図書館。
大きな声を出してはいけない。
冷静に質問しよう、と思ったらベルトルトくんが焦りつつも説明してくれた。
「いや、あの、ライナーが「俺はなまえさんのために飯作りに行く」って、最近よくそう言って早退するんです。」
早退、と聞いて、真っ先に単位は大丈夫なのかと思った私は、どこか学生気分が抜けてないのだろう。
私のため、とは一体なんだろう。
言いたいことも聞きたいことも本当は沢山あるけれど、それはベルトルトくんにだけ言っているのだろうか。
そして、合鍵。
私は渡していないはず。
だから「貰った」なんて、おかしい。
そもそも引き出しにあったはずのものだ、合鍵というのは。
見つけたのなら見つけたといえばいいし、怒りもしないのに。
「そう、なの」
相槌だけして、穴が空きそうな心を無視した。
「合鍵は、渡してないわ。引き出しにはあったから、それかしら」
「・・・なまえさん。」
ベルトルトくんの、不安そうな顔。
きっと、何か言いたいのだろう。
友達にしかわからない何かを、身近な人に教えたいのだろう。
時にそれはお節介になるから簡単に実行できないことだってある。
「ベルトルトくん、友達にしかわからないことがあるのなら、ライナーをよろしくね」
予防線を張るような、そんな言い方をしてしまった。
あくまでも、この子達の前では年上のお姉さんでいなければならない。
ベルトルトくんは、柔らかく丁寧に笑った。
「はい。」
借りた本に手をつけると、鞄から出したばかりのようで、冷たかった。
「ベルトルトくんは、友達思いね」
「ありがとう、ございます。」


「ただいま」
ドアを開けた瞬間に、ふわっと良い匂いがする。
食欲をそそる良い匂いだ。
次いで聞こえるのは、ライナーの声。
「おかえり、なまえさん。」
ひょいとこちらに顔だけだして、にんまりと笑う。
こういうところは、可愛らしい。
私のほうが、状況に甘えているのかもしれない。
「ベーコンエッグが出来たばかりだ、食べるか?」
テーブルには、二人分のベーコンエッグ。
これを作ったということは、さっき家に来たか、飯が面倒くさかったか、ベーコンエッグが好きか。
どれだろう、と考えたけれど、どうでもよくなった。
「うん、ありがとう」
椅子に座って、黙々と食べ始めた。
ライナーがテレビをつけて、夕方のニュースを流す。
ニュースの内容は、もはや頭に入ってこなかった。
「ライナー、合鍵なんだけど」
脳内で、ベルトルトくんの顔が思い浮かぶ。
一体、私の家に入り浸っていることを誰に言っているんだろう。
それが気にかかって仕方ないのが、自分でもわからないのだ。
「合鍵?」
「勝手にとらないで」
ちゃんと注意したつもりだった。
引き出しは漁るな、大切そうな貴重品にも触れるな。
そう言いたかった。
意味を込めて言ったけれど、どうにも届かなかったようだ。
ライナーはベーコンエッグの一欠けらを飲み込むと、いやらしい笑みを浮かべた。
「鍵はなまえさんがくれたじゃないか。なまえさん、何言ってるんだ?」
記憶を遡った。
いや、そんなことない。
ライナーに鍵を渡した記憶は、一切ない。
上手くライナーの言っていることが飲み込めずにいると、ふと言葉を投げかけられた。
「鍵を渡すから、いつでもヤリにきていいよって、なまえさん言ったよな。」
ライナーは、笑っている。
悪意もなく、爽やかに。
笑顔から悪意を感じられないのだ。
それがなんだか末恐ろしいような、自分が間違っているような、そんな気持ちを与えられて。
私は、言葉を返せずベーコンエッグを食べた。






2013.08.08

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