ほんきのおとな





おとなとこどもの続き




「ミケさん、ミケさん」
暇そうにコーヒーを飲むミケさんの周りをくるくると周っていたら、鼻で笑われた。
構って欲しくて近寄ると、いつもこう。
「ミケさん、出かけよう!」
腕をぽんぽんと叩いて、お出かけを催促する。
一人で出かければいいのだろうけれど、ミケさんと一緒がいい。
ミケさんは相変わらずコーヒーを飲んでいて。
じっと見ていると、一口飲むか?と言いたげに差し出された。
両手で受け取り、おそるおそる一口だけ飲む。
「にがいよう・・・」
コーヒーを突き返すと、またしても鼻で笑われた。

街のほうに行くと、昼過ぎだというのにそこそこ活気づいていた。
足りないものを買ったあと、私が食べたいと指差した果物を、ミケさんがまじまじと見始めた。
ぐっと屈むと、大きな背中が見えた。
乗りたいなあと思ったけれど、ここは外なので我慢した。
「おばさん、これひとつください」
桃のなかで一番綺麗なものを指差すと、店先にいたおばさんは快く袋につめてくれた。
ミケさんは何故か黄色い果物を睨めっこしている。
食べたいのなら、買えばいいのに。
袋を受け取り、帰ろうとした時だ。
「あんたら、親子かい?」
おばさんがにこやかに声をかけた。
ミケさんがいる傍ら、適当に受け流すことはできない。
「いえ、この人は上司です。」
そう言うと、おばさんの顔が曇った。
ああ、この空気は何度目だろう。
とても、とても好きじゃない不穏な空気だ。
次におばさんが何を言い出すかは、分かっていた。
怖くなって、そっとミケさんの服の裾を掴む。
視線が自然と下に下がる。
そしてそれから、おばさんを見た。
おばさんは少し怖い顔をして、いや、私が怖い顔に見えてるだけかもしれない、おばさんはミケさんに問いただした。
「こんな子供を、雇っているのかい?」
どうしようもなくて、また視線を下げた。
地面を見つめて、私の足とミケさんの足を見た。
私の足はとても小さいけれど、ミケさんの足はとても大きい。
ミケさんは、おばさんに対してはっきりと言い放った。
「彼女は子供ではない。兵士だ。」
兵士、という言葉に、周りにいた人の何人かがこちらを見た。
私の姿を確認して、驚いた顔をしているのを一瞬だけ見て、また視線を下げる。
吊り合ってない、そんなことはとうの昔に分かっている。
私がミケさんの服の裾を掴む手に力をこめると、ミケさんはそっと歩き出した。

買ってきた桃の袋を開けて、ミケさんの部屋の隅で齧り始めた。
ぺトラはこれの皮を剥いていた気がするけど、ナイフを手に取る気にはならない。
咀嚼する私を見て、珍しくミケさんが鼻で笑わなかった。
代わりに、珍しく喋った。
「気にするな、容姿で兵士としての力は判断できない。」
口の中で、桃の味が変わった気がした。
じんわりと舌の上に熱さが広がって、鼻から桃の匂いがつきぬける。
そのあと、私の目からぼろぼろと涙が落ち始めた。
ぐわっと熱くなった顔に、妙に匂いが鼻につく桃の味と香り。
鼻水が垂れそうになって、無作法ながらも鼻を啜ると、ミケさんがこちらを見た。
ミケさんが驚いているのが、なんとなくわかった。
ぼろぼろ泣きながら、桃を食べる。
美味しいけれど、台無しなのかもしれない。
「ミケさん、ミケさん・・・」
なんとなく、名前を呼んでしまう。
すると驚いたことに、ミケさんが焦りだした。
私に近寄り、驚いた顔で私を慰める。
驚いた顔なんて初めて見たけれど、悲しい気持ちのほうが勝ってしまって笑えない。
「な、泣くな。何が悲しいんだ?泣かないでくれ。」
何が悲しいのかと聞かれて、答えられなかった。
情けなくて幼稚な私。
「私、ミケさんに釣り合わないよ・・・ミケさん、大好き、なのに」
突いて出た言葉は、それだった。
ぼろぼろと涙を流す私なんて、大人とは呼べない。
小さくて、討伐数だけ多い子供。
そう呼ばれているというか、そう呼ぶしかないことも知っている。
「やだよ、こどもなんて」
小さい体なんて、なんの役にも立たない。
大人になりたくても、なれない。
何が悲しいのかも分からないような子供のまま、時だけが過ぎた。
そんな私が、誰かの隣にいていいはずがない。
「落ち着け。」
ミケさんが、私を諭しにかかった。
桃を飲み込んだ口が、ふんわりと良い匂いがする。
「なまえのことを、突き放したことはあったか?なまえが、気持ちを向けてくれている。それだけで十分だったんだ。」
珍しく喋ったミケさんからは、焦りが消えていた。
ぼろぼろと流れていた涙が止まってしまった。
ミケさんの、かなりはっきりした言葉に、こちらも驚きを隠せない。
涙が止まって、ただミケさんを見つめる私。
きっとミケさんは、私の見た目なんか気にしていなかったんだろう。
私だけが、子供ということに捉われて、動けずにいた。
そんな風に考えたけれど、真偽のほどは分からない。
「私やだよ、小さいのなんて」
「誰も気にしない。」
「ミケさんはなんで私に呆れないの」
「ただの男だからな。」
「わかんない」
「なまえのことを、それくらいで突き放したりしない、誰も、しない。」
私の涙のあとを、服の袖でぬぐってくれた。
嬉しくて、へらへらと笑ったけれど、ミケさんは真剣な顔をしたまま。
「ミケさん、やっぱり大人」
だから好きです、と言おうとした時だった。
突然キスされた。
唇を唇で塞がれ、ミケさんの口ひげがあたってくすぐったい。
数秒唇を押し付けられた、と思ったら顔を手で固定されて、唇が離れた。
私が驚いて何も言えないでいると、またキスされた。
きっと、私の顔は真っ赤だろう。
呼吸をどうやったらいいかわからず、すこしだけ口を開けたら、ぬるりと舌が入ってきた。
びっくりして動けない私を、ミケさんは余裕で攻めてくる。
大きな舌の予想以上の圧迫感に、体が震える。
口の中が、ミケさんの舌でいっぱいになりそうだった。
なんとなく、この行為の意味は知っているけれど、実際やられるとわけがわからない。
息が苦しくて腕を動かしたら、次は腕を押さえられた。
私がいくら動いても、キスは終わらない。
口ひげが思った以上にくすぐったくて、ミケさんの舌からは苦いような味がして。
たぶん、コーヒーだろうけど、私はあれが飲めないから頭がくらくらする。
舌がぬるぬる絡み合って、よくわらない気持ちでいっぱいになる。
ぺトラとえっちな話をしたときに、言ってたキスってたぶんこれだ。
どうやって息をしたらいいかわからず、私が苦しそうにしたところで、ミケさんが唇を離した。
「真っ赤だな。」
はあはあと息を切らして思った。
大人の余裕には、ついていけない。
「二人きりの時は、今のキス、できるか?」
真っ赤になって動けない私を見て、ミケさんが鼻で笑う。
「できるよ」
強がって出た言葉だけど、何よりの本心だった。







2013.08.08

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