08



本を読んでいると細かいことに気づきやすい。
自慢でもなんでもないが、細部に気づくというか、もっと言えば違和感に気づきやすい。
推理小説を読む時なんて特に脳内で神経を過敏にさせる。
現実と推理小説なんてまったくの別物だし、二次元媒体で得た知識をそのまま現実にもってくるのは、如何なものかと思うけれど。
ただ本が好きで読んでいて、細部に気づきやすくなった。
それだけのこと、そのはずなのだが。
ふとした時に、違和感が過ぎる。
それは私と一緒にいる時に二面性のような何かを現している。
興味深いことに、それらは一貫性がない。
だから、関連付けることが難しく、全て憶測のままに考えるしかない。
一例、ではなくあったことを思い返していくと、ライナーが相当な気分屋なんじゃないかと推察する。
ライナーが、私のことをお姉さんと呼ぶ時は、甘えてくる。
なまえさん、と呼ぶ時は、なんだか大人びているというか、学生に見えない雰囲気をだす。
お姉さんと呼ぶときとなまえさんと呼ぶ時の、思い当たるスイッチはない。
突然、ぽんと変わるのだ。
表情も、声も、雰囲気も、なにひとつ変わらない。
下世話でわかりやすい例は、食事とセックス。
お姉さんと呼ぶ時は、静かにマナーよく食べる。
食べてる最中あまり喋らないし、目の前の食事を淡々と食べている。
なまえさんと呼ぶ時は、テレビを見ながら食べたり、話してよく笑ったりする。
マナーは、あまりよくない。
そしてかなり下世話なほう。
お姉さんと呼ぶ時は、ものすごく甘えてくるし顔を真っ赤にしてくる。
まさに童貞、といった雰囲気で迫ってくるので、可愛らしいといえば可愛らしい。
なまえさんと呼ぶ時は、かなり強引。
最初は慣れてきて強引にしてくるのかと思ったけれど、そうでもない。
元々押し倒すのが得意だったかのように、してくる。
学生だし、不安定なこともあるだろうと思って気にしてはいなかったけれど、最近それがどうも目立つ。
同じ人が、一貫性がないのは、よくある。
それが過ぎていることに、違和感を持っていた。
違和感も憶測の域を出ることはなく、私の中に漠然と存在していた。
違和感に盛大にひっかかったのは、避妊具を使おうとしたとき。
危ない日にするときは避妊具を渡すことが何度かあったけれど、その中で一度「ゴムは嫌いじゃなかったか?」と言われたことがあった。
そんなこと一度も言っていないし、避妊具は好きでも嫌いでもない。
なんのエロ本と勘違いしているのか、と思ってそのまま考えていなかったけれど、どんな記憶違いをしているんだろう。
気分屋なのだろう。
他人の気分にまで踏み込むようなことをしてはいけない。
そう言い聞かせることにした。

図書館には、またあの仲良しグループが来ていた。
そこに後から来たライナーとベルトルトくん、そして金髪の女の子が合流する。
話しているところを横目に見ると意外や意外、黒髪の少年と金髪の女の子が喋っているではないか。
長いふざけあいっこの仲なのかは分からないけれど、随分と楽しそうだ。
金髪の女の子は喋っていても怖い顔をしたままだけど、黒髪の少年は随分楽しそうだ。
そして、その光景に焦る勤勉な女の子。
やはりあの女の子は黒髪の少年のことが好きなのだろう。
淡い青春だな、と思った。
横目で見ていたのをやめて仕事に戻ったとき、ベルトルトくんが本を借りるために一人でこちらに来た。
どうも、と視線を合わせて淡々と作業をした時だった。
「あの、なまえさん。」
ベルトルトくんが、珍しく私に話しかけた。
顔を見ると、なんだか焦っているような、困っているような。
「なにかな」
「あの、ライナーと週末遊んでるのってなまえさんですか?」
私の中の黒い部分が、一瞬凍った。
凍りついた私の中のそれは、いけないことだと自覚している、せめてもの罪悪感。
いきなり引き出され、思わず言葉が詰まる。
駄目だ、悟られてはいけない。
平静を装って、当たり障りの無い回答をした。
「そうね、よく話してるわ」
「そうですか。」
非常に何か言いたそうな顔をしたベルトルトくんに貸し出し許可をした本を渡して、にっこりと笑った。
本を、重そうに受け取るベルトルトくん。
私の顔を、ちらりと見てから、本を見つめた。
その後ろから、ひょっこり金髪の女の子が現れた。
背が、私よりも低い。
大人びた顔のおかげで、身長はそれほど気にならない。
「なにしてるの?」
「ごめん、アニ。今もどるよ。」
金髪の女の子は、アニというらしい。
アニちゃんは私の顔を見たあと、ベルトルトの顔を見て、知っていたかのように喋った。
「なまえさんって、あなた?」
「ええ、そうよ」
「・・・そう。」
同じくアニちゃんも、何か言いたそうにしていたけれど、そっと席に戻っていった。
ベルトルトくんは本を抱えて、私に軽く微笑みかけてアニちゃんを追いかけた。
なにか、ざわざわしたものを感じたけれど、考えなくていいのだろうか。
そっと仕事に戻り、何故アニちゃんが私の名前を知っていたのかという疑問に襲われたけれど、振り払うことしかできなかった。
聞いても、答えは大体予想できる。

テレビから流れるニュースを見ていたライナーに、声をかけた。
「ねえ、ライナー。水曜日はどうする?」
皿を洗い終わって手を拭きながら私がそう言うと、ライナーは疑問もないような顔でこちらを見る。
「水曜日?」
「水曜日のこと、決めてなかったじゃない。」
図書館で中学の同窓と鉢合わせた日、どこか行こうかと嬉しいことを言ってくれたのだ。
私は映画館に行きたい。
と、希望を言ったまま話は止まっていた。
その休みである水曜も、来週だ。
早めに決めておこうと思った。
けれどライナーから、ぽつりと零れるように言葉が落ちた。
「なんのことだ?」
「え?」
「水曜日に何かあったのか?」
一瞬、覚えのある違和感が肌を撫でる。
でも違う、その違和感と一緒なはずがない。
仕方ないと思って、もう一度問いかけた。
「祝日で休みでしょう?だから、暇ならどこか行こうって」
空気が消えたように、静寂が走った。
その静寂の中で水のように流れるテレビのニュースキャスターの声が聞こえる。
ライナーは、ばつが悪そうに笑った。
「そうだな、水曜日は暇だったな、悪いな、物忘れがひどくて・・・。」
物忘れ、と聞いて、肩の力が抜けた。
「その歳で?」
冗談めかしく聞くと、どことなく疲れた笑顔を見せた。
でも、いつものライナーだ。
何の変哲もない、いつもの笑顔。
学校が忙しいのだろうか。
忙しくて予定を忘れるなんてことも、あるにはある。
「大丈夫、大丈夫だ。疲れてるだけだ。」
「疲れるのなんて、よくないわ」
「そうだな。」
「休みなさいよ」
「ああ、お姉さんの言うとおりだ。」
そう言って、ライナーは私から視線をずらしてテレビに向けた。
流れるニュースはなんだったか、天気が悪いとか、強盗が捕まったとか、そんなこと。
「お姉さんといると、疲れてることを忘れられる気がするんだ。」
「そう」
疲れているという自覚があるなら、休めばいいのに。
簡単に休める時間があるなら、苦労しないか。
そう思って、冷蔵庫を開けて二人分のお菓子を手に取った。






2013.08.05

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