おとなとこども


おとなの続き

「ミケさん!」
いつものように、ミケさんの部屋の扉を勢いよく開ける。
また床に酒瓶が転がっているけど、ひとつ違うことがあった。
ベッドで寝ているミケさんに飛び乗ってお腹の上で飛んだり跳ねたりしようとして近寄ったら、ミケさんがパンツ一枚だった。
真っ先に思ったこと、このおじさん黒いパンツ履くんだ。
かろうじて左半身に毛布がかかっているけれど、私の襲来に気づいて体を動かした際、全部どけられてしまった。
「・・・ん。」
寝ぼけたミケさんが、こちらを見る。
私は途端に、見てはいけないものを見てしまったように恥ずかしくなって、顔が真っ赤になってしまった。
「やだあああああ!なんか着て!!!」
呻くミケさんに、近くにある服をひたすら投げつけた。
多くは私服だろうけれど、すごく大きい。
私が二人分入るくらいのサイズのシャツが、ごろごろある。
2m近く身長があるんだ、当然服も大きいに決まってる。
私が持つと旗みたいだ。
投げつけていて思ったけれど、服を山積みにする癖でもあるのだろうか。
先ほどから、とても服が掴みやすい位置にある。
服まみれになったミケさんが、ベッドの上で眠そうにのっそりと動く。
「なまえ・・・突撃しておいてこれはないだろう・・・」
小さく呻いたミケさんに服を投げつける手を止めると、すっと顔をあげられ、鼻で笑われた。
「鼻で笑わないで!」
手の届く範囲にあった書類を投げたら、ミケさんの頭にぶつかった。

眠そうなミケさんを放置し、昼飯用の買出しに一人で向かった。
私は見た目が子供だから、買出しにいくと時たまに子供だと勘違いした人が安くしてくれたりおまけしてくれたりする。
そういうやり取りも楽しいので、買出し係りは喜んでしている。
果物屋の前にきて、色の綺麗な林檎をいくつか選んで、店の人のところに持っていく。
店番は、そこそこ歳のいったおばさんだった。
「あら、おつかいかい?」
「はい!」
林檎を受け取り、袋詰めをしながら、おばさんが微笑む。
「偉いねえ、今日は何を食べるんだい?」
そう言ってから、値段を告げる。
財布を取り出して、お金を漁った。
「今日は林檎を使った・・・」
そこまで言ったところで、おばさんに顔を顰められた。
まだ、何も言ってないのに。
そしておばさんは、私の財布を指差した。
「なんだい、その財布。親の財布くすねたんじゃないだろうね?」
私は財布を見た。
なんてこともない財布だけれど、金額は多めに入っている。
だってこれ、班まるごとの財布だし。
もっと言えば兵長あたりの人も、必需品ならこの財布で買い物してるって聞いたし。
「違います、ちゃんと預かったものです!」
私のことを胡散臭そうに見たおばさんが、そっと林檎をつめた袋を渡す。
確実に疑われている。
財布の中身を見られるとは、思ってもいなかった。
すこしだけ暗い気分になって、帰り道を歩き出した。
林檎の袋、重いなあ。

「ペトラ、どうしたら大人になれるかな」
林檎の皮をひたすら剥くぺトラに、話しかけた。
どうして?と聞かれて、つい先ほどのことを洗いざらい喋ってしまった。
眉を潜めるぺトラを見て、なんとなく身構えてしまう。
でも、ぺトラは言うことが違った。
「大人になるっていうのは、体のことじゃないの。」
「そうなの?」
「そうよ。」
「私、こんなに小さいのに」
「ち、小さいのなら、へ、兵長だって・・・」
「ちょっと!聞かれたらまずいよ!」
大急ぎでぺトラを嗜め、話題に戻った。
私は身長も体重も体つきも、ぺトラより一回りは小さい。
ぺトラも背は高いほうじゃないけれど、私と並ぶとぺトラが大きく見えてしまう。
勝手にお姉さんのように思っていた。
優しそうに笑うぺトラが、お姉さんに見える。
「心よ。心が大人なら、なまえは当然、立派なレディよ。」
レディ、という意外な言葉が飛んできたことに目を丸くしていると、笑われた。
ミケさんはきっと、大人の女の人が好きに違いない。
色っぽくて、仕草も綺麗で、立ち振る舞いも綺麗な人が、きっと好きなんだろう。
そう思うと、早く大人になりたいと思う。
「私、すてきなレディになれるかな」
自信はまったくないけれど、大人になればきっとミケさんともっと話せる。
「なれるわよ!」
ぺトラが、にっこりと笑った。
可愛くてお姉さんみたいで、羨ましい。
私が口をすぼめていると、ぺトラがにまにましながら林檎の皮を剥く手を止めた。
「なまえは最近、可愛いからね。」
「なんで?」
ぺトラは相変わらずにまにました顔で、得意げに言う。
「恋をすると、女の子は可愛くなるの!知ってた?」
「ああ、だからぺトラは可愛いのね!」
納得すると、火でもついたかのようにぺトラが赤面した。
知ってるのよ、兵長のことが好きなこと。
「もう、やめてよ!」
照れるぺトラは可愛いな、と思って剥いた林檎の皮に手を伸ばして食べると、また笑われた。
「自身持って。」
林檎の皮をしゃくしゃくと食べる私は、まだレディになれそうにない。
今日はぺトラが特別に林檎パイを作ってくれているので、そろそろ皆が美味しい匂いにつられて現れるだろう。
「でもなあ、ミケさんは、私もあまり話したことがないっていうか。」
剥き終えて果実の肌だけになった林檎を切り出したぺトラが、そう言った。
口数が少ないというか、殆ど喋らないのは確かだ。
ミケさんと一番話してるのは、多分ハンジさんか、団長さんだろう。
よくわからない人だけど、私は好き。
林檎パイを作る作業に本格的に取り掛かったぺトラを置いて、そっと食堂を出た。
廊下を出た瞬間に、行くところは決まっていた。
ミケさんの部屋にまで辿りついて、ノックする。
ひょっこりミケさんの部屋の扉を開けて、覗く。
「ミケさん、いる?」
私の声に、部屋の影からミケさんが顔を覗かせた。
机に向かってたようで、手にはペンが握られている。
部屋に入って、ミケさんの空いている腕を掴んだ。
「ね、お散歩いこ。」
「何故だ。」
即刻疑問をぶつけられた。
ミケさんの腕をぐいぐいひっぱり、無理矢理立たせようとするけど全然動かない。
「買い出しだよ、買い出し。」
ぐいっと引っ張りすぎて、私が思い切り後ろに転んで呻く姿を見て、ミケさんはようやく椅子から立ちあがった。

日が下がってきた頃の街は、まさに黄昏といった空気で、この空気がけっこう好きだった。
私とミケさんが一緒に歩くと、やっぱり親子みたいで。
道行く人が、たまにミケさんが一般人じゃないと気づく様子がとても面白かった。
「何を買いに来たんだ。」
ミケさんを見上げ、にっこりと笑う。
服の裾を掴んで、指をさした先を見て、ミケさんが鼻で笑う。
「お酒!買おう!」
空いたばかりの酒屋に、二人で踏み込んだ。
店に入ってすぐ、店主と思わしきおじさんが私を見て棚を整理する手を止めた。
次にミケさんを見て、もう一度私を見る。
店主が見るのをやめた。
きっと、親子だと判断された。
私は棚にあるひとつの酒を、背伸びして取って、ミケさんに見せた。
「これ買うの!」
私が持つ酒を疑問たっぷりの顔で見る。
「一緒に飲みたいの!」
そう言うと、鼻で笑われたけど、全然口元が笑っていなかった。
こういうところもミケさんらしい。
「飲める歳だったのか。」
「飲める歳よ!?」
ミケさんは、私をどれだけ幼く見てるのだろう。
きっと冗談だろうけれど、年齢的にはいいだろうと思っていた。

ミケさんの部屋で、お酒を飲むことにした。
あんまり見たこともない、高そうなグラスにお酒が注がれて、グラスがきらきらしている。
見てるだけなら、美味しいお菓子みたい。
グラスを見つめる私を見て、ミケさんは鼻で笑った。
むっとしたので、グラスに注がれたお酒をぐいっと飲む。
すこしくらいならと高をくくったのがいけなかった。
酒瓶に同じ量を注いで飲んでも、ミケさんはびくともしない。
なのに私は一杯目で、なんだかくらくらした。
「なまえ、おい。」
すぐに異変に気づかれたけれど、跳ね除けた。
一杯、二杯ときたところで、なんとなく朦朧とした。
それでも飲んだら、完全に頭が回らなくなり、会話もままならなくなったのだ。
机に突っ伏して、わけがわからずへらへら笑う私。
とんでもなくどうしようもない。
「おい、なまえ、なんで無理をした。」
ミケさんの言葉すら、遠くから聞こえるようだ。
予定では、楽しくお酒を飲むはずだった。
想定の範囲外なんて限度を越えた状態に、一番悩まされてるのはミケさんだろう。
「あ、頭、痛い」
「なんでそんな無理をするんだ。」
呆れたような声。
なんでこんな暴挙に出たかも、酔った頭じゃ出てこない。
「ミケさぁん」
ふらつく足取りで、ミケさんに近寄って、膝の上に強引に座った。
大きな胸板に頭を押し付け、呻く。
ミケさんの顔を見て、お父さんに甘えるように、なんとなくキスしてしまった。
ちゅ、と音が鳴る。
酒くさいキスをしてしまったなあ。
それよりも、酔いで気づいてないだけで、とんでもないことをしてしまった気がする。
前に匂いを押し付けるように抱きついたときも、こんな感じだったなあ。
「まったく・・・。」
頭上から、声が聞こえた。
さっきよりもよく声が聞こえる。
「ごめんね、ミケさん、私まだレディじゃないや・・・」
そう言って、目を閉じた。
だいぶ回ったお酒に、明日の朝に地獄を見ないといいな。
「おやすみ、なまえ。」
なんだかとても幸せな言葉が聞こえた気がする。
でも、とっても眠い。
大きな体に抱きつくと、自然と眠気が私を包んだ。






2013.08.04

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