03






朝までライナーを寝かせ、出勤と同時に見送った。
一通り道を教えたので、これで迷うことはないはずだ。
それでも、また来ていいですか?と聞かれ、いいよと答えてしまった。
善意をそのまま受け取る、純粋な子。
子供なら、それくらい当然だ。
悪意にまみれたままの子供では、大人になってから善意の振りまき方を知らずに苦労するだけ。
私が振りまいた善意を、受け取られて、このまま何かに発展するのだろうか。
ライナーにとっての良い人になりたいわけでもなく、非常に気になるだけだ。
相手の気持ちを考えていないだけで、盲目の恋か何かになりそうな予感がする。
すこし前に読んだ少年愛の本の内容が頭に沸いて出たけれど、振り払った。
その日はいつも通りで、帰りに喫茶店にも寄ったけれど、ライナーはいなかった。
帰宅し、ライナーが寝ていったあとを片付けると、以外なものを見つけた。
大きめの缶のような、中にシャーペンやボールペンや消しゴムが入ったケース。
見事に、ペンケースを忘れていった。
学生がペンケース忘れるなんて、あってはならない事態。
忘れ物をペンケースだと理解した瞬間、顔を歪めた。
筆記用具系等を忘れるのは、仕事場に社員証の類を忘れるのと同じようなもの。
学校に届けようかと思ったけれど、やめた。
筆記用具のない学校生活なんて、想像しただけでぞっとする。
上手く切り抜けてることを祈るばかりだ。

それから数日。
水曜日なのに、あのベルトルトという男の子を見かけた。
制服のままで、本をいくつか選んでは手元に溜めている。
ライナーは隣におらず、挙動からして一人で来たのだろう。
分厚い本を何冊か持って、貸し出し受付に来たので、黙々と本を貸し出しコードに通した。
通し終わり、ふと顔をあげて、もう一度ベルトルトくんだということを確認する。
「ベルトルトくん、よね」
「はい。」
名前を呼ばれ、心底不思議だといった様子の顔をした。
ライナーの隣にいるときはよく見えなかったけど、この子はこの子で可愛い顔をしている。
何度か事務的なことを話したことはあるけれど、ベルトルトくんに私から話しかけるのは初めてだ。
話しかけたからには話さねば、と本題に入った。
「ライナーと一緒じゃないの?あの子忘れ物したのよ」
「忘れ物?」
「ペンケースを、ね」
「図書館に、ですか?」
ベルトルトくんの、不思議そうな顔。
しまった、と思った。
私とライナーが面識があることを、ベルトルトくんは知らない。
ましてや何故、名前を知っているのか。
ライナーの友達というだけで、ここまで警戒心が薄くなったことに、とても驚いた。
まず、言い訳を考える。
無難なものは、ひとつしか思い浮かばなかった。
「最近話したのよ。あなたのこと、友達だって」
嘘は言っていない。
図書館で話した、といえば、まあ納得はしてくれるだろう。
そうタカをくくったけれど、今だベルトルトくんは不思議そうな顔をしたままだ。
これが険しい顔にならなかっただけ、まだいい。
「そうですか。」
「ええ、貸し出しのもの書かせたとき、ね」
「ああ、そうなんですか。」
「これなの。金曜来たら渡そうと思っていたんだけど、頼んでいいかしら」
手元の鞄を漁り、ベルトルトくんにペンケースを渡した。
ペンケースを受け取った時、ベルトルトくんの手がすごく大きく、端を持ったはずなのにベルトルトくんの指先が私の指先にまで届きそうだった。
よく見なくても、身長はライナーよりも高い。
背が高い同士で仲良くなるものなのか。
「ペンケース、ライナーに渡しておきます。」
ペンケースを受け取って、にこりと笑ったベルトルトくんが鞄にペンケースを入れた。
体と持ち物の大きさが吊り合ってないベルトルトくんが、微笑ましい。
「ありがとう」

金曜日、図書館にライナーは現れた。
私を見ると、にっこりと笑った。
隣にいたベルトルトくんは、何事もなかったかのようにしていたけれど、なんとなく横目でこちらを常に見ているのを感じた。
警戒されてしまったか。
ライナーは終業時刻まで、図書館の出口で待っていてくれた。
隣にいたはずのベルトルトくんは、既にいない。
仕事を終えた私に、早速ライナーは話しかける。
「行っていいですか?」
「いいよ」
部屋に連れ込むと同時に、ライナーはいつの間にか私の本棚の前にいた。
そんなに本が好きなのだろうか。
たしかに、本は暇つぶしになるし、欲しい知識を与えてくれる。
勉強の合間にも、知識を得る傾向がある子なのだろう。
そう推測したけれど、単に文学が好きなだけなのかもしれない。
座り込んで、本棚の下の段を、ずっと見ている。
「リラダンですか。」
ひとつの本を手に取り、そう言った。
手にあったのは、リラダンの著書。
座り込むライナーの隣にまわり、本の表紙を撫でた。
「そうよ、未來のイヴ。あとは」
私は下の段の本の背表紙に指を滑らせ、目当てのものを見つけると、さっと引き抜いた。
薄汚れた短編集。
本に話しかけるようにページをめくった。
「追憶売ります、の作者。アンドロイドは電気羊の夢を見るか?って、知ってる?」
「いいえ。」
「古いかあ」
さすがに、古い作家までは知らないようだ。
ここの本棚は、学生時代に文学に目覚めた際に集めたものが揃っている。
古い作品が主で、最近の作品はあまりない。
「未來のイヴは」
ライナーが手に持っている未來のイヴの古ぼけた表紙を、そっと撫でた。
指に古書の匂いがつくのも、私はとても好き。
「アンドロイドという言葉を初めて要いたわ。理想の女性を求めるあまり、堕落していく話よ」
未來のイヴの内容を、伝わるように、短く解説する。
この話は、結局のところ「喪に服す」話で、喜劇ではない。
理想の女性が作られていく過程は、本の中の登場人物にとっては神でも作り出してる気分なのだろうけれど、読む側からしたら飽きるだけ。
それがいいと言う人間が沢山いたからこそ、後世に残っている。
本とは、話とは、そういうものだ。
「理想の女性を生み出しても、結局は、理想を願う本人が絶望してしまうの」
表紙を撫でる手をどかし、ライナーの顔を見ると、すぐに目があった。
本当はアンドロイドのことを説明したかったのだけれど、説明オタクになるのは御免だ。
「こんな話かな」
「お姉さん、説明上手い。」
「それはよかった」







2013.08.01

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