02






見知らぬ、といっても、お互い顔は知っていたから見知らぬわけではない。
私が一方的に見ていたのと、相手にしてみれば土地感のありそうな人、という立場でしかないのだ。
家にあげて、私が二人分のご飯を用意する間に適当に座らせ休ませた。
外で学生がうろうろしているのか、知らない人の家にいるの、どちらが悪いことになりやすいかと聞かれれば、ほぼ全ての人が後者を答える。
けれど、大体の悪いことには汚い気持ちが絡んでいて、その汚い気持ちを加える側が女性だという場合を、大体の人は想定しない。
それでも悪いと言う人には、善意という言葉で全てを片付けよう。
道に迷って困った学生を、放っておくほうが悪いことだ。
ふたつのコップに水をいれてテーブルの上に置くと、男の子はコップの水の量が少ないほうを選んだ。
遠慮がちなのか、と思ったけど、女の家にあがったのだ。
緊張から生まれる遠慮なのだろう。
二人分の料理を作るなんて久しぶりだ、と思いながらフライパンを片手にキッチンに立っていると、自分がまだ外の匂いを漂わせていることに気がついた。
埃の匂いは、好きじゃない。
即席に近い作り方をした肉野菜炒めを出すと、お腹が空いていたようで、すぐに食べ始めた。
もっとがっつくと思ったけれど、そうでもない。
体育会系の体格なのに、食べ方は大人しい。
食べながら話したことから、分かったことがいくつかある。
男の子の名前は、ライナー。
近くの偏差値の高い高校に在学している、家は遠いから金曜日にしか図書館に来ない。
隣にいた黒髪の男の子は、ベルトルト、金髪の女の子はアニ。
食事のマナーは、かなりよかった。
それくらいだが、幻滅しなかったことに安心した。
無法者の若いだけの高校生だったのなら、即座に追い出している。
買ってきたお菓子を冷蔵庫につめて、ライナーと向かい合う形で座ると、質問がきた。
「お姉さんはなんて名前なんですか?」
取ってつけたような敬語に、緊張した顔。
「なまえよ」
なまえさん、と覚えるように反復したライナー。
私の名前を呟くその唇は、薄くて、触れば体温が感じられそうだ。
この制服を脱がしてしまえば、この子はただの男性だろう。
大人になりかけの、大きな子供。
そんな見た目と顔つきをしている。
「なまえさんは毎日図書館にいるんですか?」
「そうよ、仕事だもの」
「俺、よくなまえさん見てたから。」
「そう」
「なまえさん、机の上に本置いてますよね。あれは読んでるものですか?」
「ええ、読んでるわ。仕事の空き時間にね」
「カニバリストの告白なんて読む女の人、初めて見ましたよ。」
本の話を振られ、私の気が変わった。
偏差値が高い高校にいても、本を選んで読む時間があることに、まず感心した。
「わかるの?」
「色々読んでるつもりです。」
「暇なの?」
「片っ端から読んでるだけです、本は読んで損はないでしょう。」
それからは、肉野菜炒めを黙々と食べ始めた。
仕草ひとつひとつが、大きな体に似合わず細かい。
本当は普段から敬語を使わないであろうことが、声の節々から聞き取れる。
あくまでも優等生か何かの良い立場ではいるけれど、それに見合う丁寧さは、良くも悪くも無さそうだ。
コップの水を一口飲んでから、私は部屋の壁際にある本棚を指差した。
「そこの本とか、たまに読みに来ていいから」
本棚には、文庫からハードカバーまでびっしりと並んでいる。
それ見たあと、ライナーが不思議そうな声を出した。
「えっ、あの・・・」
視線を本棚からずらして、ライナーを見た。
ライナーの顔が赤い。
「また来ていいんですか?」
そりゃそうよ、と言いたいけれど、そういうわけにもいかない。
相手は高校生だから。
「暇ならね」
「ありがとうございます。」
余計なお節介なのに、真に受けたライナーに微笑ましくなる。
隠す気もないので、ライナーに微笑みかけると、皿を見つめられたまま俯かれてしまった。
その顔がほんのりと赤く、俯いた顔に出来た影が、余計に頬を目立たせている。
しかし相手は男子高校生。
肉野菜炒めのおかわりを強請られることは、なかった。







2013.08.01

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