おとな

今日の匂いは白桃の香水。
うなじと手首につけて、鏡で今日もしっかり着こなせているか確認する。
ふふん、と鼻を鳴らしたあと、部屋を飛び出した。
軽快にブーツの音を響かせながら、廊下を走る。
いつもならぺトラに怒られるけど、今はちょうど飯当番だ。
向かう先は決まっている。
「ミケさんおはよう!!!」
そう叫んで、ミケさんの大きなお腹の上で飛んだり跳ねたりしたら、呻きながら起きた。
ぐおおうおおと呻くミケさんを見て、笑った。
部屋の床には酒瓶が転がってる。
どうせまた、一人でお酒を飲んでいたのだろう。
私が飲める歳になったら、絶対ミケさんと飲んでやる!
「ミケさん、朝!おっきしてええええ」
「なまえ、うるさい、うるさい、今起きる!」
「やったあ!食事しよう!」
すぐにぺトラ達のいる食堂に駆けていくと、スープを作っているぺトラと目が合った。
朝から生き生きした顔を見て、ぺトラが顔を顰める。
またやったのか、そう言いたげな顔だ。
「ぺトラ!今日のスープはなに?」
「芋と牛乳がメインよ。それよりなまえ・・・」
腹を抑えながら部屋から出てきたミケさんを見て、朝からペトラが怒鳴った。
「もう、なまえ!ミケさんにいじわるしたら駄目よ!?」
「いじわるなんか、してないわ!」
私は、非常に子供っぽい。
見た目もさることながら、中身まで子供っぽい。
人はそれを白痴というらしいけれど、そこまででもない。
住んでいた場所に巨人が襲ってきたあの日以来、成長が止まってしまったのだ。
精神的な問題なので、心配はいらない。
そんなことを言い訳に弱く生きたくなくて、訓練兵にもなって、ここまできた。
それでも、皆と比べえると私は子供なのだ。
討伐数なら、多いのにな。
ミケさんは、お腹を押さえながら黙々とスープを食べ始めた。
口髭がひょこひょこ動くのが、なんだか可愛い。
きっと、可愛いなんて言ったら怒るだろうなあ。
席について、私も黙々とスープを食べる。
ぺトラは芋を大きく切りすぎだと思うけれど、美味しいことに代わりはない。
ふと、ぺトラが部屋を離れた隙に、ミケさんに聞いてみた。
「怒ってる?」
「いや、怒ってない。」
そっか、と私が言うと、ミケさんがまた私の匂いを嗅いだ。
今ここで私の匂いを嗅いでも、スープの匂いしかしないだろうに。
奇妙な行動をする人だけど、私はミケさんになんとなく懐いてしまった。
ミケさんは、身長が2m近くある。
私は140cmしかない。
見た目も中身も非常に子供っぽいので、なんとなく静かなおじさん、もといミケさんがお父さんに見えて、安心してしまうのだ。
逆に、兵長はとっても怖い。
小さいのに、すごい目つき。
怖くていつもミケさんにくっついていたら、街に買い出しに行った時に親子と間違えられた。
私はショックだったけど、ミケさんは鼻で笑ってた。
「白桃か。」
私の匂いを嗅いだミケさんが、香水を当てた。
急に嬉しくなり、有頂天になったのを隠して照れ笑いをした。
「あ、わかったの?」
「子供がつける匂いじゃないな。」
冷静に、吐き捨てるように、静かに言った。
たしかに正論ではある。
ただミケさんを振り向かせたくて、つけた香水だ。
むっとした私は、つい言い返してしまった。
「子供じゃない」
「どう見てもちみっこい子供だ。」
頭をぽんぽんされ、仕返しにミケさんの頭もぽんぽんしようと必死で手を伸ばしたけど、届かない。
テーブルから離れて、ミケさんの隣にいこうとしたら、ミケさんも立ち上がって食堂を出て行ってしまった。
どう見ても違う歩幅で、一生懸命追いかける。
「やだ!まって!」
私のただっ子のような声。
切羽詰ったり焦ったりすると、すぐこの声がでる。
ミケさんは立ち止まってくれたものの、冷たく見下ろされた。
「子供じゃない!」
「子供だろう。」
ミケさんの無口加減から出る言葉は、無駄なことを省いた直球な言葉ばかりだ。
それに対抗してしまう、私も私。
「もっと大きくなる!絶対なる!」
ふう、とため息をついたミケさんに、私の心がしぼんだ。
やっぱり、子供なんか相手にしてくれないんだ。
俯くと、ミケさんは聞こえるか聞こえないかの声で、希望が見えることを言ってくれた。
「嗅ぐときに、わざわざ腰を折らないくらいまで身長を伸ばしてくれ。」
その言葉に、ぱっと元気が沸く。
やった、そう思っていると、なんとミケさんが抱っこしてくれた。
身長2mまで持ち上げられ、視界がぐらつく。
いつもこんなに高いところから見上げているのか。
ミケさんが、とっても羨ましい。
「高い!高い!すごい!」
きゃいきゃい騒いでいると、ミケさんはすこしだけ口元を歪めた。
笑っているのかもしれない。
笑っているんだと、嬉しいな。
「君はいい匂いがするね。」
ぶわ、と背中に暖かい気持ちが走り抜ける。
嬉しい、その思いが駆け巡った。
恥ずかしがってはいけない、そう思って、ふんと鼻を鳴らしてみせた。
ミケさんの真似だけど、偉そうにするには十分。
「ふふん、私の魅力に気づいたのね!」
「まさか。君は子供だ。」
ミケさんの口元の髭が、にゅっと曲がる。
一緒にいると、安心する。
私は子供なのかなあ。子供だけど、私はミケさんが好きだなあ。
ミケさんに向かって両手を伸ばしたら、ぎゅーってしてくれた。
ミケさんに、匂いうつしてあげる。

2013.07.30

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