猥を紡ぐ



襲われそうになったので、相手を返り討ちにした。
私に武道の心得があって身を守れたことも、よくある話。
寝込んでいる私を襲おうとした相手が権力者のご子息だというのが、全ての問題だった。
罵声を浴びせられ、村の人達からはボコボコに殴られ、着の身着のまま拘束され、監獄行きの荷台に積まれた。
たしかに、相手を再起不能にした。
でもそれは、相手が一時の感情で私を再起不能にしようとしてきた不条理のせい。
顔見知りが突然殴りかかってきて、殺意にも似た欲情を向けられる恐怖が、みんなにわかるの?
やった、やられた、やりかえした、やり返された。
単純なことが、立場で変わるのが正義なはずがない。
監獄に到着してから大暴れして、視界に入るもの全てを殴った。
小さい頃からなまえちゃんなまえちゃんと可愛がってくれた近所の人たちが鬼の形相で殴りかかってきたのを思い出して、悲しくて泣きながら看守を殴り、拳が痛む。
四人目の看守を殴り倒したところで、後頭部に裂けるような衝撃が落ちて、気を失った。
気付けば囚人服に着替えさせられ、お気に入りの簪も消えている。
一週間ほど独房に放り込まれ、考えた。
この出来事が都会で起きたのなら闇に葬られて終わったのだろう。
健全に生きていても、ある日突然変わる。
それが自分の身に起きてしまっただけ。
受け入れようにも、黴臭く暗い監獄では息を殺して心臓を動かすしかなかった。


「15番!出ろ!」
やる気のなさそうな看守の男性に腕を引かれ、独房から引きずり出される。
看守の男性――狸のような雰囲気の男は、黴臭い囚人服に身を包んだ私を縄で巻く。
身動きがとれないまま、他の看守を睨みつけた。
全員の顔に、痣や怪我がある。
「あはは、ぶっさいくな顔だね」
「15番、私語は許可していない。」
収監当時の私が大暴れしたせいで怪我をした看守たちに笑いかけると、軽く突き飛ばされた。
「おじさま、なんていう名前なの?」
狸のような看守は「慎め。」とだけ言って、名乗ってくれなかった。
泣き叫びたいのを我慢した私は、目隠しをされた。
縄を引かれ歩く間「女がここに来るってよっぽどですよ、何やったんだ。」という声がした。
語気からして、囚人の声。
裸足のまま長いこと歩かされ、埃と黴の匂いに包まれた監獄から離れた。



次に視界が開けた場所は、洋風の一室。
目の前には厳めしい軍服の男性が立っていて、看守は敬礼している。
「この女の罪状は何だ。」
看守にそう言った男性の声は、驚くほど低かった。
私の真横に立つ看守が「15番の罪状は暴行です。」と告げる。
看守に呼ばれた番号が、ここでの名前。
罪状がついた身の意見は通らない。
軍服の男性は、私をゴミでも見るような目で品定めした。
鋭い目つき、威厳を主張したいかのような顎髭、低い声、たぶんこの男性に捕まれたら勝てない。
私が相手を返り討ちにできたのは、私が普通の人より危機管理能力が多めにあり、相手に武道の心得がそんなになかったからだ。
低い声が、吐き捨てるように繋がれる。
「門倉看守部長、下がれ。一時間後に来い。」
門倉と呼ばれた看守は一度礼をして、私を置いて立ち去る。
本音を言えば、どこに行くんだと叫んで看守にしがみつきたい。
でも、やらなかった。
床に目を伏せず、厳めしい男性と目を合わせる。

「貴様の罪状は筋書も動機も欠伸が出るほど単純だ、私の監獄で貴様は糞の役にも立たん。
資産家子息が使い物にならなくなったことのほうが重大だと勘づいているだろう、その責任を取ってもらう。」

私の監獄、という言葉で察する。
決まり事が全ての環境下では道徳も死ぬ。
暗く鋭い目と視線を合わせ、これから起きることを受け入れた。
男は近くにある本棚に向かってゆっくりと歩き、慣れた手つきで本棚に収納された本に触れている。
「文字は読めるか。」
男が本棚から取り出した箱を開け、私を伺った。
「読めます」
「こちらに来い。」
箱の中身は、本。
机の上に黙々と置かれていく本のひとつを手に取り、中を見る。
短編集だろうか?
目次を見ようとする私の肩に、男の手が置かれる。
「外役の時間を昼から夕方にずらしてやる、その代わりに私の元でこれらを読め。」
頷くしかないが、なぜこれを私に?
本を読み進め、飛ばしながら全容を把握しようとすると男の手が本を掴んだ。
「読み進めてしまっては、楽しみが薄れるだろう。」
「…あの、貴方をなんとお呼びすればよろしいでしょうか」
「犬童と呼べ、それ以外は許さん。」
「犬童さん」
ぴしゃり、と低い声が正す。
「犬童、だ。」
意味するところが分からず、背筋が冷たくなる。
自分よりも年上、そして監獄の長である人物の名を呼び捨てるなんて自殺行為なのではないか。
今の私は、囚人。
「犬童、なぜこれを読ませるの?」
「知る必要があるのか。」
「ある…と思う」
もっと言えば監獄に足を踏み入れた瞬間から、意見などあってないようなもの。
つまり私は、村の人にボコボコにされた時に死んだ。

低い声で、答えが返ってくる。
「脱げ。」
こういう形で全裸になるの、嫌だったなあ。
呆れ半分、自暴自棄半分で囚人服に手をかけ所々汚れた肌を曝す。
手足に痣や擦り傷が目立つが、治らない怪我ではない。
何を言われても身体を馬鹿にされてもいいように、男から目を離さずにいた。
洋室で男を目の前にして全裸になると、犬童が部屋に続いている別室の扉を開ける。
ああ、そういうのか。
囚人服を拾い上げ、別室に入るとすぐに扉が閉まり、鍵のかかる音がした。
嫌な音だ。
さあ、この地獄に身を任せよう。
覚悟を決めた私の前に、男性器でも拳でもなく本が差し出される。
「声に出して読め。」
全裸のまま本を受け取り、表紙を開く。
題名、作者、どれも知らない。
犬童が私の腕を掴み、オイと低い声で唸る。
「なまえ、座れ。」
低い低い声の男が、私の名前を呼ぶ。
あれ?この人いま初めて私の名前を呼んだ?
ここでの名前は15番のはずだけど、と唖然としていると、私の片手と犬童の片手に手錠がかかる。
「…えっ」
「座れ。」
そう言った犬童が床に四つん這いになると、手錠で繋がれた手がひっぱられ前のめりになった。
座れ、と言って四つん這いになった犬童の背中に座り、これが正解なのかと震える。
風呂にもロクに入っていない身体で人の背中に座り、頭の中を困惑が支配した。
読む、読む…そう、音読すればいい。
そうするだけで、外役が少し軽くなるんだから。


「たどたどしい手つきで自慰行為を始めた瑞穂を見ているだけで、衝動は駆り立てられる。」
手錠のかかった手で本、もとい官能小説を音読し始めてから30分は経過した。
本の中のお嬢様と使用人は濃厚なまぐわいを見せているし、椅子にしている犬童は息が物凄く荒い。
「瑞穂の乳房の先を刺激すれば、瑞穂から甘い声が漏れ続けた。」
音読で外役を免れているのだ、それはそれはもう良い音読をしないといけない。
情景説明は丁寧に、登場人物の言葉は扇情的に。
「『大きくて愛らしい乳房ですね、なんていやらしい。』」
背中に座っているから見えていないものの、犬童の腰のほうが時々動くのが振動でわかる。
なんの動きか分からないし、分かりたくもない。
ふーっ、ふーっ、と荒い息が聞こえる合間に呻きとも喘ぎともとれる声がする。
「『や…ふしだらだと思わないで…おねがい…。』」
私は何をやっているんだ?
「可愛らしい声で鳴く瑞穂に、今まで感じたことのない興奮が背筋を襲う。」
音読しながら、すこしだけ整理する。
私は武道をやっていたおかげで体格、特に背丈に恵まれ、犬童よりも背が高い。
犬童は自分よりも背が高く足も長い女に興奮するのだろうか?
それにしては、やり方が不可解だ。
一通り満足した犬童は何を言い出すのだろうか。
あの目つきを私に向け「同じことをしよう。」と言い出したら?
それでも拒否権はない、私は囚人なのだ。
「膣内の感触を探りながら、瑞穂の反応を見る。ゆるゆると指を動かせば、瑞穂は高い声で鳴く。」
そう、私は囚人だ。
「私の前だけで乱れてくださいと安心させて、落ち着かせて、身体を任せてもらう。………一説、終わりました」
「…よかったぞ、なまえ。」
だからなんで私を名前で呼ぶんだ、この人は。
本を閉じて、犬童の背中から立ち上がる。
四つん這いになった犬童が、私を見上げた。
「…一日に一時間、同じことをしろ。私の気が済むまで、な。」
「どうしてですか?」

つい、聞いてしまった。
犬童は囚人である私を好きにできるのに、なぜこんなことを。

「貞操の危機を感じて、男を殺すような女が………どのような辱めが相応しいか、私なりに考えた。」
立ち上がって手錠を外す犬童の股間を、嫌でも見てしまう。
痛そうなくらい勃起した男性器は、服の中に収まっている。
「身の危険に晒されながら、淫猥な言葉を紡ぐ奴隷だ。」
どれい、と言う犬童は顔色こそ変化があまりないものの、下半身はしっかりと反応している。
犬童はようやく私の身体に触れ、みぞおちから臍下までを指先でそっと撫でた。
官能小説で茹で上がった子宮から愛液が湧き出る感覚の前触れがして、本を握りしめる。
「独房に入れてやろう、本は持っていけ。」
犬童の提案を受け入れると、近くに置いていた囚人服を手渡された。
投げつけてもいいのに、何故。
服を着る間、犬童は私を見ていた。
一挙一動を記録するかのような目つきに、薄暗い寒気と興奮が混じる。

「犯されると思ったか。」
「…はい」
犬童の口元が、卑屈に歪む。
ふと、私の脳裏が焼ける。
なぜあの日、私は襲われたのだろう、なぜあの日、偶然にも監獄行きの荷台が村に来ていたのだろう。
犬童が口にしていた「貴様の罪状は筋書も動機も欠伸が出るほど単純だ」
――筋書、とは?
「じっくりと犯してやる、殺した男の顔すら忘れるほどにな。」
足元に落ちた手錠が、鈍く光った。




2022.06.03



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