神のご加護があってたまるか



アニメで毎週号泣している
キース教官がかっこよすぎて2022、盛り上がってきた





耳を塞いで、口蓋の中で舌を暴れさせると頭蓋骨の中に音が反響する音がした。
「ああ!?ここどこ!?」
真横で寛いでいたキースに叫びかけて、眠り慣れたシーツの上で目をこじ開ける。
キースの大きな手の平の真下に、私の心臓があることは考えなくてもわかった。
「なまえ?」
私の真横で寛いでいたキースが、動揺する私を怪訝な目で見つめてくる。
厳めしい目元に欲情する余裕もなく、ベッドから飛び起きて脱げかけたブラウスのボタンを閉めた。
フリルの間にあるボタンの上にあるキースの指が私から離れて、意識が冴える。
キースの頭と胸元に置いていた両手で、自分の顔を触って感覚の確認。
ここは、ここで合っている。
白い生地に大きめのフリルが装飾されたブラウスを着ているときは、仕事が休みで暇になった日に買い物に行く時に着る。
キースといちゃついている最中に違和感で飛び起きた理由は何か、感覚でしか説明がつかない。
この違和感をキースに説明しようにも、できない。
ベッドにいる範囲で見えるものはクローゼット、テーブル、棚、扉。
それと、灯りのついたベッドランプが置かれたベッドサイドテーブルにキースの上着、私の下着、ベルト、麻縄、蝋燭。
僅かな違和感に囚われた私を呼び戻そうと、キースが私の肩を掴む。
「なまえ?大丈夫か、悪い夢でも見たのか。」
「あなたがいる時点で、悪い夢なんかどっか行くのよ」
ブラウスのボタンを閉めて、この格好をしている時の自分を思い出す。
少しだけお洒落をして買い物に向かい、パン屋と紅茶屋に寄ってから帰る。
キースと私が飲む紅茶を買い足して、雑貨屋を見てまわっているうちに夕方になって、オレンジ色の陽で照らされた部屋には訓練兵を扱き終えたキースが家に帰ってきている。
おかえりなさい、とキースに言えることが、私の幸せ。
マーレからの輸入品のリップとか下着で誘惑すれば、キースは面白いくらいに私を罵倒してくれる。
団長をやめる前から一緒に暮らす私とキースの毎日が、私の全て。
「妙ね、ベッドランプを置いた時期と麻縄が枕元に合った時期は一緒じゃないのよ」
だから異変があれば、すぐに気づく。
ベッドランプの上に引っかかっているベルトを持って、キースと一緒に横になっていたベッドから離れる。
「なまえ…おい、俺のことは分かるか。」
「わかるわ、飛んでないから大丈夫よ、キース」
一息ついてから、ねえ、と囁く。
上半身を起こしたキースの体躯は大きく逞しく、今日も巨人が何者か分かった世界で立体機動装置を身に着けて新兵を育成している。
肌は日焼けし浅黒く、目元と口元に刻まれた皺、眉と睫毛と髭、低い声。
キースの背中を、どんな人混みでも見つけられる自信がある。
時に罵倒し、時に愛を囁いてくれる低い声なら、どんな雑踏の中でも聞き分けられる。
ベッドより数十歩の距離にあるクローゼットの前に立ち、キースは先日も私の希望通りにお尻を叩いて組み敷いてくれたことを思い出す。
麻縄でキースと遊んでいたときは、まだマーレなんて知らなかった。
クローゼットの扉に手をかけ、指の間から砂が零れ落ちてから事態を察する。

身体の内側の音から逃れられないように、私もキースも「これ」からは逃れられない。
クローゼットの扉を開け、無言でこちらを見るエレン・イェーガーの肩を掌で突く。
掌にザラリとした触感。
「ねえ、クローゼットってこんな砂っぽかったっけ」
閨事の狭間に立つエレンが何のために私の「道」に訪れたのか、わからない。
蠢く暗闇を掌握したような雰囲気と出で立ちのエレンは、キースではなく私に問いかける。
「気のせいだろ、なまえ、おまえには俺の声が聞こえなかったのか。」
「声は聞こえた」
「そうか、おまえはユミルの民なんだな。」
エレンの手が私に伸びて、指先が私の額に触れる。
『シャーディス教官に惚れた女がいるのか、どんな女だ?俺もアルミンもミカサも知らない女だ、訓練兵の誰かなのか。エルディア人か、マーレ人か、ユミルの民か?』
脳裏にエレンの思考が触れてから、身体をキースに抱きしめられる。
手を引っ込めたエレンを睨みつけるキースを見て、エレンのことを思い出す。
キースが好きだった女性の子供だった気がする。
あれ、でもどうしてそれを知っているんだっけ?
なんで知っているのかエレンに聞けば分かる気がする。
「道」に巻き込まれたキースが、私を支えていた手を放して違和感に沈んだ。
「今………いつだ、俺はさっき立体機動装置を手に取って、新兵たちの元へ…。」
エレンが始祖の力を得たいま、私に出来ることは一人の人間として記憶を曝け出すこと。
記憶の誤差に呻くキースを見てから「道」の居心地に心を委ねた。
「ここはユミルの民の道で合ってる?」
「そうだ。」
「不思議ね、自由に行き来できるわりには細かいところが違っている」
エレンがクローゼットから出てきて、ベッドランプの灯りに照らされた。
瞳に力を宿したエレンが、何らかの理由で私を記憶ごと道に引っ張り出してきたんだろう。
「…あんたみたいな人が気づくと思わなかった。」
そう呟くエレンの瞳に、蔑みに似た感情が浮かぶ。
キースからは決して向けられない感情と、記憶への干渉による閉塞感。
「そう簡単に私の頭は覗けないわ、空っぽだもの」
「空っぽ?人並に詰まってたぞ、安心しろ。」
ベッドランプの灯りはオレンジ色なのに、エレンの瞳に差し込む色は青とも緑とも判断がつかない鮮やかな色。
干渉と支配、全知を得た瞳。
そこらへんにいるエルディア人のように、この瞳に跪いてしまえれば楽なんだろう。
私には、捧げた心臓と支配してくれる人がいる。
「記憶を見ても面白くないでしょ、私の頭なんか大きいだけで中身はキースとセックスすることしか入ってないんだから」
言い切る私に、キースが慎みを差し出す。
「なまえ、それは今この状況で言うことか。」
キースに抱き寄せられ、クローゼット付近に立つエレンから引き離される。

「そうだな、なまえの記憶は随分とめでたかったよ。」
私の記憶の感想を吐き捨てるエレンに、殺意は湧かなかった。
彼は島の英雄で、進撃の巨人で、エレン・イェーガーで、始祖の力で記憶に干渉できる。
私のもとに来るまで、たくさんの記憶に触れてきたはず。
「そうでしょ、狭い壁の中で生きた人間にしては自由に生きたほうだと思うわ」
隣にいるキースを見て、同意を願った。
クローゼットから出てきたエレンと平気で会話する私を見たキースの顔色は悪く、額に冷や汗が流れている。
「おい、どういう事態だ、俺に説明しろ。」
「私の記憶にエレンがいるだけよ」
「記憶?俺の…最後になまえと会ったのが…。」
運悪く私の記憶に巻き込まれたキースが、混乱を見せる。
愛しい人が狼狽する姿は出来れば見たくないけれど、ここは私の記憶。
私の中で留めておける姿を受け入れ、キースの背中を摩る。
「それに……新兵前で人里離れた山奥で過ごす体力もない、お前たちは立ち上がるべき日がくるまで…自分を見失うな、と言ったばかりだ。」
「最期の前にそんなこと言ってたの、かっこいいわね」
あれ、最期なんて何でわかるのかしら、なんでそんなことを知っているんだっけ。
ここが道だから、目の前にエレン・イェーガーがいるから。
記憶に干渉されても、キースを伺う私を見たエレンが私を哀れむ。
「黙って働いてれば今頃安泰だっただろ。シャーディス教官の元で生きるだけのなまえが、俺には奴隷にしか見えない。」
新兵だった時はキースの顔を見るだけで、生きた心地がしていた。
何度壁外調査に行っても無傷で帰ってくるし、部下に対して甘くない。
命令に少しも感情を垣間見せないところが好きで、低い声で罵倒してほしくて、巨人を殺すことしか生き甲斐のない怖いおじさんに私を支配させたくて。
エレンの「奴隷」という言葉に引っかかって、思わず笑みが零れた。
「記憶を見ても私のことが分からなかったのね?私にとっては、この瞬間こそ永遠なの、わかる?」
自分勝手な性欲が恋として、愛はどうだろうか。
欲求の先に迎えた互いの意思が成しえたものを愛と呼ぶのなら、私は愛に生きている。
無い知恵で絞りだした愛とやらに縛られた奴隷、と言える私の生き様に対する英知があるのならば、出せ。
エレンの干渉に、私は舌を差し出した。
「シャーディス教官が、なまえのことを愛してなかったらどうするんだ。」
「もう愛していないって言われて、そこらへんに投げ捨てられたら…それもまあ、人生ね」
そんなこと言われたら、生きていけないと思う。
でも、愛されないくらいで人は死なない。
エレンは「見せようか、シャーディス教官の過去を。」と言いだすわけもなく、全てを見据えた瞳のまま記憶に現れる。
生きてきた全てに誘う始祖の力は、全てを制するだろう。

「10年前に大事にしていたものは崩れ去って、10年後に大事なものをドブに捨てたことに気付く。老いてから、それらは幻想であったことに気付く」
舌を曝け出した私を見たエレンは、つまらなさそうに肩を落とした。
「なんのつもりの預言だよ、そういうのは訓練兵時代に卒業してくれ。」
ただの事実。
事実よりも大事なものは、この世にいくつも転がっている。
私はこの幸せを掬いあげた。
「ねえキース、貴方から見て私はどう見えてる?」
隣にいるキースと、記憶を照らし合わせる。
「一緒に暮らし始めた頃の姿に……最近の髪の長さをしたなまえ。」
「私には、禿げ頭の怖いおじさんが見えてる」
愛しいキースに微笑みかけて、キースの乾いた唇に口付ける。
キースの厚めの下唇に、私の赤いリップがつく。
エレン、もとい神様は私を裁くわけでもなく、記憶を探る。
力を使い続けるうちに、愛の奴隷の答えをエレンが見つけることを願った。
「あなたが選んだ世界の中心にいる愛する人には、もう会った?」
「…なんで世界の中心だと思うんだ。」
エレンの顔が一瞬だけ曇ったのを見て、私の前にエレンが現れた理由に合点がつく。
キースのことしか考えてないような私に何の用があったのか、なんのために色欲多めの記憶を覗いたのか。
健全な青年に推奨できない私の頭の中身。
愛に重きを置いた、私のすべて。
「愛する人には早めに会わないと、絶対に後悔すると思う」
一息ついてから、脳髄の奥がぐるりと回る。
身体の中が「道」の向こう側に引っ張られても視界に変化はなく、嗅覚はクローゼットの周りに落ちた砂の匂いを感じた。
そろそろ、干渉が終わる。
エレンが瞬きをしてここを去る直前、キースを抱きしめて名前を呼んだ。
「キース」
何度も何度も呼んだ、愛しい人の名前。
大きな体に抱きつくと、大きな両腕が私をすっぽりと覆った。
「次に目覚めても、毎朝おはようって言わせてね」
零れた愛を、エレンはどう感じたのか聞くことはできない。
「道」から意識ごと吹き飛ばされ、記憶の中から掻き消される。
生死の存在しない記憶の海の果てに誘われ、瞼を閉じた。





「なまえ、なまえ!」
大きな手が私の肩を掴んで揺すってくれたおかげで、微睡の中から引っ張り出される。
眠気が溢れる瞼の裏から、涙が溢れていることに気付いた。
視界を広げると、目の前には心配そうな顔をしたキース。
「寝ながら泣いていた、悪い夢でも見たか。」
「あっ…あ」
背に鈍い痛みが走り、椅子に座ったまま寝ていたことに気付く。
言葉が出ない私の背中を撫でる大きな手。
「なんか…変な夢を見た気がする」
呆ける私の膝には、キースのジャケット。
眠りこけていた私の膝にかけてくれたのだろう。
「椅子で眠るからだ、眠くなったら横になれ。」
「そうね」
相槌を打っただけなのに、涙がまた零れる。
余程変な夢を見たんだろうと諦めていると、涙のあとをキースの太い指が拭う。
「疲れているのかもしれない、温かいものでも飲むか。」
血も涙もなさそうな怖い顔をしたおじさんが、私の前では普通の男になるのを知っている。
誰よりも、誰よりも知っている。
あれ、なんでそう思うんだっけ。
「ええ、飲むわ」
「待っていろ。」
私の髪を撫でたキースが、キッチンがある方向へ歩いていく。
キースの後ろ姿を見て、涙が零れた。
どんな夢を見たっけ、思い出せない。
恐ろしい夢ではなかったような感覚がするのに、夢から覚めたら真っ先にキースの顔を見なきゃいけなかった気がする。
夢ってそんなものだ、覚めてしまえば覚えていない。
膝にかけられたジャケットを握りしめ、夢の手触りを感じた。
キースが私にだけ向ける感情があることが嬉しいのは、愛されているから。
心から嬉しいのは、私がキースを愛しているから。
単純なことを考えれば考えるほどに、全身が暖かくなった。
僅かに開いた窓から、春の香りがする。
キースと一緒に迎える幾度目かの春に、永遠を願ってもいいのだろうか。
紅茶を淹れるためのお湯を沸かす音がする。
もう一度目を閉じて夢の続きを追わず、ジャケットを手に椅子から立ち上がった。
キースにジャケットを返そう、そう思ってキッチンに向かう脚の間にザラリとした感覚が通り過ぎる。
砂埃を踏んだような感じがして足元を見ても、いつもと変わらぬ床に立っているだけ。
なんでザラザラしたんだろ、まあいいや。



2022.02.23




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