グズマニア


鋼夢オンリー『Don't forget you』参加作品


バッカニアにこういう過去ありそうだよねっていう話




「どうしてこのリボンがついているの?」
長いみつあみの先についた白いリボン。
厳つい見た目からは、どうしても想像できない毛先のオシャレに触れる。
いつもなら「三日前につけ忘れた。」「一昨年に罰ゲームでつけた。」などと適当な答えが返ってくるはずが、今日は違った。
「似合うと言われて以来、つけている。」
「誰に?」
「…。」
黙り込むバッカニアの背中に寄りかかり、息を吸い込む。
非番の昼下がり、文書庫は逢引に最適。
ここでの話は文字と羊皮紙が聞いてくれるかわりに、誰も聞いていない。
「知りたいのか。」
「とっても」
手にしていた文献を閉じて、解剖図鑑を眺めるバッカニアの首にそっと触れた。
厳めしい顔を覗き込み、青い瞳と視線を合わせる。
「むう…。」
口癖のような呻き声。
気持ちだけでバッカニアを押し流すと、邪な気持ちはないのに悪いことをしている気分になる。
解剖図鑑は膵臓と脊椎の図、術後経過などの研究結果も書かれたページ。
大きな手が図鑑を閉じて、低い声が続ける。
「よく笑う明るい子だった。あまり体力はなかったが、元気で場を和ませる性格だったように思う。
その日は東部に行ってライラックの花畑に行く日で、あの子はふたつにくくった髪にリボンをつけていた。
帰りに買った花束についていたリボンを、わざわざ俺にくれた。『お父さん、お揃いね』ってな。」
一度そこで言葉を切り、暗く呟いた。
「それから…ひと月も経たないうちに、内乱に巻き込まれて妻も子供も…。」
羊皮紙が巻かれインクが零れて滲み、文字が乱雑にくたばっていくような話に、バッカニアの雰囲気が揺らぐ。
文書庫のどこかに、同じあらすじの本があれば投げつけられるのに。
一瞬でもそうであってほしいと願う私の浅ましさが、憎い。
ブリッグズには訳ありが多いし、私も訳ありでブリッグズに来ている。
愛しのバッカニアにもブリッグズに来る前があったはずだから、どんな話が出ても驚かない覚悟はできていた。
訳ありだらけの砦では、家族が死んだとかは普通の話なのかもしれない。
「ブリッグズに最初からずっといたんじゃないか、って思うことがある。俺は妻も子供もいないし、行き場のない怒りも抱えてないし、いつの話かだったか…たまに分からなくなる。」
けれど、悲しみを癒さないまま生きることが普通のわけがない。
話してくれたバッカニアの手を握り、目を合わせた。
動じない私と、過去を曝け出すバッカニア。
情けなさそうに口角を下げて余計に下がった髭を、機械鎧の指が弄る。
バッカニアの話に向き合っていると、奇妙なことを言いだした。
「こんな感情を抱いたのはなまえが初めてだ。」
「どういう意味?」
「死なれて残された側がこんなにキツいって分かったから…もうこりごりだと、そう思っていた。仕事をしている間に死ねれば本望だったんだが、そうもいかなくなった。なまえがいると思うと、迂闊に死ねない。」
そりゃあ、私は貴方が死んだら悲しむわよ、永遠に。
言葉を飲み込んでから、バッカニアの肩を撫でた。
軍服の下にある身体がどれくらい屈強か、非番の夜のたびに見ている。
何度交わっても絶えることのない熱と愛が、私を硝煙から遠ざけていく。
なんでも抱えれそうな大きな肩と背中は、悲しみと苦しみを薙ぎ倒すほど強くない。
バッカニアが私を見つめて、ほんのすこしだけ目を輝かせる。
「グズマニア。」
花の名前。
咄嗟に、名前と花の姿形を思い出す。
「花の?」
黙って頷いて揺れた特徴的な髭を見て、グズマニアと口の中で何度か繰り返す。
「アエルゴでは公園に行くと必ず咲いてたわ。グズマニアがどうかしたの?」
「花言葉は分かるか?」
「はっきりとは覚えてないわ、でも…悪い言葉じゃなかった気がする」
銃と弾丸、肉片と薬莢と血と金の匂いで育った私に花言葉なんて似合わない。
蝶よ花よと育てられたわけでもない、金のために銃を使って生き抜いた人間でも幸せという概念を知っている。
人間だから、私は彼に惹かれた。
「なまえと過ごしていると、俺となまえがグズマニアにぴったりだと思うことを…きっと世界中が許さんだろうな。」
世界中が、敵に回っても。
全てが敵でも、祈る神がいないことは最初から分かっている。
「世界中って誰が決めたの?」
「分かるだろう、この世界を護るのは神じゃないことくらい。」
私に敢えて問う問題に、向き合う。
守るべきもののために銃を構えて、撃て。
私の教えはそれくらいなのに、バッカニアを愛することができた。
機械鎧の手と生身の手が、私の頬に触れる。
「なまえと一緒にいることを俺が許した。それが俺の中で一番デカい。」
「あなたに会えたことが、私にとって最愛であるように」
「そういうことだな。」
微笑むと、バッカニアが赤面した。
普段は緩むこともない怖い顔と、猛獣のような目。
でも私は知っている、彼が優しいことを、長いみつあみの先にあるリボンで締まった気持ちも。
この文書庫の中になら、花言葉の本があるかもしれない。
あとで探してみよう。





何気ない妄想で勝手に滾って勝手に傷ついた2021

グズマニアの花言葉
「理想の夫婦」「情熱」



2021.10.03




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