取捨選択





薬物を打たれた馬よりも、ラースの動きは早く手がつけられない。
ラースに対して、グリードとシンの老人と私。
二人は速い、私は間合いを取りながら射撃をするしかない。
二丁拳銃でも、レッグホルスターに弾帯を準備しておけば弾切れしてもすぐに装填できるのがアエルゴ式の銃のいいところ。
銃弾を避け、たまに刃で切るラースには腹立たしさしかなかった。
グリードの手にある鉱石のグローブだと思っていたものは、皮膚を覆うように硬化し鋭利になる作り。
動きを間近で見れば、グリードも人ではないことが伺えた。
素早く正確に戦うシンの老人は、ラースより体が柔らかく小回りが効いている。
近距離戦でラースを押すグリードとシンの老人に、私は勝てない。
時にシンの老人を守るような動きをするグリード。
見た時は考えもしなかったが、おそらくグリードの血縁にあたるか親しい間柄なのだろう。
守る相手がいる戦いはアエルゴで経験するわけがなく、バッカニアの腹に突き刺さったサーベルを生涯憎く思う気持ちが破裂する。
ラースがグリードに覆い被さろうとした瞬時、リボルバーの引き金を引いた。
薬莢が飛び散り、次の弾を撃ち込む。
衝撃と音と薬莢に慣れた目は、瞬きひとつしない。
勘に混じった憤りは落ち着くことはなく、一発一発に怒りが募る。
見晴らしの良い場所で戦っているというのに、ラースに弾丸は当たらない。
リボルバーの弾は6発、ひとつの威力は象打ちライフルに値する。
外れた弾がコンクリートに当たりバラバラになるのを見たグリードが叫んだ。
「なまえ!お前俺も殺す気かよ!?」
「んなわけあるか、クソ」
リボルバーをすぐに装填し、ベレッタとグロッグを握りしめた。
私の弾切れにグリードが気づき、ラースの視線を遮るように襲い掛かる。
戦い慣れている動き、ラース、シンの老人。
グリードの采配に気づき、ラースはシンの老人に切り掛かっていく。
刃の切っ先が揺らめき、傷一つ負うまいと防御するシンの老人の動きは手練れのもの。
刃を交え、空中で何度も回転してから私の近くに降りた。
シンの老人を近くで見ると、男性にしては小柄で、筋肉で出来た体の佇み方をしている。
老いを伺えば、ラースよりも上。
暗殺を生業にしていたのか、またはそのような生き方をした目を私に向けた。
「我らに委ねるル気は無いと見る、娘よ。銃はあと何発アル。」
「あと60発」
「錬金術師か?」
「ただのバカなアエルゴ人よ」
そうか、と呟いたシンの老人は風のようにラースに斬りかかった。
シンの老人を援護するように撃てば、ラースの薄汚いシャツやズボンを掠めて穴が出来る程度。
グリードの攻撃も当たらない、ならば私の弾はまず当たらない。
「弾ァ!避けんじゃねえ!!」
叫ばずにはいられない気持ちを隠さない私は、ただの馬鹿な女にしか見えないだろう。
軽々と避けていくラースに間合いを詰められるわけもなく、グロッグを乱射する。
鍛えられた人間でも、乱射される銃を避けられる者はいない。
ラースの見た目は人に間違いないが、人ではなく化身の集大成なのだろう。
一発だけ当たった弾は、ラースの髪の毛と靴の一部に穴を空けた。
致命傷には遠く、引き金から指を離したその瞬間。
バラバラになったブリッグズ兵に近寄ったラースが武器を物色し、ナイフを掴んで私に投げる。
その間、1秒もない。
ナイフの切っ先がグロッグに刺さり、危ないと手を離した時にはバラバラになっていた。
切られたグロッグが、落ちて砕けたチョコレートを彷彿とさせる。
ラースがまっすぐに立ち上がり、傷ひとつない涼しい顔で私を見た。
「野蛮な言葉遣いは慎め、その愛らしい顔は作り物か。」
「余裕あんじゃねえか、おっさん。」
一見して小さなベレッタを握りしめ、認識させる。
あとはまっすぐに腕を伸ばせばいいところに持ち込む間、ラースを睨みつけた。
邪魔だてだ、と言いたげなラースが私の背格好を見て、違和感に気づく。
「アメストリス人ではないな、錬金術師でもない。何故貴様はここにいる。」
「さあね、己のムスコが萎びてないか気をつけるんだな」
「耳と足なら、金で詫びようか。」
「テメエがしゃぶって稼いだ金で詫びんなら、ちったあ考えてやるよ」
ベレッタのグリップを強めに握り、感覚の鈍る腕をまっすぐに伸ばした。
小さいベレッタは見る間もなくグレネードランチャーへと変形し、引き金を引けば大砲のような発砲音。
一瞬だけ、ラースの目が見開かれる。
一発、二発三発、四発から先は分からなくなった。
弾を当てるつもりはなく、ランチャーが出たと分かればラースの動きも変わる。
グリードとシンの老人が攻撃を仕掛ける準備をするには十分な時間。
私の銃声を聞いたシンの老人が、グリードを抱えて飛び上がる。
シンの老人が「若!こちらへ!」と言った気がしたが、銃声に掻き消された。
ランチャーを握りながら、残りの武器を頭の中で数える。
遠距離戦には持ち込めない相手ならば、勝ち目がない。
撃つだけ撃ったあと引き上げるしかない、生きてたらの話だが。
ラースの速さは想像以上で、乱射された弾を刃で全て切るか跳ね返し、末の一発を刃で受け止め、そのまま返した。
帰ってきた弾を避ける間もなく、跳ね返された弾は私の左足首を貫通する。
穴が空き、千切れかけていた左足首が吹き飛んだ。
くるぶしが砕け、骨の周りの筋肉が飛び散り神経ごと消えた。
ぽかんと空いた左足の先の感覚に吐き気を覚えながら、ラースを睨みつける。
跳ね返された弾丸の衝撃に軽く飛ばされて、ランチャーを手にしたまま後ろに倒れた。
頭の後ろから足まで地面にぶつかり、倒れ去る感覚。
頭がすうっと冷えて、体が熱くなる。
切り傷の数は、間違いなく私の年齢よりも多い。
生きる確率が減った、さあどうする、と回るはずの頭が地面に打ちつけられ何度も咽せる。
舌の上に広がる血の味に意識を戻されたところで、駆け寄ってきた人が私の名前を何度も呼ぶ。
銀髪で細身で糸目のファルマン少尉。
ブリッグズの氷柱を落とすファルマン少尉が、記憶力を買われて部隊にいるのは知っていた。
なぜ今ファルマン少尉がここにいるかは、知る由もない。

「何がどうしてこうなったの」
唸る私の腕を、ファルマン少尉が大きめのハンカチで止血した。
「なまえさん、やめてください。」
ファルマン少尉が、私を止める。
「大総統はホムンクルス、どうやっても人間じゃ勝ち目はない…。」
「大総統、っていうとキング・ブラッドレイね」
アメストリスの基本知識の片隅。
大総統がいる、見た目は初老の男性だが眼帯をしている。
ようやく見覚えのある眼帯の答え合わせが出来て、溜息をつく。
国のテッペンには摩訶不思議があると心得ても、目の当たりにすると厄介だった。
厄介な私が始末されるなら、抗う。
抗って抗って、そうしたら。
「ファルマン少尉、時にあなた…銃は使える?」
レッグホルスターの弾帯を見せ、手にあるランチャーを握りしめ小型化し、ベレッタへと戻す。
ガタガタと震える手でベレッタに弾を突っ込んでほしいと強請れば、ファルマン少尉が悲鳴を上げた。
「なまえさん、手が…!」
「痛み止めの副作用よ、全身夢心地だわ」
怖くて左足は見られないけど。
「動かないでください、なまえさん!あなたはこのままじゃ…!」
「一瞬だけ…あれの気を引いてくれない?」
おとなしい軍人に、最後の頼みをする。
私を見るファルマン少尉の顔を伺う限り、今が人生で一番傷つけられ瀕死の状態。
ここから回復することは、考えてない。
「ブラッドレイに向かって構えるフリをするだけでいい、あなたに怪我はさせない」
私の野暮な提案を、ファルマン少尉が受け止めかねる。
ぐっ、堪える仕草をして震える唇が動く。
「俺…さっきも…。」
「あいつに銃を向けたの?」
無言で頷くファルマン少尉を見て、発案を取り消す。
生き残るのは、勇敢なものだけではない。
動ける人に、頼まなきゃ。
「バッカニア大尉を助けられるなら、とにかくその状況に可能性が僅かにあるなら、バッカニア大尉を助けて。バッカニア大尉が死ぬくらいなら、私を殺して。頼んだわよ」
ファルマン少尉が、頷いてくれた。
額に冷や汗を流す彼の心は、今も乱れる真っ最中だというのに、余計な頼みを聞いてしまったに違いない。
ぐらり、と視界が揺れる。
血が足りなくなってきた頭で考えるのは、報い。
クソが、足どうしてくれんだ。
罵声を浴びせたい気持ちのまま、ファルマン少尉が手にしていた大きめのハンカチで左足首を包む。
あったはずの足がない。
くるぶしから先には、右足と等しいように指、踵、足の甲がある足があったのに。
熱さと痛みに歯軋りをしていると、途端に首根を掴まれた。
先程まで歯軋りをしながらしゃがんでいた場所にナイフが飛んできて突き刺さった。
あのまま血の足りない頭を巡らせれば、私の腹に深々と刺さっただろう。
振り向けば、私を乱暴に掴むグリード。
シンの老人を抱えたグリードが背負うシンの老人は、額から血を流している。
運良く、今は私が作り出した瓦礫のそば。
グリードがブラッドレイと何か会話をしているが、聞く気にならず頭の中に酸素を取り込む。
考えがあると見越し、グリードが瓦礫のそばに私を連れてきたのなら、感謝せざるを得ない。
瓦礫の中に避難させた、もとい投げ捨てたライフルを手に、動作を確かめる。
弾は残っておらず、いくつかあるはずの案がひとつに絞られた。
「お爺さん、まだいける?」
グリードに抱えられたシンの老人は、灯火の消える目。
シワが目立つ顔に、整えられた髭。
グリードの親族ではなさそうだが、見てすぐにシン人と分かる。

「そなたは無事か。」
独特のアメストリス語。
私に、後悔が生まれる。
もっと早くに私が着いていればシンの老人も、バッカニアもブリッグズ兵も血を流さずに済んだ。
レストランを早々に去り、路地裏に行かず適当な場所で合図をすれば。
最初から位置に控えれば。
街中で中央兵を私が撃ちまくれば、こんなことにならなかった。
起きてしまったことしか起きない人生に、愚かな私に報いがあるか。
古めかしい言い回しを使うシンの老人に乾いた笑いを浴びせ、愚策を出した。
「一発…報える」
胸元から、毒入りの特注ルガーの弾をひとつ取り出す。
ロクな弾でないことは察してくれたシンの老人が、達観したように微笑む。
「そなたも…永遠の暇に付き合ってくれるか。」
乾いた笑いが溢れて血塗れの歯の裏を舐めた。
喉から溢れ出す血の味が鼻腔に溜まり、唾液に混じる血を舌の上で転がし飲み込む。
「死んでも、あの男を追いかけないといけないから、私は付き合えない」
私が向かうのは地獄だから。
「そうか…そうか、頼んだぞ。」
あなたこそ、ごゆっくり。
そう言いたかったのに、急に咽せて何度も吐血した。
鼻と口から空気と血を一緒に出し、汚らしい音が体の中に響く。
ごぼ、と響く内臓の悲鳴が喉から出そうになり、必死で呼吸を整えた。
身体が自然と曲がり、筋肉に包まれた骨が軋み出す。
グリードに抱えられてたシンの老人が走り出し、腹に予め巻きつけた爆薬の火蓋を切った。
「馬鹿野郎!!」と絶叫したグリードの声が脊髄に響き、意識がはっきりする。
刃の切っ先が空気と、人を切る特有の破裂音を鳴らし、グリードの怒り狂う雄叫びが耳に入り込む。
私が出来ることが、それが足掻きになるなら。
力に抗え、戦え。
アエルゴでの生き方を胸に、最後の足掻きを始めた。
シンの老人が倒れるか否か、その瞬間に瓦礫の中から拾っておいたライフルを構える。
空になった弾倉に、ルガー用の弾をひとつ詰めてマスケットのように発射させた。
弾力の反動でライフルはバラバラになり、手と腕のあちこちが裂傷する。
銃声と共に、私の利き手の筋肉と骨にヒビが入る感覚が冷たく這い上がった。
膝から崩れ落ちる私、感覚のない右耳と左足首。
腹心の痛みは太い針が何10本と内側から飛び出したようで、痛み止めの効能を簡単に打ち消す。
左耳で聞いた爆音、これが私の撃った音だろうか?
弾に刹那反応したブラッドレイに、グリードが飛びかかっていく。
グリードの指先がブラッドレイの顔を擦り、そこから先は霞んで見えなくなった。
咽せて、血が口いっぱいに張り付く。
先程私がいた高さから、女性の絶叫が聞こえた。
勇敢なシンの老人を迎える天の声だろうか?
私に聞こえたなら、報われたのかもしれない。
または、グリードとシンの老人の足を引っ張った罰を下しにきた天使の声。
ブラッドレイは戦地から落下し姿を消したあと、ドボンと水に落ちる音を左耳が拾う。
そのまま溺れてくれ。
呼吸をするたびに、全身の筋肉が痛む。
喉に血だまりが張り付く感覚を嚥下しながら意識は途切れ、バラバラになったライフルの上に倒れ込んだ。






喉元を鮮血で染めた白いスーツの男性が、テーブルと椅子が壊れて使い物にならなくなったカフェの真ん中に立っている。
真っ暗なカフェに、ぼうっと浮かぶ白いスーツ。
もう死んでいるであろう姿をしたまま、雰囲気は相変わらず潔癖なままだ。
「実に惜しい。」
その腐った赤ワイン、あんたのスーツの汚れ?
「これですか、痛みましたが価値はありましたよ。ホムンクルスたちが望んだ、あの新人類の親が待ち望み続けた新しい世界への価値観です。」
ぐちゃぐちゃの喉元を触るキンブリーの指先が、血に染まる。
新人類、ホムンクルス。
拵える人間だというのなら、なんだというのだ。
全ての人間が望まれて生まれてくるわけではない、生も死も個々の意思に関係なく不平等に与えられ、死は必ず訪れる。
新人類に親がいるのなら、ちょっと性能が良くなった人間でしかない。
「同意しましょう。人間はエゴにより繁殖しました、望まぬ命も望んだ命も、環境ところにより授かったことすら蔑まれる。なまえさんはどう思いますか。」
愚かだから。
人間は愚かだから、なんとも思わない。
「そうですか、ではなまえさんに今一度問いたい。なぜ新しい世界を選ばなかったのですか。
生まれる命は取捨選択をし、新しい世界は異端をも受け入れる生に寛容な世界のはず。自らの命を憂うことも無くなる世界で生きたいとは思いませんか。」
思わない。
生きているなら、一人じゃ生きれない。
多少自分勝手なことをしても、守るものを守れるのであれば、誰にも責められないから。
あなたは、白いスーツを真っ赤にしてまで新しい世界を見たかったの?
「見たかったですよ、とても。私を異端とした世界がすぐに来なくても、いずれは認める世が決ます。なまえさんは異端者を何か崇高なものと勘違いしている。
あなたは分かっているはずだ、この世界に楽園も地獄も無く、甲乙付け難い淀んだ中立が我らが踏み締める世界、そして異端を排除することが善という信仰がある、実に優しい暴力で溢れた世界だと。」
そうね、煮え切らない世界。
この世界に楽園もないし、地獄もない。
だけど、人の手で一瞬だけ、生きるために幸せな世界を作れるとしたら?
「ふむ、錬金術師があまり考えないことですね。なまえさんは何故そのような考えを。」
単純明快なこと。
頭の中が爆撃跡地みたく広くて、そこに錬金術をつめこめた幸運な身の上のあなたと、私は分かり合えない。
戦うなら、一人でいいのよ。
「戦いに、生きる価値を見出しますか。」
私は既に戦いの価値を知っている。
頭に爆撃の知識があるのなら、分かってるでしょう。
生きるなら、一人ではいけない。
「一人で人は生きていけない、と…。産まれたばかりの赤子を母親から離し食事のみ与え、どう育つか実験したものの、赤子は全員死亡したという結果はあります。
それは母の愛だのコミュニケーションだの、人間の動物的行動の話です。弱ければ死ぬ、それだけの話ですよ。」
弱きを捨てることができたら、人はどうする?
「はは、なまえさん。私の喉笛への当てつけですか?」
真っ暗な世界で、喉元を熱くしたキンブリー。
溢れた血で色が差されたスーツ。
哀れな姿で涙ひとつ見せない、新しい世界を見れなかった悔しさと名残惜しさは無さそうだ。
新しい世界を迎える前に、あなたを異端とした世界に留めを刺されたわね。
「そうですね、異端には相応しい最期でしょう。」
礼ひとつしないキンブリーが、睫毛に縁取られた暗い青色の目を細めた。
「なまえさんは言いましたね、生は救済であると。あなたから見た私は、救済されなかった人間でしょうか。私は生きることも死ぬことも、救済になるとは思いません。
或いは感情こそ人間が持つものというのであれば、生きることは水銀を飲むのと同じですね。それならば人が死を持ち産まれるのも理解できます。
人間がただの肉塊であるのならば、死者は生者のために存在する。貴女、愛しき生者のために死者になりますか。」
にこりと笑ったキンブリー。
取り囲む黒い影の中にいる私とキンブリーは、互いに見つめあった。
キンブリーの口の端から、ツゥっと血が垂れて顎から玉になって落ちていく。
「愛しい人のために死んでいい、それが相手の思う愛だとしたら…の、話よ」
人は良きに悪しきに変貌し、水のように変わる。
心臓を貫けば死ぬし、頭を撃てば死ぬ。
アメストリスもあればアエルゴもあり、他の国も同時に存在する世界は、なんだか煮え切らない半端な場所。
辛うじて動いた手で、レッグホルスターを外す。
軽くなった足の真下に、愛用の銃が散らばった。
キンブリーに銃口を向けたくても、ブラッドレイにバラバラにされた銃はもう使えない。
「私にはアエルゴ以外での別の人生があるはず。そう強く思わせてくれたのは、私と真逆で正義感の強い軍人だった」
キンブリーは不思議そうな顔をして、私を伺った。
誰かが私を撃ち殺してくれるはずなのに、エンドロールはまだだろうか。
「なまえさん、あなたは美しくない。生き方を自らの信条に委ねないのならば、変わることもないでしょう。」
偉そうなキンブリーが、喉元を血の海で溺れさせながら喋る。
増して出血するキンブリーの足元を、真っ黒で細長い手が掴んでいく。
不気味な光景を見せつけながらも、キンブリーは笑顔だ。
勝ち誇ったような笑顔。
ああ、キンブリーは「選ばれた」のだ。
肉体が死んでも、彼は新しい世界を見ることができる。
生憎、魂の避難先は銃にしかなく、銃が壊されて想うバッカニアの青い瞳がずっと輝くのを祈るしかない。
「また会いましょう、キンブリー。紅茶にクッキー、ランチも用意するわ。きっと私は銃をやめてるから戦いっこ無しよ」
私の決意を聞いたキンブリーが、影の中に消える。
真っ暗な闇の中で座り込み、膝を片方抱えて目を閉じた。
引き込まれるような眠気に身を任せる。
バッカニアの青い瞳、低い声、厳しい顔。
未来に価値があるから、人は死を弔う。
私には未来がないけど、愛する人がいる。
だから、死を弔うことも生きることも許してほしい。
私の覚悟が生命に直結するならば、愛しい人を生かしてと願いながら、闇に落ちて泥のように眠った。




2020.10.08






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