愚者の断案






ニールさんがメンテナンスルームの向こうでタバコを吸っているのか、煙の臭いが鼻を掠める。
目に見えないところで吸ってくれる配慮は有難いけれど、本当ならば仕事中に吸わないでほしい。
アームストロング少将がいない今、すこしばかり気の緩んだブリッグズの皆は厳しくも緩めかしかった。
「なんか今日人少なくない?」
気が緩んでも、仕事は仕事。
カフェに来る人も浮かれていることはなく、真剣な目つきをした兵士が休憩にコーヒーを飲みに来る。
でも、今日は早めに休憩に入れるくらい人が少なかった。
コーヒーカップを片付ける女医さんが、呑気な私に遠回しに出ていけと告げる。
「もうすぐ怪我人でここは溢れるわよ。」
「どうして?」
ひとつ、ふたつとコーヒーカップが棚にしまわれ、代わりに包帯が出てきた。
塗り薬と湿布、棚の横にある松葉杖を引き寄せて医務用ベッドに立てかける。
「謎の女が山岳警備兵を全滅させて、砦に乗り込んできたって。」
「なにそれ」
「よくわからない。マイルズ少佐とバッカニア大尉が対応してるって聞いたけど…なまえ、今日はカフェも閑古鳥よ。」
はあ、と溜息をついて椅子の上で膝を抱える。
閑古鳥のカフェで出来ることといえば、お菓子を作るとか掃除をするとか、セルフにしてある水のボトルに並々とレモン水を生成するか。
カフェの中でも暇なときにやることはあって、どれから手を付けようかと悩み始めた時。
メディカルルームの扉が静かに開かれ、気配の圧を感じてゆっくりと振り向く。
扉に今にもぶつかりそうになっているバッカニアが、私を見ている。
思わず「まあスイートパイ!お仕事お疲れさま!」と言いたくなるような顔はしていなかった。
特徴的な髭が普段よりも下がり、険しい目から光が消えている。
額には冷や汗の名残、軍服のコートの皺は慌ただしさから雲隠れするように抜けてメディカルルームに向かって来た証。
いつも綺麗に編んであるみつあみが乱れ、忙しさに揉まれていたのがすぐ伺えた。
怪我をしていそうな雰囲気のバッカニアが、椅子の上で膝を抱える私に声をかける。
「なまえ、今思い出したんだが…2年前ダブリズに居たって言ったよな。」
頷く。
「肉屋の世話になってたか。」
頷く。
「肉屋の店主と、その妻の名前は覚えてるか。」
「シグ・カーティスとイズミ・カーティス」
バッカニアが顔を青くし、私の耳元でドスの聞いた声を出す。
「妻のほう、いまブリッグズに来てる。」




収容室、という名の牢屋。
捕まえた怪しいものは一度ここに入るという仕組みは知っていても、納得いかなかった。
人影のある牢屋の前に駆け付け、中にいる人物を確認する。
「イズミさん!?」
牢屋の中のベッドに腰掛ける、懐かしい人。
「お久しぶり。」
にこ、と笑ったイズミさんに抱きつきたい一心で牢屋の柵を両手で掴み、何度も引っ張るたびにガシャガシャと耳に痛い音を立てた。
檻は冷たく、ブリッグズの寒さが滲む。
「なんで牢屋にブチこまれてるの!出してよ!!私の友達!!」
柵を掴み揺さぶると、耳障りの重い音がする。
檻の中のイズミさんは苦笑いしてたけど、私は内心冷えて寒気が止まらない。
必死で訴えると、怯えた顔のマイルズさんがイズミさんを畏怖の目で見た。
山岳警備兵が全滅、相手は一人の女性。
イズミさんなら、それくらいやってもおかしくない。
年甲斐もなく子供のように牢屋の前で慌てる私に、バッカニアが真っ当な意見を零す。
「なまえの友達おっかなさすぎるだろ。」
「私の!!恩人!!」
イズミさん、大好きなイズミさん。
ブリッグズに来てから忙しくて、イズミさん宛に手紙を書くくらいしか出来てなかった。
銃しかない私に顔色ひとつ変えず、雑用の働き口とアメストリスの生き方を教えてくれた人。
彼女がいなきゃ、ブリッグズにも来れていない。
マイルズさんがバッカニアの影に隠れながら、イズミさんの所業に震えた。
「一人で山岳兵を全滅させてる。」
「イズミさんならそれくらい簡単に出来る!!」
柵を握る私に、力なく笑いかけてくれたイズミさん。
寒い中を歩いて来たというのに、顔色が落ち着いている。
頻繁に体調を崩していたイズミさんを思うと、静止を振り切り牢屋を破壊して連れ出したい。
その必要がないのは状況から察したものの、イズミさんを出せと私はマイルズさんの手にある鍵を睨む。
イズミさんがその気になれば、牢屋くらい簡単に出れる腕力がある。
旦那さんのシグさんより重いものの扱いに慣れていて、体調が悪くなることを除けば明るくて接しやすい女性。
磨かれた強さは、少なくとも私の憧れ。
イズミさんが入る牢屋の鍵を一向に出さない二人を見て、睨みつけながら柵を握りしめた。
「開けないなら私を牢屋に入れて!!」
渋々といった具合に、マイルズさんを見たバッカニア。
誰とも目を合わせないようにしていたマイルズさんの首がバッカニアのほうに動き、はあ、とため息をついて赤い瞳が天を仰いだ。
マイルズさんが、鍵をバッカニアに渡す。
大きな手が私の両手を掴む間もなく、掌に小さな鍵を握らされ、深い青の瞳に心配そうに見つめられた。
特徴的な髭を生やした顔が、一瞬だけ暗くなる。
「むう…なまえ、10分間だけだぞ。」
「わかった」
「逃すなよ。」
「わかったって!」
頷き、牢屋の鍵に手をかけるとカチカチと金属が細かくぶつかる音がした。
錠開けは得意じゃない、いざとなったら銃で吹き飛ばせばいい。
空いた鍵をポケットにしまい、牢屋の中に入る。
柵のすぐ向こうに控えるマイルズさんを、ちらりと見た。
二人にしてくれと静かに目で訴えれば、私の意図を汲んだ二人が出て行く。
元気が無さそうに揺れるバッカニアのみつあみ。
あとで直してあげなきゃ。
がちゃん、と扉が閉まり威圧感がふたつ消えたのを見計らい、イズミさんに向き合うため牢屋の中の椅子に腰かけた。

「ウェイトレス、似合ってるじゃない。」
私が口を開くより先に、イズミさんが明るく声をかけてくれた。
イシュヴァール式の刺繍が施された青のワンピースの長い丈から、足を僅かに出して笑ってみせる。
冷たいパイプ椅子に腰かけたまま、緊張の手触りを勘が嫌でも掴み取ってしまいエプロンの端を握る。
緊張を隠しつつ、口を開いた。
「イズミさん、ここまでどうしたの」
「伝言を頼まれてね、伝えることは伝えた。」
そう、と頷いた私の顔には不安が浮かんでいたらしい。
イズミさんが手を伸ばし、私の肩を優しく撫でてくれた。
私よりも筋肉がしっかりとついた健康的な腕。
殴りかかってきた暴漢を一瞬で散らすイズミさんを懐かしく思い出すと、怒気を孕んだイズミさんが私に向かって鬼のような笑顔を向けた。
「モヒカン巨漢から聞いたけど、あんた銃持ったんだってね。」
「うん」
震えながら頷くと、両の二の腕をがっちり掴まれる。
結婚指輪をはめた手から出る力は、非常に強い。
「銃を撃ったらあんたの歯を全部抜くって約束、覚えてる?」
「覚えてます…」
静かに怒るイズミさんに、もうだめだと歯を鳴らして怖がると、手が離れた。
「引っこ抜くのは後でいい。」
目的は抜歯ではないらしく、イズミさんは腕を組み考えごとをするため足を組んだ。
考え事をするとき、指で顎に触れ足を組むのがイズミさんの癖。
「私は話すことをイシュヴァール系とモヒカンに話した、あとはやることやるだけ。」
安堵する私の前に、考え事をするイズミさん。
真剣になったときの彼女は凛とした美しさがあって、踏み込めない。
やることをやるためにブリッグズに来た、その意味を知りたくなる。
「やるって…なにを」
「約束の日になれば分かるよ。」
約束。
場面により胡散臭いものでもあり、命を握るものでもある。
アメストリスでは「約束」は厳しく守られ、錬金術で発展した世を回す。
私の知識欲は止まらず、イズミさんに問いかけ続けた。
「約束?」
「その日になれば分かる。けど…ねえ。せっかくなまえがいるんだし、今は体調が良くなったからなまえの作るものを食べてみたい。」
体調がいい、という申告にはっとした。
緊張と驚きが重なり感情に追いやられていたが、イズミさんは普段より体調が良さそうだ。
真冬のブリッグズだというのにイズミさんの顔は血色が良いのは、気のせいではなかった。
「良くなったの!?血は吐いたりしてない?」
思わずイズミさんの顔を掴んで、目と口を覗く。
目はいつも通り、唇は潤んで歯は真っ白。
歯の隙間のどこにも血が見当たらない。
私の手をどかしながら、イズミさんは興奮する私を鎮めた。
「滅多に吐血しなくなったし、そのへんも色々あった。あとは女性の少将さんと話したいんだけど、すれ違いね。」
優しく笑ったイズミさんが、私を見据える。
こういう時は必ず真面目な話をするのを分かっているだけに、素直に従った。
イズミさんも、昔なにかをしたらしい。
何も知らずに「どうして錬金術師として暮らさないの?」と聞いたことがある。
なんでもない、という顔をしながら「むかし錬金術で痛い目を見てね、それから錬金術師を名乗るのはやめたんだ。」
というイズミさんの声色から、察してはいた。
何をしたかまでは聞けるわけがない。
なぜ体調が悪いのか、強いのに戦わないのか、錬金術師と名乗らないのか。
ブリッグズに来たイズミさんの言葉を、一言も聞き逃してはいけない。
口調、声、顔色、出立から雰囲気までを見逃さずに耳を傾けた私に、イズミさんが切り出す。
「なまえ、今のあんたには守りたいものがあるか。」
「なんで、そんなこと聞くの」
問いかけに問いで返した私を、哀れっぽく見る。
私はいつだって、皆から見れば足りてない。
足りない私に向き合うイズミさんのことは、好きになるしかなかった。

「初めてあんたに会って、しばらく雇ってさ。根っこは普通の子だって分かったんだよ。
それからダブリズを離れてブリッグズに向かう直前まで、性格こそ丸くなったけど、何かを守るような人間ではなかったから。
なまえが悪いんじゃない、守るもののない人生だって良いものよ。でも、そういう人生の人を巻き込みたくないの。」
イズミさんの見立ては、厳しいようで優しい。
守るもののない人生も良いと分かっている彼女の懐の深淵に目を合わせても、私は呼吸できる。
どういう人生を歩んだにしろ、イズミさんと、アメストリスの人と、バッカニアと、ブリッグズの皆と関わってしまった。
喜んで巻き込まれようと思う私の厚かましさを見抜くイズミさんに従い、知識欲を曝け出す。
「なんで巻き込みたくないの?」
「最悪、死ぬから。」
生きていれば死んだように眠っても、目が覚める。
死んだら二度と起きない。
そうしたら、バッカニアにもイズミさんにもアームストロング少将にも、女医さんにもニールさんにもマイルズさんにも会えない。
昔の私なら、死んで上等。
死なないなら、生き延びる道を走るまでだった。
大事なもの、守りたいもの。
辺境の雪だらけの土地でウェイトレスをする今の私は。
「守りたいもの、ある」
「さっきのモヒカン巨漢でしょ?」
にこっ、と気さくな笑顔を向けられ、恥ずかしくなる。
未だ慣れない愛の話は、真面目な空気に持ち込まれても感情を揺さぶられてしまう。
「大事なもの、見つかったんだね。」
アエルゴにいた時、仲間は大体独り身だった。
銃と仲間は持っても伴侶は持たない人ばかり。
それを不思議に思えたのはアメストリスに来てから。
愛とは弱点になり得る。
銃を片手に生きるのならば、愛より邪魔な足枷はない。
「無駄に、無闇に撃ってない」
「分かってる。2年だけど一緒にいたんだもの。」
イズミさんが、静かな声で続ける。
「ブリッグズに行くって言い出さなきゃ、ずっと店にいたって良かったのに…
あんた、相談もしないで全部一人で決めちゃうんだもの。
きっと、迷惑になるとか長居したら情が移ってしまうとか思うのかもしれないけど。
なまえ、人間みんな生きてれば誰かの世話になるんだから、迷惑だとか一々思わなくていいんだよ。」
温かい気持ちが、伝わる。
気持ちを全て受け入れるには、私の心の隙間が多すぎて染みわたることがない。
受け止めきれないイズミさんの言葉が、牢屋の柵に筒抜ける。
一人、相談、迷惑。
今の私には、言い返せない。
扉の前にいるであろうバッカニアとマイルズさんは、きっと聞き耳を立てている。
私が、イズミさんと何を話すか知りたくても不思議ではない。
ある種の厄である私と、イズミさんが関係ある。
良い子でいられない私を暴走させるのは、皆が避けたい事実でもあり、何より私自身が避けたい。
「撃っちゃった時も…迷惑かけた、自分が撃たれるって分かったら咄嗟に」
私の腕を、イズミさんが撫でる。
そのあと強めに腕を握られ、険しい顔をされた。
「追い詰める前に考えろ、あんたが守りたいものが消えてなくなるとしたら、守るべき行動をしろ。」
「守るべき行動…」
「あんたは身を守る術を持って、今まで生きてきただろう。」
過去を全て知られていないのか?
その圧は隙間だらけの心にも伸し掛かる。
全て一人で決めて生きてきた私の身を案じたイズミさんの前で、会話の真の意味を受け止めた。
「モヒカンに大事なこと話せたかい。」
静かに頷くと、イズミさんは微笑んだ。
「なら良かった。」
イズミさんが私の肩を優しくポンポンと叩く。
切れ長の黒い瞳は、微笑むと険しさの欠片もないくらい優しい目つきになる。
優しい力、私はイズミさんの優しさが最初は不思議で仕方なくて警戒した時期もあった。
今は分かる、イズミさんは公平な人。
「約束の日について、なまえに話す。」
人を見る目に長けた錬金術師。
錬金術に関係した何かで体調をずっと崩していた彼女が、どういうわけか万全の状態でブリッグズにいる。
これ以上の偶然と好都合はなく、私に出来ることを必死で脳から引っ張り探す。
体を一度も汚さず、銃だけで生き抜いた私の泥臭さを消す必要がない場面があるというのなら、動くしかない。
私に出来ることがあるのかもしれない、私が出来ることで誰かが「約束の日」で上手く動けるのなら。
たとえば、そう。
私が銃を撃って牢屋にずっと入っていたとしよう。
それでも同じ状況になれば、私は「誰を撃てばいい?」と聞く。
薬莢臭い私が、身綺麗になり甘いお菓子の香りをさせているだけ。
「一言も聞き逃さないわ」
イズミさんから聞かされる話を全て受け入れる準備をしてから、彼女の切れ長の黒い瞳と目を合わせた。






白いスーツの男性が、廊下の明かりしか届かない薄暗いカフェでコーヒーを喫する。
汚れひとつない白い服で真っ黒な液体を飲み込む姿から、潔癖なまでの冷たい雰囲気が伝わる。
「あの女性はなまえさんの理解者といったところでしょうか、観察力の優れた方です。」
イズミさんは、私の恩人。
彼女は私の理解者じゃない、公平に理解して物事を判断する人。
「守るものなど己だけで十分です。
人命は尊く、宝より素晴らしいと言うために色々なことを人は倫理に身を包み並べ立てますが、なまえさんなら分かるでしょう。」
人の命の上に乗っかるのは、オツムと信仰と金。
生きたいと言う人間と、死にたいと言う人間は金になる。
人生とは、意味を還元していけば下らない身の上話にしかならず、幸せに過ごしたいのならば生死に時間を割かない人間になること。
「概ね同意します。ですがなまえさんは自らの愛と理解者を選ぶのですね、それ故にわからない。
人は特別ではなく凡庸と愚者の集まりであると知りながら、なぜ守るのですか。」
愚かだから。
「あなたは自らを愚かと認め、さらに愚かになろうとするような人間ではないはずです。
少なくとも、今の世界でなまえさんの考えは通らず妥協を重ね、自らの愚かさを受け入れるしかないのは理解します。」
カフェのセルフサービス用の水ボトルを手に、黒い影に向かって水を撒き散らす。
びしゃびしゃと広がる音がするけれど、影の中に落ちる水音としては少々違和感があった。
いまの私は、昔より幾分か正気。
ウェイトレス姿、エプロンの影には銃が収まるホルスター。
夢の中の私に、今と昔が食い込む。
「私は自分が異端であることを認めています。世界が変わり、私のようなものが認められれば異端を受け入れたということ。
なまえさんは複数の倫理が世界に同居した場合の生き方を心得ていますね、それは何故でしたか?」
私の育ちが関係している。
異端が認められようが、倫理が消え失せようが、今までに起きたことは変えられない。
自分の傲慢さを正当化したいのなら、もっと手っ取り早い方法があるじゃない。
「傲慢、それは本当に自らの感情ですか?
平和と怠惰に囲まれ、穏やかに過ごすうちに過去を重ねられ、後ろめたく感じさせる周りが傲慢だと思わないのですか。
自分を正しくないと思い込ませる環境など、劣悪に他ならない。なまえさんなら環境を撃ち殺すのは容易いはず。
正しくない世界が進化し何になるか、私は見たい。生き残り見届けた者だけは真の勝利を味わうことになる。」
傲慢とは最大の精神的防御にして、滑稽。
足を組めば靴の底が見え、腕を組めば手が隠れる。
生き残りたいのなら、まず足を地につけ両手を自由にしろ。
「おや、なまえさん。傲慢など皆が持つものですよ、気にすることはない。」
真っ暗な視界の中で、私は違和を食う。
自らが正しいか、正しくないか。
簡単なことに善悪は立場によって変わることを心得て生きた私は、キンブリーの言葉に頷いた。
キンブリーが立ち上がり、革靴の偉そうな音を立てながら闇を歩く。
「私は見届けたい。」
私の前にきて帽子を脱ぎ、それっぽく軽い礼をしたキンブリーが暗い青色の瞳の淵を歪ませ、私に微笑む。
「なまえさん。銃を手放さなくていいんです、美味しいコーヒーも淹れていいですよ。
私たちは自由なのです、神が選んだ自由と勝った世界を見る勝者です。
新しい世界が私もなまえさんも受け入れれば、異端は異端でなくなる。
世界に煙たがられる異端は無くなり、あなたの人生と全ては世界に保証される。」
にこりと笑ったキンブリー。
取り囲む黒い影は、私とキンブリーを覆い尽くす。
影に飲み込まれたキンブリーは、新しい世界の可能性へと誘う。
生きたい理由がなくても、人は生きる。
死ねば生き返らない。
生きている限り、人は良きに悪しきに変容していける。
生は救済だということを、キンブリーは考えられない。
「私の大事な人は、今の煮え切らない半端な世界に居た。
新しい世界が異端を許し倫理を幅広げるのならば、そんな世界に居場所を求めるのすらお門違いよ」
ベレッタを握り、キンブリーに銃口を向ける。
影の中から盾が飛び出す予感がして、引き金を引かずに様子を伺う。
これは夢、撃ったところでキンブリーは倒れない。
夢の中の私を覆うウェイトレスの服が消え、私服が見える。
バッカニアと一緒に出かける時によく着る上着にズボン、ブーツ。
愚かな私が得た思いは、誰にも渡さない。
私の決意は、私が得る。




2020.09.05





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