幸いなり、白昼夢にて



白いスーツの男性が、廊下の明かりしか届かない薄暗いカフェでコーヒーを喫する。
汚れひとつない白い服で真っ黒な液体を飲み込む姿から、潔癖なまでの冷たい雰囲気が伝わる。
「可愛らしく賢く狡猾ななまえさんのことです、これを夢だと分かっているでしょう。」
狡猾は余計なこと。
あなたの顔を見て私が銃を引き抜かず平然としているのだから、間違いなく夢。
「あなたは、なんのためにここに。」
異なる生き方をすれば、己の人生も変わると信じて。
「それは違います。なまえさん、あなたは自分を正当化したいがために夢を見てアメストリスに来ました。」
どうして私の気持ちを貴方が断言するの、嫌だわ。
「自分が正しいと思うことは不可思議ではありませんよ、人は自らが間違った存在だと周囲から突きつけられただけで壊れますから。」
キンブリーの足元にある黒い影が、じわじわと広がる。
それは触手のような動きをして、私の足元から背後までを包み闇を仕立てた。
真っ暗な視界に、カフェチェアに腰掛けるキンブリーだけが映る。
「沢山殺しましたね、いくら稼げましたか。命がいくらになるのかなまえさんはよく分かっている。命とは、頭蓋骨と肉に皮が張ったモノの心臓の動作を指します。
意味を還元すれば生物学的因子でしかありません、ひとたび心臓が止まるか脳が死ねば人は使い物になりません。それでも命あるものに夢を見ますか。」
産まれながらに、夢を見る生き物の名を背負われた。
だがその名を知る者は、幾ばくかの倫理に囲まれた挙句の幸せな価値観。
命あるものに夢を見ない人間など山ほどいる。
私の今の服装はウェイトレスではない、アエルゴにいた時の軽装だ。
悪魔による面接のような空間で、キンブリーは優しそうな目をした。
長く伸ばし後ろにまとめた黒い髪、鋭く重たい目つきに青い目、白いスーツ。
「常識や知識、法律や善悪、宗教や価値観はあれど何が正しいか、この世界はまだ決まっていません。世界が何を選ぶか私は知りたい。
正しくない世界が進化し何になるか、私は見たい。生き残り見届けた者だけは真の勝利を味わうことになる。」
キンブリーが立ち上がり、革靴の偉そうな音を立てながら闇を歩く。
「私は見届けたい。」
私の前にきて帽子を脱ぎ、それっぽく軽い礼をしたキンブリーが私に微笑む。
「どうです、なまえさん。美味しいコーヒーを淹れる場所は新しい世界にもあります。私の背中につき銃を持ちませんか。」
にこりと笑ったキンブリー。
取り囲む黒い影は、私をも覆い尽くす。
いつ飲み込まれても奇妙ではない影の中にいる私の気持ちは、決まってる。
「私には大事な人がいる、その人がいない世界なんて死んでも嫌」


目を開けてすぐに、大きな掌が見えた。
バッカニアの腕枕で寝ていた頭に現実が戻る。
重たい目蓋に、冴えた瞳と冷えた脳。
叫びたくなる代わりに、ぼうっとしたまま時計を見る。
時刻は早朝4時半。
大きな寝息のバッカニアを起こさないように体勢を変え、胸元に顔を寄せた。
機械鎧と胸板の隙間に頭を乗せ、大きな鎖骨に額を寄せて静かに甘える。
バッカニアの匂いがするベッドで心地よく寝ていたのに、夢見は最悪。
右腕にある大きな機械鎧を見て、深呼吸。
私は綺麗な制服を着てコーヒーを淹れる場所が欲しいんじゃない。
私が、私が欲しいのは今までと違う人生。
睡眠中くらい、逃げたい。




ブリッグズ内の射撃演習場は、コンクリート作りなのもあり銃声が篭り響く。
何人もの兵士が訓練をする背後を通り抜け、兵士の後ろで射撃訓練教官をするマイルズさんに尋ねた。
「マイルズさん、これ試し撃ちしていい?」
私の手には、ベレッタとグロッグ。
顔を顰める警戒する狼のようなマイルズさんに、気遣いばかりに微笑む。
「もうすこし気配を出して歩け、こちらが驚くだろう。」
「すみません、試してもいい?」
「構わない。」
頷いたマイルズさんに敬礼し、ちょうど空いたばかりの兵士の席に屈む。
さっきまで人がいた撃ち場は、体温で生暖かい。
いつもならコンクリート上に残った生暖かさを感じて近くにいる撃ち子を始末しにいくところ。
何も考えずに銃だけ持てる幸せを感じながら、ベレッタを持った腕を的に向かって伸ばす。
隠せて小回りもきいて、いざとなれば変形できる認識型に埃を被らせるのは避けたい。
アームストロング少将が不在の今、いざとなれば私でも撃つ事態になる。
60m先にある的に狙いを定めてからグリップを握りしめ、グレネードランチャーに変形させるとマイルズさんの悲鳴が聞こえた。
「なまえ、待て!なんだその物騒な武器は!」
悲鳴は怒鳴り声に変わり、私を社会的に追い出そうとかかった。
マイルズさんの筋肉質な手が私の腕を掴んで、撃ち場からズルズルと引きずる。
持ち場に銃と私が離れ離れ。

「そのデカブツで撃ってみろ、演習場ごとブッ壊れる!」
思いもよらぬ腕の力と乱暴な口調から、見た目の雰囲気よりも大人しくないのを知った。
見た目で苦労したのだろう、その苦労の落ちどころは中身といった具合なのを察して笑顔で接することを決める。
「大丈夫よ、誰も死なないし!」
引きずられる体勢から立ち上がり、何もしてませんと言い張るように両掌を見せた。
「そういう問題じゃない!」
褐色の肌が興奮と驚愕に赤らみ、私に憤怒をぶつけようとしている。
アームストロング少将に、割りに合わないアエルゴの銃を解析班にまわしたおかげでアエルゴの銃の威力は伝わってるのだろう。
弾薬も過激すぎず珍しすぎないものは渡してしまった。
「しばらく触ってなかったから感覚戻したくて」
だからこそ、私が物騒なものを持ち出したら警戒しろと言ったに違いない。
憤怒は私の間の抜けた顔を見て吹き飛んだようで、マイルズさんが肩を下げ呆れた顔で私を見る。
褐色の肌を若干青くしながら、手袋に覆われた指の長い手が上を指差す。
「なまえ。上がりきった場所に、寒空の下でコートを着込んだ兵士がアメストリスとドラクマの国境を見張る場所がある。そこで試し撃ちしてこい。」
コートを着込む、聞くだけで萎えてしまうような言葉を聞き入れる。
部屋にある一番暖かいコートを羽織り、マフラーを巻こう。
「わかったわ」
銃のあるもとへ戻りグリップをまた握り、小型に戻す。
戻ってしまえば瓶のように軽いベレッタとグロッグをホルスターにしまい、立ち上がる。
周りは依然として射撃をして、的を外したり外さなかったり。
「撃つ時はアメストリス側に向けてくれ。間違えてもドラクマ側に撃つんじゃないぞ、戦争の火種になる。」
「了解」
「ドラクマ側に撃つなよ?」
「了解!!」
その会話から、10分も経っていない。
雪は音を吸収し、耳に静けさを抱えて訪れてくる。
歩けば足音と呼吸しか聞こえなくなる雪一面の銀世界に並んだ大隊をぼうっと見て、寒空の下の鉄塊を眺めた。
ドラクマ軍の最新式、大砲や戦車は真新しく実戦特化型のものがズラリと並び隊列を形成する一部になってる光景に目を奪われる。
「なにしてるんですか、あなたは下がって!」
いつもカフェでコーヒーに角砂糖をふたつ溶かす兵士が、私に向かって叫んだ。
砦の中で警報が鳴り響き、内臓がドクドクする。
砲撃を受ける前に、国境を守らんと揺れ動く平和を維持するための砦。
「ドラクマより開戦宣言!!」
見張りの兵士が、駆けつけた兵士達に告げる。
青い軍服を覆うようにコートを羽織った兵士達が、我先にと配置へ着く。
大砲など武器がちらほらと見えるが、開戦宣言にしては地味。
「ドラクマより開戦宣言?あれが?」
マフラーと口元の間で溜まる呼吸に耳を済ませ、音に耳を傾けた。
砦のサイレンに混じり、咆哮のような命令が下から聞こえる。
知った声が張り上げているのが引っきり無しに聞こえて、事態を悟る。
部下を引き連れ到着したマイルズさんが、今にも殴り掛からんばかりに私に詰め寄った。
赤い目の瞳孔が開き、鬼のような形相を作る。
「なまえ!!ドラクマ側に撃つなと言っただろう!!!」
「撃ってないわよ!撃とうとしたら雪一面にアレ!」
周りに目配せし、なまえさんは撃っていないと先にいた兵士達が目で訴えてくれた。
マイルズさんはドラクマ軍、兵士たち、引き連れた部下たち、私を見てからサングラスをかける。

鬼のような赤い目元が隠れたマイルズさんは怒りを噛み、引き連れた兵士に命令した。
「総員!戦闘準備!!」
ブリッグズの兵士達が集い、一斉に持ち場に着く。
山岳警備兵は大砲や技術班のほうへ走り、何人かは衛生班に走りスコープを調達している。
マイルズさんとバッカニアの部下は、上司の指示がなくとも戦闘態勢。
兵士たちの統率感と意識に感動していると、大砲部隊の背後から現れたバッカニアが私を見て驚きを隠さずに駆けつけた。
「なまえ、何をしている!?」
「試し撃ちをするならココにしろってマイルズさんが…」
手にあるベレッタを見せ、決して撃ってないとアピール。
ドラクマ軍が居座るほうを見て、軍勢を確かめた。
大隊に戦車、大砲、兵士はざっと2000。
ブリッグズを越えて行くなら少なすぎると考えれば、あくまでも砦に奇襲をかけに来たと捉える。
夏になれば溶ける雪の上には、ドラクマ軍。
見慣れた深い青の目がドラクマ軍と私を交互に見て、悪巧みを始めた。
「なまえ、手伝え。」
サプライズを受けたような喜びが胃の底から湧き上がり、バッカニアを見つめる。
「いいの?」
コーヒーをブラックで二杯飲む兵士が、バッカニアに食ってかかる。
今日はタバコで済ませたのだろうか、僅かに草煙が香った。
「大尉、なに言ってるんですか!なまえさんは…!」
「軍属ではない、か?なまえの腕を見てみたくはないのか。」
よろしくない仕事で銃を使っていた、ということは皆にバレている。
それなら、緊急事態によろしくない行動をしても不自然ではない。
「そうよ、そう!この人が私に脅されたってことにすればいいわ!」
認証するためにグリップを握りしめ、グレネードランチャーに変形させる。
物騒な長物を構えて笑う私に引く兵士を見て、バッカニアは悪そうに笑った。
「よし、なまえ!ドラクマの連中を消し飛ばせ!」
「いえっさー!」
フードを被り、首元のマフラーで鼻から下を覆い隠す。
抱えたまま配置につき、ブリッグズ側の兵器を見渡した。
ここは国境との見張り。遠距離射撃のものは全て強化され一通り並ぶ。
マシンガンとロケットを合体させたような見た目だったり、銃の代わりに手榴弾が巻きついた鉄のように鈍く光るものだったり。
どう見ても大砲なのに、銃床にも似た弾の連帯が後部に巻きついている。
「あれは大砲?」
ブリッグズ側のほうが恐ろしい兵器がある、と見惚れているとバッカニアがイヤーマフを私につけてくれた。
耳が覆われ、自分の呼吸と視界が鮮明になる。
「ブリッグズ自慢の新兵器だ。」
バッカニアが、ドラクマ軍を狙えと目で合図してから、悪そうに笑う。
照準を覗き、隊列の後ろを見ると小さな戦車が六つ。
小さな大砲に分厚い装甲、湿地帯でも小回りのきく戦車が歩兵と衛生班の横に並んでるのを見て、ドラクマ側の作戦を察する。
このままブリッグズを超えアメストリスに上陸し、三日は保たせたいのだろう。
数は足りなく2000と見た兵士のうち、実働部隊は1800ほど。
おそらく指揮官の頭は氷漬けで、スパイの手配すら忘れたようだ。
「控えめな大砲つけた戦車は燃料と備蓄を詰んでるから、潰しましょー!」
大砲を準備するマイルズさんとマイルズさんの部下に言うと、怪訝な顔のマイルズさんが吐き捨てる。
「なんで知ってるんだ。」
「ドラクマ出身の曲撃ちから聞いた」
照準越しに大砲と兵士の数を見ても、ブリッグズ相手に対してドラクマ側が少なすぎる。
目に見えた勝利ではあるけど、何かがおかしい。
グレネードランチャーを構える私に、開発班も兼ねる中尉が声をかけた。
「なまえさーん!左側撃てるー!?」
左側に照準を合わせると、戦車と厳ついドラクマ製のライフルを装備した歩兵が見えた。
ブリッグズ内に侵入する役割なのだろう、悠長に戦車の周りで装填している。
撃ちまーす、と報告してから引き金を引く。
響き渡る銃音がイヤーマフ越しに聞こえ、照準の中にある戦車が爆発した。
積んだ爆薬を食らった兵士だったものが飛び散り、巻き込まれなかった兵士は腰を抜かし、目を押さえながら吐血している。
煙の匂いはまだせず、冷たい雪風だけが肌を撫でていく。
血塗れの歯から悲鳴が漏れてるのは想像に難くなく、溢れ出る血の量や咽せ具合を見ても爆薬に毒が詰まれれいていた。
続いてドラクマから砲撃があり、弾が当たるより先にブリッグズから砲撃。
弾の落ちる音は雪に巻き込まれ勢いがない。
砦に傷ひとつ付かないまま、ブリッグズ側の砲撃が続いた。
勝ちが回った側から照準から敵を覗き込む。
後方部隊は戦車を動かし、前方には指揮官らしき厳ついドラクマ軍人と兵士たち。
焦りを失ったドラクマ軍の動きを眺め、空きを見つけた瞬間にブリッグズの砲撃が落ちるのを見て愉快だと思う。
照準の中で、真っ白なスーツに薄紫のマフラーを巻いたキンブリーを捉える。
目が、合った気がした。
瞬時に引き金を引き、キンブリーのいる前方を撃つ。
雪が吹き出すように舞い、真っ白な雪の筒に血が混じっていく。
無様に舞い散る雪が消えたあと、キンブリーは綺麗さっぱり姿を消していた。
冷える私をよそに次々と轟音が鳴り、ドラクマ軍が散っていく。
なぜ、キンブリーがいたんだろう。
きっと悪夢のせいで気づかないうちに疲弊していたんだ、キンブリーが見えるわけがない。
グリップを今一度握りしめ小型化し、撃つのをやめる。
照準のない視界でも、雪一面はドラクマ軍の血の海。
イヤーマフを外し、立ち上がった。
「なまえ、どうした?」
私の異変に気付いたバッカニアが声をかける。
悪夢を引きずった、なんて言えない。
「勝てそう?」
「こちら側が圧倒的だ。」
一番奥の大砲から発射され、煙が鼻を刺激する。
歯が砂まみれになった時と同じ臭いがして、喉の奥が枯れそうになった。
フードを目深に被って、散り散りになるドラクマ軍を一瞥してから、戦地を後にする。
階段で何人もの兵士とすれ違ったが、誰の顔も直視しなかった。
フードの中に収まった髪は冷え、首筋を冷やす。
遠ざっても、照準で見た白いスーツの男性が脳裏から消えない。


緊急事態を終え、各自持ち場へ戻る中マイルズさんが珍しくメディカルルームに顔を出した。
ブリッグズ側は負傷者はおらず、なんだったんだという謎だけが残る。
女医さんがコーヒーを私とマイルズさんに渡してから、世間話の火蓋を切った。
「怪我人がいなくてよかったわ。」
「機械鎧沙汰は突然にって言うからなあ、ヒヤヒヤしたぜ。」
「ドラクマも何がしたいのかしらね、あんな敗走したら恥ずかしくて国やってられないでしょ。」
国やってられない、と言い捨てた女医さんの横にいるニールさんが灰皿の上でタバコの火を消す。
もう一本とはいかず、パイプ椅子の背を抱えてコーヒーの横にあったクラッカーを食べる。
クラッカーをもう一枚、と伸びたニールさんの手を女医さんが素早く叩く。
髭のある顎がクラッカーのために動くのを見ていると、マイルズさんが大きなため息をついた。
サングラスを外したマイルズさんは「向こうはボスの不在を狙ったのだろう。だがそんなことで一枚岩は崩れない。」と言うかと思えば、意外にも何も言わず頭を垂れた。
大きな溜息が、色素の薄すぎる髪の毛先を撫でるように放たれる。
溜息とコーヒーを交互に啜っていたマイルズさんは、今後起こる面倒くさい事態を憂いていた。
「アームストロング少将が帰ってきたらシバき抜かれる、俺の髪も全部抜かれちまうんだ。」
マイルズさんの弱音に、ニールさんが爆笑した。
途端に赤い目ふたつはニールさんを睨みつけ、追いかけっこを開始する合図が無音で鳴り響く。
笑いながら逃げだすニールさんをマイルズさんが追いかけると、メンテナンスルームにニールさんが引っ込む。
そのままマイルズさんがメンテナンスルームのカーテンを片足で蹴り飛ばし乱暴に突撃すると、楽しそうな悲鳴が聞こえた。
はは、と乾いた笑いを漏らすと女医さんが私の顔を伺う。
「そっちはどうなの。」
「セントラルの人が無愛想な顔でコーヒー頼みにくる以外は、いつも通り」
あの不愛想な顔と正反対の、愛想笑いで作られる私の顔。
力が抜ければ、私もマイルズさんのような睨みつける目つきになりそうな気分なのを隠していると、女医さんがまじまじと私を見る。
愛想笑いも尽きたと思われ少し冷えると、女医さんは心配してくれた。
「なまえ、顔色悪い。ニールが気にしてくれてたの分からなかった?」
わからない、と無言で頭を振れば女医さんが私の額に手をつける。
熱がないか確かめてから、瞼の裏を引っ張ったり口の中を見てくれたり、私の体調と意識を確かめだした。
私の顔色を見てニールさんが和ませにかかったのだ、感謝しなければ。
なかなか喋り出さない私に気を使ってくれた女医さんが、話しかけてくれた。
「なまえ、試し撃ちしたんだって?戦車いくつも爆破したって聞いたわよ。」
「何個もやってない」
そう、と返した女医さんの机の下にバンダナを抑えながらニールさんが駆け込む。
白衣と片方の靴が飛んだニールさんは笑っていて、気が済んだマイルズさんはパイプ椅子に腰掛け足を組んだ。
組まれた足を見て何故かキンブリーを思い出し、マイルズさんに伺った。
「鋼の錬金術師と紅蓮の錬金術師ってどうなったの」
先ほどより顔色のいいマイルズさんに、どうしても脳裏の白いスーツが離れないことを打ち明けるために話題を振る。
あの白いスーツの話があるうちだけはマイルズさんと対等に話せるのではないか、と思っている私。
それが神様にバレたようで、私の立場なんて最初からないと頭を砕くような事実を突き付けられた。
「傷の男の捜索中に、双方とも行方が分からなくなってる。」
「なにそれ」
口では笑って見せたものの、寒気がした。
「捜索中に雪に足を取られ遭難したのではないかと見られている。キンブリーのほうは別にいいが、鋼の錬金術師は…。」
別に良くない、と言いたいのを堪える。
一人にしてはいけない人種だというのを、マイルズさんは知っているんだろうか。
あの男が種の変態性を持ち合わせていて、始末した後の掃除はしなくていいと言われていたこととか。
虫の息になったアメストリス軍人を影に連れ込んで、自身の錬金術を試しているのをガンマン数名が見たとか。
不気味な噂が絶えないことは知っているはず。
「なまえ、キンブリーに何か用でもあるのか。」
「あの人、カフェに来た時に忘れ物をしてるから」
状況の変わった今のブリッグズなら、忘れ物代わりに銃弾を撃ち込んでも許される。
「セントラルの軍人に渡しておけ、アレと関わりたくない。」
そうね、と言って嘘を消す。
行方が分からない、それなら照準越しに見たキンブリーは悪夢の疲弊ではない蓋然性がある。
気分が揺れ、寒気を落ち着かせようとマイルズさんと話にかかる。
マイルズさんを、至近距離で今一度観察した。
生真面目な雰囲気はするけれど、どこか凡庸さを隠しきれない立ち振る舞いや姿勢、全体的に整えられつつもシワのあるズボン。
イシュヴァール人独特の赤い目、重たくも鋭い目つきと動きにくい表情筋。
「キンブリーなら、もう見つからないわよ」
「どういうことだ。」
「鋼のを捕まえてギャングバングと洒落こんでる」
薄汚く微笑めば、マイルズさんが悪戯っぽく笑って目を向けてくれた。
ブリッグズの掟は弱肉強食。
男も女も、地位も名誉も、人種も国籍も関係ない、必要なのは魂だけ。
そんな場所に相応しい考えを持つマイルズさんが僅かに砕けれた。
「キンブリーの横に控えてたガタイの良い軍人4人が入るデケェ部屋が必要だな。」
「それならセントラルにあるワンセルフホテルの一室ね、ナッツにオレオと鳥の頭が用意されてるとこ」
私の言葉に、ニールさんが口を押えて笑い出す。
なにいってんのと笑う女医さんが呆れ笑顔を見せる横でも、マイルズさんが複数のスラングに引っかからない姿を見て彼の人生を少しだけ見た。
凡庸な世界の一部を知り尽くした人で、生きる上での歩き方だけは私と近くても、私とは正反対のマイルズさん。
部下からも慕われる理由も分かる。
「事情が事情だ、鋼の錬金術師は元の目的を早く見据えて動いているだろう。」
「キンブリーは?今頃どこかで雨空の下かも」
「アレのレインコートが真っ白になるまで雨に打たれりゃ、コトはソーセージパーティしか経験のないお前のために存在しないって分かるだろう。」
悪戯っぽい笑顔のマイルズさんが言い捨てると、ニールさんが耐え切れずに声をあげて笑った。
口から小さな唾液とクラッカーの欠片が飛んだニールさんの肩を女医さんが叩き、私たちを正気に戻そうとする。
「錬金術師ふたり来た途端にブリッグズが不穏になったわ。そのうち錬金術師出入り禁止になるんじゃない?」
マイルズさんが何も言っていませんというくらい普通の顔をしてから、白目を剥く。
「先生の言う通り。」
事切れるようにガクッと項垂れ、大きな溜息をついてパイプ椅子に座るマイルズさん。
細長いスパナを手にしたニールさんが、結ばれた白髪の毛先をスパナの先で何度も触る。
愚行に気付いたマイルズさんがニールさんと追いかけっこを開始し、ついにメディカルルーム外で決行された。
コーヒーを飲んで、凝った肩のために空いた手で筋肉を揉み解す。
どこまでも染みこんだ動きは、取れない。
狙いを定めるためにある眼球と、仕留めるためにある勘と、引き金を引く指。
久しぶりに撃った感覚は、心地の良いものだった。




2020.08.15





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