本能に施す



「アームストロング少将がセントラルに呼び出し?」
「北へは暫く戻れないそうだ。」
呆気に取られバツが悪くなり、呟く。
「…情報、伝え忘れた」
「なまえ、セントラルで何か引いたのか。」
マイルズさんが私を睨み付ける。
赤い目から刺すような視線を感じて、許されないと感じた。
きっかけがキンブリーだったとはいえ、イシュヴァール戦で具体的に何をしていたか知ったマイルズさんは、私に優しい目を向けることはないだろう。
「上層部が妙に人気のないところで会食することが増えたけど、アームストロング少将なら、その会食に混ざるかもね」
広くて大きなブリッグズ内を見つめる。
無機質で飾り気のないコンクリートフロア。
アームストロング少将の見た目の華やかさとは真逆のコンクリートは、レイブン中将以外の老害も埋まっているだろう。
昼間は常に整備班が行き来し、夜は夜勤が行き来する。
この中の何人が訳ありなんだろう。
私含め全員が訳ありでも不可思議ではない。
綺麗な容姿、揺らがない意志、ブリッグズの女王様。
ブリッグズに収まるものは、アームストロング少将を除き訳あり。
「…キンブリー、まだいるの?」
「暫くすれば戻るだろうな、アレは。」
キンブリーをアレと呼ぶマイルズさんと、文通相手のような顔が見えない関係で知り合えたのなら気の合う友人になれたに違いない。
友達になりたかった、なれなかった。
白いスーツが頭の中に浮かんでは消える。
キンブリーの底知れぬ気持ち悪さは、言葉にし難い。
看守や囚人から嬲られ、出所しても正気を保つことすら難しい元受刑者は山のようにいる。
出所しても病院通いか、鉄格子の中に入院か、同じことを繰り返して再度刑務所に行くのが受刑者のパターン。
イレギュラーな元受刑者の白いスーツは、異様までに不気味だった。
「会いたくない」
俯く代わりに、天を仰ぐ。
どこまでも薄暗い灰色のコンクリートで覆われ、空は見えない。
貫かれる世界の正義とは真逆を生きた私が、生き方を変えることは難しくても、足掻かずにはいられない。
だからこそ生きる意味があると信じたくても、私に青空は似合わなくて薄暗い灰色の天井を見つめながら深呼吸した。
「アームストロング少将には伝えられず終いかあ」
肺に空気を満たす私に、マイルズさんが声をかける。
「ブリッグズを不在にするアームストロング少将の代わりにセントラルの者が着く。しばらくは監視の目だらけだが、なまえも知ってる通りブリッグズは崩れない。」
セントラルごときが、ブリッグズを出し抜けるものか。
マイルズさんがそう言わないのは、身につけているのが軍服だから。
強気に出ることや言葉ひとつで頭の中身がトイレにブチ撒けられる世界とブリッグズは決まりが近い。
「アームストロング少将が育てた部下だもの、みんな強いわ」
弱肉強食。
弱いものは生きていけず、強いものだけが必要とされる。
ブリッグズの皆も、マイルズさんも、愛しのバッカニアも。
配管の替えを抱えた男性が行き来するフロアは工事音で常に騒がしい。
みんな耳がいかれないのか、と大きな空気圧整備機器のそばにいる男性を見れば、片耳に補聴器。
もう片方に耳は無かった。
腕に大きな傷と銃創があり、薬指と小指は癒着している。
耳と腕の傷痕から、武器の素人に切り取られたのが察せた。
傷痕のある腕はスパナを受け取り、器用に整備機器を弄る。
あれだけ素早く弄れるのだ、耳が片方なくなり、腕が使いにくくなる前から機械に携わっていたのだろう。
腕に32口径を皮膚に当てられたまま撃たれた時に出来た銃創だと、瞬時に分かる。
人は、そう簡単には変わらない。
良くも悪くも、人はなかなか変われないのを私が一番よく知ってる。
「平和にケーキ作ってる暇は無いわね」
「それどころではなくなる。必要とあらば撃て。」
マイルズさんを見て、目を合わせた。
鋭い目が私に向けられ、嘘ではないことが分かる。
「今なんて言った?」
「必要に迫られる機会があるかもしれない、なまえ。暫くの間、銃の所持を許可する。」
そんな機会、あってたまるか。
知らずのうちに目の前に迫ったものは、知らないうちに動きだす。
アームストロング少将が不在の今、何が起きようとしてるのか。
「何かが起きる?」
全てを知らない。
それは私もマイルズさんも同じのはずなのに、マイルズさんは分かりきったような顔。
「何が起きても、おかしくない。」
コンクリートフロアの冷たい空気は、私の頭を冴えさせるのにうってつけ。
目の前にある見えない脅威が襲いかかってきた時、私はどうしていたかを思い出す。
血と砂と埃の臭い、歯の裏にこびり付きそうな腐臭、喉の奥に張り付く汗。
何が起きてもおかしくない世界で生き抜いたからこそ、溜息を噛み潰せる。
深呼吸してから、怠けた脳を起こした。



部屋に入り、アームストロング少将の前で出して以来仕舞い込んでいたカバンを軽くなったトランクの中から出す。
普通の日用革製品に見える焦茶色のカバンの中には、ベレッタ、ライフル、グロック、リボルバー、マシンガン、認証式のグレネードランチャー。
アエルゴから持ち込み、手放したくなかった銃。
随分と昔に手に入れたカバンは、無駄な飾りがなく誰が持っても良いデザインだから、隠せる。
ウェイトレスのカバンから、銃が出るとは誰も思うまい。
スカートは長く、脹脛まで綺麗に隠せる。
銃床にも使えるレッグホルスターをつけてからショルダーホルスターを着ければ、上手くウェイトレスエプロンの影に隠れた。
ベレッタを2丁エプロンの影に隠し、スカートの中にグロッグを隠す。
私のブリッグズでの格好は「武器を持つはずがない」姿。
敵なら、無防備で馬鹿なウェイトレスに真っ先に銃を向ける。
私なら、門番を片付けた瞬間にウェイトレスと客全員に犠牲になってもらう。
人は、簡単に変わるものではないから。
トランクの隠しポケットに閉まっておいた50口径の象打ちライフルとリボルバー。
両方のグリップを握りしめ、小型化させる。
見た目はただのベレッタになったふたつと、お気に入りの銃達をカバンに詰めて、上に厚手のハンカチをかけ口紅と香水の瓶を乗せた。
カバンに一振り、香水。
焦茶色の飾り気の少ないカバンが、一気に女性の私物になる。
香水はアエルゴ製、口紅はアメストリス製。
異国かぶれのアメストリス人が使う振る舞いに仕立てたカバンを閉め、革製品の使い込みによるシワを見ながら考えた。
ウェイトレスを開始する時に使う小道具入れの真横に置き、中から見えるのは口紅と香水。
厚手のハンカチを万が一取り払われた場合、カバンにもう一工夫必要になることを考えていると、扉をノックする音がした。


「なまえ、いるか?」
バッカニアの低い声。
急いでトランクを閉じベッドの下に隠してから、返事をした。
「なに?」
「入っていいか。」
「いいわよ」
扉が静かに開き、大男が一人。
飛び跳ねたら天井にモヒカンごとぶつかるような巨体がするすると移動し、音もなくゆっくりと扉を閉めた。
マッドベア・Gの拳にあるダイヤモンドが電球の光で光る。
部屋に入り、こちらに振り向いたバッカニアは目元に疲れが隠しきれていない。
探しに行った先遣隊は無事と言い難いものだなかったのだろう。
「先遣隊探しに行って徹夜でしょ、休んだら?」
この下にトランクなんかありませんと言わんばかりに、ベッドに腰掛けて足を揃える。
疲れを堪えるようなバッカニアが椅子に腰掛け、私をじっと見た。
「なに」
青い目は、疲れると色も伺いにくくなる。
大尉という仕事柄、危ない任務も率先しなければいけない。
疲れた顔を更に厳しくしたバッカニアが、唸るような声を絞り出す。
「まだ…怒ってるか。」
バッカニアから出る可愛いと思う感情の矛先が私ではなかったというだけで、余裕をなくした。
「…怒ってないけど、ちょっとやきもち」
子供のように足をひらひらさせて、わざとらしくそっぽを向いてから頬を膨らませ、横目でバッカニアを見る。
全てキンブリーのせいにしたとしても、私は大人気ない。
何故か頬を赤らめたバッカニアを見て、やきもちを膨らます気もなかった。
「もう済んだ」
肩を下ろしてから、ブリッグズの今を聞く。
「アームストロング少将不在の間、セントラルの軍人が着くって聞いたわ。どんな具合なの?」
「虎と熊の食らい合いってとこだ、なまえは目立つ。本来ならば軍属以外はいないはずだ。呼び出されたらマシンガンを持って行け。」
食らい合い、と言ったバッカニアを見て察する。
マイルズさんが銃の所持を許可したように、ブリッグズを巻き込んで起きようとしてる何ががあるのだ。
エプロンを枕元に放り投げ、ショルダーホルスターにベレッタ2丁、スカートの中にある足に巻き付けられたレッグホルスターに収まったグロッグ1丁を見せる。
アメストリスに来てから初めて他人に見せる装備姿をバッカニアに晒した。
「銃、暫く持ってていいって。セントラルの軍人は高いだけの下品なコロンをつけてるから嫌いよ」
カバンに一振りした香水の言い訳がつくうちに、イシュヴァール式の刺繍が施された青色のワンピース姿でレッグホルスターを指でかつんと叩く。
銃を軽く叩けば響く乾いた音の中にある重さ。
「アームストロング少将はいないし、事情が複雑になるほど空気が変わってく」
私の本能が疼く音。
ただのウェイトレスが戦闘員になるブリッグズを見たら、敵は驚くだろう。
願わくば、敵がセントラルの人間でないことを。
銃に爪を立てる私に、バッカニアが悪巧みを思いついたかのように笑う。
「可愛いウェイトレスが銃ぶっ放ってきたら、セントラルの奴らは腰抜かすんじゃねえか。」
可愛い、と言われ機嫌がよくなる。
それと同時に優越感。
「腰を抜かしたら手榴弾でいいんじゃないかしら」
笑顔でそう言う私を、バッカニアがいつもの眼差しで見てからすぐに顔色を変えた。

「なまえ、そのだな。」
バッカニアが俯き、私と床を交互に見て迷い始める。
何事かと聞く前に、胸に飛び込んでこいと言わんばかりに腕を広げられた。
大きな生身の腕と、マッドベア・Gのままの腕。
「風呂…さっき入った。だから、その…もう臭わないはずだ!」
笑ってしまうような理由。
いつも私に向き合う時は素直であるために身から示す。
誠実なバッカニアに抱きつかず、顔を耳元に近づけてから首元から胸板まで嗅ぐ。
ゆっくりと匂いを食むと、鼻の奥で嗅ぎ分け噛み潰したくなるような気分がした。
「死体の臭い」
「む、消えなかったか…。」
「大丈夫よ、そこまで臭わないし。あなたのせいじゃないわ、ほらこれ」
ドレッサーの上にある香水を手に取り、バッカニアのみつあみの先に振りかける。
麝香を混ぜた甘い香りが広がり、死体の臭いを掻き消した。
「いい香りでしょ?ダブリズで買ったの」
先遣隊に、何があったのか。
何人の死体が上がり、その最中にレイブン中将は消え、アームストロング少将は不在。
何かが起きようとしているブリッグズを守り構える兵士たちに、何が出来ようか。
私のような愚か者は、ウェイトレスに扮して隠れるのみ。
ドレッサーに香水を起き、持ってきておいたバターケーキをバッカニアに見せる。
「あとこれはリキュール入りのバターケーキ」
「む、美味そうだな。」
でしょ?と笑いかけてから、バターケーキを片手に簡易キッチンに向かい、ケーキナイフで切る。
最低限の食器しかないけど、今日のおやつにしようとしてたもの。
二人分に切り分けてから、ひとつしかないフォークで親鳥が雛に餌をあげるようにバッカニアに食べさせよう。
皿に置いた二人分のバターケーキの端にフォークを置くと、ケーキナイフを拭く手をマッドベア・Gが優しく掴んだ。
刃を諸共しない手に止められ、振り向く。
座った目をしたバッカニアが私の背後に立っていた。
「したい。」
「なんで?」
「理由はいるのか。」
ケーキナイフが置かれ、私とバッカニアが見つめ合う。
深い青色の目、不思議な色の肌、黒い髪。
機械鎧の腕に施されたダイヤモンドが、キラキラ光る。
「ちゃんと言って」
理由がいらないのは分かっていた。
いじわるしたくなるから、私のやきもちは煮え切ってない。
バッカニアの唇に人差し指でツンと触れて、理由を待つ。
むう、と呻いて顔を赤くし黙り込んだバッカニアに対して気が変わり、やきもちを消化しにかかった。
「私のハニーったら、可愛い子に素直に可愛いって言っちゃうんだもの。お口に躾が必要ね」
二人分のバターケーキが乗った皿を手にベッドに腰掛け、フォークで取った一切れを、かなりわざとらしく食べて挑発する。
唇を舐め、バターケーキを食べてからゆっくりと噛む間、バッカニアを見つめた。
二人分あるのを察して、バッカニアが目の前の椅子にゆっくりと座る。
赤い顔をしたバッカニアに、躾よう。
「困ったわ、フォークがひとつしかないの。ハニー、どうやって食べたい?」
フォークで一切れ、また食べる。
リキュールの味が広がるバターケーキは美味しく作れたので、また作ろう。
余裕でケーキを食べる私の前にバッカニアが跪き、私の両脚を掴んだ。
「なに!何も言わずに女の脚に触るなんて失礼よ!」
「…その、だな…。」
何がしたいかくらい、わかる。
バッカニアから言わせたくて、やきもちで恥を消し去った。
「可愛い子がいたら、あんな風に可愛いって言うなんて。仕事で丸一日いないし、寂しかったのよ」
「すまなかった…。」
フォークに一切れ刺したまま、バターケーキを見つめながら呟く。
バターの風味にリキュールの味わいが混じった口で、誘い出す。
「あんな空気になって一日会えず仕舞いだもの、もう終わりかと思ったら…たくさん思い出してね…」
皿をベッドに置き、わざとらしく太ももを撫でた。
ちらりとバッカニアを見れば、私に釘付け。
だらしなくケーキを食べてから、バッカニアの大きな肩に脚を乗せ力を少し込めて寄せれば、従ってくれた。
マッドベア・Gがスカートを傷つけないように裾を上げて、生身の指はガーターベルトに触れながら下着を脱がす。
ゆっくり下着を取り払われ、片脚を曲げれば足首にかかる下着を、大きな指が取ってベッドの上に置いた。
バッカニアが赤い頬をして、私を見上げながら股に顔を近づけようとするのをフォークを持ったままの手で静止する。
熱い額に触れて、青い目を見た。
「舐めたいの?」
「嫌か。」
「一人でたくさんしたから、臭うかも」
だから、と続けて、バッカニアのぶんのバターケーキを少しだけ切り、性器に塗る。
不衛生ではあるが、厚い舌が即座に吸い付いたのを感じてから私の中のやきもちが消化を始めた。
皿とフォークをベッドの上に置き、舌を感じる。
自然と揺れる腰に、倒れる背。
ベッドに寝転がり息を整えても、舌が責め立て呼吸は乱れる。
「ん、はあ」
気持ちのいい場所をざらついた舌で舐められるたび、脚に力がこもっていく。
舐められると、すぐ気持ちよくなるのを知られている。
「やだ、ああ、かわいいって言って」
思わず出た本音に、恥ずかしさが燃え上がった。
気持ちいいところばかり愛撫する舌で、可愛いと言われたい。
マッドベア・Gの腕で誰彼構わず殺しまくるような見た目の大男なのに、私の前では跪いて性器を舐める。
私しか知らない、彼の姿。
同時に、私の恥ずかしい姿も彼しか知らない。
可愛いと言われなくても、愛し合ってるのは分かっているのに。
大人げなさ過ぎた、と思う前に絶頂が引き出され、じわじわと身体に広がる。
私の足腰に力がこもり、熱くなった性器を大きな舌が頭を真っ白にしていく。
何も考えず、快楽の海へ落ちる瞬間。
バッカニアのことしか頭にない中で、快感が迎えに来る。
「あ、ああ!!」
小さく叫んで身体を震わせれば、敏感になりすぎた性器を舐める舌がぬるく感じた。
熱い身体、私の身体。
舌の動きに翻弄され、何度も腰が跳ねる。
生身の手と機械鎧の手にがっしりと掴まれ逃げられない腰に、快楽が滲む。
喘ぎ声が擦れ、息を詰まらせる私を見てバッカニアが唇を離した。
「おい、なまえ。」
下から野太い声がして、熱が引かない頭を動かしバッカニアを見る。
「なに」
だらしない顔をした私を見るバッカニア。
唇は濡れてるし、跪いているせいで股ぐらにいるというのに威圧感が凄い。
快感に塗れ重くなった腰を動かせないわたしの横に這ってきて、寝転んでから優しく抱きしめてくれた。
「生きて帰ってこれてよかった。」
しっかり言うバッカニアは、疲れすら見せない。
死体の臭いはもうしなく、香水だけが香る。
大きな身体にぎゅっと抱きしめられ、安心した。
抱きしめ返して、耳にキス。
軍服に包まれた体と、銃を身に付けた体で抱き合う。
「大袈裟」
指で髭を絡ませて遊べば、背中を撫でられる。
撫でる生身の手と、冷たい機械鎧の手。
どちらも心地いい。
「なまえを抱きしめると実感が違う。」
今までは、実感が薄かったのだろうか。
試しにみつあみの先をちょいちょいと引っ張ると、抱きしめられたまま仰向けになった。
厳しい顔と間近で見つめ合う。
疲れた目元に、私にしか見せない目の輝き。
「なまえは可愛い、世界一可愛い。」
「世界一と、可愛いって使っちゃダメ」
「ぬう…換装に使うダイヤモンドが削られる前のように珍しい。」
「そうね」
私の下にバッカニアがいて、愛液が垂れないように腰をずらせば、硬くなったものが太ももの内側に触れた。
「トーチカから飛び出す50口径より、ずっと頼もしいわ」
「おう、頼れ。」
レッグホルスターと肌の境目で感じた硬さに手を伸ばしてから、バッカニアにキスをする。
バターケーキの香りに、愛液の味。
少しの間、甘えあおう。




2020.07.30






[ 306/351 ]

[*prev] [next#]



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -