腹心の日々








壁一面にある銃に使用された形跡はなく、埃ひとつ被ってない。
店に入ってきた男が壁を見て「俺の銃だ!あの時、指と一緒に切り落とされた!!」と叫ぶことはなさそうな綺麗な銃。
軍人御用達の小さなガンショップは、潤いに潤っている。
ノースシティの中とはいえ、いつどこで誰がいるか分からない。
酔ったヘンシェルさんが銃の話をしなければ知り得なかったガンショップを物色し、昔の癖で片目を細めながら銃を見る。
鈍い光を見て、勘に刺さるものがあるかどうか物色した。
片手にノースシティの食料品店で買った果物と小麦粉が詰まった買い物袋を手に、銃を眺めた。
どれも小奇麗で、入手ルートからして安全そうなものばかり。
小奇麗な銃たちは、誰にどう使われるか分からない。
機械とは、そういうもの。
元は銃を放っていた私が何故かノースシティにいるように、誰がいるか誰にも分からない。
なんとなくリボルバーの前で脚を止め、見つめる。
すこしでも銃に慣れた身なら、女の力でも扱える銃だ。
様式はエンフィールド・リボルバー。
正規品はアエルゴ内で流通し、改造式は山のように溢れている。
ミサイル弾並みの威力のあるリボルバー用改造弾を仕込むのに、丁度いいもの。
マスケットでもいいけど、あれは遠距離と戦況に余裕がある時ではないと使えない。
自然と使うものは近距離で使えて、かつ威力のあるものに絞られていく。
後ろ暗い知識が頭を這いながらリボルバーを見つめていると、真横の人影が私に向かって声をかけた。
「あなた、それ使うの?」
私に静かな声をかける人を、横目で見る。
構えていないことを確認してから目を合わせるのは、抜けない癖。
長い金髪を伸ばし、鳶色の生真面目な目元をした女性が、珍しそうな顔で私を見ている。
買い物袋を手にしたまま、こんなところに来る女が珍しくて仕方ないんだろう。
「はい」
当たり障りのない声で答えれば、女性は雰囲気を柔らかくした。
「仕事?それともプライベート?」
女性の生真面目な雰囲気と、銃はマッチしない。
どこかの上澄みだけを絡めとるつもりで、すこしだけ嘘をつく。
「仕事」
本当半分、嘘半分。
今生でもう使いたくないけど、腕を鈍らせてはいけないという気持ちが燻る。
嫌な自分を肯定する気持ちが沸き上がりながら、金髪の女性に微笑んだ。
「私も。」
女性も同意してくれて、銃に対する姿勢が曲がらないその容貌を観察した。
大人しそうな女性だけど、骨格はがっしりしている。
身体に無駄な動きがなく、万が一いま襲撃にあっても素早く反撃の体勢を取れるだろう。
指先は細くても、関節はしっかりしている。
何より、女性の口元にだけは表情が浮かばない。
「軍の人?」
「そうよ。」
ノースシティで見かける軍人といえば、北方司令部かブリッグズ砦の者。
女性の少ないブリッグズでは、嫌でも女性が目立つ。
この金髪の女性は見かけたことがない。
北方司令部所属の人だろう。
金髪の女性に微笑みかけ、いつかどこかで会うかもしれないと思い気の抜けた顔を見せてみた。
「似たようなものよ、どこかで会えたらいいわね」





扉が勢いよく開く音がして、仮眠をする私のベッドの目の前に誰かがやってくる音がする。
「なまえ、いるか。」
アームストロング少将の声が眠っている私を突きさすように起こし、落ちていた眠りの世界から引き戻される。
毛布の中で少しだけ動いて、寝ぼけた声帯で辛うじて返事をした。
「返事する前に部屋に入ってきてるじゃない…」
ベッドから腕だけ出して、部屋に乗り込んできたアームストロング少将を毛布の隙間から見た。
起き上がる気になれず、アームストロング少将の低めの声だけを聞く。
アームストロング少将が訪れることが出来る時間帯、おそらく昼過ぎ。
「なんだ、ウェイトレスの仕事に根をあげたのか。」
「遅番なんですよ…さっきノースシティまで降りてたので、夜から出るために仮眠です」
呻いていると、アームストロング少将が毛布を一枚めくった。
タオルケットだけが身体にかかっている状態になり、うう、と呻く。
「寝ているところ悪いが、合同演習に来てもらう。試作品のアエルゴ式の銃を撃ってくれ。」
「それなんで私が起きている時やらなかったんですか…」
「開発班に言え。とにかく仕度をしろ。」
タオルケットをめくり、寝ぼけまなこでアームストロング少将を見た。
いつもどおり、美しい。
あくびをぐっと堪えてアームストロング少将に緩く敬礼をして、半分寝ながら答える。
「遅番の時間まで予定はないので大丈夫ですよ、すこしお待ちくださいね」
今にも閉じてそのまま泥のように眠りそうな瞼をこじ開ける。
視界に入る美しい金髪、美しい青の瞳、官能的な唇。
どこをとっても美しいアームストロング少将を見ながら寝起きを過ごせるなんて、幸せだ。
今にも寝そうな私を見降ろすアームストロング少将が、ふんと鼻で笑う。
のろのろと起き上がり、足先の冷えを感じる。
「合同演習ってどこでやるんですか」
寝起きの情けない声に、アームストロング少将のはっきりした低い声が返ってくる。
「2キロ先の敷地内演習場だ。」
私が行ったことがない場所。
たぶんこのままアームストロング少将と共に車で揺られ、命令のお仕事。
ベッドから起き上がり机の近くに置いておいたブラジャーを取り、部屋着の上を脱いで身に着ける。
寝る時はブラジャーを外すし、髪もぼさぼさ。
だらしない姿を見られているものの、どういうわけかアームストロング少将の前では無様な姿を晒せる。
同じ女性だからだろうか。
身体には、もうキスマークがついていない。
一週間もあれば消えるし、ここのところバッカニアが忙しくて何もしていないのを思い出しながら下着をつける。
仮眠の時間帯が行き違い会えていないのは寂しいけれど、仕方ない。
のろのろと身支度をする私を叱咤するような声で、アームストロング少将が私で遊んだ。
「なぜ昼間に仮眠を取っていた、遅番まで起きればいいだろう。」
「遅番の日は眠気が来ないように昼寝しとくんです」
「ふむ、てっきり今のうちに寝ておいて、バッカニア大尉と共に夜の闇へ消える算段かと思っていたが違ったようだな、見直したぞ。」
「アームストロング少将!!なんでそこでその名前が出るの!!」
思い切り返事をして振り向けば、アームストロング少将が涼しい顔をしている。
「支度をしろ。」
瞬間的に赤くなった顔を俯かせ、渋々身支度をした。

雪景色を拝める演習場の中でも、狙撃用の席は狭い。
真後ろには鉄製の扉、立つのは細長い通路。
真正面50メートル先には的たち。
手前に並べられた簡易テーブルの上にずらりと並んだ新開発の銃たち。
雪の中に音が吸い込まれる中、銃をひとつひとつ批評する。
ベレッタを手にして、真横にいるアームストロング少将に説明した。
「これだとグリップが重すぎるかな」
雪景色を見ながら、マシンガン式の自動拳銃を手にして青い瞳を見据える。
アームストロング少将は銃の音で耳が遠くなるのを防ぐため、ヘッドホンをしたまま私の隣に立つ。
「弾速が落ちるぶん威力を重くしないと密集地帯で使えない、あとこっちは軽いけど丈夫にしないと撃ってるうちにジャムる」
もう一つのオートマチックを手にしてから、一見してライフルに見える銃をアームストロング少将に差し出す。
雪の中でも鈍く光る色。
「これはバレルが良いからマスケットみたく偵察歩兵に使わせたほうが良い」
「なるほど、ではこれはどうだ。」
アームストロング少将の近くにあったリボルバーを渡され、演習場にある的に一発撃ち込む。
音が鼓膜を通り過ぎる前に、腕に銃の振動が伝わる。
「こっちに弾速を当てたほうが良い、そうね、たとえば」
たとえば、と言った私を見て、アームストロング少将がヘッドホンを外す。
鼓膜がやられないよう塞いでいた耳は赤く、肌の白さを際立たせる。
演習場の端っこにある小さな鉄塔に目をやって、思うことをつらつらと並べた。
「ああいうところ、平地より高いところから飛びきり目のいいのがいると、大体手を狙ってくる。犠牲になるのはまず歩兵だから威力を分散させたほうがいい」
技術には目がないアームストロング少将は、こういう私でも使えるのなら使う。
こういうことしか出来ない私が、この人の下で出来ること。
「構え方が長い銃よりも、手の内で収まるような銃に威力を与えて歩兵の身体全体に小回りをきかせたほうが部隊が一度バラバラになっても生き残りやすい。
あと照準をいちいち見たりしないよ、遠距離射撃専門の人も練習でしか使わないから取り外しきかせて。ほんとに必死になったら照準なんか見てられないから」
「偉く注文が多いな、貴様は。」
思うことを遮らずに聞いてくれたアームストロング少将に微笑みかけ、行き過ぎた口を恥じる。
こういうことしか、わからない。
複数のマフィアが喧嘩を始めて街中が撃ち合いになったとき、どうやったら生き残れるか。
どこかの対立が始まった際に居合わせ、さっきまでいた酒場が瓦礫の山になったら。
寝泊まりしているホテルが木端微塵になっていたら。
「そりゃあね」
そんな世界で生きてきた私を、アームストロング少将はどう評価しているのか。
察せてはいるから、知りたくない。
銃を全て撃ちおわり、私の仕事はもう終わり。
時刻は夕刻。
一時間もしないうちに、私のウェイトレス業は開始される。
そろそろ戻らないといけない。
銃を置いてコートのポケットに手を入れれば、人影が見えた。
「驚いたな、君は軍人ではないだろう。」
声帯の広そうな声をした男性が、声をかける。
ここで声をかけてくるということは、軍人。
でもこの声は聞いたことがない。
声の主は、黒髪で優男の顔をした軍人男性だった。
目つきが鋭いものの、雰囲気や声は優しい。
寒さが苦手なのかコートのボタンをしっかりと閉め、手袋をつけている。
アームストロング少将はその男性を見た途端、露骨に嫌そうな顔をした。
「マスタング、何故貴様がここに?」
あの美しい顔が、嫌悪感に歪む。
喧嘩でもした相手なのだろうか、アームストロング少将は今にも唾を吐きそうな顔をしている。
「通りがかっただけですよ。」
落ち着いた肌の色と涼しげな黒の瞳に黒い髪、アームストロング少将とは対照的な色。
マスタングと呼ばれた軍人男性を少し伺えば、すぐに目が合った。
なんとなく、落ち着かない気分になる。
「見たところ軍属ではないように見受けられるが…あなたは?」
「アームストロング少将の知り合いです」
言葉をぼかし、話題を切り上げたくなる。
どうにも、こういう男は苦手だ。
気を抜けば女性に対して、記号的な扱いをしてくるように思えてしまう。
アエルゴによくいた軟派な男を思い出す。
軍人である時点で、マスタングさんは軟派ではないにしても身構える。
私の様子に気づいてくれたのか、アームストロング少将が私の銃の腕に話題を振ってくれた。
「貴様、先ほど塔を見て、ああいうところ、と言ったな。あの塔がどう見える。」
あの塔とは、鉄塔のことだ。
さっきの会話は、マスタングさんは聞いていない。
マスタングさんに、私がどういう立場でここに呼ばれているか遠回しに言いたいんだろう。
力を示すために使われる。
それは、慣れっこだし得意分野。
アームストロング少将の綺麗な髪と目を見てから、私が出来ることを提示した。
「あれくらい高い塔だと、上にいるのは弾を逃れた人だったりするから家族を殺した奴を憎みながら乱射するのにちょうどいいの。なんとかと煙は高いところがなんとやら…
他だと単純に狙撃兵?何時間もそこで張っているような…大体後ろから殴り殺されて武器を取られるけど」
後ろ暗い知識。
使うことがないと思いたいけど、不必要な情報ではないはず。
だってブリッグズはいつ戦争が起きるか分からないから。
元仕事現場の内情をつらつらと並べたあと、アームストロング少将の目当ての情報をぽつりと零す。
「そういう武器争奪と特注の銃の流用防止もあって、認証型が開発されたよ」
「手をもぎとれば使えるだろう。」
「使えないわ、持ち主の心拍数と指紋がないと起動しないの」
「なんだその技術は。」
アエルゴの技術に、アームストロング少将の目の色が変わった。
彼女と少しだけ関わって分かったことがある。
新しい技術や文化は、ブリッグズのためなら手に入れてモノにしていく。
それが弱肉強食の掟の中にある了解のひとつ。
強くなるためには、手段を選ばない。
私が今こうしてブリッグズでカフェのウェイトレスを出来る理由も、そう。
「アエルゴ独特のモノかも」
アームストロング少将の期待通りの返答をして、笑顔。
銃を置いて、寒さに見舞われる指先をコートのポケットの中で温める。
「なまえ、労わせたな。戻れ。」
「どうも」
つい片目を細めてから敬礼する。
私の癖に、アームストロング少将は言及しない。
マスタングさんの真横を通り、真後ろにある鉄製の扉を通り戻ろう。
振り向き、何事もなかったかのように去るつもりだった。
おそらくマスタングさんの側近と思わしき女性が、鉄製の扉の前にいた。
長い金髪はまとめられているけれど、顔ですぐに分かる。
朝方、ガンショップで会話した女性だ。
互いに顔を合わせ、驚きの声が漏れる。
「あ。」
「あ」
動けない私と金髪の女性を見たマスタングさんが、疑わしそうに声をかけてくれた。
「中尉、知り合いか?」
「ええ、まあ…。」
中尉と呼ばれた金髪の女性は、少し迷ってから私に微笑む。
軍服姿、長い髪は後ろで結ばれ、会った時とは雰囲気が違う。
迷うより先に、アームストロング少将の命令を受け入れないといけない。
鉄製の扉を通り抜けると、追いかけて来た金髪の女性が嬉しそうな顔で私の顔を覗いてきた。
朝方見た生真面目な目は、今は輝きに満ちている。
「また会ったわね。」
にこにこした金髪の女性は、私に手を差し出した。
冷たい手で、握手する。
「東方司令部の人なんだ」
「ええ。リザ・ホークアイよ。リザでいいわ。」
「リザ…さん」
ホークアイ、という名前がなんだか呼びづらくて、リザと呼んでしまった。
それでもいいのだろうか。
「なまえよ」
自己紹介をして、微笑む。
扉を閉め、暫し二人だけの会話。
「大佐を待ってたんだけどね、アームストロング少将の隣にいる人がまさかあなただなんて。」
ああ、見られてた。
マスタングさんは、いつから見ていたんだろう。
銃を持つ前からだろうか、後からだろうか。
もし撃っている間ずっといて、私が撃つのをやめてからアームストロング少将に話しかけに行ったのなら、思慮深い男性だ。
できれば人に知られたくないけど、リザさんはなんとなく平気な気がする。
「銃、どこかで使ってたの?」
こんなにも、打ち解けようとしてくれる。
きっと優しい女性なんだ。
「自分の国」
素直に打ち明ければ、不思議そうな顔をされた。
生真面目な目元に戻りつつあるリザさんと、もうすこし話してみたい。
「アメストリス人…じゃない?」
「アエルゴ人」
この国の名前を聞いて、いい顔をする軍人は十中八九スパイ。
リザさんは顔色ひとつ変えず、そう、と呟く。
「よく知らない国だわ、どんなところかしら。」
言い回しで、痛いほどに気づく。
リザさんは優しくて、思いやりのある人だ。
私の背景を、触りだけでも察してくれている。
ブリッグズには訳アリが多い。
私もその中の一人だと、察してくれた。
「南部にあるダブリスって街あるでしょ、あそこを百倍治安悪くしたかんじ」
泣きたくなる気持ちを抑え込んで、笑いかける。
私は、リザさんより歳が上か下か今は分からない。
これだけ砕けた空気で、歳の近い女性と話すのは子供の時以来で、大人になってからは久しぶり。
ダブリスと聞いて少し考えたリザさんが、にこ、と笑う。
「わかりにくいわ。」
優しい笑顔のリザさんに気をよくして、こっちもにこにこと笑う。
もっと、もっと話したい。
リザさんは何が好きなのか、何を楽しむのか。
もっと知りたい私よりも先に、リザさんが私を伺った。
「なまえはアームストロング少将の部下かしら。」
「いいえ、単なるブリッグズのカフェ勤務のお荷物」
「お荷物なわけないでしょう、アームストロング少将が選んだ人だもの。」
「そんなことないわ、ブリッグズの中にあるカフェでウェイトレスしてるだけ」
「ウェイトレスまで銃が撃てるなんて、アームストロング少将は見る目があるわね。」
優しい、優しいリザさん。
軍服の似合うリザさんと話すのが嬉しくて、少しどきどきする。
このどきどきは、恋じゃない。
友達が出来るかもしれなくて、嬉しくなる時の気持ち。
もっと話したい。
今は勤務中だということを知らせるように、真後ろから聞き覚えのある声がした。
「なまえ。」
反射的に振り向くと、バッカニア。
今は軍服姿だから、バッカニア大尉と呼ばなきゃいけない。
「ハニー!」
口からつい出たいつもの呼び方に、自分の背筋が凍る。
やってしまったと思った瞬間、バッカニアも顔を赤くした。
「えっ?」
リザさんが疑いの声をあげ、恐る恐るリザさんを見る。
不思議そうな顔をしたリザさんが、私とバッカニアを交互に見ていた。
「大尉と…知り合いなのね。」
「そうよ」
「…ブリッグズの人は通常時も隠し名で呼ぶのね。」
「ああ、なんでもないわ…。」
リザさんの優しさを身に沁み込ませていると、バッカニアが私の肩に触れた。
最近は忙しくて触れ合えてすらいないので、嬉しくなる。
お互い予定が立て続けにあると、どうにも一緒にいる時間が少なくなってしまう。
バッカニアは厳めしい顔にぴったりな声で、私を呼ぶ。
「なまえ、開発班が呼んでいる。」
開発班、と聞いてすぐに頭が切り替わる。
今この瞬間はアームストロング少将とマスタングさんが話しているけど、開発班はまだまだ銃を作っているはず。
「リザさん、またね」
会ったばかりだけど話心地が良かったリザさんに手を振り、笑いかけた。
リザさんは、私に柔らかく話しかける。
「次の演習で会えるかしら。」
「アームストロング少将に相談してみます」
手を振り、廊下の先を歩いていくバッカニアの後を追いかけながらリザさんに手を振った。
また、リザさんと話せないかな。
リザさん、と思いを巡らせる私に気づいたのか、バッカニアが突っ込む。
「ホークアイと知り合いだったのか。」
「ついさっき知り合って、いま再会しただけ」
嘘は言ってない。
本当は、もっと話していたい。
今が合同演習なら、合間にブリッグズの食堂やカフェに来る可能性はある。
どうかそうであってほしい。
リザさんと、どこかでまた会いたいと思ってしまう。
「それで、開発班はなんだって?」
廊下を歩き、階段を降りる。
階段は寒くて、人通りもない寂しい場所。
バッカニアが踊り場に降りてから、傍に寄る。
私の手をそっと掴んだバッカニアが、私を抱き寄せた。
寒い空気が、一気にどこかへ消える。
「なまえ。口実だ、気づけ。」
大きな手と大きな機械鎧の手が、私を抱きしめる。
会いたかったと言わんばかりに抱きしめられ、何も言えなくなった。
静けさを氷で固めたような階段は、私たち以外が来ればすぐにわかるだろう。
でも、ここで抱きしめるような彼ではない。
何か理由があるはず、と思っているとバッカニアの低い声に僅かな不満が混ざった。
「いつにも増して察しが悪いぞ、ホークアイの傍にいるマスタングに食事でもどうだと唆されたか?」
マスタング、その名前で察する。
彼の口実の生みの親の感情の名前を知り、急に嬉しくも恥ずかしくなった。
「マスタングって誰」
ああ、そういうことか。
口元に笑みを浮かべながら、バッカニアの胸にぐりぐりと頭を押し付けた。
みつあみを引っ張れば、バッカニアのほうから私に顔を近づけてくれる。
「よし、いつものなまえだ。」
唇に軽くキスをすると、バッカニアが私を抱きしめる腕の力を強めた。
離したくないのはわかる。
「ここじゃバレちゃう」
「暫く誰も来ない、全員、女王様の鬼のような演習で疲れて食堂だ。」
それでも、ここでいちゃつくわけにはいかない。
抱きしめる力の強いバッカニアの唇を人差し指でつついてから髭を指でくるくると遊び、誘惑する。
「私のマフィン、食べる?シロップを垂らして食べればいいわ」
「またそういうことを言う…。」
簡単な誘いで、バッカニアは真っ赤になる。
私の愛しいスイートハニー。
アエルゴ人ということはもうリザさんにバレている。
少し問題になるのは、アエルゴ人が恋人をチョコレートだのハニーだのクリームパイだの、お菓子の名前で呼ぶことが多いということをリザさんが知っていた場合。
考えなくても、倒れそうになる。
もし噂が広まったら。
でも、広まったところで何だというんだろう。
「アームストロング少将に言われちゃった、昼寝してる理由は夜にハニーといちゃいちゃしたいからだろって」
「むう…。」
「ハニーは私といちゃいちゃしたくないの?」
「…したい。」
「遅番のあと、休みなの」
髭をくるくるさせて遊ぶ私を、赤い顔をして見つめる厳めしい顔と青い目。
怖いことしか言いそうにない見た目なのに、愛と恋には過敏なまでに弱い。
「ご飯ちゃんと食べたら、たくさんマッサージしてあげる」
軽くキスをして腕から抜け出し、アームストロング少将の元へ戻るべく階段を上がる。
その時も、見つめ合ったまま。
本当は片時も離れたくない。
常にバッカニアの頭を膝の上に置いて、これでもかとキスをしたい。
でも、そう上手くはいかないのだ。
バッカニアにキスをする動作を見せてから、煽るべく唇から舌を少しだけ見せる。
私の僅かな動きに顔を赤くしたバッカニアを見て、良い夜になりそうだと思いながら階段を駆け上がった。







2020.03.04









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