駆け引きの末のハニー





マシュマロ・ティーブレイクにてパフェを頬張る午後三時。
ノースシティに午前中に降りてきても、色々してればすぐに昼を過ぎてしまう。
このパフェを食べ終わる頃には、外は冷えてきている。
パフェの中にあった最後のピンクマシュマロをひとつ食べて、完食。
「ああーっ美味しかった!」
美味しいパフェに満足して、目の前でココアを飲むバッカニアさんにお礼を言う。
「ありがとう!」
ココアの入ったカップを持つバッカニアさんの手は大きい。
よく見れば所々荒れていて、軍人の手だと思う。
ハンドクリームをつける暇もないし、男の人だからつけることもないんだろう。
放っておけばコーヒーをずっと飲んでそうな見た目なのに、ここに来るとバッカニアさんはココアを飲んでいる気がする。
奇妙な髭を上手いこと汚さずに食べるバッカニアさんが、完食した私を伺った。
「なまえ、夕飯は何か食べたいものはあるか。」
夕飯、と聞いてから思い出す。
アームストロング少将が「それと、非番の日は私から早く帰ってこいと言われたとバッカニアに言え。」と言ったこと。
はっとしてそのこと口に出す。
「あーっ、あのね、私ね、アームストロング少将から早く帰るように言われてるの」
「ボスから?」
「クッキーの仕込みしてほしいって」
それを聞いて、そうかと低い声で答え店を出る準備を開始したバッカニアさん。
こういう時でも、軍人の面影がある。
クッキーの仕込みは、私の理由でしかない。
生地を一晩寝かせると良い感じのクッキーが焼きあがるから、アームストロング少将に差し入れるにはちょうどいい。
私のことを見抜いたアームストロング少将。
仕事に支障を出すな、奴は本気だ。
そう言い切ったアームストロング少将の観察眼は、どうなっているんだろう。
クッキーを作ってくれと言われたことと、色々と未経験なことを見抜かれて大笑いしたい気持ちを今でも必死に抑えている。
店を出て、空気を吸い込む。
まだ寒くはないものの、あと1時間もすれば日は暮れ始める。
ブリッグズは夕方四時を過ぎれば、すっかり冷え込む。
夕飯の時刻は場合によって吹雪くこともあり、気が抜けない。
「ね、寒いね」
山の天気は変わりやすく、ノースシティも比較的寒くなりやすい。
「そうか?」
天候に慣れ切ったバッカニアさんを見て、鼻が熱くなる。
メディカルルームでの女医さんの言葉を思い出す。
なまえは大尉の気持ちを無視し続けている。
そんなつもりはなかったし、私が足りない故に気持ちに気づくことができなかった。
大笑いしたい気持ちは、やっぱり消えない。
「手…」
おそるおそる、バッカニアさんに手を差し出した。
手も繋がなかった、この前のデート。
そもそもデートだとすら思っていなかった、この前のデート。
自分の鈍さ、もとい察しの悪さを憎みながら気持ちを掻き消す。
私は、喜んでくれるバッカニアさんが好き。
バッカニアさんは私のどこが好きなんだろう。
自分がこんなことを思うなんて、こんな気持ちを味わっても振り払わないなんて、冬の寒さで頭がやられてしまったんだろう。
大笑いしたい、叫んでしまいたい。
私が差し出した手を、バッカニアさんがそっと繋いでくれた。
といっても、手を手で捕まれる感じ。
手を繋いでいると言い難いけど、生身のほうの手が私の手の指を覆う。
「おっきいね」
「なまえの手は小さいな。」
「どっちかっていうと大きいほうなんだけど…バッカニアさんからしたら小さいよね」
機械鎧の手は、私の頭を鷲掴みにするわけでもなく控えられている。
なんで、あっちの手で私の手を取らなかったんだろう。
手が、熱い気がする。
伏せていた目を上げれば、何故か顔を赤くしたバッカニアさんがいた。
どうして、どうして。
「お店、なんで連れて来てくれたの?」
基本的なことが口から出てしまい、私の顔が燃え上がるように熱くなる。
ああ、私は駄目だ。
気持ちを、理由を、バッカニアさんから引き出そうとしている。
私の間抜けさに気づいてくれたのか、消え入りそうな低い声で答えてくれた。
「甘いものを作ってばかりで、なまえが食べるところを見たことが無かったからだ。」
言われて気づく。
カフェの休憩中、キッチン裏で適当に食べて終わって、終わってからはご飯を食べるよりも眠ることを優先する。
ブリッグズに来てからの自らの食事事情が適当すぎたことに気づき、ああと声を漏らす。
作ったケーキの切れ端とか、具材の余りとかを昼ごはんにして、夜は適当に済ませて、朝起きてしっかり食べてカフェへ赴く。
生活をざっと見直し、自分に隙という隙を殆ど見せていないのを知る。
隙というと、それこそお菓子を持ってくる時くらい。
「あれだけ上手く焼くのだから、甘いものが好きなんだと思って…その…なまえが喜ぶと思った。」
「ありがと、嬉しい」
喜ぶと思った、それだけで色々してくれた。
その事実が嬉しくて、また大笑いしたくなる。
ここで笑いだせば、通行人には気が狂ったと思われてしまう。
気持ちを抑えないといけない。
「いいの?私と来て」
気持ちを引き出さなきゃ。
「なまえとじゃなきゃ来ない。」
「どうして?」
「別に理由はいいだろう!」
「理由、聞きたいなあ」
「そんなに大事か!?」
「ううん、でも気になるだけ」
この気持ちにも、理由はいらないんだろう。
理由とか意味とか探してたら、いちいち時間が掛かる気がする。
あえてバッカニアさんから気持ちを引き出して、自分のものにしてしまいたい。
私から出した気持ちか、バッカニアさんから引き出す気持ちか。
結果は同じでも、過程が違うのなら何かが違うはずだ。
「じゃ、これからも行く?」
言わせようとする卑怯な自分に冷や汗を流しながら、恥ずかしそうに目を逸らすバッカニアさんを見た。
何も言わず、私から目を逸らしている。
「どっちなの?」
「行く。」
私は卑怯だ。
女医さんから、ニールさんから、アームストロング少将から聞いているのに。
知っているのに。
この期に及んで、気持ちを引き出して全部バッカニアさんに吹っかけようとしている。
「ね、バッカニアさん」
「なんだ。」
「私とじゃなきゃ行かない理由ってなに?」
深い青の目と、視線が合う。
厳つい顔にある深い青の目、近くで見ないと気づかない。
初めて会った時も、この青い目に気づいた。
あれ、なんですぐ見えたんだっけ?
もう思い出せない。
顔を真っ赤にして明らかに緊張しているバッカニアさん、そして私も同じような感じになっている。
「なんで?」
「どうしても、知りたいのか。」
「それ、バッカニアさんも同じなんじゃないの」
バッカニアさんを煽る。
卑怯な私をぶん殴る人が、物陰から現れないものだろうか。
例えば、女医さんとか。
紅茶を片手にしたアームストロング少将とか。
バッカニアさんに微笑んでみたけど、たぶん顔が引きつっている。
「私は、バッカニアさんとじゃなきゃ行きたくない」
「それはなんでだ。」
「…当ててみて」
「ああもう!俺を困らせるな!」
本当に困ったような声を出したバッカニアさん。
両手で頬を覆えば、今までにないくらい頬が熱かった。
「私だって困ってる、なんて言えばいいか、わかんないし」
「言えば分かるのか。」
「…嫌でも分かる」
頭がくらくらする。
深呼吸し、赤い頬を手で覆ったままバッカニアさんを見つめる。
「今日みたいな時間をいつも作れるわけではないが…その…なまえが好きだ、付き合ってくれ。」
降り注いだ言葉に、足元の重力が失われた。
今にも倒れそうになりながら、なんとか立つ。
目の前には、告白なんかしそうにもない厳つい顔の大男。
「うん」
頷くと、バッカニアさんは安心したように肩を落として息を吐き出す。
可愛い看板の店の前で何をしてるんだ、と言いだけな通行人の視線を感じて、店の前から退く。
「手、繋ご」
思わずそう言って手を伸ばし、店の前から去る。
生身の大きな手と指を絡めれば、きちんと手が繋げた。
「あ、これちゃんと繋げるね」
バッカニアさんの大きな指の間に私の指が挟まる感じに繋がり、無事に手を繋いで歩き出す。
歩幅を私に合わせたいのか、なかなか歩き出さないバッカニアさん。
顔は、真っ赤。
ふっと風が吹き、私の髪の毛先が舞う。
風があたって分かる、私の顔も真っ赤。
「…私のどこが好きなの?」
「なまえは俺のどこが…。」
赤い頬のまま、互いに聞きあう。
同じ様なことを聞いてしまった恥ずかしさよりも、ここまでくると開き直るほうがいいと思い始める。
バッカニアさんの、好きなところ。
「うんとね、顔が怖いけど中身が優しい人だから」
「顔が怖いのは重要なのか。」
「重要ではないけど、怖い顔の人の中身まで怖いってことはないから意外性みたいな、私に対して嘘つかないところが好き」
言動は荒くれものの欠片もないところとか、素直にお菓子を喜んでくれるところとか。
「バッカニアさんは?」
「…全部。」
「そうなの?」
私の、全部。
頭の先から爪先まで、私の中身まで。
意味合いとしてはそういうことだろうけど、私は私のすべてを見せてはいない。
見せていない、見せる気もなかった。
アメストリスに来る前に何をしてたか、どんな背景があったか、察されてはいけないから。
取り繕った私と、確かに存在する他人に喜んでほしいだけでお菓子を作った私。
どっちが見えているんだろう。
赤い顔をしたバッカニアさんを見る限り、恐らく後者。
今見える全てを好いてくれているのだとしたら、嬉しい。
「嬉しい」
思ったことをそのまま口に出せば、私の顔が熱くなるのを感じた。


メディカルルームの扉を開け、バッカニアさんが機械鎧のメンテナンスに訪れる。
その後ろをついていく私を見たニールさんが、悲鳴のような声をあげた。
「あ〜〜〜〜!!!ようやく!!ようやくだ!!!」
ニールさんの声に、カーテンの向こうにいた女医さんが顔を出す。
二人とも、悪そうな笑顔を浮かべてこちらを見ている。
「先生!!!!!大尉となまえちゃんがようやく!!!!!!」
「あら、おめでたいわね。」
ふと、自分たちを確認する。
メディカルルームに来ただけで、ここでは手も繋いでないし、ただ入ってきただけ。
それだけで分かるニールさんと女医さんの観察眼にぞっとしながら、静かに慌てた。
「えっ、えぇええっ、まだなにも」
女医さんがにこにこしながらコーヒーを淹れ始め、最初の一杯を無言でバッカニアさんに渡した。
それを無言で飲むバッカニアさん。
静かに慌てる私を無視し、ニールさんがバッカニアさんに笑いかける。
「大尉も奥手ですねえ。」
「黙らんか!!!」
コーヒーを手にしたまま、一喝。
熱いであろうコーヒーを一気飲みしているバッカニアさんを見ていると、ニールさんと視線が合った。
緩そうな雰囲気、でも機械鎧整備の腕は確か。
気楽そうな立ち振る舞いを羨ましくも思う。
私もニールさんくらい気楽なら、さっきあんなに恥ずかしい思いをせずに済んだのでは。
ニールさんが不思議そうな顔をしたあと、コーヒーを飲むバッカニアさんに尋ねる。
「っていうか、大尉、なまえちゃんにアレ渡したんですか?」
アレ、とは何か。
バッカニアさんが気楽そうなニールさんの一言に間を置いて真っ赤になったのを見て、口を挟んだ。
「アレ?」
私が何かを貰っていないことを察したニールさんが何か言おうとした瞬間、バッカニアさんの機械鎧の手がニールさんのバンダナを飛ばした。
顔面すれすれに拳が飛び、ニールさんが短い悲鳴をあげる。
それを見て笑う女医さん。
勢いよく後方に飛んでいくバンダナと、本気で驚いた顔をしたニールさんが遅れて後ずさり飛んだバンダナを拾う。
「うわああ!!!大尉!!マジで危ないんですけど!?」
「余計なことを…。」
バッカニアさんの手から空になったコーヒーカップを奪い取った女医さんが、私の背中を押す。
「ここじゃ何でしょ、他のところでいちゃついて頂戴。」
女医さんが私とバッカニアさんに手でシッシッと合図してから、にやりと笑う。
悪そうな笑顔を見て、先に悲鳴をあげそうになったのはバッカニアさん。
「いちゃついては…!!」
にこーっと笑った女医さんにメディカルルームを追い出され、廊下に放り出される。
メディカルルームの中からは、ニールさんの世間話のような声がした。
私がいまいち状況を理解できないままでいる。
「ニールさんが言ってたアレってなに」
バッカニアさんが頬を赤くし、上着のポケットの内側から小さな箱を取り出す。
軍服と似たような色をした箱を開け、中にあるモノを大きな指が摘まむ。
箱から出てきたのは、リボンを象った小さな鉱石が繋がったネックレス。
「わ、可愛い」
思わずそう言うと、バッカニアさんがこちらを見た。
目の動きが明らかに動揺しているし、視線が合わない。
大きな手にあるネックレスは、誰のためにあるものか嫌でも分かった。
「似合うと、その、思って…タイミングが…。」
「これ用意してくれたの」
「見かけてな!似合うと思ってな!!それだけで、深い意味はない!」
装飾を見ようと、近寄って見る。
寒冷地のことを考えている作りなのか、一見して金属に見えるネックレスは全て鉱石で作られている。
接続部には木が使われ、色合いが随分と大人しい。
いつの間にか、バッカニアさんが選んでくれていたのだろう。
ネックレスのリボンは、いつも私がカフェでつけている髪留めのリボンと同じ形だ。
大きな手が、そっと私に近づく。
受け取るか受け取らないか、決める前に言うことがある。
「最高よ、ハニー!」
嬉しさのあまりネックレスがあることを無視して太い首に抱き着いて、ようやく笑う。
大笑いしたかった気持ちが破裂し、バッカニアさんの近くで弾ける。
「はっ?」
「私のハニー!最高よ!」
「なまえ、ハニーってなんだ!?」
私の言動に慌て始めたバッカニアさんを見ると、耳まで赤くしていた。
そんなこと、気にしない。
「ハニー、私の首に巻いて」
「はっ…はに……いいぞ、ほら。」
大きな手が、私の首に迫る。
小さなネックレスを器用につけてくれるバッカニアさんの大きな手。
近くで、まじまじとバッカニアさんの顔を見た。
はっきり言って顔は怖いし、厳ついし、大体の人は見た目に慄いて近寄らないだろう。
ふと、女医さんが言っていた「あの人、意外とロマンチストよ。もしかしたらなまえが動くまでもないかもね。」という言葉を思い出す。
このまま間合いを完全に詰められ、絞め殺される位置に人を招き入れる。
ネックレスを受け取り、首につける。
サイズもぴったり、これをつけて明日からカフェに向かおう。
終始顔を赤くしているバッカニアさんを見て、先ほどの駆け引きの無意味さを知る。
「顔が真っ赤じゃない、私のストロベリーハニー!」
最初から、勝敗なんて決まってた。
私の負け。
根っからのことを言えば、勝敗もない事柄。
出会った時には決まっていたんだろう。
もし戦ったとしても、たぶん、私はこの人に勝てない。
「嬉しいわ、私のスイートハニー」
「だからハニーってなんだ。」
「嫌?じゃあキャンディがいい?」
「そこは…ハニーで。」
特に親しい人をこう呼ぶのは、アエルゴの習慣。
まさか自分が言うことになるとは思わず、ハニーと何度も繰り返す。
そのたびにバッカニアさんが真っ赤になっていく。
ネックレスが嬉しくて女医さんに報告しようとメディカルルームに走る脚を止めて、もう一度バッカニアさんの首に抱き着いた。
「ありがと、ハニー」




2019.11.29









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