迷える奥手同士





「で、どうすればいいかと。」
メディカルルーム、ここは私の癒し。
というか、逃げ場。
もはや逃げ道が見つからない私にとって、女医さんが救世主にならないのであれば手探りでいくしかない。
黙って頷けば、女医さんは当たり障りのなさそうなことを提案した。
「気にする必要ないんじゃない?いつも通りにしてれば。」
「でも…」
「でも、なに?」
「好意を寄せられたら、どうすればいいか…」
わからない。
なんにも、わからない。
バッカニアさんからの好意をどうすればいいか、どう言えばいいのか。
好意とは、どう当たればいいのか分からない。
「どうすればいいか、ねえ。」
「具体的に、知りたい」
「隠さずに伝えたらどう?」
「伝えてるつもりなんだけど…違うみたいなの」
女医さんなら、きっと答えに導いてくれる。
そんな気がしていた。
わからないと項垂れる私に、女医さんが本のページを捲るように簡単に説明してくれる。
「男はむしろ好意を分かってもらいたいものよ。」
「理解するだけもいいの?」
「無視され続けるよりずっとマシ。」
「そうなの?」
「だってなまえは無視し続けてるし。」
「えっ」
バッカニアさんを無視したことなんて、一度もない。
カフェに来てくれた時は会話してるしパフェを食べた時も話した。
無視なんて、どういうことだろう。
言葉を失っていると、女医さんは呆れ顔で続けた。
「聞いたわよ、ノースシティでパフェ食べてデートしたのに手も繋がなかったって。大尉、本当はなまえは俺に気がないんじゃないかって落ち込んでたし。」
またしても、言葉を失う。
たしかに手は繋いでいないし、あの日は食材を調達しパフェを食べて帰った。
本格的にデートだと知ったのは帰ってからの盗み聞き。
厳密には盗み聞きするつもりなんてなかったから、聞いてしまっただけ。
メンテナンスルームのカーテンから顔を出したニールさんが、探してたものでも見つけたような顔でこちらに声をかける。
「あ、それは俺情報が流れた感じ。」
いたのか、と視線で訴えかける。
ニールさんはいつもの緩い笑顔に戻り、スパナを片手にメディカルルームに出て来た。
「今聞いたことは大尉に言わないけどさ、なまえちゃん鈍いんだねえ。」
「大尉もなかなか鈍いけど、超えたわね。」
ふたりの追撃に、動けなくなる。
空のマグカップをテーブルに置いて、言い訳を考える。
「できることはやったつもり…」
それしか思いつかず、自分の頭を憎む。
見計らったように、女医さんがニールさんに声をかけた。
「そうね、ニール。ちょっと外を十周してきて。」
女医さんが、ニールさんの背中を押しメディカルルームから追い出す。
「へ!?」
「いいから。」
「えっなに、俺もやることあるんだけど!?」
驚き、スパナを落としたニールさんを無理やり出して、メディカルルームの鍵を閉める。
外からニールさんの声が聞こえるけど、大人しくどこかへ行ってくる判断をしたようで、すぐに気配が消えた。
私と女医さんしかいないメディカルルーム。
ニールさんのスパナを片手に、女医さんがいつになく真剣な顔をした。
丸眼鏡の向こうにある大きな目が、少しだけ険しくなる。
「なまえ、今までどんな恋愛してたわけ?貢がせっぱなしってわけじゃないでしょうね。そういうのはここじゃ通用しない。」
「ない」
「無いにしても、やり方ってものがあるでしょ。思わせるだけ思わせて後は知らんぷりっていうのは良くないわ。」
「一度もない」
私の、無いの意味を察した女医さんが一瞬躊躇う。
そして理解したようだ。
「え。」
私のように言葉を失った後、茫然とした顔をされる。
女医さんの表情にかける気持ちも見つからず、自分の気持ちだけを吐き出す。
「だから………ない」
私の言う「ない」の意味を嫌でも理解した女医さんが、スパナを片手に首を垂れた。
「そう来たかー。」
予想外といった様子で、スパナを持った手で額を押さえる。
いつになく顔を険しくした女医さんを見て、私は知ってしまう。
他人から自分がどう見られていたか、ブリッグズの人にどう思われてしまっていたか。
自分がどう思われるか、ついに知ってしまう。
「なまえくらい可愛いなら引く手数多だろうに、人は見た目によらないって本当ね。」
「かわいく、は」
「なまえは可愛いわよ。」
スパナをメンテナンスルームの入り口付近にあるテーブルに置いた女医さんが、コーヒーポットの傍で頭を抱える。
バンダナを外し、髪を下ろしてから手櫛をした。
急に居心地が悪くなった私を察したのか、女医さんが申し訳なさそうにする。
「鈍いとか言って悪かった。」
爽やかな髪をバンダナでもう一度まとめなおした女医さんが、バツの悪そうな顔で私を見た。
さっぱりした女性。
女医さんのような雰囲気を纏えたら、こんなことにならなかったのではないか。
後腐れのない感じを出す女医さんを見ていれば、事を思い出してくれた。
「そうねえ…なまえが来た日の大尉はノリノリでなまえの話をニールにしてたし、クッキー初めて貰った日なんか凄かったわよ、子供かってくらい喜んでた。
あとはなまえが可愛いだのなんだの、大尉の話って殆ど機械美と機械鎧の話なんだけどなまえの話が大半を占めるくらいになっちゃって、デートに誘ってOK貰った日なんか凄いうるさかったし。
それがなまえとデートした帰ってきた時には微妙にしょぼくれて、パフェは喜んでくれたけど手も繋いでないって…。」
知るはずのなかった事実。
手も繋がなかった、あの大きな手に触れもしなかった。
服の裾を掴むくらいなら、手を繋げば良かったんだ。
日頃の私がしたことが、他人に大きな影響を与えていたなんて。
バンダナの髪を揃えて白衣の裾を掴んだ女医さんが、首を回す。
困ったように目を閉じた女医さんが、肩をすくめる。
「あーあー、そういう理由ね、なまえは悪くない。なまえは軽い気持ちだったの?」
私の気持ちは、決して重くはない。
誰かに必要とされてみたい、だからできることをしている。
それだけ、それ以上でもそれ以下でもないし、動くこともないと思っていた。
バッカニアさんの顔を思い浮かべる。
クッキーを初めてあげた時の驚いた顔、ケーキに喜んでくれた顔、桃のタルトを食べてくれた時の顔。
わざわざ買い出しに連れ出してくれたバッカニアさん、私のためにパフェのお店に連れて行ってくれたバッカニアさん。
お節介のはずだった気持ちが返ってくるのは、すごく嬉しい。
ブリッグズで出来ることをして、返ってくることも見越していなかった。
私の、気持ち。
「ただ、喜ぶ顔が見たかったの。私にできることは、それくらいだから」
「大尉より奥手じゃない。」
女医さんが頭を振り、呆れたように溜息をつく。
今にも倒れそうな顔をした女医さんが、私に忠告めいたアドバイスをする。
「次に大尉が来たら、ちゃんと伝えなさい。」
「どうやって」
恋愛初心者丸出しの質問をしても、女医さんは笑わない。
それどころか、真剣に考えだした。
顎に指をあてて、そうねえ、と呟く。
「あの人、意外とロマンチストよ。もしかしたらなまえが動くまでもないかもね。」


カフェ、午後七時。
山岳警備兵も事務員も、殆どが八時に仕事を終えるか休憩しに来るので七時は穴場。
この時間に、バッカニアさんが来る。
人の波に飲まれずコーヒーを飲む良い時間であるのは間違いなくて、忙しい時間の間の休憩を取りに来る人がちらほら。
もっとも、この時間に来る人を私は待っている。
いつも通りコーヒーを頼んだバッカニアさんに、コーヒーとアップルケーキを出す。
ケーキを食べ終えた頃、リボンを片手に話しかける。
「バッカニアさん!」
「むっ?」
もう見慣れた顔。
一見怖いけど、それは皮膚の上にあるものの話。
目の奥に暗さはなく、バッカニアさんは至って普通で、ロマンチストだと言われるような人。
私は、どうやったらバッカニアさんの気持ちに応えられるだろう。
全部応えるのは無理でも、気持ちに寄り添うくらいは出来る。
「リボンの色、変えてみません?」
手に持った淡い青のリボンを見せて、微笑んでみる。
バッカニアさんが困ったように赤面してから、黙って頷いてくれた。
生身の指先がみつあみの先のリボンを取ろうとするのを見て、思わず手を掴む。
「私がやりますよ」
私の手と、バッカニアさんの大きな手。
大きさからいっても、私の手は簡単に振り払われてしまう。
みつあみの先にあったリボンをそっと取り、新しいリボンに変える。
屈んで、バッカニアさんの顔の近くに私の腕。
噛みつかれたら腕ごと持っていかれそうな顎をしたバッカニアさん、と思うのは大袈裟だろうか。
節目がちにしてるバッカニアさんのみつあみの先のリボンを変えてから、微笑む。
「ほらできた」
「ぬう…。」
「色たくさんあるので、毎日変えましょうか!」
「ああ、頼む。」
私の「すき」は、向き合ってもらえることへの「すき」。
こうして行動して、受け取ってもらえる。
私の言葉ひとつひとつに、意味を持っていくこと。
どんな結果になるのか、なんとなくわかる。
でも、ほんとに予想通りになるのかな。
わからない。
先に進んでみたいと思えば思うほど、言葉は少しだけ詰まる。
「なまえ。」
「なに?」
「この前のパフェ、気に入ったか。」
「とっても!」
ねえ、バッカニアさん。
あなたは何が好きなの?
どんな人生だったの?
「また一緒に行きましょ、バッカニアさん」
私は、なにもかもリセットしてアメストリスに来たの。
「ね?」
「…いいぞ。なまえの非番の日が決まったら教えろ。」
「わかったわ!」
今から変えていく、私の心。
温かい気持ちだけを胸にして生きていけるなら、ずっとカフェの給仕も悪くない。
私の背景、生い立ち。
アメストリスに来るまで何をしてたか。
どうしてカフェに来て、居心地の良さを感じてしまうのか。
いつか伝える事実を覆い隠したくて、私の「すき」を伝えていく。
新しいリボンをつけてコーヒーを飲むバッカニアさんの隣にいると、私の背後に気配を感じた。
けほん、と小さな咳払い。
振り返れば、アームストロング少将。
綺麗な顔をして、私を見据える。
「来てみればなんだ、なまえ。サボりとは余裕だな。」
アームストロング少将の声にびっくりしたのか、バッカニアさんがコーヒーを咽てからアームストロング少将を見る。
立ち上がり敬礼してから、宝石みたいな青い目が一瞥。
「バッカニア大尉、私はなまえに用がある。」
用がある、と言われてから手招きされカフェの外へ連れ出される。
まだ人通りはなく、廊下には私とアームストロング少将しかいない。
「なんでしょうか」
アームストロング少将が、青い目を私に向ける。
綺麗な顔に、綺麗な色。
軍服に負けない雰囲気と顔立ちに見とれる前に、アームストロング少将が続ける。
「お前の作る菓子だが、気に入った。クッキーでいい、週に一度作り置いてくれないか。」
一秒、二秒、唖然。
嬉しくて大笑いしそうになるのを必死で抑えながら、笑顔で了承する。
私にできることは、これくらいだから。
だから認められるのなら本当に嬉しい。
「お任せを!」
「それと、非番の日は私から早く帰ってこいと言われたとバッカニアに言え。」
「仕込みですね、任せてください」
アームストロング少将のために、どんなクッキーを作ろう。
口当たりの良い生地に、甘い味にしようか。
それともアーモンドが効いた紅茶に合うクッキー、それに林檎と柘榴のジャム。
何を作ろうか模索していれば、アームストロング少将が少し不満そうな顔をした。
「鈍いな、なまえ。」
「え?」
「バッカニアはなまえに気がある、なまえも悪くないと思っているだろう。」
女医さんとの会話を思い出す。
デートをして、上手いこと進展しなかったことにバッカニアさんが落ち込んだこと。
私のためを思って色々調べてくれたこと。
鈍くて、それに気づけなかったこと。
わたしの「すき」はバッカニアさんの「すき」と同じなのか、私一人じゃ分からなかったこと。
恥ずかしいけど、全部本当。
「えーと…パフェのお店に連れていってもらいましたが、まだそういうのは」
すきって、お互いに言ってない。
私を胡散臭そうに見たアームストロング少将。
綺麗な目で見つめられ、引き締まる。
「とことん鈍いな。」
腕を組んで、私を僅かに見上げるアームストロング少将。
思っていたより小柄なアームストロング少将が、厚い唇を密かに歪めて笑う。
「見た瞬間に分かってはいたが、バッカニアも厄介な女を好きになったものだな。」
「わかる、ってなにを」
「私も気持ちは少しばかり分かるぞ、未経験。」
アームストロング少将の一言に、立ち尽くした。
ぽってりした唇から、とんでもない言葉が飛び出る。
経験とか恋愛とか、アームストロング少将はどうなんだろうかとか、思っても聞けない。
それよりも、どうしてわかったのか。
メディカルルームでの話をバラされたのか、と思いゾッとする。
「なんで」
「女同士だ、分からないほうがおかしい。」
「え、でも」
「ここは男が多い。それなのに平然としてれば百戦錬磨か、処女。それ自体は別にいいが、バッカニアはなまえに本気だ。奴の仕事に支障を出させるな、私からは以上だ。」
それだけ言うと、アームストロング少将は去っていった。
私に後姿を見せながら、颯爽と歩いていく。
もっと大きいと思っていたアームストロング少将の身長は170pあるかないかくらいで、筋肉はしっかりついているけど骨は大きくない。
遠ざかりながら、アームストロング少将が私に手を振る。
「蜂蜜味のクッキーを作ってくれ。」
頷いて、アームストロング少将を見送る。
仕事に支障が出ない程度に恋愛をしろ、ということだろう。
それにしたって、見抜くのが早すぎる。





2019.11.18







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