非番、案内、緩やかにつき




仕事あがりの山岳警備兵複数が、談笑しながらカフェに入る。
先ほどまで外にいたのだろう、全員の鼻と頬が赤い。
寒暖差こそあれども、年中寒いブリッグズでは癒しが限られる。
見知った顔の山岳警備兵が、私に声をかけた。
「なまえちゃん、コーヒー四人分!」
名を知った相手は、私を親しく呼ぶ。
「畏まりました」
悪い気はしないので、こちらも笑顔で対応する。
頼まれたコーヒーを運ぶだけの仕事でも笑顔で接していれば相手も笑顔になってくれるのが、ここの接客のいいところ。
見た目の特異を把握していれば、じろじろ見られるのも納得する。
新しい制服に身を包んで早一か月。
その間に起こることに変り映えはなく、強いて言えば寒さが強くなってきたくらい。
アメストリス内でも、ブリッグズの寒さは群を抜いている。
雪が解けることは基本的になく、吹雪は日常茶飯事。
一歩外に出れば凍てつくような寒さでも、要塞内にいる限り凍えて死ぬことはない。
厳重な建物の中で、冬を過ごす。
今年の冬が見込めそうな予感を感じながら、店主の手によって淹れられたコーヒーをテーブルに運ぶ。
「お待たせしました」
「なあなまえちゃん、その制服どうしたんだ?」
「マイルズさんという方が改造したと、アームストロング少将から伺いました」
「へえー、あの人やっぱり器用なんだな。」
大柄な山岳警備兵がコーヒーを飲んでから、カップで手を温める。
コーヒーカップなんてすぐ握りつぶして粉々にしそうな図体で、丁寧にコーヒーを飲む男性たち。
まず見ない光景を守られた立場から見守る気分は、非常に穏やか。
「ノースシティには下りないの?」
コーヒーを飲む若い男が、にこやかに尋ねる。
「この前、買い物のために下りましたよ」
「何買ったの?」
「食料と服ですね」
「へえー、もっとこう女の子らしいものを買ってると思ってた。」
女の子らしい、と聞いて顔を赤くするのを堪え、笑顔を作る。
不自然になってないか気になるし、いまだに慣れない。
他人から見た時の自らの評価が何なのか、それが今までの自分に対する評価と違った時。
どうしたらいいか分からなくても、とりあえず笑顔でいれば相手を不快にさせず感情を動かすことはない。
「ここの給仕ですから、必要最低限あればいいです」
本音で話しても、探られない。
それがブリッグズのいいところ。
コーヒーを飲む女医さんが「ここの面子は訳アリが多いから。」と言っていたのもあり、詮索はしてこない。
ある程度の身の上は聞かれても、根掘り葉掘り聞かれることはなかった。
私の異国の匂いも、目を引く容姿も。
ここでは浮いたとて誰かに目をつけられることはない。
奥に引っ込み、時計を確認する。
午後二時、もうすぐのはず。
すこしだけ冷めたスコーンとジャムを用意して、バッカニアさんを待つ。
ザクロとオレンジのジャムはノースシティに下りて買い物をしたときにオマケしてもらったもの。
甘いジャムの中に香る果物の匂いは、スコーンに合う。
いつからか、この仕事は私の中の大部分を占めた。
アメストリスの空気は澄んでいて、嫌な臭いはしない。
ブリッグズは特に澄んでいる。
居心地の良さを肌で感じながら、コーヒーを飲んで談笑する兵士たちを眺め、時計の進み具合を眺める日々。
飲み終わったコーヒーカップを片付け、午後二時。
そろそろだ、と思って二分後に現れるバッカニアさん。
今日は普通の機械鎧の手で、外での訓練だったのか鼻が少しだけ赤い。
いつもの席にどっかりと座ったバッカニアさんに駆け寄り、いつもの会話。
「コーヒーひとつ。」
「畏まりました」
髪にあるリボンも、新しい制服も、僅かな変化の集合体でしかない。
私の心に、大きな変化が来る日はくるのだろうか。
コーヒーを運び、スコーンを置く。
にんまりと笑ったバッカニアさんがコーヒーを片手にスコーンを齧る。
けっこう硬めに焼いたのに、大きな顎には何てことないらしい。
「ぬう、美味いぞ。」
「よかった」
笑いかけると、バッカニアさんはすぐ目を逸らす。
もっと青い目を見たいけど、我慢。
スコーンを齧るバッカニアさんが、コーヒーを飲む。
その背後にいた山岳警備兵がスコーンの匂いを嗅ぎつけ、こちらを覗いてきた。
「あれ、スコーンなんてメニューにあったっけ。」
「私が作ったんです」
「え!?なまえちゃんの手作り!?俺も食べたい!」
期待の眼差しに満ちた山岳警備兵をバッカニアさんが一瞥するも、気づいていない。
きらきらした目でお菓子を期待されてから、言い訳をする。
「バッカニアさんが長時間働いてるから、それのサービスなの」
「そういうわけだ、分ったか。」
「ちえー、大尉だけずるいっすよー!」
引き下がった山岳警備兵をよそに、バッカニアさんがスコーンをひとつ食べ終わり、もうひとつのスコーンにジャムをつける。
機械鎧の手に持たれるバターナイフは、一体化したような鈍い光を放っていた。
「なまえ、この間のケーキはどうした。」
「シフォンケーキ?あれはまだ作ってないわ」
「俺はこの前のケーキが好きだ。」
バッカニアさんの、好きだという言葉。
私の作ったもので喜んでくれるという嬉しさ。
心の底から嬉しくなって、ついついにんまりと笑ってしまう。
「それなら作るわ!」
上手く焼きあがらないお菓子もあるけど、上手くいったものは大体バッカニアさんに食べてもらう。
綺麗に作れればアームストロング少将へ。
私の生活に他人が関わっていく喜びが感じられるようになり、これでいいはずと言い聞かせる。
だって、まだ不安。
銃のない自分には、お菓子を作ることくらいしか周りにしてあげられることがない。
「なまえ。」
そんな私を見透かしたように、バッカニアさんが私を呼ぶ。
「なあに?」
「次の非番、いつか聞いてもいいか。」
「え?申し出ればすぐに取れるけど…どうして?」
聞き返すと、バッカニアさんはなんだかバツの悪そうな顔をした。
恥ずかしいのか、悪いことをしたのか、どちらとも言い難い顔をして私をちらちらと見る。
青い目が動くのを見て、非番の交代をしてほしいのかと思い喜んで受けようとした、その時だった。
「ノースシティにアエルゴの調味料を扱った店があると聞いた、俺と一緒に行かないか。」
「行く!!!」
即答する私にバッカニアさんが目を丸くし、それから気づく。
セントラルで探すのも一苦労だったアエルゴの調味料を、わざわざ探してくれた。
あまり流通しないものとはいえ、あることはある。
遭遇率が極端に低いものであることには違いない。
ノースシティをざっと見た限りでは見つからず、持ってきていた調味料だけでやりくりしていた。
バッカニアさんの気遣いに、はっとする。
「もしかして、調べてくれたの?」
「兵士たちが話していたのを聞いただけだ。」
「うれしい、行く行く!バッカニアさんの非番は?」
「二週間後の金曜だ。」
コーヒーを淹れる店主さんがいるカフェの裏に走り、大きめの声で申し入れる。
「すいませーん!二週間後の金曜非番で!」



雪がなくとも、肌寒いノースシティ。
バッグに詰め込まれたアエルゴの調味料に満足しながら、バッカニアさんにお礼を言う。
「ありがとう!」
照れ臭そうに笑ったバッカニアさんは非番ということもあり、黒のダウンジャケットに見慣れない柄のシャツ、紺色のズボンという恰好。
この柄は、どこのものだろう。
落ち着いているけど、どこか異国を感じさせる模様。
奇妙なことに、その柄がバッカニアさんに似合っているのが不思議。
私に歩幅を合わせてくれる気遣いを見せるバッカニアさんが、優しく笑う。
「いいんだ、なまえがこれで美味いものを作れるなら…コーヒーの飲み甲斐がある。」
嬉しくて、笑いかける。
私のことを気にかけてくれるだけで、心が躍ってしまう。
怖い顔立ちをしていても、バッカニアさんは優しい。
アメストリスに来るまで買い物をして休日を過ごすなんてことがなかったから、とても新鮮。
土地勘のある人に連れられて歩くのは、覚えがある。
調子がいい時のイズミさんは、私を買い出しのお供にしてくれた。
買い物が終われば、私が喜びそうなお店に連れて行ってくれる。
美味しい紅茶のお店とか、美味しいドーナツのお店をイズミさんは私に教えてくれた。
厳しいように見えて優しいイズミさん。
私はそのぶん、イズミさんのお店を手伝ったりして気持ちを返していた。
バッカニアさんには、何でお返しすればいいだろう?
迷う私を見透かしたように、バッカニアさんは私の数歩先を歩き始めた。
「そうか、なら目当ての場所にもう行くぞ。」
見知らぬ土地で先に歩かれては、ついていくしかない。
「目当て?」
「来ればわかる。」
私を見て、にこっと笑ったバッカニアさんの後ろをついて歩く。
バッカニアさんの背は2mを超えている。
何をしてても目立つ身長だから、見失うことはない。
でも、見知らぬ路地に入った途端なんとなくバッカニアさんの服の裾をつかんだ。
迷子になってしまっては、元も子もない。
こうしていると、まるでデートみたいだ。
バッカニアさんには好意を抱いているけど、バッカニアさんは私を気遣ってくれてる。
この気持ちに、まだ名前はつけられない。
私に歩幅を合わせてくれる優しいバッカニアさんの後をついて到着したのは、ピンクと白で統一された可愛い看板。
バッカニアさんの背は高いから、可愛い看板の真横にバッカニアさんの顔がある光景を見て頭が混乱しかける。
外装も可愛らしく、ガラスの窓のすぐ傍にはピンクの造花と淡い色の熊とうさぎのぬいぐるみが置いてあった。
看板にはデザイン文字で「マシュマロ・ティーブレイク」と書かれている。
「ここって」
バッカニアさんを見上げ、子供のような気持ちで期待を胸にする。
これは、もしかして。
私の根底の部分が沸き上がり、今にも溢れそう。
「ノースシティで唯一のパフェ専門店。」
バッカニアさんがそう言ってから、顔を手で覆う。
こんな店があったなんて、連れて来てもらえるなんて。
これじゃまるでデートみたいじゃない。
窓から見えるディスプレイ、メニュー看板、どれもこれも甘い味を想起させるものばかり。
「美味しそう」
「入るだろう?」
「もちろん!」

10分ほど待って出て来たパフェは、私の心を射止めるには十分だった。
グラスのような形をした容器に詰まる、あまいあまいパフェ。
ピンクのクリームと白のバニラ、ホワイトマシュマロには顔が描かれ色とりどりのスプレーチョコがクリームの上に乗っている。
「はぁーっ素敵!」
わくわくしながら、スプーンで一口。
生クリームの味が口の中に広がり、頬の中を幸せが伝う。
「あぁーっ美味しい!」
満足感丸出しでパフェを頬張る私を見るバッカニアさんは、子供でも見るかのような目をしている。
「気に入ったか?」
「すっごく!」
私も私で子供のような反応をしてしまう。
ここまで甘いものを食べたのは久しぶりだ。
慣れた手つきでマシュマロココアを飲むバッカニアさん。
よく見れば、カップを持つ手は左手。
機械鎧の手は、こういう時テーブルに置かれたまま。
もりもりと頬張りながら、ここにわざわざ連れて来てくれたバッカニアさんに聞いてみることにした。
「ここによく来るの?」
「目の前を何度か通っただけだ。」
「入ればいいのに」
「男一人で入るのはさすがに…。」
「じゃあ私と来ようね!」
悪くない提案をした私に対する回答は、なかった。
無言でココアを飲むバッカニアさんを見て、再度不安がよぎる。
もしかして、私に合わせて甘いものを食べているだけではないのか?
可愛いマシュマロココアも、私に合わせて無理をして飲んでいて、ココアよりもコーヒーが好きなのではないか。
「甘いの嫌い?」
恐る恐る聞けば、ココアを飲み終わったバッカニアさん。
「嫌いだったらなまえのクッキーもケーキも食べていない。」
「よかった!」
パフェを食べ進めながら、世間話をする。
「アエルゴ式のクッキーだと、甘いのって滅多にないからねー、その点アメストリスは凄いわ、普通のケーキにもクリームたくさんだもの」
「アメストリスに来て、どれくらいだ。」
「二年と少し」
「それまではどこにいた。」
「ダブリス」
イズミさんの顔を思い出し、胸が温まる。
肉屋で働いてた時は、忙しいけど楽しい毎日だった。
ブリッグズは忙しくはなくても、肉屋ほどの楽しさはない。
「いいとこだったわ、ここもいいところだけど」
でも、ブリッグズには私の作るお菓子を美味しいと食べてくれるバッカニアさんがいる。
すごく、すごく嬉しい。
私にできることで、喜んでくれる人がいる。
「ダブリスに来て暫くはアメストリス語が下手くそでね、そこの店主夫婦が教えてくれたの。嬉しかったな」
今こうしてバッカニアさんと話せているのも、ダブリスでの経験が生きたおかげ。
ブリッグズの兵士と話せるのも、コーヒーを運んで感謝されるのも、あの時のおかげ。
人生経験は自分を裏切らない。
「私のお節介だったでしょ、あのクッキー」
今までのことを全てをリセットできなくても、今からだから出来ることがあるはず。
その可能性を信じたい、私もそう思っていい。
「でもね、私にできることってそれくらいだから、できることをしたいの」
これからの私の人生を豊かにするものがなんなのか、検討もつかない。
でも、少しだけ分かることがある。
「美味しいって言ってもらえて嬉しい、ありがとう」
誰かに感謝すること、人と向き合うこと、人と関わり合うこと、相手をどう思いどう接するか。
何かが変わりそうな気がする。
そう言ったら、イズミさんは笑ってくれるだろうか。
パフェの最後の一口を頬張り、飲み込む。
「ああ美味しかった!」
からっぽになったパフェの器。
美味しかった、また来たい。
そう伝えようとする前にバッカニアさんが口を開いた。
「俺は…。」
両手をテーブルの上に置いたまま、気まずいのか恥ずかしいのか判別がつかない顔で私を見ている。
もしかして、私の口元にクリームがついているのだろうか?
口元を指で掬い、舌先で唇を舐める。
特になにもないことを確認してからバッカニアさんを見ると、照れ臭そうに笑っていた。
「なまえの気遣いとか、よく笑うところとか…いいところだと思うぞ。」
「そうかな?」
「コーヒーだけ飲んでる俺にクッキーをくれた時、可愛い女だと思った。」
無骨そうな雰囲気が溶けたバッカニアさん。
きっと、ココアのおかげ。
「ありがと!」
お礼を言うと、バッカニアさんがココアを追加注文した。



甘くて美味しいもので満たされた食欲。
夕刻前に女医さんに会って、あの美味しいパフェのお店に今度一緒に行こうと言うためにメディカルルームに足を運ぶ。
このブリッグズで話すようになって、コーヒー代を取られながらも仲良くしてる女医さんと一緒に行きたいな。
そう思い足を運んだはいいものの、扉の前に立つ前から分かる。
メディカルルームの中が、騒がしい。
「大尉〜、なまえちゃんとはどうだったんですか?」
誰の声か分からないけど、感じからいって若い男性兵士。
何人かの息遣いが聞こえて、開けようとしたのを躊躇う。
「デートだったんでしょ!?」
「どこまで進めました?」
「まさか大尉がこうなるとは、俺も思ってなかったよね。」
メディカルルームの扉から少し離れて、思わず耳を澄ます。
ニールさんが面白そうに「まさか大尉が」と言ったところで、メディカルルームの内情を察した。
まるでデートみたいと思った私は間違っていなくて、あれはやっぱり。
躊躇いは正しく、どきりとした私を遮るようにバッカニアさんの声がする。
「黙れ。」
恥ずかしそうな声。
消え入りそうなバッカニアさんの声のあと、若い男性兵士が楽しそうに喋る。
「なまえちゃんと二人きりって羨ましいっすわ、どうでした?」
「二人きりになった途端、豹変するタイプじゃなさそうでしょ?なまえさんって。もう俺ら想像もつかなくて!」
「案外なまえちゃんも大尉のこと悪いとは思ってないだろうし、押してみたらコロっといくかもしれませんよ。」
「そうそう、クッキーとかケーキを大尉にだけあげるんでしょ!?」
事実。
事実ばかりが飛び交う中、否定することもできない。
立ち尽くす私。
バッカニアさんが、どこか曇った声を出した。
「まあ…なまえとは普通だ。」
「まーた大尉!奥手!!」
「お前ら、全員基礎訓練だ。」
「えー!?」
中から歩く音がする。
たぶん、メンテナンスルームにニールさんが出入りした音。
なんとなく事情を察する。
バッカニアさんの「事情」を知っている数名が集まり、私と出かけてどうだったか聞いている。
これは、つまり。
「あの大尉が事前にノースシティのことを調べ上げて、女の子の喜びそうな店を見つけるなんてなあ。」
ニールさんが、何かを期待するようにバッカニアさんに話しかける。
「で?どうでした?なまえちゃん。」
「うるさいぞ!お前まで基礎訓練漬けにしてやろうか!」
顔が真っ赤になった。
メディカルルームの扉を開ける気にはならず、ふらふらとした足取りで退散する。
自分の部屋に戻るまでの道のりで、考えた。
バッカニアさんのことは好き。
でもこの「好き」は、なんの好きなんだろう。
笑顔がすき、ありがとうって言ってもらえることがすき、私を思ってパフェのお店に連れて言ってくれるバッカニアさんがすき。
私のクッキーを食べてくれたバッカニアさん。
コーヒーを飲みに来てくれるバッカニアさん。
照れくさそうな笑顔も、気まずいのか恥ずかしいのか判別がつかない顔も。
「…あれ、どうしよう」
熱で渦巻く胸に気づき、私の中の何かが変わろうとしていた。




2019.11.12








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