ケーキを食わせろ






大きな椅子に腰かけた、軍服を着こなす金髪の女性。
誰が見ても、美しい容姿。
これだけの美女が軍の上にいるなんて、と思いながら視線を燃やす。
白い肌と深い目元、女が憧れる容姿。
とても美しくて見とれていると、青い目が私を一瞥して席の空いた椅子を見た。
「座れ。」
目の前に座り、なんでもないふりをしてアームストロング少将を見つめる。
見とれていると、少将が口を開いた。
「貴様がなまえか。」
「はい」
「アメストリス人ではないな。」
「はい」
「来てどれくらいになる。」
「二年と少し」
「そうか。」
肉厚の唇から吐き出される声は、低めの声。
見た目の美しさに凄みを増す外見的要素にか今のところ目がいかないけれど、彼女はブリッグズのトップ。
ここの女王様と呼ばれる人。
つまり、豪傑に他ならない。
心のどこかで身構えつつも、美しさに見とれているとアームストロング少将は話を続ける。
「なまえが今月初めから働きはじめた休憩所、あそこはもともと夜勤明けの兵士のために作られたものだ。コーヒーとパンしか出さないような寂びれたカフェ。
そんな面白味の無いカフェの売り上げが三倍に伸びているから、どんな手を使ったかどうか確認したかったのだが…。」
一度、言葉を切られた。
青い目が私を見て、外見的記号を見定める。
「なんとなくわかる。」
当然です、と軽く微笑む。
私にはそれくらいしかできない。
女という外見的記号、アメストリスでは珍しい容姿。
軍属ではない者がカフェに勤める際、ある程度の事情はメイスンさんの叔父と通して全て伝わっている。
カフェのコーヒーが変わったわけでもなく、勤める人間が変わった。
そして、店員の外見の物珍しさが勝った。
明確で単純で、それだけのことを確認したアームストロング少将は、隣に控えているサングラスをかけた褐色の肌の軍人男性に手で合図をする。
軍人男性が真後ろにあった書類棚を開き、中にある金庫を慣れた手つきで開いた。
淡い青色に白の刺繍がされたワンピースと、白色の長いエプロンが私に差し出される。
「新しい制服を支給する。」
制服を受け取り、デザインを確認した。
長いエプロンには大きなレースが波打つようについていて、今までのエプロンよりも派手。
黒いワンピースとは掛け離れた淡い青色のワンピースの刺繍は、よく見ると民族的な柄。
見たことがあるような刺繍に目を奪われていると、アームストロング少将が新しい制服を手にしたまま黙り込む私に声をかける。
「不満か?」
「いえ、デザインも作りも初めて見るタイプの服です」
「私の家で使われているメイドの服を、うちのマイルズが改造したものだ。」
マイルズと呼ばれた褐色の肌の男性を見てから、はっとする。
ワンピースに施された刺繍は、イシュヴァ―ル式のものだ。
男性の肌の色から察するに、サングラスの下にある目の色は見ずとも理解できた。
アメストリスには混血が多い。
バッカニアさんも、混血だった。
つくづく、アメストリスは平和を目指して奮闘していると思う。
ワンピースを受け取り、アームストロング少将に儀式半分微笑みかける。
「今日からこれで働きますね」
「頼むぞ。それと、なまえ。」
「はい」
「バッカニア大尉から、なまえの作るケーキが美味いと聞いた。私にも食わせろ。」



「あの女性、すごく綺麗ね」
「アームストロング少将のこと?」
ノースシティまで降りて買い出しを済ませ、メディカルルームで冷えた身体を温める私を女医さんが胡散臭そうに見た。
買い出した食料の詰まったバッグをテーブルに置き、アームストロング少将の顔を思い出す。
輝く金の髪、宝石のような青い瞳、潤んだ肉厚の唇、気品ある目元。
そして育ちの良さが滲み出る雰囲気。
軍人としても厳しさは持っていても、非常に美しい女性だという印象が深く刻まれた。
ぽけっとしてる私に、女医さんが笑いかける。
「そうやって最初はみんな惚れ惚れするのよ、心臓まで氷の女王様、それがブリッグズのボス。で、何買ってきたの。」
バッグの中を伺う女医さんに、中身を見せた。
「食料」
小麦粉、果物各種、砂糖とチーズにチョコレート、クッキー材料にシロップ。
お菓子作りに必要なものと手軽な野菜が詰まったバッグを見て、女医さんはコーヒーを飲みながら珍しそうにした。
「ノースシティの果物高いでしょ。」
「必要なので」
「あなた手先器用なのね。」
「そうでもないわ」
豪勢な料理を作れるわけでもない、食べるための最低限の料理を作ることしかできない。
もっとも、たくさん料理をするようになったのはカフェに勤め出してから。
サービスのつもりが、最近はバッカニアさんの喜ぶ顔が見たくて作っている。
厳つい顔が微笑む瞬間は、コーヒーを運んで一日が終わる私にとっての癒し。
ブリッグズ要塞を守る軍人に一息をつかせるカフェで働き、ありがとうと言われる。
今まででは決してあり得なかった状況。
感謝されることが、銃を撃つよりも楽しいと知ってしまった。
美味い。そう言う時のバッカニアさんの顔。
自分に出来ることで喜んでもらえる、それがとてもとても嬉しい。
この前はプリンを作って、その前はガトーショコラを作って、さらにその前はビジタンディーヌ、ミルクレープ、ガナッシュ。
何度か失敗しては、それなりに作れるようになったお菓子たち。
どれも美味いと食べてくれたバッカニアさんの笑顔が、私の中に溢れる。
女医さんが私の肩を抱き、私に身体を寄せた。
「なまえがこの前味見させてくれたシフォンケーキあったでしょ、私あれ好き。」
「あれ少し発酵させて作ったんです、メディカルルームは湿度がちょうどいいからまたここでやらせてください」
女医さんがにっこりと笑う。
さっぱりした女性の笑顔ほど、安心するものはない。
「発酵代100センズと言いたいところだけど、味見させてもらってるしいいわ。」
気さくな女医さんと笑い合っていると、メディカルルームの扉が開いた。
くぐり抜けるような体勢で入ってきたバッカニアさんと目が合い、微笑む。
「むっ。」
む、と言ったりする口癖。
私と目が合うと少しだけ笑い返してくれて、嬉しい。
女医さんがバッカニアさんを見て、目を丸くする。
「あら大尉、メンテナンスの時間?」
「これから訓練だ。」
時刻は昼前。
午後から厳しい訓練が待ち構えているのは、ブリッグズの日常。
私の手元を見たバッカニアさんが、不思議そうな顔をした。
「果物か、ここじゃ高いだろう。」
「フルーツタルトを作るために必要なの、ほら、バッカニアさんタルト食べたいって言ってたでしょ?」
けっこう前だけど、と付け加える。
あの時は目の色を見るために顔を近づけてしまって、大変に恥ずかしい思いをした。
嫌われることもなく今日までコーヒーのお供にお菓子を食べてもらっているから、私は運が良い。
バッカニアさんはタルトの話を吹っ掛けた私を見て少しだけ頬を赤くして、伺った。
「そうだが…本当にいいのか?」
きっと、甘いものが好きなんだろう。
美味しいものを作って、コーヒーのサービスにしよう。
うんうんと頷けば、バッカニアさんが照れ臭そうにした。
「桃のタルトが食べたい。」
「任せて!」
買い出しのバックには、桃も当然ある。
目についたものを買ってきた故に、作れるものも増えた。
「あ、ねえ、バッカニアさんケーキ好き?」
「むう…。」
煮え切らない回答をしたバッカニアさんに、どうなのか聞いてみる。
私を見る深い青色の目。
厳つい顔つきだけど、甘いものを美味しいと食べるバッカニアさんの笑顔は怖さの欠片もない。
「これだけ果物あるからフルーツケーキも作るつもりなんだけど」
なんだけど、なんだけど。
そういえば私は自分の気持ちだけ優先してサービスしていて、バッカニアさんがサービスを快く思っているかどうかを知らない。
ただくれるだけだから食べているのか。
もしかして全て余計なお世話だったのかもしれない。
可能性は十分にあることに気づき、突然ぞっとした。
足元から冷える心地がして、バッカニアさんが何も答えないのが不安になり、気分を落ち着かせる。
いらん!と言われたら、作ることはないだろう。
少しばかり寒気を感じそうになりながら、バッカニアさんに問いかける。
「ケーキ嫌い?」
「好きだ。」
好意の言葉が聞けて、胸の強張りが消える。
「よかった!作ったら教えるわ」
「楽しみにしているぞ。」
にかっと歯を見せて笑ったバッカニアさんが、機械鎧のメンテナンスルームに入る。
ニールさんの愉快な声がしたところで、女医さんがにこやかに話しかけてくれた。
「なまえ、好きなのね。」
「うん、喜んでもらえることが大好き」
今までそんなことなかったから。
ブリッグズは基本的に年中寒いか肌寒いかのどちらかで、暑くなることはない。
私の心だけは確かに温かくなっているのを、実感していた。


バッカニアさんのために作ったと言っても過言ではないタルト。
頻繁に果物を扱うわけではなかったので、正直仕上がりは不安。
大きな口に、タルトが半分だけ運ばれる。
「どうかな?」
「むう!美味いぞ!」
満足そうな声に、思わず笑顔になった。
「やったぁ」
伸びるようにして軽く飛んでみれば、新しく支給された制服の裾が膝に当たった。
白く長いエプロン、淡い青色のワンピース。
真っ青な軍服と見分けがついて、かつウェイトレスだとすぐ分かる。
新制服の私を、バッカニアさんがタルトを食べながら見た。
「いいのか、ここまでしてもらって。」
「いいの、喜ぶ顔見るの大好きだから」
照れ笑いをすると、バッカニアさんまで頬を赤くした。
桃のタルトを、また一口食べてくれる。
「作り甲斐があるわ」
口に運ばれていくたび、作ってよかったと思えた。
バッカニアさんにしか渡していない、私のサービス。
美味しく食べてくれそうな人だからという理由が一番大きいけど、例えば後ろにいる山岳警備兵みんなにあげる気にはならない。
雑に食べて、コーヒーで流し込んでおしまい。
そういう食べ方をしそう。
なんとなく、バッカニアさんは違うのではないかと肌で感じた。
今では感じたことが当たりだったと確信できる。
満足そうなバッカニアさんの顔を見て、安心した。
後ろにいた山岳警備兵が振り向いて敬礼したのが分かり、何事かと振り向く。
カフェのホールに、マイルズさんを控えさせたアームストロング少将が入ってきた。
私を見て、こちらへ歩いてくる。
「なまえ、それにバッカニア大尉も一緒か。」
バッカニアさんの目の前の椅子にどっかりと座ったアームストロング少将が、先ほどの約束を持ち出す。
「さて、なまえ。食わせろ。一人分でいい。」
お待ちください、と言い残しカフェの裏へ入る。
多めに作っておいたクラフティと桃のタルトは、アームストロング少将の胃の中に入ることになりそうだ。
大きめの皿にクラフティを一切れ、桃のタルトをひとつ。
足早にホールに戻れば、足を汲んだアームストロング少将が私を見ていた。
コーヒーと共にアームストロング少将に差し出す。
「どうぞ」
アームストロング少将はクラフティを先にフォークで取り、一切れを半分に切ってから食べた。
そして、すぐに気づかれる。
「これはアメストリスの味付けではないな。」
「アエルゴの味付けです」
美しい顔が、一瞬だけ変わる。
アエルゴと聞いて、良い顔する軍人は少ない。
君主制国家なのにマフィアが蔓延り治安のよくない土地柄に、イシュヴァ―ル人に何をしたか、戦争で何をしたか。
こういう時だけ、少しばかり居心地が悪くなる。
「アエルゴ人か?」
「はい、産まれも育ちも」
あまい香りよりも、硝煙の匂いで育ちました。
そう言うことは出来なくても、今から生き方を変えることは出来る。
クラフティを半分食べ進めたアームストロング少将が、味付けの隠し味に気づく。
「アエルゴの味付けのクラフティは初めて食べる。香辛料ともシナモンとも言えない香りがするが…。」
「それはアエルゴ伝統のバニラエッセンスです、アメストリスのものより香りが絡んでいるというか」
「どこで買った。」
「セントラルで」
クラフティを食べ終わったアームストロング少将が、隣に控えていたマイルズさんを見上げ命令する。
「マイルズ、紅茶。」
「はっ。」
マイルズさんが足早にカフェの裏側に消えるのを見てから、桃のタルトを食べ始めたアームストロング少将と向き合う。
フォークで丁寧に桃を切ってから生地を分ける手つきに育ちが現れている。
「なんでこれを作り始めた。」
「アエルゴではコーヒーにはバタークッキーという習慣があるんです、それにコーヒーだけ飲んでいく人が多いので、それだけじゃ物足りないかなーと」
「これはクッキーではないだろう。」
「ああ、それはクッキーだけじゃ物足りないかと思って飛躍していって」
桃のタルトをひとくち、ふたくち。
潤んだ唇に消えていく桃のタルトを見ながら、アームストロング少将に見とれた。
綺麗な女性は、いつ見ても響く。
私もこれくらい美しさを持てたらいいのに。
桃のタルトの皿を片手に、アームストロング少将は私の行いを判断した。
「余計なお世話にも等しいが、まあいいだろう。味は悪くない。」
紅茶を片手に戻ってきたマイルズさんが隣に控え、テーブルにティーカップが置かれる。
注がれる熱い紅茶。
熱いティーカップを手にしたアームストロング少将が、静かに呟く。
「バッカニア大尉。」
「はっ!」
アームストロング少将に呼ばれたバッカニアさんは立ち上がり、今にも敬礼しそうな姿になった。
何故か頬に汗をかき、桃のタルトを食べながら紅茶を飲む優雅なアームストロング少将に怯えている。
こんなに美しい人のどこに怖い要素があるのか、いまいちわからない。
軍人としての厳しさはあったとしても、これだけ綺麗ならそんなもの吹き飛んでしまうのに。
「ここで休憩するのもいいが、甘いものに負けていないでキチンと働けよ?」
「アイ!マム!」
今度こそ本当に敬礼したバッカニアさんの腕を見た。
鍛え上げられた腕が、美しい女性に向かって敬礼される光景。
これが軍だ。
アームストロング少将が、私に向かって空いた皿を差し出す。
「なまえ、良い茶葉がある。それに合うケーキを作れ。」
「もちろんです!」
期待に応えられるよう、努力しよう。
紅茶を飲んだアームストロング少将が、にやりと笑った。





2019.10.29








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