団欒につき





メディカルルームと看板を掲げた部屋の扉をノックすると、女性の声がした。
トランクを片手に扉をそっと開けて、中を伺う。
中は質素な医務室といった様子で、簡易ベット複数と薬品棚、カーテンの奥に仕切られた部屋の近くに机と椅子があり、部屋の真ん中にストーブがある。
コーヒーを飲んでいる眼鏡をかけた女医さんと目が合い、微笑む。
「えっと、ここ…銃のメンテナンスもできますか?」
「出来るよ。」
失礼します、と足を踏み入れたメディカルルームの中は温かった。
薬品の匂いと、油を薄めたような焦げ臭さを薄めた独特の匂いがする。
たぶん、機械鎧用の磨き油の匂いだろう。
「もしかしてさ、なまえってあなた?」
女医さんが私を見て珍しそうにした。
「そうです」
「あなたがなまえね、よろしく。」
差し出された手を握り返し、細く白い腕と握手をする。
コーヒーのおかげか、女医さんの手は温かい。
どうして名前を、と思った。
「今なんで名前を知ってるかって思ったでしょ。」
黙って頷くと、女医さんはにっこり笑って新しいマグカップにコーヒーを注ぎ始めた。
女医さんは髪をバンダナで全部あげて、化粧も薄い。
服装もシンプルで、さっぱりした女性だ。
なんとなく、イズミさんを思い出す。
「あなた、話題だもの。」
「あはは…なんとなくそれは知ってます」
熱々のコーヒーが差し出され、受け取る。
にこりと笑った女医さんの爽やかさに癒されながら、コーヒーを一口。
「私はここの先生。怪我したらおいで。」
「その時は是非」
「コーヒー代、100センズ!」
思わず飲んだコーヒーを戻そうとして、飲み込んでから笑う。
ここの掟は弱肉強食。
面白くて笑えば、女医さんも悪そうにニヤリと笑みを浮かべた。
ポケットから100センズを出し、手にあるトランクを女医さんが見る。
「それは?」
「メンテナンスしたいものです。」
「ここで広げていいわよ。」
ここ、と指さされた机の上に、トランクを置く。
旅行なら五泊は出来るトランクの中に詰まっているのは、衣類ではない。
手放すことは決して出来ない、アエルゴから持ってきた銃たち。
愛用のルガーとライフルを取り出し、磨き油と弾を取り出す。
マシンガンタイプから小銃まで揃ったアエルゴ式の銃は、どれもこれも軽い。
特に私が「使用」していたものは実用性に特化したもので、余計な機能はついておらず弾速重視で一発一発に火力は無いものばかり。
遠距離用ライフルも所持してあるけど、専用の弾が数発あるくらいで殆ど使っていない。
無駄に発達した機械工学のおかげで、アエルゴの銃は小型から大型に変形するものが多く戦争では役に立ったと聞いた。
もっとも、アエルゴの銃は戦争以外でも役に立つように作られている。
ルガーに詰める弾丸には神経毒入り。
弾丸には猛毒が仕込まれ、撃たれれば即あの世逝き。
一撃で相手を仕留め、次の一撃は次の相手へブチ込む。
間近で撃って当たる感覚は、忘れない。
こびりついた職業病は、どこまでも追ってくる。
背後に立った女医さんが珍しそうな声をあげるのを待ってから、お気に入りの小銃のマガジンをチェックした。
「それ、アメストリスの銃じゃないでしょ。」
「はい」
「どこの?」
「アエルゴです」
マガジンとスライドのチェックを終え、バレルに磨き油をつける。
布で銃本体を磨いていれば、女医さんがコーヒーを飲みながら私の手を観察した。
「アエルゴは錬金術の代わりに機械工学が発達してると聞くわ。」
鈍い光を放つルガーを磨き、笑顔で答える。
「そうですね、市民は全員銃を持ってます」
携帯用のグロックを手に取り、何も入っていないことを確認してから弾を詰めた。
詰め込む薬弾は、麻酔入り。
二発も撃ち込めば、二日は寝込んでくれる代物。
アメストリスに来て撃っていないものの、撃ったついでに眠ってくれる弾は「捕虜」にとても効いた。
その間も女医さんの世間話は止まらないし、そのほうが有難い。
「変わった銃ね、どれもこれも鉄というより銅素材に見えるわ。」
「お世話になっている武器屋さんのおすすめだったんです」
半分本当、半分嘘。
内側は鉛と鉱石で出来ているので、滅多に壊れない。
戦地向けの携帯銃。
「市民全員が、ねえ。たしかにマフィアが多いとか国内の小競り合いが多いとか、黒い噂は聞くけど。」
「ああ、それは本当ですよ」
今まで色んな「ファミリー」から「依頼」を請け負って生きてきたので。
とは絶対に言えない。
言葉を飲み込んで、事実だけを伝える。
「いつマフィアに殺されるか分からないので、自己防衛するに越したことはないんです」
コーヒーを飲んだ女医さんが、気楽そうな笑顔を見せた。
「まあ、今はどこの国も物騒よね。」
爽やかな雰囲気の女性。
手にあるマグカップの中のコーヒーが減っているのを見る限り、コーヒーが好きなんだろう。
カフェに来てくれたら、嬉しい。
考えを見透かされたように、女医さんが続ける。
「カフェはどう?」
「順調です」
「あなたが来てからカフェで時間を潰す人が増えたって聞いたけど、納得したわ。」
「え?なんでですか?」
「そりゃ、あなた可愛いし。」
かわいい、という言葉。
先日の兵士たちの会話を思い出し、一人で恥ずかしくなる。
手から銃を落とし、顔を覆う。
「なあに、顔真っ赤にしちゃって。」
あははと笑う女医さんに背を向け、言葉が脳内で復唱され終わるのを待った。
「女っ気ないとこだけど、なまえが来てからなーんか皆元気なのよね。」
私に降り注ぐ言葉。
かわいい、かわいい。
銃を置いた私という個人は、他人からそう見えるらしい。

「ここのトップも女性だけどね、なまえのような可愛さは無いわ。抜群の美しさはあるけど。」
「そうなんですね」
トップが女性というのは知っていたけど、過ごせば過ごすほどここを統べる女性とはどんな人か気になってくる。
マシンガンを取り出し、弾薬の空を確認してから引き金を引く。
空砲の音が連続で鳴る中、片手で弾帯をチェックする。
異常がないことを確認しマシンガンに弾帯を取り付けてからトランクに戻し、リボルバーを手に取った。
殆ど使うことがないけど、威力は抜群だ。
アエルゴのリボルバーは一発で大体のものを粉砕する威力を持っている。
短期決戦用の銃に弾を詰め込んでいると、コーヒーを淹れなおした女医さんが私のトランクを見た。
「随分銃の扱いに慣れてるわね。」
「まあ、長いことアエルゴにいたので」
「撃てるの?」
「はい」
「軍人じゃないのに?」
「まあ…必要になる機会はありますから」
その言葉から何かを察したのか、女医さんは何も言わなかった。
「アメストリスは平和ですよ、こっち来てから一発も撃ってない」
これは本当。
出来れば今後も撃ちたくはないものだ。
リボルバーのチェックを終え各種弾丸の数を確認していると、仕切られたカーテンの奥からバンダナをつけた小柄な男性が顔を出した。
「なに今の空砲の音。」
驚き半分の声で女医さんに声をかけた男性は白衣を着ている。
ここの医師は何かだろう。
「彼女。」
女医さんの背後にいた私を見るなり、男性は笑顔になった。
咥えタバコに髭、軟派な雰囲気。
悪そうな感じはしないので、愛想も込めて笑うと男性はニコニコしながら近寄ってきた。
「噂は聞いてるよ〜、可愛い女の子が来たって!俺はニール。よろしく!」
かわいい、という言葉に赤面する間もなくニールさんは銃を伺った。
「その銃って。」
「アエルゴのモノです」
「なまえちゃん、アエルゴ人?」
「そうです」
医師にしては、なんだか軽い。
なまえちゃんと呼ばれ、すこし緊張する。
緩そうな感じに咥えタバコ。
ニールさんが煙を吐き出しながら、私を見る。
「へえ〜、俺が今まで見たアエルゴ人で一番美人だ。」
美人、と言われ赤面すると女医さんが噴き出した。
なんで笑うの、と横目で確認してから前方に人影を確認し、納得する。
カーテンの仕切りの向こうからバッカニアさんが現れ、ニールさんにずんずんと歩み寄りバンダナで覆われた後頭部を生身の手で一撃。
「いてっ!」
笑いながら振り向いたニールさんが、バッカニアさんに黙って見下ろされる。
女医さんは声をあげて笑い、私はチェックしようとしていた銃を手にするのをやめた。
「さっさと仕事をせんか。」
不満そうに言うバッカニアさんの真下で、後頭部を押さえながらニールさんが笑う。
へにゃりとした笑顔に、人の良さを感じた。
「いてて…なまえちゃん、俺ここの機械鎧技師。俺、大尉の機械鎧技師なの。」
「へえ!」
頻繁に変わるバッカニアさんの機械鎧に興味を持っていた身としては、朗報。
今のバッカニアさんの機械鎧は爪もついていないノーマルタイプ。
軟派で軽そうなニールさんが、あの厳つい機械鎧を担当している。
医師と機械鎧技師はアメストリスでは立ち位置が違うと聞いていたけど、女医さんとニールさんを見比べると一目瞭然。
ニールさんは、所謂職人肌。
バッカニアさんがニールさんを見下ろしながら、腕を組む。
軍服にタンクトップという、なんとも露出のある姿。
大柄な体躯に見え隠れするリボン、バッカニアさんもニールさんも悪い人ではない。
バッカニアさんの腕の筋肉は盛り上がり、私の腕の倍以上ある。
どれだけの鍛錬を積めばこうなるのか気にはなるけど、今は聞く勇気がない。
「機械鎧技師の腕は確かだが、目を離すとすぐこの調子だ。」
「許してあげて。」
バッカニアさんと女医さんの言葉に頷くと、ニールさんが晴れやかな笑顔で私に向かって言い放った。
「聞いてる時は話半分でしたけど、なまえちゃんすっごく可愛い子ですね!大尉の言うとおり!」
バッカニアさんの拳が、ニールさんの後頭部を削ぐような勢いで一撃を放った。
バンダナが取れそうになったニールさんが悲鳴をあげて、笑いながら部屋の中を逃げる。
本気で殴ったわけではないようで、女医さんも笑っていた。
これがいつもの光景なのだろう。
簡易ベッドに倒れ込んで笑うニールさんを、バッカニアさんが一喝。
「うるさい!!黙れ!!!」
面白い光景で、可愛いという言葉に対する赤面もふっ飛んだ私が声を殺して笑うと、バッカニアさんが私を見た。
テーブルに近づき、私のトランクを一瞥する。
「むう、この銃の山はなんだ。」
「銃です、私の」
「使うのか?」
「いえ、使わなくなりました」
これも本当。
出来れば手を汚さずに生きていきたいと思う反面、これの手入れを疎かにしていけばいくほど自分が錆びていく気がする。
いまだ抜けない職業病は、どこかにこびりついて取れない。
そのうち何もなかったかのようになるんだろうか。
「っていうか大尉、なまえちゃんの声がした瞬間から聞き耳立ててたんだから…。」
「何か言ったか?」
ニールさんに向かって襲うような熊のポーズをしたバッカニアさん。
部屋の端まで逃げていくニールさんを追いかける姿に女医さんは相変わらず笑っている。
明るい部屋。
こういう場所に、ずっといたいな。
追いかけられて簡易ベッドの下に潜り込んだニールさんが、私に感心する。
「でもメンテナンスはするんだってさ、熱心だね。」
「使えなくなったら銃が可愛そうですし」
「いいねえ、機械に対するその心意気!俺まで惚れそう!」
簡易ベッドの下から引きずり出されたニールさんが、バッカニアさんに抱えられる。
やめてやめてと暴れるニールさんがカーテンの仕切りの向こうに放り込まれたのを見て、女医さんに聞く。
「あの向こうって」
「機械鎧のメンテナンスルームよ、ここは総合的なメディカルルームなの。」
そうなんだ、と思いながらトランクにある銃を見た。
最後にチェックしようとしたベレッタを手に取り、銃口とグリップを確かめる。
嫌というほど使い込んだベレッタには傷がいくつもつき、見る人が見ればすぐに何に使ったか分かってしまう。
「私コーヒー豆取ってくるね、もう一杯どう?」
「飲みます」
ニヤリと笑った女医さんを見送り、ベレッタを手にしたままメディカルルームを見つめた。
何の変哲もない部屋。
ブリッグズは国境近くにあるとはいえ、アメストリスは平和。
ベレッタを磨き油で軽く拭いてから銃弾だけ詰め込んで、しまう。
銃が必要になるほど身の危険に晒されることはないと思いたい。
けれど、このご時世。
身を守る安全を手にれることで安心するなら、最善。
メンテナンスルームから出て来たバッカニアさんが、私を見る。
「悪いな、あいつはデリカシーがなくてな。」
「いえいえ」
トランクを閉じる私の周りに、銃の磨き油と薬弾の独特の匂いがした。
これが硝煙の匂いに変ることは無いと思いたい。
バッカニアさんの機械鎧を見て、気になっていたことを聞いてみる。
「今日は普通ので、熊の手みたいな時もあるじゃないですか、そしてチェーンソーみたいな手の時もある。あれはどうして?」
「訓練で付け替える。あとは気分だ。」
「少しわかります、気分で持つ銃を変えてた時期がありました」
随分前ですけど、と笑うとバッカニアさんは目を反らした。
何かまずいことを言ったかと思いバッカニアさんをまじまじと見ると、頬を赤くしている。
かわいい、と言われた時の私と同じ反応。
ぶり返されるニールさんの言葉。
軽く言っていたけど「なまえちゃんすっごく可愛い子ですね!大尉の言うとおり!」
どさくさに紛れて「俺まで惚れそう!」と言い放ったニールさん。
あれは、どういうことなんだろう。
会話を続けたくて、他愛もない話を吹っ掛ける。
「あの、いつもサービスするクッキーって気に入ってますか?」
「ぬ、なまえが作るものの味が悪いと思ったことはない。」
「よかった、次は何がいいですか?」
リクエストを!と目線で訴えかけると、頬を染めたままのバッカニアさんが私を見る。
厳めしい顔つきは赤く、バッカニアさんと私が似たような気持ちであると察してしまう。
一度だけ気づいて見た目の色は青色で、珍しいと思った記憶がある。
この至近距離、今しかない。
「ねえ、バッカニアさん」
「なんだ。」
「目の色、見せて」
「むっ??構わんが何故だ。」
「アエルゴだと青い目って少ないんです、見せてほしくて」
そう言った私の目線まで、バッカニアさんは屈んでくれた。
背を僅かに曲げたバッカニアさんの瞳の色は、青い。
アエルゴ人にはいない深い青色。
鮮やかな青はたまにいたけど、バッカニアさんのように深い青色の瞳は見たことが無かった。
瞳孔に向かって青さが際立つ瞳を見ていると、バッカニアさんが顔を赤くしたまま零す。
「なまえの目も髪も、アメストリスにはいない色だな。」
ふっと現実に戻り、バッカニアさんの顔と自分の顔が間近にあることに気づいた。
ニールさんの「大尉の言うとおり!」「俺まで惚れそう!」とは、バッカニアさんは一体何を言ってたんだろう。
青い色に見とれていて気付くのが遅れ、顔が真っ赤になるのを感じた。
「もういいか?」
「はい…」
互いに顔を赤くしたまま、俯く。
屈むのをやめたバッカニアさんに申し訳なくなり、女医さんに貰ったコーヒーを手に取って飲んだ。
ぬるくなりかけの飲みやすいコーヒーが喉を通って胃に落ちる。
「…タルトが食べたい。」
バッカニアさんが低い声で私にリクエストを言うと同時に、カーテンから顔だけ出したニールさんがバッカニアさんを呼ぶ。
「大尉〜、メンテナンス再開ですよ〜。」
「わかっとる。」
コーヒーを飲み干す頃に、女医さんは戻ってくるだろうか。
一刻も早く、この心臓の高鳴りを何かで上書きしたい。





2019.10.24








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