異国式背景





「お待たせしました」
「うむ。」
大体決まった時間、決まった注文。
決まった会話と返事。
つまらないけど、変わり映えのしない毎日も良い。
リボンの男は午後二時か夜七時に来ては、コーヒーだけ頼んでいく。
機械鎧の手は尖った手だったり普通のものだったり、勤め始めて二週間のうちに一度だけ大きなチェーンソーのような機械鎧をつけているのを見た。
一体どういう理由で機械鎧を頻繁に変えているのか知らないけれど、ここは軍。
何かしらの事情があるんだろう。
軍属ではない私が突っ込んでいいことではない。
曲りなりにも銃と共に生きて来た身としては、ころころ変わる機械鎧がどんな性能なのか気になるところ。
リボンの男の腕も、ちょっとした背景も。
昼はともかく、夜にコーヒーだけ飲むのは気が知れない。
あの日以来、髪留めにつけたリボンは彼と同じ白い色。
気づいてくれるかなと思ってしまう僅かな期待もあるけれど、私は彼がどんな人かも知らない。
知っているのは体躯が大きく顔も怖く、声も低く、今のところ言動も見た目通りの人。
でもみつあみの毛先にあるリボンを見る限り、悪い人だとは思えない。
人を見て「悪人ではない」と判断する私がいるなんて、思いもしなかった。
私の中の、僅かな変化。
カフェの店員の身だしなみを気にする人なんて、まずいない。
「あの人、コーヒーだけ頼むのね」
裏でコーヒーと紅茶を同時に作る器用な店主にそれとなく声をかけ、世間話をする。
「ああ、大尉?あの人いつもそうだよ。」
「コーヒー飲むと他に欲しくなりませんか」
「俺はタバコ欲しくなるなー、警備兵時代はコーヒー飲んでタバコ吸ったら六時間くらい何も食わなくても平気だった。」
「今は?」
「全然。タバコも滅多に吸わないかな。」
わははと笑う店主が、手際よくコーヒーと紅茶を淹れる。
タバコは吸わない、酒も飲まない。
嗜好品に使う金を何に使ってたっけ、と思い返し銃の手入れや新調だったことに気づき、頭から思い出をかき消す。
コーヒーを一人分のカップに淹れる店主が、スプーンを用意しながら一言零した。
「人によっちゃクッキーとからしいけど。」
「タバコの代わりに、ですか」
「そうそう、甘いもので落ち着く人とかいる。」
これ大尉に、とコーヒーを渡される。
リボンの男の名前は、まだ知らない。
大尉と呼ばれているくらいだ、ここに勤めて長いんだろう。
誰かと来るわけでもなく、一人で決まった時間に来てはコーヒーだけ頼む姿。
私はリボンの男がいるテーブルにコーヒーを置いていくだけの関係性。
コーヒーを飲むときは、私だったらどうしてたっけ。
誰かと飲む習慣がないけれど、別の習慣ならある。
「よし、アエルゴ式やってみますか」


「本当なんだって!」
小麦粉を片手に通路の脇で休憩していると、談笑しながら歩いてくるブリッグズ兵の声がした。
五人の足音、たぶん山岳警備兵の交代だろう。
直前まで冷たいところにいた時の呼吸の仕方、踵に気を使わない足取り。
疲れていそうだ、邪魔をしてはいけない。
奥に引っ込み、兵士の目の触れないところで通り過ぎるのを待つ。
「ボビーが言ってたことだろ?女の子が店員になったっていう…。」
ああ、私のことだ。
この話に聞き耳を立てれば、じっと見られる理由が分かるかもしれない。
来た当初から異様に見られる理由。
実は兵士の中にアエルゴ人がいて、私の素性がばれてしまったか。
それとも国内外のガンマンの顔を覚えている者がいたか。
どちらかなら、ここは立ち去らないといけない。
見た目の異質さを指摘されるだけなら、異国だということで存分に割り切ろう。
髪のリボンを弄りながら、兵士の声に耳を傾けながら自らの気配を消す。
「どういう経緯で来たんだろうな、軍属じゃなさそうだし。」
当たり、軍属ではない。
「案外誰かの知り合い伝とか。」
当たり、友人の叔父がここの勤務。
「その話題で俺んとこも持ち切りだった。」
「ここじゃ新入りは目立つようで目立たないから、話題になるってことは…。」
「ボスの知り合いとか?」
「あー、それあるかもな!」
一人の男が嬉しそうな声をあげた。
「それもさ、話題になるのも見たら分かるぜ。その女の子ほんとスゲー可愛いんだよ!」
リボンを弄る手が、止まる。
同時に顔に熱が集まり、聞こえた言葉に耳を疑う。
かわいい?
私が?
そんなわけない。
私をよそに、兵士たちの談笑は続く。
「まじか?」
「人当たり良さそうな感じで接客してくるんだけど、顔が可愛い!」
「そりゃーいいな。」
「髪の色と目の色を見たけど、アメストリス人じゃないかもしれないな、でもスゲー可愛いよ。」
「一週間くらい前から髪にリボンつけててさあ!可愛いのなんのって!」
「リボンが似合う感じ?へー、見てみたいな…女の子か…。」
「たしかに、あの女性は良い。」
「ってもよーお前、ここ女の子成分少ないから余計そう思うんだろ。」
「あれは成分関係ない!可愛い!」
かわいい、かわいい。
連呼される言葉にカフェの今までの顔を思い出す。
100人兵士がいれば、90人は男性だった。
勤め始めてから二人ほど女性を見たけど、それきり。
女性は紅茶にプレーンクッキーだったりスコーンを頼むけど、男性はコーヒーを飲むだけ。
そして異様に見られる理由。
人種的差異、異国の肌、新入りという違和感に包まれている私という存在はこんなところで独り立ちしたイメージがある。
穏やかな事実が判明したはいいものの、恥ずかしい。
コーヒーや紅茶を運ぶ先にいる兵士の性別は、男性、男性、男性。
殆ど男性しかいないことに、今頃気づく。
兵士たちの声が、私に届く。
「うわーっ!俺あの子と詳しく知り合いてえー!よくわかんねーけど良い匂いするんだよ!あの子!名前も知らないけど!」
「ほんとかよ、俺も行ってみようかな。」
「見たら絶対びびる、あの巨乳とスタイルはすげえぜ。」
「あと脚なげーよ、背も高いからウェイトレスの恰好やべえくらい映えてんの。」
「うちの女王様が黄金なら、あの子は真珠だな。」
「美人なのか?」
「美人っていうか、ありゃ可愛い系だな。」
「可愛い系で真珠って、どんなんだ。」
「お前も見ればわかるって!ニールのまっずいコーヒー飲むならカフェのほうに行くぞ!」
兵士たちの声が、遠ざかる。
小麦粉を抱える手に汗をかき、茫然と立ち尽くした。
今の会話は、なんなんだ。
銃を手に生きてきた。
見た目も身体も商売にしたことがないから、当然褒められたこともない。
褒められるのは悪い気分ではないと思えたのは収穫。
でも、こんな気持ちになるなんて。
顔に集まった熱がだんだんと引いて、全身に血が行き渡った。
「…戻ろう」


「コーヒーひとつ。」
「畏まりました」
決まった会話、決まった返事。
リボンの男の機械鎧は、今日は尖っていない普通のもの。
ウェイトレスと客という、いたって変哲のない関係。
これを打ち砕いて、ブリッグズ内での生活に潤いと楽しみを足すか引くか。
私の勘が言っている。
リボンの男は、悪い人ではない。
新しい土地、自分を知らない誰か。
今までと違う環境に、自分を取り巻き知らない人たち。
銃を取り払った私がどんな人間か、今はわかる。
店主が用意するコーヒーを受け取り、別に用意した皿に自分で焼いたクッキーを乗せる。
用意していると、店主が手元を伺った。
「えー、そのクッキー自分用に作ってたんじゃないの?」
「一日二枚限定です」
「一枚はなまえちゃん、もう一枚は俺じゃないの?」
店主が笑う中、リボンの男に頼まれたコーヒーを運ぶ。
大柄な身体に近づき、いつもの手つきと立ち姿でコーヒーを置く。
「お待たせしました」
リボンの男が低い声で返事をする中、ジャムとクッキーが乗った皿を置く。
ブルーベリーとリンゴのジャム二種類少々、バタークッキーが二枚。
「む、これは?」
「クッキーです、さっき作ったので…サービス」
アエルゴでは、ティータームに必ずクッキーとジャムを用意する。
紅茶なら砂糖が多いクッキー、コーヒーならバターの多いクッキー。
もともとは客人をもてなすための意味合いのある習慣だったけど、今では食文化として定着している。
リボンの男に向かって、にこりと笑う。
笑顔が顔に張り付いていないか気になるけど、コーヒーのお共にどうぞという気持ちは本物。
怪訝さを薄めたような顔で私を見たリボンの男に、相槌を探るべく名を名乗る。
「あ…なまえと言います」
どうも、と愛想よくすればリボンの男が相変わらず低い声で答えてくれた。
「バッカニアだ。」
「バッカニアさんですね、覚えました」
口の中で、何度か繰り返す。
アメストリス特有の名前だろう、私の発音に馴染みがない。
バッカニア、バッカニアと心の中で復唱しつつ、笑顔で接客する。
「…リボン。」
「はい?」
バッカニアさんが機械鎧の右手で頭のほうを指さして私を見た。
自分の髪留めにあるリボンに気づき、笑って説明する。
「ああ、これ…バッカニアさんのリボン見て、私もいいかなって思って」
クッキーを作る前に聞いた兵士たちの会話。
かわいい、という言葉。
それはもっと小柄で幼くて守りたくなるようなものに言う言葉であって、きっと私が貰う言葉ではない。
リボンひとつ着けるのにも躊躇っていた私に似合う言葉では、ないはず。
「そうか。」
バッカニアさんがコーヒーを置いて、クッキーをひとつ手に取る。
自分ではちょうどいい大きさで作ったつもりなのに、バッカニアさんが手に取ると凄く小さい。
「時間、いつも決まってますよね」
「休憩と終わりの時間には、ここに来る。」
そう言って、クッキーひとつを一口で食べてしまった。
次からもう少し大きく作ろう、ああでも、まずいと言われてしまっては意味がない。
気に入ってもらえたらいいな。
大きな口に放り込まれたクッキーが噛み砕かれる音がして、心地が良い。
自分で作ったお菓子を他人に食べてもらうことは、ほとんどなかった。
寛げる環境が今まで無かった、というのが大きい。
それこそアメストリスに来てイズミさんに出会ってから調理の腕を磨いたくらいで、得意ではなかった。
イズミさんと共にキッチンに立っていたことが、こんな役に立つとは。
クッキーを噛み砕き、コーヒーを一口飲んだバッカニアさんが告げる。
「美味い。」
「本当ですか!?」
嬉しくて、つい声が大きくなる。
周りにいた客が、こちらを見るのが分かった。
思わず口を押え、一息ついてからバッカニアさんに微笑みかける。
「また作りますね」
「ほう、有難い。」
ありがたい、と言われ全身が温かくなる。
誰かにお礼を言われること。
純粋な気持ちが許されること。
今までの環境では出来なかったことが、ここでは出来る。
喜びを感じながら、残りのクッキーを食べるバッカニアさんに「ごゆっくりどうぞ。」と挨拶してから、軽やかな足取りで持ち場へと戻った。





2019.10.21






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