はじまり




アエルゴ人がアメストリスに来て真っすぐになるまでの恋物語





爆音が聞こえる。
グリードだかリンだか名乗っていた男が、他の敵を薙ぎ払う音だろう。
いいぞ、そのまま全てを壊しておいてくれ。
もしも水に落ちたブラッドレイが這い上がってきたら、全身をへし折ってやりたい。
朦朧とする頭の中にある記憶の切れ端が、消えては戻ってくる。
呼吸をすれば、全身に筋肉が悲鳴を上げた。
少しでも筋肉に意識を移すと、痛みがぴりぴりと這う。
切り傷が熱い。
骨までいった傷は殆どないにしろ、この状態では暫く銃は握れないだろう。
全身から溢れる血は止まることがなく、右耳は聞こえない。
左耳と、奇跡的に無事な両眼で空を見上げる。
硝煙の匂い、血の匂い、煙が地面に絡みつく匂い。
母国で嫌というほど嗅いだ匂いが、今になって私を覆う。
アエルゴで蔓延るマフィアが好む地に必ず張り付いていく音と匂い。
金の匂い、死の匂い、飢えた狼が近づくような気配。
銃、金、血。
それらが当たり前である世界から逃げて来たというのに、似たような状況で今までで一番の大怪我。
半殺しにされた私の頭に過るのは、何故かチーズケーキのレシピだった。
なんでこんなことが浮かぶんだろう。
あれ、なんでだっけ。
思い出すにも気力がいる。
近くて遠い場所で「大尉!なまえさん!」と愛しい人と私の名前を呼ぶ声がした。
目は動くので、顔を動かさず応急手当を受ける人を見る。
腹を切られて今にも死にそうなシンの老人。
機械鎧を破壊され腹にキング・ブラッドレイの剣が刺さったままのバッカニア大尉。
全身を切り付けられ左足首がどこかへ飛んだ私と、ブラッドレイによってバラバラにされた愛用の銃たち。
くそったれ、そう呟く気力があるのなら今すぐに隣にいる愛しい人に抱き着きたい。
視界にファルマン少尉が現れ、私を見て「生きてる!意識がある!」と叫ぶ。
そして駆けつける複数の兵士。
私に手を貸す暇があるなら、バッカニア大尉を見て。
ねえ、バッカニアは平気なの?
私の愛しい人。
私から血と硝煙を忘れさせた人。
私を一人の人間として見てくれた人。
私の、私の、一番愛しい人。
私なんか、どうでもいい。
バッカニアが生きていればそれでいいの。
私はそのために銃を引き抜いた。
衛生兵の一人が、何かを背後に向かって叫ぶ。
またしても私の視界に現れたファルマン少尉が、私の腕を掴む。
「バッカニア大尉に輸血、なまえさんに応急手当のち移動処置だ!早く!」
ファルマン少尉の言葉から、意味を汲む。
バッカニア大尉は血が足りていない、私は手当をされ運ばれる。
怪我の度合いでいえば、私よりもずっとバッカニア大尉が重いのだろう。
不意にせき込むと、鼻と口から血と唾液が混ざった液体が噴き出た。
顔に髪の毛が張り付いて、気分が悪い。
煤けた空を見上げて、こうなった経緯を血の回ってない頭で思い出した。
私は、どういう人間だったっけ。
周りに散らばる銃は私のもの。
アエルゴで生きているもので、銃が使えない人間はいない。
銃は単純だ。
引き金を引けば、思い通りに壊せる。
人間よりも、ずっと単純。
嫌気が差す日まで金に見合った「依頼」を受けて銃を撃つ仕事をしていた。
それしか身を守る術もなく、生きる知恵もない。
アメストリスに来るまで、私は所謂外道の端くれで、金のために銃を放ち、自らを守り抜くために引き金を引くことを厭わない人間だった。
自分が生きれるなら、他人は死んでいい。
「仕事」で銃を使って、生き抜いた。
それなのに剣を使う男に負けてボロボロにされるなんて、二度とご免。
身体の痛みに歯ぎしりをしても、右耳は何も感じない。
そもそも、なんで銃を放つ仕事をやめてしまったんだっけ。
アエルゴから離れた土地で、今にも死にそうになる。
隣には瀕死の愛しい人。
でも息はあるようだ。
私が傷ついて死んで彼が生きる、それもいい。
愛しい人の命が生きてくれるなら、私なんかいらない。
銃を撃つしか脳がなかった私と、生き急ぐのも躊躇わない軍人なら誰だって後者を優先する。
あれ、私はいつからこんなに他人を優先するようになったんだっけ。
朦朧とする頭で、少しだけ考える。
ああ、そうだ。
バッカニア大尉を好きになった、あの日からだ。
血が溢れる身体のてっぺんに詰まった脳みそで思い出す。
これが精巧に作られた頭の持ち主が書いた脚本なら、もっと上手い形で思い出すのだろう。
アエルゴで黙って銃の引き金を引いていれば、人間なんかにならずに済んだのに。
どうして感情が溢れて止まらない人間になったのか、思い出してみる。
そう、私は、あの日からブリッグズ要塞にいた。






2019.10.06







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