ヴィナグラートを食べた





ベルトルトが好きなマセた女の子視点
3期エンディングの座学ベルトルトの視線たまんねえ







彫りの深い目元に浅黒い肌、優しい目つきの奥にある優しげな瞳。
どこからどう見ても人畜無害そうなベルトルトと話せたことは数えるくらいしかなくて、ベルトルトと話しに行けば必ずライナー目当てだと思い込まれる。
女性訓練兵からライナーが人気なのは分かってるし、ライナーはモテているから勘違いされても仕方ない。
同じ逞しい筋肉と優秀な成績でも、ライナーとベルトルトじゃ違う。
あの薄い唇でもっと愛の言葉を薄っぺらくしたものを手頃な女性訓練兵に囁いていればいいものを、持てるものを使って性を駆使しないベルトルトが好き。
高い身長に長い脚、どこか皆と違う見た目。
そして、語らずとも伝わり滲み出る躍動のない男性的魅力。
静かに存在するベルトルトを目線で追っても、ベルトルトは気づかない。
貴方の視線は分かってる。
私の生きる意味は、今のところベルトルトの視線をなぞっていくこと。
優しそうな瞳の奥にある脳みそで何を考えているのか、知りたくて堪らない。
知りたくて堪らないものを得てしまえば、どこまでも愚かになれた。
綺麗なアニと行動を共にして、ミーナとアニと遊んで、非番の日にはアニとミーナと私で出かける。
ベルトルトはアニの側にいる私に、気づいている。
だから最近は、視線が合う。
なぞっていただけの視線が交じり合うだけで、筆舌に尽くしがたい興奮が頭の後ろを覆う。
兵士の体に這う仄暗い興奮は、生きるための楽しみになる。
ベルトルトが金髪で青い眼をした綺麗なアニのことが好きなのも、気づいている。
それを知って、余計にアニと仲良くしたかった。
ミーナといる時のアニは可愛らしく笑うし、買い物に連れ出して髪飾りを選んでいる時のアニはミーナに隠れて微笑んでる。
寝顔は怖いけど寝起きの顔は美しさに凄みを増しているとか、風呂の時はまず顔から洗うとか、白い肌の上には傷ひとつないとか。
ベルトルトが知らないアニを、私は知っている。
だから私は貴方に嫉妬されたい、私になりたいと思わせたい、私自身に惹かせたい。
アニの綺麗な寝顔を見てるの、羨ましいでしょう。
たまにアニの金髪を梳かしているの、羨んで。
貴方の好きな女の子を、私は知っている。
羨んで、憎んで、妬んで、求めて。
もしも私が御伽話か神話や昔話に出てくるのなら、禁書扱いされている本の一節に出てくる禁断の果実を人類に渡す蛇であり、女。
だからこうして、夜に倉庫前で出会ったベルトルトを捕まえて教官に見つかりにくい兵舎横にある備品倉庫の裏にいる。
にこにこ笑う私に軽い警戒を覚えるベルトルトを見て、上手くやれるか不安になった。
ここで引いてはいけない。
暗がりを照らす月は偶然にも満月で、薄く当たる月光で見えるベルトルトの目が怪しく光った。
何も言い出さないベルトルトの先手を取るべく、微笑んだ。
「アニのこと、知りたい?」
思い人の名前を出して、動揺させる。
「僕はアニのこと、なんか・・・。」
「ずっと見てるのバレてるよ、アニは確かに鈍感ね。良きにしろ悪しきにしろ、情熱的な眼で見つめられて気にしない女なんていないのに」
備品倉庫の冷たい木の壁に寄りかかり、月を見上げる。
満月の丸さを見て、アニの瞳をふと思い出す。
側にいるのは綺麗な青い眼ではなく、優しげな黒い瞳。
「それと好き嫌いは別だけど」
ベルトルトの顔を見て、微笑みを絶やさずに探る。
この人の心を、思いを、私という存在の認識を。
「あんまり喋らない人だから近くで声聴いたことなかったわ」
そう言って近くに寄り添えば、ベルトルトが息を詰まらせたのが分かった。
ぴり、と張り詰めた空気をぶつけられても、どうってことない。
10センチも離れていない距離で、ベルトルトを見上げる。
大きめの鼻、立派な喉。
鎖骨の下にある筋肉を舐めて食んで痕をつけたいと思っていることがベルトルトに知れたら、どうなるのだろう。
「そうかな、僕は・・・たしかに、あまり喋らないかも。」
「ライナーと幼馴染か何かなんだっけ、こっちの人にあまり馴染みがないの?」
「そうだね。」
「それ、私も」
ようやく、ベルトルトが私を直視する。
卒倒しそうなくらい嬉しいのを抑え、黒い瞳を見つめ返した。
「話しにくいというか、話そうって選択肢が自然と出てこないのよね。土地が違うと何もかも違うことがあるから、適応するまでに時間がかかる」
これは本心。
調査兵団に入る人が皆仲良しこよし気質ではないことくらい、誰でも分かっている。
それでも男子は己を磨くし、女子は群れて己を磨く。
性別も頭の作りも根本的に違う存在でも、分かり合える。
と、思っているから私は夜に現れる獣のように恋心を口の中で蕩かしてから、ベルトルトに這い寄っていく。
「ベルトルトは?」
見上げて首を傾げて、可愛げのある女ぶってみる。
蕩けた恋心は、まだ口から出ない。

「自然と適応していくものなんじゃないかな。」
地面に視線を伏せ、ぽつりと呟く。
その声がいつもより少しだけ低くて、心臓が締まる。
ライナーといる時は、こんな低い声を出さない。
これもベルトルトの顔。
暗がりで眼を伏せるベルトルトを見つめていれば、心の内が垣間見えた。
「置かれた環境や世界は、自分で変えられることは基本的にないし、自分が変わるか・・・環境から逃げるしかない、それは悪いことじゃないから、環境から逃げる努力もしないといけない。
どこの世界でもそうだけど、ここはこうなんだ、とか、限られた世界ではその場所のルールを守って生きていくしかない。
その中で、自分が変わったり周りが変わったり・・・環境や世界が大きく動いて自分も変わることもあるんじゃ、ないのかな。」
いつもよりも喋ったベルトルトの声に聞き入り、自論を噛み締める。
「真っ当、さすが三位」
世界、環境、周り。
どうしようもなく広い世界、一人じゃ全てを見きれない世の中で、可能性がいくらでもあることをベルトルトは知っている。
底知れぬ興味を覚え、言葉に同調した。
「周囲ねえ」
月を見上げ、夜空に視界を奪われる。
「ベルトルトも、それだけ言えるなら大変な思いしたんだよね」
暗闇を照らす月だけが、私とベルトルトを見ていた。
月しか見ていない。
だから、大丈夫。
興味から引き出されたのは、私自身のことだった。
「子供の時はロクな環境じゃなかったなあ」
殆ど人にしない話が、口の中にある蕩けた恋心を押しのけて飛び出す。
「知ってる?酒瓶ってブン投げてフッ飛んで頭に当たる瞬間に目の前に火花散るんだよ」
あはは、と笑えばベルトルトは目の色を変えた。
不思議そうに、そして奇怪なものでも見るかのような目をする。
「なまえは、そういうのを話すんだね。」
「うん、話せる。」
今は、と付け加えてから夜空を見上げる。
家から放り投げられ、酒まみれになって兵士になってやると叫び家出をした夜を思い出しかけて、脳の中が一瞬ぱんと弾ける。
思い出せない、思い出していない。
「毎日訓練漬けで大変だけど、調査兵団にいるし友達も出来た。故郷にいた頃より楽しいよ。だから話せる、寂しくないもの」
寂しくない。
今はベルトルトのことで頭がいっぱい。
訓練を終えたら調査兵団か駐屯兵団しかないけど、なれることなら憲兵団に入って地位を積んで、ベルトルトと一緒にいたい。
それは私の遠い遠い夢で、ありもしない現実を孕んだ空想。
浸る空想に、私の夢と恋心を未来は託される。
この事実を誰かに共感してもらおうとも、私はベルトルトへの恋をやめない。
「故郷に帰りたくはないの?」
帰るわけがないわ、と言いかけて言葉を飲み込む。
ベルトルトの疑問に、答える。
「帰らないかな・・・私の家、貧乏だし母親は酔って暴れるしで近所からも村八分っていうの?そういうのにされてたから。辛気臭い話はいいわ、ベルトルトはどうなの」
私のことなんて、どうでもいい。
どうなったっていい、私はどうでもいい。
ベルトルトの前では只の女にしか過ぎない私を、気に留める人がいるとしたら、それは。
「故郷には、帰りたい。」
ベルトルトがライナーに似たことを言ってから、続ける。
「僕には自分の意思が無い、何をしたいと思うことも殆どない、なまえのように昔話を何の苦労もなかったかのように明るくは話せない。僕は・・・何か言うのが苦手だ。」
ふと見せたベルトルトの横顔は、とても素敵。
私の恋が、一瞬だけ愛に変化する。
ベルトルトの顔を覗き込むような仕草をして、気休め程度に微笑む。
笑みに気づいたベルトルトが、私を見る。
「ベルトルト、寂しいの?」
返答はなく、私だけがにこりと笑う。
「話していいんだよ、たまには思うことバーッと話してれば、寂しくない。寂しくなくなれば自分のやりたいことも思うことも自然と沸いてくるから」
女の理論をベルトルトに差し出し、照れくさく笑う。
男性が求める優しさと安寧が、これではないことは分かっている。
でも、これでいい。
蕩けた牙をベルトルトに向ける前に、こうして誤魔化さないと。

「ライナーやアニとこういう話しないんだ、いつも一緒にいるのに」
「うん。あまりしない。」
「たまにこうして話さない?」
「・・・うん。」
静かに頷いて、それから微笑んだベルトルトを見て心臓が高鳴り血が上る。
微笑んだ顔に体が疼き、今すぐにでも抱きつきたくなった。
だめ、だめ。
ベルトルトはミーナみたく親しくないんだから、気軽に抱きついちゃだめ。
興奮を隠して笑うと、ベルトルトが私を見据えて淡々と続けた。
「なまえは僕のことを分かってないよ。僕が寂しいんじゃないかとか、心の内を明かさないとか、アニを見ているとか、全部なまえの決め付けじゃないか。」
一息おいて、ベルトルトが少しだけ屈む。
「僕が見ているのはアニじゃなくてなまえだ。」
凍りつく神経、燃え上がる体温。
視線をずらせず、立ち尽くした。
ぽかんと開いてしまった口から体温に対して冷たい涎が出そうになるのが分かる。
這い寄る私は仕留められ、逃れられない。
「寂しい・・・そうだね、アニのことは幼馴染だし色々気になってるよ、でもなまえが気になっている自分に寂しさに似た何かを感じる。心の内は自分をどうしたらいいか分からなくて必死なんだ。」
顔を苦しさと興奮で歪めたベルトルトが、私に触れようと手を差し出す。
大きな手が私に向きかけて、それから下がる。
私に触れることを諦めたベルトルトの大きな手の指を見て、涎を飲み込む。
「なまえの決め付けで僕は動けない。」
仕留められ、動けない。
でもまだ、這い寄れる。
下がった大きな手を優しく掴んで、ベルトルトと顔を合わせる。
「それ寂しいんじゃなくて、こういうことでしょう」
ベルトルトの薄い唇と私の唇を軽く合わせ、ちゅ、と音を鳴らす。
触れた瞬間、私の顔が燃え上がるように熱を持った。
恥ずかしい、嬉しい、好き、あなたがすき、私はあなたがすき。
貴方が好きで、獣になることも厭わない道を選んでしまおうとしている。
薄目を開けると、ベルトルトは真っ赤な顔をしていた。
粘膜に近い皮膚の触れ合いなのに、こんなにも意味がある。
「・・・そうだね。」
ベルトルトの大きな手が私の肩と頬に添えられ、興奮で寒気がした。
熱に浮かされ、このまま死んでしまいそう。
大きな手が私の頬を撫でて、親指が唇に触れる。
「なまえは・・・これでいいの?」
唇に触れたベルトルトの親指を舐めて、慣れない笑顔を浮かべながらベルトルトの両肩に手を伸ばす。
逞しい筋肉、優しい目、低い声。
「足りないくらい」
「・・・僕も。」
ベルトルトのほうから顔を寄せ、唇が触れ合う。
熱が触れ、僅かに開いた唇の隙間にベルトルトの上唇が入り込む。
反射的に顔を退けようとすれば、頭を抱えられて唇同士が密着した。
たしか、舌を絡めあうんだっけ。
体が強ばって、唇なんか開かない。
私の唇を使って何度もちゅ、ちゅ、ぷちゅ、ちゅ、と音を出すベルトルトの肩に手を回して、任せる。
脚が冷えてるのに、顔と下半身は凄く熱いし子宮は痛いくらいに疼く。
ん、と声を漏らした私から顔を引いたベルトルトは、真っ赤な顔で眉尻と目尻を下げていた。
可愛い顔。
唇が離れあった途端、蕩けた恋心が燃え上がる。
「これでベルトルトのことが全部分かればいいのに」
「もっとすれば分かるなら、したいね。」
ベルトルトに体を抱えられたまま、また同じようにキスをされた。
お互い寄りかかった壁は冷たく、私達の熱がどれだけのものか嫌でも分かる。
私はベルトルトしか見ていない。
ベルトルトも、私しか見ていない。
月だけが、私達を見ている。
慣れないキスと慣れない手つきで、ベルトルトを抱き寄せた。
私を見て、私だけにその顔を見せて。
なぞってきた視線が、ついに交じり合う。
そのために、私は口の中まで上ってきた恋心を蕩かしていたの。




2019.05.06








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