エンドクレジットは終わる





墓場鳥の皮膚の下の続き
162話ネタ
19巻48pネタとも言う

城戸さんが怖い顔になった経緯を妄想してた
不穏なのはタイトルだけです






飲み終わったココアの味が舌に残るまま、まだ温かいマグカップを洗う。
冷たい水でマグカップの中を濯いでからスポンジを手に取り、泡立ててからマグカップを洗うと爪と指の間に泡が触れた。
白い泡が僅かに茶色くなった時、城戸さんが低い声で「なまえ。」と呼ぶ。
買い換えたばかりのテレビから流れる「サイコ」を見る城戸さんが、洗い物をする私を見ている。
「出かけるぞ。」
大画面で流れる「サイコ」がそろそろエンドロールを迎えそうなのを確認して、頷く。
頷いた私を見た城戸さんがテレビに向き合い、映画の続きを見る。
顔にある大きな傷跡も見慣れて、額から顎にかけての顔のラインを見ると閉じた口の中にある舌が自然と動く。
休みの日に映画を見ているだけなのに、きちんと整えられた髪と清潔感のある服装に性格が現れる。
先週は「ローマの恋」「黒い罠」を観て、一昨日は「ならず者」「ミルドレッド・ピアース」を観て、昨日は「キリマンジャロの雪」「上海から来た女」を観ていた。
整った顔立ちの俳優と美しい女優、白黒の画面で映えるカメラワークと音楽。
古いだけと思われがちな映画も、一昔前に作られ後世に残る映画は現代の修正が容易な映像と違い本物の映画なのだ。
城戸さんと一緒にいればいるほど、古い映画に詳しくなる。
洗ったマグカップを拭いて棚に戻し、自室に戻った。
出かけるために髪を整えながら、鏡の前で自分の鎖骨を見る。
「サイコ」のシャワーシーンのジャネット・リーを彷彿とさせない肉体を持つ自分を見て、映画と現実の線引きをいとも簡単に突きつけられた。
映画は映画、現実にないものを映し出している。
生み出すものは現実だとしても、映画は理想の完成形だ。
映画のような人生は、夢を見ても手に入れられない。
人並みに浅ましい私は、城戸さんと暮らすことが夢のようなものでもあった。
手に入った幸せを噛み締めて生きることを選んでいるほうが、作り物を楽しめてしまうと思っていることを城戸さんに言ったことはない。
軽い身支度を終えて城戸さんを伺えば、DVDを取り出してテレビの電源を消してリモコンを片付けている。
動きひとつひとつから音のしない世界にるような城戸さんは、何をするにも静か。
聞こえるのはせいぜい物が片付けられる音。
城戸さんの呼吸も聴こえるわけがない。
古い映画のDVDコレクションの中に「サイコ」を戻す城戸さんの後姿から見えるうなじと背中は痩せていて、皮膚のすぐ下に筋肉がある。
「なまえ。」
静かで、諭してくるような声。
この声が大好きだけど、余計に喋らせる労力は与えたくない。
「なに」
名前を呼ばれて返事をすると、城戸さんがシャツの襟を整えながら私を伏し目がちに見つめる。
纏う雰囲気が、とても神経質。
傷跡のないほうの顔は、表情筋が緩んだ時だけ優しく見えることがある。
「持ち物は特にいらない、必要なら携帯を持て。」
「財布は?」
「持たなくていい。」
そう、と相槌を打って携帯だけ手に取り、窓から見える景色だけで気温を感じ取ってからカーディガンを手に取る。
陽射し良好、散歩日和。
もしかして散歩かと思ったのを読まれたのか、城戸さんがコートを手に取る。
「薄手のものはやめておけ、外に長いこといるかもしれない。」
「でも、いい天気よ」
「山のほうは気温が低い。」
城戸さんはそれだけ言って、コートを羽織り車の鍵を手に取る。
なんで山なの?と聞く私を背に、玄関へと向かう。
カーディガンを脱いで、コートを着てから携帯を持ちストールを首に巻いた。

よく晴れた陽光に木々が照らされ、自然の香りが鼻腔を過ぎる。
木の香り、葉の香り、森の濃厚な土の香りを薄めた香りが包むのは、墓地。
三門市と隣接する市まで見渡せる山の頂上にあるこの墓地は、三門市内にある中では一等地。
言われなければ墓地だと気づかないような豊かな自然に、人工的な風も音も匂いもしない山には死者を弔う墓石。
城戸さんの後ろをついて歩いていても、まったく怖くない。
それが美しい自然の中にいるおかげなのか、城戸さんがいるからなのか、定かではなかった。
城戸さんは大きめのエコバックに、予め準備していたものとコンビニで買ってきた花束を入れている。
陽光に照られた城戸さんの肌は真っ白で、日に焼けて今にも消えてしまいそう。
花束は薄い包み紙の中で、陽の光を喜ぶように色を鮮やかに映えさせている。
「いい天気ね」
「そうだな。」
人工的なものが殆どない空間で聴く城戸さんの声は、低くて通る。
場所も相まって、どこか寂しげに聞こえてしまう。
何の意図があり私を墓参りに連れて行くのか分からないまま、城戸さんの後ろを歩いては三門市を一望する。
大規模侵攻があったとは思えないほど復旧したのも、ボーダーのおかげ。
ボーダーがいなければ、皆がいなければ、トリガーがなければ、城戸さんがいなければ、今頃三門市は。
墓地を進み、城戸さんはある墓石の前で足を止めた。
ゆっくりと墓石に向き合い、来る前に買ってきた花束をひとつ添える。
墓石には「行方」と書かれていた。
なんて読むのか、わからない。
「珍しい苗字ね」
「なめかた、と読む。」
またしても考えを読まれ、表情筋が緩む。
城戸さんにとって、私なんか手の平の上で転がせるくらいの存在なんだろう。
「親族?」
城戸さんの親族や親戚、兄弟のことはまったく聞いたことがなかった。
もしかすると、今日は城戸さんの親族の命日で墓参りついでに私を連れてきたのかもしれない。
行方さんが誰なのか聞くと、墓石を見つめたままの城戸さんが静かな声で返した。
「六年ほど前の戦いで亡くなった旧ボーダー所属隊員の一人だ。」
自然の香りが私と城戸さんの間を通り過ぎて、疑問がいくつも口から湧き出そうになる。
大規模侵攻があったのは、五年前。
私はボーダー所属、ある程度の内情は知っていた。
けれど、そんな話は聞いたことがない。
響子ちゃんが忍田さんの机にお茶をぶちまけたのを迅くんのせいにしたとか、太刀川くんが冬島さんのデスクを壊すためにリズムゲームをしたとか、そういう話は知っている。
公に誰かが口にしたことは知っている、自分が入ってからのことは知っていてる、でも誰も何も言わないのなら詮索しないのがボーダー内の暗黙の了解。
「大規模侵攻以前に死者が出るような戦いがあったなんて、聞いたことがない」
疑問が口から飛び出す。
城戸さんは墓石から私へと視線を移し、獲物を捕らえるような目で私を見据えた。
「もう六年前になるか、ボーダーとの同盟国のひとつが襲われ、我々は同盟国との条約に従い加勢したが犠牲が大きく19名のうち10名は死亡し、うち数名が黒トリガーになった。
あの10名の犠牲は悲しいものだったが、我々が食い止めたこともあり、こちらの世界に攻め込まれることはなかった。」
コンクリートが周りにないだけで、これほどまでに人の声というのは耳に響くのかと驚く程、声がまっすぐ届く。
城戸さんは説明を終えると、墓石を見つめた。
「旧ボーダーにいたころ、この子…行方楓と桐絵は仲が良くてな、私が林藤と話していると楓と桐絵が私と林藤のところに来た。遊んでくれ、と。」
小南ちゃんのことを、桐絵と呼んだ城戸さんに度肝を抜かれても不思議と気分は悪くならない。
墓石を見つめる城戸さんの顔から、怖い雰囲気が消える。
城戸さんの口元がすこしだけ緩むと、傷跡に皺が寄って目尻が引き攣った。
「理由は定かではないが、私は楓に好かれ、遊ぼうと手を引かれて公園に連れて行かれたり甘いものを食べに街に行こうと誘われる程度には懐かれていた。」
伏し目がちにした瞼が動くのを見て、胸が疼く。
「私は甘いものよりコーヒーが好きだから、楓が甘いものを頬張る姿を見ていた。」
見慣れた細めの腕がエコバックにするりと入り込み、見覚えのあるラムネを取り出して墓石の前に置く。
「楓が大好きだったお菓子を持ってきたよ。」
ソファの下にある箱に折り紙で書かれた手紙と共にしまってあった駄菓子のひとつ。
あの日、私の前で暴露した城戸さんが風呂場で貪っていたラムネと同じ種類。
決して食べるために買ったわけではないラムネを見つめ、城戸さんは寂しそうな顔をした。
「元気な子だった、忍田とかくれんぼをして遊んで見つかっては飛び掛って齧りついたり、林藤が釣りに行くと言えば魚の餌だと言い張り虫を捕獲して投げて寄越すような子で、いつも場を明るくしていた。」
ふっ、と城戸さんが笑う。
その姿が目に焼きつき、心臓のあたりが締まる。
「暇な時に映画を観ていると、楓はお菓子と折り紙で器用に折った手紙をくれた。」
お菓子、手紙、映画。
線が繋がり、はっとする。
あの箱の中にあった可愛らしい手紙の数々の正体を知り、何も言えずにいると城戸さんが私を見た。
私に微笑みかけた城戸さんは、悲しそうに笑う。
「気を使っているのかと思っていたが、子供なりに気を引かせたかったらしい、大人になったら城戸さんと結婚すると言われ、手書きの婚姻届をハート型に折って渡してくれた。」
どんな子なのか、なんとなく浮かんできた。
懐こくて思いやりのある優しくて元気な子だったのだろう。
「可愛い子ね」
ふと出た言葉は会ったこともない楓ちゃんに対してで、届きもしない。
この気持ちを、城戸さんはずっと抱えているんだ。
呼んでも、叫んでも、絶対に届かない言葉。
私は、そんな気持ちを抱えたまま生きれるだろうか?
城戸さんが、エコバックからジュースと苺大福とスナック菓子を取り出して墓石の前に置く。
花束の側に置かれた供物をひとつひとつ丁寧に置く骨ばった手をした城戸さんが、見えない人に語りかける。
「イブキと麟太郎が買ってた苺大福を見つけた。響が好きだったジュースもあった、基紀が好きなスナックも。そっちにいる皆で分けてくれるか?」
届かないはずの言葉を紡ぐ城戸さんの姿は、寂しげなのに嬉しそうだった。
あたたかい風が吹く。
都会の風と違って、人工的な肌触りがしない。
城戸さんが私に歩み寄り、そっと手を握った。
目が合えば、城戸さんが優しく微笑んだ。
ダンスホールで優しく手を引かれるように、墓石の前に引き寄せられる。
「楓、彼女がなまえだ。」
かえで、と言って墓石を一瞥したあと、骨ばった手が私の頬を優しく撫でた。
目に優しい感情を浮かべ、今にも泣きそうな顔をしているようにも見えるくらいの微笑みを向けた城戸さんが私の目の前で告げる。
「今日はなまえを紹介しに来たんだよ、私の大事な人を楓に紹介したいんだ。」
大事な人、と言われ胸が高鳴る。
城戸さんは、やっぱり悲しそうに笑っていた。
「なまえと結婚することにした。」
自然の香りと僅かに香る城戸さんのにおいだけが流れ、風も吹かない。
「見守っていてくれ、楓。」
潜んだ声で呟いた城戸さんが、私を見る。
「なまえ。」
いつも呼ばれているのに、体が熱い。
上着のポケットから、小さな箱を取り出した城戸さんが丁寧な手つきで箱を開ける。
箱の中にあった小さな青い宝石が装飾されたネックレスを手に取った城戸さんが、私の首に手を回す。
私の鎖骨の間に青い宝石が輝き、首の後ろで金属が留まる。
金属の冷たさを感じるのは、私の体が熱いから。
まっすぐ私を見る城戸さんが、ネックレスから手を離して語りかける。
「私の人生は、とうに終わったものだと思っていた。」
風呂場での出来事を、不意に思い出す。
ここには煙も酒もない、あるのは同じ種類のラムネだけ。
「生き返ることがないのは命だけではないと知っていても、失ったことがないから失う覚悟をしていなかった。危機を構える程に無力で、守ることも出来ず、戦う意思と正義を持っていればいいと思っていた。
正義と仲間と信念さえあれば、能天気に過ごしていても悲しみで狂うこともないと思っていた。私は愚かだ、とても愚かだ。」
その先を、城戸さんは言わなかった。
どれだけ辛くても、弱音を吐かないところが好き。
強いから、ボーダーのトップにいる。
これだけ強くなれるまで、どれだけの思いをしてきたのだろう。
張り詰めた空気になる前に、動く唇で思いを紡ぐ。
「人間は誰でも愚かよ」
私だって、城戸さんのことを何も知らないまま好きになった。
これ以上愚かなことはあるだろうか。
微笑む城戸さんは、今にも泣きそうな顔をしている。
顰められた眉と、皺の寄る傷跡を隠さない目尻。
「悲しいことも辛いことも沢山あるわ、後悔だってある、あの時どうにかしてれば良かったって思うことは尽きない」
思いは尽きない。
城戸さんが墓石にお菓子を置いたように、私の思いは私が死ぬまで続く。
「寂しいって言葉にできない時もある、助けてって言えないくらい苦しい時もある、そのせいで失敗することがあっても」
だから、城戸さん、そんなに悲しそうに笑わないで。
「愚かだなんて言葉で自分を傷つけないで」
城戸さん、と言いかけた自分の舌を、一度だけ軽く咬む。
求めているものは、これじゃない。
「正宗さん、笑って」
さっきの笑顔、素敵だったから。
顔から悲しさをゆっくりと消した正宗さんは、見たこともないくらい穏やかな顔をした。
大きな傷跡がある顔には似合わない顔つき、これが楓ちゃんの知っている正宗さんなんだろう。
私もきっと、この正宗さんを好きになる。
ハート型の手紙を思い出して、笑みが零れた。
今の正宗さんは笑えば傷跡には皺がよるし、笑えば傷跡があるほうの表情筋は僅かに引き攣る。
どんな姿でも、素敵だ。
正宗さんが顔を私の首筋に寄せ「ありがとう。」と囁く。
鎖骨に正宗さんの涙が伝い、胸に落ちていく。
両腕でそっと正宗さんを抱きしめて、優しく撫でる。
私達を照らすあたたかい陽光は、花束とお菓子で飾られた墓石をも照らした。
鎖骨の下で高鳴る心臓が落ち着く頃ふと風が吹き、私と正宗さんの体の間で煮詰まっていた呼吸が消え、心地良い風が通り過ぎる。
声ひとつあげずに涙を流す正宗さんの背中を撫でて、景色を眺めた。
大きな街の中にいる一人の人間に過ぎなくても、私は正宗さんの側にいる一人でありたい。






2019.03.11









[ 226/351 ]

[*prev] [next#]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
×
- ナノ -