易いもの





忍田さんあたりから、こういう業務も密かに頼まれてる東さん妄想








応接室を緩和させたような質素な部屋に、私と東さんと机の上に置かれたノートパソコン。
ノートパソコンは先週のランク戦のログが流されている。
映っているのは、鈴鳴隊と諏訪隊と私が所属する隊。
鈴鳴隊の村上くんと諏訪隊の笹森くんが戦っている場面を、かれこれ10分は見ている。
ログは稀に見返しているから、今こうして見てもあまり意味はない。
このログから、何かを察しろということか。
向かい合ったソファの向こうにいる東さんが、何かの書類を弄ってはまとめて2分おきに私を見る。
何の意図があり東さんが私にログを見せているのか、いまいち察せない。
東さんは、いつもそうだ。
大人だから、と言っても妙に行動が読めない。
私をこうして呼び出して何をするわけでもなく、ログを見せて自分は背中を見せている。
呼び出したのなら、用件を単刀直入に言うものなのではないか。
余裕を与え、肩の力を抜けさせようとしてるように思えて落ち着かない。
影浦くんが東のおっさんと呼ぶのが、何となく分かった。
ああそうだ、影浦くん。
彼にも勝てたことがない。
サイドエフェクトを持っている人に勝てることは無いし、影浦くんには「なまえは攻撃すんぞって視線が一番強い、気配消さないと俺以外でもバレんぞ。」と笑いながら言われたことがあったっけ。
暴力沙汰を起こしてもボーダーにいるんだから、一度でもA級に行った人は強い。
A級、そうだな、私がもう少しだけやればA級に行ける。
ノートパソコンに目をやれば、まだログが流れていた。
村上くんに勝てたことは殆どないし、笹森くんは簡単に勝てる。
ログの中の村上くんが笹森くんをベイルアウトさせたところで、ログの場面は切り替わった。
私が所属する隊が鈴鳴隊の来馬さんと別役くんに奇襲を受けたところだ。
アタッカーが諏訪さんと戦っていたこともあり、ここで隊員がけっこう削れていた。
オペレーターの指示に従い、挟み撃ちにされている隊員の元へ駆けつける私が映りこむ。
建物の影から飛んで現れた私が別役くんの首を掴み、手にした孤月でイーグレットを持つ別役くんの腕を切り落とす。
落ちた別役くんの腕とイーグレットを奪い、応戦する来馬さんの脚を旋空孤月で分離させ、自分の隊員に始末を頼む私の顔をノートパソコン越しに見た。
改めて見ると、私の目つきは可愛らしさの欠片もない。
そりゃそうだ、戦っているんだもの。
欠損した来馬さんが私の隊の隊員にベイルアウトさせられ、ポイントが加算されたところで場面は変わる。
ふと思い出す「なまえは攻撃すんぞって視線が一番強い、気配消さないと俺以外でもバレんぞ。」という影浦くんの言葉。
ログの中の私は、諏訪さんに向かって別役くんの腕を持ち別役くんのイーグレットで諏訪さんを撃っていた。
諏訪さんに隙が出来たところで、別役くんの腕を投げ捨てる。
散弾銃を持つ諏訪さんの腕を孤月で切り落とし、驚いた諏訪さんの頭に蹴りを入れて地面に叩きつける。
起き上がろうとする諏訪さんを蹴り、首を締め上げ、何か会話をしてからスコーピオンで諏訪さんの首をダーツの的みたく突き刺して、孤月で諏訪さんの頭を半分に切った。
この時、何を話していたっけ。
どっから来たんだ、やるじゃねえか、とか、そんな感じの内容だった気がする。
「なまえの戦い方は、攻撃的だ。」
ログを見ているうちに、東さんが向かいのソファに座った。
何度見ても清潔感と静けさの塊みたいな人だと思う。
「戦っているんだから攻撃的に決まっているでしょう」
笑って返せば、東さんはノートパソコンを弄ってログを切る。
「そうじゃない。たとえば、これ。」
そうして見せた画面には、一ヶ月前のランク戦の様子が映っていた。
この時は香取隊と荒船隊と戦って、結果私の隊が勝ってランクが上がっている。
ピンポイントで見せられたのは、荒船隊に削られた香取さんと三浦くんに切りかかる私。
孤月で三浦くんの腕と首を切り上げ、香取さんに三浦くんの頭を投げつけた瞬間に間合いを詰めて、香取さんの口元をスコーピオンで貫く。
怯んだ香取さんの胴体を孤月で斜めに切り、香取さんと三浦くんはベイルアウト。
このあと隊員の元に駆けつけたな、と思い返していると東さんが口を開いた。
「普通はこんなことしない。」
「え?」
ノートパソコンと東さんを交互に見て、流れているログが切り替わり荒船隊の攻撃になったのを確認する。
荒船隊は全員狙撃手だから、全員を落とすのは難しい。
そんなことより、と私の頭が疑問に切り替わる。
「普通って、なにそれ」
東さんは手元にあるファイルを机に置くこともなく、淡々と続けた。

「なまえの戦い方は、攻撃的だ。それもひたすらに。実際に剣術をしている人にトリオン体で戦わせると太刀筋が違うように、戦い方にも性格や生い立ちが出る。
怖くて人が撃てない、怖くて人が切れない、怖いから狙撃へ移る、戦う側の心理は戦術で補う。戦術には色々な形があるから攻撃的な戦い方を否定することは出来ないが、なまえの動きは戦術とは違う意味で攻撃的なんだ。」
見透かすような目をした東さんが、私に何かを告げる。
内容はしっかりと分かるのに、背筋を寒い何かが這っていく。
異国語の宣告のように聞こえる感覚がして、つい顔を顰めてしまった。
「なにそれ、どういう意味ですか、何が言いたいんですか」
疑問を投げかける私を見て、東さんが手元のファイルを開く。
「隊長から何て聞いてきた?」
「東さんが話がある、って」
そうか、と呟いた東さんが微笑む。
「こういう役目も、俺の仕事なんだ。」
ファイルから出した紙を一枚一枚目を通す東さんを見て、はっとする。
この光景は、面談でよく見た。
そして今なにをしようとしているか、察しがつく。
「なまえ、君の生い立ちや環境に特に問題はないように思える。筆記試験でも素行も問題ない。学校でも問題行動はなかった、補導、逮捕歴もなし。経歴はクリーン。
入隊時も問題なし、現在の隊に入ってすぐB級上位にまで上がった。成績は非常に良い、データでは何の問題もない。」
もう一枚の紙を取り出し、東さんの目が紙の上の文字を追う。
瞼の動きが不気味で、息を殺した。
「家族構成、父、母。進学先での問題行動もなし、進路の報告は無いけれど成績によって変動するだろう、行動すればなんとかなる部類だ。なまえの進路にボーダー経歴は役立つだろう。
教師からの評判も決して悪くはない、生徒同士の交友関係にも目立った問題はなし。」
「ねえ、何が言いたいの?」
「然るべきことだ。」
静かに告げる東さんの顔色はいつも通りなのに、私の頭の先から背中にかけて冷えていく。
何が言いたいの。
目つきを穏やかにして、東さんに笑いかけた。
「悪いことなんて何もしてない、なんでそんなことを疑われなきゃいけないの」
「そんなこと?」
「東さんが・・・いま言ったこと」
「具体的に言ってみてくれ。」
ああ、失敗した。
まずそう思った、目の前にいる東さんは決して怖い人間ではない。
なのに、隠してしまってボロが出た。
みっともない真似はよそう、と素直に出れば、私の背筋に張り付く冷たさは温度に混じっていく。
「私が、ボーダーに入れずに腐ってるような人間、だとか」
「ボーダーにいなくても真っ当に生きる人間は沢山いる。ボーダーにいることが全て、みたいな言い方がよしたほうだいい。」
「そう、ね」
ぽた、ぽた、と冷や汗が服の下で沸く。
皮膚の温度と内臓の温度が違う感じがして、気持ちが悪い。
けれど、自分自身がいる。
「世間的にはそうでも、ここは三門市よ。ボーダーに入るほうが自然だと思うの」
「なまえの考えは間違ってない、正義のひとつだ。」
東さんがファイルから取り出した紙を二枚しまって、もう一枚に目を通す。
「三門市に越してきたのは大規模侵攻前だね、馴染めているかい?」
「ええ」
「うちのオペレーターがな、影浦隊のオペレーターとよく遊びに行くんだ。タピオカジュースが美味しい店があるらしい。知ってるか?」
「いいえ」
東さんがファイルを閉じて机の上に置き、私を見る。
見透かすような目、落ち着いた雰囲気、何者も通さないような貫禄を纏っていて、自然と真面目に向き合ってしまう。
「ボーダー内での友人は出来たか?」
「まあまあ、隊の人とは休みが合えばカフェに行くよ」
「隊員以外とは?」
「・・・あんまり?」
「きっかけがないなら、作ろうか。」
「いえ、大丈夫」
微笑んだ東さんの一瞬の隙をついて、机の上のファイルを取りソファから飛び上がって逃げ出す。
部屋の扉を勢いよく開け、走りながらファイルを確認する。
紙には私の名前と経歴一覧と、下のほうに「戦闘時の行動に易怒性が見られる、日常での行動は人の顔色を伺う節あり、精神面での検査を必要とする」と達筆な字で書かれていた。
誰の字だろう、なんとなく東さんの字ではない気がする。
たぶん、面接官とか担当するような人の字。
寒気と怒りが同時に沸き、紙を破きたくなる衝動を抑えた。
走っているうちに追いつかれ、東さんに肩を掴まれファイルを取り上げられる。
足を止め、東さんを見上げた。
顔色ひとつ変えず、私を見下ろす。
「私はおかしくなんかない」
「なまえはおかしくない、周りが気になるのはなまえの周りに対する認識と行動だ。」
誰もいない廊下で、私と東さんの声だけが静かに響く。
息を切らすのをやめれば、東さんが諭す。
「なまえ、世界はいくつもある。ここではボーダーに入ることが選択肢の中でも一番とされるほどに重要なことだ。でも、他の選択肢だっていくつもある。」
「うん」
「なまえにとって、一番の選択肢を選ぶことが出来る。選択肢は無限にある、何にも拘らなくていいんだ。」
俯き、東さんと私の靴を見た。
東さんの足は大きい。
大きな足で、どれだけ歩いて色んなものを見てきたんだろう。
「置かれた環境で」
言葉が漏れれば、あとは中身がなくなるまで漏れるだけ。
「どうにかして這い上がってやるって思えない奴は邪魔だよ、人間は自分が置かれた場所で生きるのに、他の環境を探していこうなんて考える奴は邪魔だし、生きてるなんて言わないし、蹴落としていく」
「なんでそう思うんだい。」
「当たり前でしょう」
東さんが私においでおいでとして、部屋に戻るよう促す。
動く気配のない私を見て、東さんは私と向き合った。
逃げようと思えば逃げ切れるけど、逃げたくない。
「正義はひとつじゃない、見方を変えれば君の正義は誰かの悪になる。」
頭と歯の奥が、浮く感じがした。
「私が悪いの?」
「そういう話じゃない、なまえは何も悪くない。」
「じゃあ何、なんなの、東さんに何が分かるの」
近くの廊下に誰かいたなら、そろそろ覗きに来る頃合だ。
でも、誰の気配もしない。
運が良いのか悪いのか、東さんと私だけが廊下に立つ。
「俺はなまえじゃないから、なまえの心はわからない。でもなまえの行動が及ぼす周りへの影響はわかる。これは大人の役目だ。」
「何が言いたいの」
数秒置いて、東さんが潜んだ声を出す。

「誰から暴力を受けていた?」
東さんの声が体に刺さる感じがして、足に向かって血の気が落ちてから頭がぐらりと周る。
うるさい、うるさい、トリオン体なら突き刺してやるのに。
紙に書かれていた「戦闘時の行動に易怒性が見られる、日常での行動は人の顔色を伺う節あり、精神面での検査を必要とする」の文字を思い出し、逃げ場はないと悟る。
「殴られたりとかは、されたことがない」
生身の体が痛い思いをしたことは、殆どない。
「でも」
ぐらぐらした頭の中に浮かんでは消えない感情の名前を、知らないし知りたくもない。
「憎い奴も、殺したい奴も、たくさんいる。そいつらの顔を浮かべなくても、誰かを傷つけられるって思えれば私は戦える。私が傷ついているんだから他人を傷つけていいでしょう、傷ついた奴だけが傷つける権利がある」
ランク戦での快感を思い出し、身が震えそうになる。
切れる感覚、殴る感覚、蹴る感覚、暴力を振るってもいい環境に身を沈めていい瞬間。
自分の中の怒りを、正義の名の元で爆発させていい空間。
その瞬間だけは、私は正しい。
憎しみも怒りも恨みも、隠している感情を暴力に込めても誰も気づかない空間。
抱えた傷を爆発させて、誰かを傷つけてもいい世界。
ずっとあの世界に浸かっていたい。
「トリオン体なら生身に怪我をしないんだし、怒られもしない」
だからいいでしょう、と呟けば、東さんが疑うような目を向けてきた。
黒髪に翳る目は、私なんか見透かしているんだろう。
「それがなまえの戦う理由なのか。」
「理由なんて、本質と本能に覆い被せた言い訳でしょう」
私の言葉を聞いて、東さんは優しそうに笑った。
優しい、優しい笑顔。
いつもの東さんが、いつもの私じゃない私に笑いかける。
「なんで笑うの」
東さんは数歩歩み寄り、顔色を伺う私を卑下する視線もなく見つめた。
「誰もなまえを助けなかった、でもなまえはここまで来た。立派だよ、なまえ。」
一息おいて、東さんは私に止めを刺す。
「辛かったな。」
ああ、やめて。
哀れむのはやめて、慰めるのはやめて、私は可哀想な子ではない。
私の怒りの裏に何があったか読むのはやめて。
やめて、やめて。
見透かす目には、もう見えているんでしょう。
東さんの知るオペレーターの子達や隊員が普通に楽しんで生活できていることが、出来ていない私が見えている。
やめて、やめて。
私にとっての普通を可哀想だと言わないで。
手を差し伸べてほしかったのに、差し伸べられないまま生きてきてしまった私を今頃助けないで。
もう助からないんだから。
可哀想だと、東さんが思うことを認めてしまったら、私は死んでしまう。
「それを言ってどうなると思うの」
「なまえの中のなまえに語りかけてる。」
吼えたい気持ちを抑えていると、自然と涙が溢れる。
不思議と顔に熱は集まらず、ただ涙だけが出た。
「私、ボーダーにいれなくなるの」
口の中に涙が入って、しょっぱい。
「それはない、なまえは良いスコアを持っているから突然剥奪なんてことにはならないだろう。」
でもわからないじゃない、影浦くんは降格したりしてた。
何が起きるかわからない。
「ねえ、なんなの、私のこと追い出したいの?」
「精神面の検査は免れない、でもそれでなまえを追い出したりしない、せいぜい隊の移動くらいだろう。でも俺は今の会話でなまえが見えた。」
だから、と東さんが続けた。
「なまえの戦う理由そのものは、誰にも邪魔させない。」
目の前の大人は、私に向き合う。
大人にとって、私の感情なんて易いものなんだろう。
触れさせない、触れさせたくない。
だから戦う道を選んだのに。
邪魔させないと言った東さんを涙まみれのだらしない目で見つめれば、手を差し伸べられた。
そっと手を握り返すと、優しい足取りで部屋まで戻る道を歩み始める。
私の邪魔は、誰にもさせない。
でも、東さんになら少しだけ打ち明けてもいいかな。





2019.03.08







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