見えない壁



ミカサの言葉が多少たどたどしいのはこんな理由もあるんじゃないかという妄想





「ミカサ、私、あなたのことが好きよ」
「そう。」
伏せられた目、小さく動く唇、長いまつげ。
なんて可愛い子なんだろう。
ずっと見てても怒られないのは、私が女だから。
女だからという特権を生かしてでも、私はミカサに思いを伝えたい。
可愛い顔をしたミカサは、私のことなんていないかのように口にパンを運んでは食べている。
食堂でしか見れない可愛い姿に、私は心奪われていた。
柔らかそうな唇が、もごもごと動く。
ああ、そんな風に動くなんて、想像しちゃうじゃない。
そうしてまたも告白を無視された私に、ライナーが声をかけてきた。
「なまえ、俺の記憶が正しけりゃあ、なまえがミカサに告白してフられたのはこれで五回目だ。」
真面目な顔にしかめっ面をしてくれたライナーは、呆れた目で私を見たあと牛乳を飲んだ。
いつか面白いことを言って噴出させてやる。
「ありがとうライナー、七回目よ」
訂正した私は、ミカサの側を離れ、ライナー達がいる男子のテーブルにどかっと座った。
パンをひとつ掴んで、食いちぎる。
告白のあとの食事は、味が舌から胃に染み渡っていく。
私の隣にいたコニーが、面白可笑しげに喋り倒してくる。
「もういい加減にしとけよ、なまえ。ミカサはお前に気なんてない。ミカサは!女に!興味ねえんだって!」
コニーの頭を殴り黙らせ、パンを喉に押し込んでから私は続けた。
「フられちゃいないわ、嫌いとも好きとも聞いてないもの!」
私の、無駄すぎる前向き加減にライナーが可笑しそうにため息をついた。
この大男に呆れられるとは、少々癇に障る。
「第一よ、女が女に告白するなんて変だぜ。」
「わからないわよ?」
パンを食べる手を止め、言葉に対する説得にかかった。
「いい?人間はね、美しいものと可愛いものには目がないの。そうして生きているの。戦いに興じるのも本能だけど、それ以上に愛だとか、愛するだとか!そういうものがなきゃ産まれないんだよ!」
人が、と最後に付け足したら、コニーが「下ネタかよ!」と叫んだので、再び殴った。
呻くコニーを見下ろし、鼻を鳴らす。
「ミカサの可愛さがわからないなんて、皆の目は節穴ね!それでも男?」
ジャンが何か言いたそうにこちらを見ていたが、無視した。

しかし食堂から出たあと、私の心に粘液のようにひっかかりべたつく言葉があった。
ライナーの、変だよ、という一言。
今まで、ミカサに告白した回数は七回。
全部、嫌とも良いとも言われずにいる。
ミカサは成績一位。
正直言って、高嶺の花だ。
そんな高嶺の花に心を奪われることは当然でも、ここまで行動に移すのはまた別ものだった。
性別なんてとっ越して、ミカサに好きだと伝えるまでになってしまった。
一度目は、訓練中。
すこしばかり暇そうにしていたミカサに声をかけ、失敗。
二度目は、風呂の最中。
そっと話しかけて迫ったが、失敗。
三度目、四度目は寮だ。
夜に迫り、思いを伝えても、決まって「そう。」と言われ、失敗に終わる。
五度目から思い出すのも面倒くさくなり、頭から振り払った。
変だよ。
その一言が、もしかしてミカサの総意なのでは、と思い始めてきた。
まず第一に、同性同士の恋なんて、そう簡単に報われない。
私の馬鹿とも言える精神力があるから成り立っているだけの思い。
もしもそうなら、もう終わりにしたほうがいい。
けじめをつけないと、後々ミカサに本気で嫌われて、いや、今まで嫌われていないのが不思議なくらいだ。
それとも、ミカサは、他人の迫る気持ちには簡単に受けてしまう子なのか。
そんなはずない、ミカサは、そんな子じゃない。
そう思い、寮にたどり着いてすぐにミカサのベッドに行った。
寝巻きのラフな格好のおかげで逞しい腹筋が丸見えのミカサに、胸が高鳴った。
「なまえ、なに?」
ミカサの静かな声。
とても、とても好きな声。
「ねえミカサ」
「何。」
若干の覚悟と、鬱々とした嫌な気分で、私は切り出した。
「私のこと、変って思ってる?」
「変?なにが?」
「話してくれるのに、嫌いなら無理しないで、はっきり言ってほしいの」
ミカサは、だらけた格好から仕切りなおすように、私に寄ってきた。
寝巻き姿のミカサも、とても可愛い。
撫でまわしたいくらいだが、そんなことはできない。
私の顔をしばらく見つめたミカサが、ぽつりと言葉を落とした。
「私は無理をしていない。」
「え?」
「私は無理をしていないから、なまえは何も気にしなくていい。」
その返答に、私は全身を張り巡らされるような違和感を感じた。
もしかして。
黒髪、黒い目、やわらかく日焼けしたような肌の色。
もしかして、そう。
視覚と聴覚から結びつく、情報。
ただひとつ、疑惑に近い感覚が湧き上がってきた。
この疑惑という予想が外れていれば、それはそれだ。
私は、疑惑に思いを賭けた。
ミカサを見つめ、決意を固める。
何が何だかわからなさそうなミカサが、困ったような顔で私を見た。
これで、これで決める。
私は覚悟を決め、半ば実験のように言った。
「この、ビッチ」
「?」
「いっつもいっつもクソみたいな顔して!エレンのチンポでもしゃぶってなよ!狂ったあばずれ!」
一気に言い放って、私の目にじわりと熱いものがこみ上げてきた。
言った私が、涙をうかべている。
なんて身勝手な状況だろう。
しかし、運と予想は味方した。
ミカサの反応は、思ったとおりだった。
「ビッチ・・・?それは、私の名前じゃない。」
やはり。
スラングを理解していない様子から、疑惑と予想が合致した。
「ミカサ、あなたはエレンと同じ村出身よね?」
「そうよ。」
「でも、あなたの黒髪はなんだか皆と違う。お父さんとお母さんは、どこの出身?」
ミカサの表情が、一気に暗くなった。
うつむき、その影で腹筋がより逞しく見える。
さらりと前に流れた黒髪が、艶っぽくて、私はまたドキドキしてしまった。
でも、ミカサはとても暗い雰囲気になってしまった。
まずいと思ったが、垂れる雫のように、ミカサが語りだした。
「お母さんは黒髪。お父さんには、そんなに似てない。お母さんは、遠い遠い一族って聞いた、あとは、わからない、私は・・・」
遠い一族、ということは。
壁の中に移住してきた、大昔の人の血が混じっているのだろうか。
でも、そんな少数民族が暮らしているなんて、当然聞かない。
山奥ですら生活しにくいというのに、一体。
「いつもお母さんの言葉と、話してた。ここはみんな言葉が同じ。私とお母さんの言葉は聞かない。」
ぽつり、ぽつり、と話された言葉に、私はしばし閉口してしまった。
方言でも、人によっては山奥のものを引きずったりしているのだろうか。
幼馴染のエレンと一緒にいるのも、言葉を上手く引き出してくれる存在が、エレンだからだろうか。
ふっと蝋燭でも吹き消すように、ミカサが呟いた。
「ごめんなさい、詳しいことが出ない。」
申し訳なさと、悲しみと、なにも言ってやれない自分の未熟さに苛立った。
脳みそが、がっと熱くなる。
浮かんだ選択肢は、なんとも未熟だった。
この程度のことしか思い浮かばない私は、きっとコニーを馬鹿にできないくらいの馬鹿だ。
明日の朝、場合によっちゃ馬鹿にしてもらおう。
なまえはコニーよりも馬鹿でした、大馬鹿者でした、と。
私は紙とペンを取り、書きなぐった。
紙には、ミカサの似顔絵と私の名前を描き、私の名前から、ひたすらミカサの似顔絵に向けて矢印を書き、矢印の上にLOVE、と書いた。
はたしてこれを理解してくれるか。
私は、紙をミカサに、渡した。
受け取ったミカサは、紙をしばし見つめた。
これで拒絶されたら諦める。
遅い、遅い決意だ。
紙の裏からでもインクが滲んでいることが分かり、勢い任せの筆圧は恐ろしいな、と思った矢先。
ミカサが、みるみるうちに顔を歪めながらも赤くなる。
「なまえが、私を、好き?」
暗い気持ちが、晴れわたるようだった。
ミカサの赤い顔、すこし下がった眉毛、小さく結ばれた唇。
どう見ても困っているが、私は、とても嬉しかった。
「そうよ、やっと伝わった」
もう返事はどうだっていい。
困惑するミカサを見て、何故か私がぼろぼろと泣き出してしまった。
なんて迷惑な奴だろう。
それでも、伝わったことが嬉しかった。
「ごめんね、ミカサ、好き」
私が、締まりのない口元でそう言うと、そっとミカサの手が、私の頬に触れた。
驚いて、涙が止まる。
ミカサの手と私の頬の間に、涙が閉じ込められ、生暖かさが広がった。
「私は、なまえのことは、嫌いではない。嬉しい。だから、変ではない。私は、女で、なまえも女。」
一息ついて、ミカサはまるで大人のように言った。
「どういうことをするか知らない、でも、私はそういうなまえはとても好きだ。」
言葉の意味を、何度も何度も汲み取った。
それは、一体どういう意味なのか。
ここまで頭を使うことも珍しいのと、ミカサの言葉に、また私は泣き出してしまう。
頬に触れるミカサの手を触り、泣きながら笑った。
きっと間抜けな顔をしているだろう。
「ミカサ、私、ミカサのこと、もっと知りたいくらい好きなの」
「それは、とても嬉しいこと。」
ようやく、ミカサが優しげに微笑んだ。
といっても、口元をふっと動かしたくらいだけれど、それでもミカサがいつもよりも数段可愛く見えた。
「ねえ、ビッチってなに?」
追撃のような質問。
ああ、やってしまったか。
「ごめん・・・」
私は、こればかりは謝ることしかできなかった。








2013.07.18

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