私の中のあなた





:)貴方だけに眼差しを
の数年後設定。

後半のような事態が起きた場合、影浦のサイドエフェクトってどうなるんだ?と考えた結果の話
影浦のハコ発言が最高だった







目覚めのいい朝を迎えるには、寝る前に数センチだけカーテンを開けて朝日が部屋に射し込むようにするといい、と快眠特集の記事に書いてあった。
このところ眠りこけてしまうことが多く、快眠と早起きの記事を読み漁り色々実行している。
実行した結果、朝日が横に寝ている雅人くんと私のお腹を横切っていた。
すっきりとした寝覚めというわけではなく、側で寝ている雅人くんが湯たんぽみたいな足をくっつけているので、すぐに寝そうだ。
ぼさぼさ頭が私の顔のすぐ横にあって、机の上にある携帯が一瞬だけバイブレーションする。
今日はなんだっけ、ああそうだ、球技大会。
起きて学校に向かわなければ。
朝日に分断されてる、と思えば雅人くんが顔をのっそり上げて、眠そうな目をしたまま頭を私の胸元に擦り付けて抱きついてきた。
「なまえ。」
寝起きの掠れた低い声も、聞き慣れてしまった。
「サボろうぜ、球技大会って単位になんねーんだよ。」
ギザギザの歯を隠さずに笑う顔が、もっと睡眠を貪ろうと誘う。
「確かにそうだけど」
上半身だけ起こして、カーテンを開けようと立ち上がる。
湯たんぽのような布団から出て床を踏みしめれば、足の裏が冷たかった。
カーテンを開けて、陽射しを浴びる。
良い天気だし、球技大会には持ってこいの日だ。
けど、単位にならないから無駄だといえば確かにその通り。
成績上の結果に繋がるものではなく、ただの息抜きを義務的にやらされているだけなら行く意味は無い。
それでも球技大会をすっぽかして当日消えて内申に何かしら響くとして、私はボーダー。
エンジニアをしてますと言えば大体のことは通ってしまう。
提携の高校に行けばボーダーだから、は通用しにくかった。
やりたいことが見つかったから、提携ではない高校に行ってボーダー所属だと珍しがられる。
そう、案外そんなものなのだ。
机の上にある携帯を手に取れば、ユズルくんから二分前に「明日の帰りにボーダー行く」と来ていた。
学友からの連絡はないことを確認してるうちに、雅人くんが構えと言いたげに後ろからゆっくり抱きしめて首元にキスをしてくる。
ん、と呻く雅人くんの顎を指で撫でれば満足そうな鼻息が聞こえた。
「サボっちまえよ、なあ?どっか行こうぜ。」
そうだね、と言って、ユズルくんに「わかった!」とだけ返す。
携帯を机に置いて振り向いて私に甘えてキスをすれば、惰眠を貪り足りなさそうな顔をした雅人くん。
最近は眠くて眠くて惰眠を一緒に貪っていたけど、そうしてもいられない。
私と雅人くんはボーダー所属なのだ。
雅人くんに睡眠を任せてしまえば昼まで寝ていることが多いので、無理矢理にでも外に出さないと雅人くんは生活リズムが狂う。
本人曰くコンビニに行くにしても昼より夜のほうがいいらしく、今こうして朝に雅人くんを起き上がらせるまで中々の苦労があった。
鋭い目を甘えさせて私に懐く姿をシャキッとさせるには、何か行動させるしかない。
「午前中は人が少ないし、何か食べに行かない?私はクレープが食べたい、雅人くんは?」
「寿司。」
「回転寿司に行く?」
「やだ。」
そう言ってもう一度布団に入った雅人くんの腕を掴んで布団からズルズルと引きずり出すと、雅人くんのパジャマの下が脱げた。
見慣れた白くて細い足にはしっかりと筋肉がついていて、細くても白くても男の人だなあと思う。
シャツとパンツだけになった雅人くんが、私を見てにんまりと笑った。
「食べに行くのやめてよぉ、ガッコーのお友達がタマ転がししてる間に俺らだけで楽しみに行くってのはどうだ?」
こういう言い回しをしてくるのには、もう慣れた。
「平日ならショッピングモールも空いてるよね、セール中でも周りを気にせず買えるかも」
「じゃあなまえ、俺に服選んでくれよ。」
「わかった」
すこし屈んで、雅人くんを見つめる。
手がにゅっと伸びてきて、私の顔をそっと掴んで引き寄せてキスをしてきた。
唇の下にあるギザギザの歯に私の唇が触れて、つい笑う。
静かな幸せ。
手にした静かな幸せは、私と雅人くんの間で膨れあがっていく。
次に学校に行った時に球技大会に来なかった言い訳でも考えておこう。




買い物袋から、一着のワンピースを取り出す。
色合いとデザインが気に入って買ったもので、ボーダーにも着ていけるような大人しめの部類のものだ。
雅人くんに選んだ黒のスキニーパンツと赤のトレーナーは気に入ってくれたようで、着て帰ってきてくれた。
放っておけば同じような黒のスウェットしか着ないので、たまに私がコーディネートしている。
それを「奥さんに選んでもらったのか」と事情を知る同い年の人から突っ込まれるらしく、顔を赤くして帰ってきては穂刈と荒船がと叫びながら部屋の真ん中で寝転がりながら服を脱いでる光景も、もう見慣れた。
相変わらずA級とB級を行ったり来たりしていて、ボーダー内でも然るべき目で見られる雅人くんも、問題行動は歳と共に減ってきている。
ユズルくん曰く「なまえと結婚したら途端に少しずつ大人しくなってる。」らしい。
吟味した買った服を部屋で改めて試着し、気に入っている私を尻目に買い物袋を枕にした雅人くんが、携帯を弄りながら喋る。
「なまえ、建物ん中で良いもん見つけるの得意だよな。」
「雅人くん、今思ったんだけど建物をハコって言うの誰から教わったの?」
「兄貴。あいつ友達がハコ回すって言うと家サボるくらいにはハコ好きだし。」
雅人くんは携帯を弄ってばかりで、私を見ようともしない。
それとも、私のことはもう見慣れたのだろうか。
「あいつ殆ど夜いねーのってハコで女漁ってるからだし、あーなっちまってからマトモに会話してねえな。」
「でも家のことはやってるじゃない」
「一週間サボってた時に私物殆ど捨てられて以来、家のことだけはやるんだよ。」
あいつもなあ、とお兄さんのことを言う雅人くんを放って着たばかりのワンピースを試着して楽しんでいると、携帯が鳴る。
誰かからの連絡だろう、と放っておくと、雅人くんがオイと荒っぽく低い声で私を呼ぶ。
「連絡来てんぞ、出てやれよ。」
雅人くんなりに球技大会をさぼった私の立場を気にしているのか、早く携帯を見ろと目線で訴えてくる。
私のプライベートに干渉してくるのは、珍しいことではない。
けど、オイと声をかけられてまで干渉されたのは初めてだった。
平日のショッピングモールで、同じようにサボった子達に目撃され「隣にいたの誰?彼氏?」「球技大会サボってたんなら連絡ちょうだいよ!」と連絡が来た場合、どうしよう。
素直に旦那ですと言うか、身内ですとぼかしておくか。
バレて不味い関係ではないから後ろ暗くはなくても、今日の私のあらすじを考えると雅人くんの反応は妥当だ。
雅人くんから「部屋に俺たち以外の誰かがいる」とだけメールが来ていた。
部屋はもともと雅人くんの部屋で、私がお嫁に迎えられた時に大掃除をされて物が少なくなっている。
なので、もし然るべき誰かがいるとすればクローゼットか天井。
雅人くんのサイドエフェクト上、そんなわけないでしょうと言うことは出来ない。
足が冷え、耳の裏が冷えていく。
見渡しても、私たちだけ。
怖くなり、私だけそっと部屋を後にした。
着の身着のまま、警戒しながら廊下を歩く。
ワンピースにあるタグって切っておいたっけ、まあいいや、部屋を出よう。
部屋を出て一階に下りて、お好み焼き屋から聞こえる客の声からも逃げるように外に出た。
既に暗くなっていて、まず明るいところへと徒歩一分のコンビニへ向かう。
夜道を歩き始めた瞬間に携帯が鳴り「どこ出た?」と雅人くんからのメッセージ。
「コンビニに行く」と返し、すぐに路地へ向かう。
少なくとも、人通りはあるはずだ。
暗い中でも目立つ看板を掲げたコンビニに入り、空調の利いた店内へ入り、とりあえずトイレに向かい鏡を見た。
ワンピースのタグは切っておらず、仕方なく裾の内側に潜り込ませる。
財布も持たずに来たので、トイレに入ったふりでもして出て行かないと不審がられてしまう。
トイレで用を足すふりをして雅人くんに連絡することにしようと思った時、携帯が鳴る。
すぐに出れば、外から電話をしているのがすぐ分かることが伝わる音と共に雅人くんの荒っぽい声がした。
「いなくなった、なまえ、今どこだ。」
「斜め向かい路地の中にあるコンビニ」
「周りに人は?」
「店員さんだけ」
こっそりと言ってトイレから出てコンビニのガラス張りから外を見ると、珍しくマスクをつけずに外出してきた雅人くんが足早に向かってきていた。
いつもより顔色が悪く、険しい顔をしている。
マスクをつけずに出てくるなんて、よっぽどだ。
コンビニに入り、私の手を引いて演技をしながらジュースが飲みたいと言う雅人くんを相槌を打ちながら観察した。
険しい顔つき、汗はなく、目も泳いでいない。
けれど雰囲気だけは張り詰めていて、警戒しているのだけは確か。
私の視線に気づいた雅人くんが、素早くコンビニの棚からお茶を取ってレジへ向かう。
その間、外を見た。
誰もいないし、ぱっと見て分かるくらいには異変は見当たらない。
お茶を買った雅人くんがコンビニを去り、私が後をついていけば駐車場の縁石に座りお茶を飲みだした。
いつもは目立つことを決して自らしないのに、見るからにヤンキーになってしまった雅人くんの側に寄ると、呻くように小声で話される。
「わりぃ、なまえ。嫌がられたくなくて黙ってたけど、ここ最近・・・先月からなまえと俺、どっちかが絶対つけられてる。」
コンビニの暗い駐車場で、恐ろしいことを言われる。
暗い景色も相まってゾワッとしたのを休ませてくれることもなく、雅人くんがお茶のペットボトルを握り締めたまま続けた。
「けっこうな至近距離で見られてる、だから何かあったら不味いと思ってなまえの側で寝てたりしたんだけどよ・・・・・・どうしようもねえな、相手は出てくる気もねえ、なんか、変だ。」
「夏……によく感じるやつじゃなく?」
「違う、明らかにそれの刺さり方じゃねえ。初めて来る刺さり方だ、なんだこれ、わかんねえ…・・・分からなくて気持ち悪い。」
頭を押さえて項垂れる雅人くんに寄り添い、背中を支える。
薄い背中は分かるほどに脈打ち、顔色を伺わなくても雅人くんの顔つきが分かった。
「気分悪い?大丈夫?」
「吐き気はねえ、けど………なんだこれ。」
雅人くんのサイドエフェクトは感情受信体質。
他人の感情が刺さり、相手から出される感情を回避することは出来ず、それも感情によって刺さり方も痛みも感じ方も違う、かなりえげつないものだと説明された。
私と雅人くんが仲良くなったのも感情受信体質のことがきっかけだったけど、こうなってしまうと話は別。
感情受信体質はボーダー以外での使い道もあるサイドエフェクトであり、日常が非日常になるのは簡単だと思い知らせるには十分すぎる。
「誰かにストーカーされる、なんて、有り得ないよ、そんなこと」
「じゃなきゃ有り得ねえ刺さり方してんだよ、日に日に近づいてる。」
近づく、という表現に寒気を感じたのを雅人くんが感じ取り、私を見る。
険しい顔つき、目には怖気が浮かんでいた。
一刻も早く安心させてあげたいけど、雅人くんの体質の前に私の気持ちだけでどこまで安心させられるか、まったく予想がつかなかった。
「思い当たる人なんていないよ」
「だろうな、そういう奴は気配と呼吸も足音も消して来る、東のおっさんとか。ほんとに思い当たる奴いねえのか?学校のクソ先輩とか先公とかよ、変なのが目つけたんじゃねえか。」
「いない」
「そうか。」
雅人くんがお茶を一気に飲み、呼吸を荒くしながら空のペットボトルを思い切り投げた。
がこん、とマヌケな音がする。
言動こそ乱暴なものの、雅人くんは外で絶対にこんなことしないことを知っているだけに、事態の深刻さを悟る。
冷や汗が伝ったのは、私のほう。
路上に放り投げられたペットボトルは数秒転がった後、通り過ぎた車に轢かれぺちゃんこにされた。
「・・・・・・俺の頭が狂ったか?」
「雅人くんのサイドエフェクトだもの、何かしら変化があったのかもしれない」
背中を撫でて、雅人くんの呼吸が落ち着くのを待った。
辺りを見渡しても、誰も居ない。
幸いコンビニに入る人もおらず、ただ空気だけが通り過ぎていく。
「かかりつけの医者行くわ・・・・・・。」
消え入りそうな声、雅人くんの見慣れたボサボサ頭の中にある感情受信体質。
今すぐ取り払ってあげたい。
「俺の頭がおかしくなかったら、なまえと引越し先でも決めるか。」
はは、と乾いた笑いを浮かべる雅人くんの目は死んでいて、心配になる。
何かが狂いだしたのか、と思う暇もなく、それは近づいてきているというのだから厄介だ。
でも、どういうわけか分からない。
ぞっとしても寒気がしても、私自身が焦っていないのは何故だろう?






雷蔵さんから貰ったドーナツを食べる気力もなく、昨晩のことを思い出してソファに横になる。
トリガー弄りを終え、あとはユズルくんを待つだけとなっても頭がぐらぐらした。
眠っても眠っても、何かが終わらない。
そりゃそうだ、解決しない問題が私の周りを取り巻いているのだから。
私をはっとさせるかのように、携帯が鳴る。
置きっぱなしにしておいた携帯の画面にユズルくんから「入り口でカゲさんと会ったから、一緒に着くと思う」と来た。
ユズルくんに会える、と思い少しだけ安心する。
顔見知りしか信用できない、いや、もしかしたら顔見知りかも?
つけられている、何に?
近づいている、何が?
雅人くんがどんな感情か分からないのなら、一体何?
疑問でいっぱいになっていると、奥から出てきた鬼怒田さんが「おい、大丈夫か?」と声をかけてくれた。
起き上がり、すみませんと頭を下げる。
頭を下げた私を見計らったように携帯が再びユズルくんからのメッセージを受信し「着いた、向かってる」と来た。
もうすぐ来る!と嬉しくなりつつも、気力が無いのは変わらない。
鬼怒田さんは腕を組み、私を見た。
今にも怒り出しそうな雰囲気を感じ取って気持ちだけ構えようとした瞬間、鬼怒田さんの顔が気が抜けたように緩んだ。
「顔色が悪い。」
鬼怒田さんのその言葉を聞いて、雷蔵さんがこちらを覗く。
「うわ、なまえさんどうしたの。」
覗いただけの雷蔵さんが何故か鬼怒田さんに睨まれ、おい!と声を張り上げられる。
「雷蔵、スポーツドリンクあるか?飲ませろ。」
「ありますよ、女の子のことでそんなに怒らなくても。」
雷蔵さんが部屋に消え、鬼怒田さんに恐る恐る伺う。
「私、そんなに顔色悪いですか?」
「かなり。徹夜か?」
「毎晩ぐっすり」
昨日は怖くて眠りが浅くなったけど。
雅人くん以外にあの話をするには早すぎるし、したくない。
鬼怒田さんが胡散臭そうに鼻を鳴らして、雷蔵さんが差し出したスポーツドリンクを受け取り私に差し出す。
受け取ったスポーツドリンクの冷え具合に私の体温が持っていかれそうだ。
どう見ても体調が悪そうに見えるのか、鬼怒田さんは相変わらず胡散臭そうにしている。
「影浦はどうした、女の子、まして自分の嫁が体調悪そうにしてるのに姿が見えないとは、男として足りないな。」
「あの、雅人くんは病院です。サイドエフェクトの調子が悪いみたいで」
「影浦のサイドエフェクトが?」
明らかに驚いた様子の鬼怒田さんに、そうですと伝える。
ふうむ、と鬼怒田さんが腕を組んで考え直す。
この人も雅人くんがどういうサイドエフェクトを持っているか理解してるだけに事態がよくないことはすぐに察してくれた。
「年齢と共にサイドエフェクトが変化する可能性も無きにしも非ず、か。」
鬼怒田さんがそっと言った言葉を、反復する。
年齢と共に何かが変わり、感情受信体質が変化して刺さり方も変化していく。
または刺さるものが増える、そんなことも有り得る。
だって、雅人くんは普通じゃありえない力の中でもありえないのだから。
スポーツドリンクを飲もうと思った矢先、雅人くんとユズルくんが入ってきた。
制服のまま入ってきたユズルくんと、いつもの格好をした雅人くん。
ユズルくんに手を振れば、微笑んで振り返してくれた。
いつものユズルくん、だけど雅人くんはいつもと違う。
白い袋を抱えた雅人くんが鬼怒田さんに挨拶もせずまっすぐ私のとこに向かってきて、私に袋を押し付ける。
「なまえ、先に言う、これ買う時がクッソ恥ずかしくて吐きそうだった。」
押し付けられた袋を手に取り、雅人くんと袋を交互に見る。
雅人くんは押し黙った顔をしていて、その背後に何ともなさそうな顔をしたユズルくんがいた。
「雅人くん、大丈夫だった?」
「おう、サイドエフェクトには問題ないってよ。」
そうなんだ、と安心して袋を持つ手を緩めると、真っ赤な顔をした雅人くんに目の前で叫ばれた。
「いいから!!!ここで開けんな!!開けるんじゃねえ!!!!!」
雅人くんの突然の絶叫に、鬼怒田さんの拳が雅人くんの頭に一発降り注いだ。
ゴンと鈍い音がして、呆れた光景にユズルくんが溜息をつく。
「影浦おまえ!!!女の子に怒鳴るとは何事だ!!」
「うっせえな、やめろ。」
いてえ、と言いながら雅人くんは私をソファから引っ張って立たせ、出入り口へと押される。
ユズルくんを通り過ぎ、けっこうな力で開発室から出されたあと雅人くんに耳元で「トイレに行け。」と言われた。
背後では鬼怒田さんの「おい影浦!!聞け!お前なあ!!」と叱りつける声がする。
袋を抱えたまま、トイレへと向かう。
一体なんなのかと少しだけ袋を覗き込んで、ドラックストアの紙袋で包まれた何かが入っていることを確認する。
余計なんなのか気にしたまま、トイレへと向かった。



出入り口に足を踏み入れると、鬼怒田さんがまだ怒っていた。
ふたりが良い感じに言い合いをしているらしく、私が戻ってきたことに気がついていない。
緩い足取りでトイレから戻ってきた私を見て、ユズルくんが心配そうな顔をした。
ユズルくんと顔を見合わせ、何も言葉を交わさずに突っ立っていると二人の言い争いが止んだ。
鬼怒田さんが不満そうな顔をしているけど、雅人くんは私を見てすぐにいつもの顔に戻った。
唖然と呆然を混ぜた顔をした私は相当面白いようで、雅人くんは珍しくニヤニヤしている。
「なんで、分かったの?」
それを聞くと、さっきのように顔を赤くしてから目を伏せた。
「病院の看護婦が……同じ刺し方をしてきて、医者はその看護婦がどういう状態か知ってた。」
つまりなあ、とガラの悪い態度で足を組んでいるけど、顔は赤い。
「あと半年もすりゃあ、腹ん中からでもマシな刺し方してくるらしい。」
なまえ、と声をかけてくれたユズルくんを恐る恐る見ると、事情がどうも分からないらしく不思議そうな顔をしていた。
本気で心配しているのが見てとれたので、仕方ないと割り切ってからユズルくんにそっと妊娠検査薬を見せる。
ユズルくんも、これが何を調べるものかは分かるらしく顔を赤くしてから真顔になり、私を真剣に見つめてきた。
「なまえ、ってことは。」
そうだよ、とユズルくんに言うと、ユズルくんが私の肩を掴む。
「なまえ、何か食べたいものある?」
顔に必死ですと書いてあるユズルくんに、クレープ食べたいな、と言うと、走って出て行った。
本当に買ってくる気なのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
それでも嬉しいなとユズルくんの影を見つめていると、雅人くんが私に抱きついた。
「凄い不思議だ。」
私の頭に頬ずりする雅人くんは、お腹の赤ちゃんよりも甘えん坊だ。
腕を撫でてあげると、鬼怒田さんが
「おいコラ影浦!ここはお前らの部屋じゃないぞ!」
「うるせーぞ!おっさんもオヤジやったことあんなら俺の気持ちが分かるだろうが!!!」
その言葉を発した雅人くんを後押ししてあげようと思い、鬼怒田さんに妊娠検査薬を見せた。
結果、陽性。
鬼怒田さんは離婚したけどお子さんがいたとは聞いているから、これに見覚えはあるはずだろう。
はっとした鬼怒田さんが開発室に駆け込み「雷蔵!!!一番でかいクッションをなまえに用意しろ!!!」と怒鳴る声がした。
騒がしい雷蔵さんと鬼怒田さんを置いて、抱きついてくる雅人くんを愛でる。
「刺し方は?」
「刺し口は柔らかいんだよ、でも中にじわっと広がってから胃のあたりが締め付けられて、それから………なんか叫びたくなるし、笑いたくなる、すげえ変。」
「私より変な刺し方してきたんだ」
「おう、最高に変な刺し方だ。」
頬ずりしてきた筋肉が、すこしだけ動く。
雅人くんが私の頭の上で笑っているのが分かった。
陽性の検査薬を見つめ、現実を受け止める。
「球技大会、サボって良かったじゃねえか。」
そうだね、と顔をあげると破顔と言うに相応しい顔をした雅人くんがいた。
「雅人くん、泣いてるの?」
「わかんねえ。」
私を抱きしめた雅人くんが、お腹に手を当ててくる。
骨っぽい手がお腹を撫でるたび、じわじわと頭の上に何か広がる感覚がした。
たぶん、雅人くんの涙だろう。
「クソ能力は遺伝すんじゃねーぞ。」
何も言わず、涙が頭に落ちていることも言わず、雅人くんを安心させる。
「どんな子でも、可愛いよ」
こうなった以上やることや済ませることは沢山ある。
何せ鬼怒田さんが大きなクッションを寄越せと騒がしいし、ユズルくんはクレープを買いに行ったまま戻らない。
学校には何て言おう、それより先にお腹の心配をしないといけない。
私に甘える雅人くんの手が私のお腹を撫でている。
雅人くんの手に私の手を重ね、よしよしと撫でた。






2018.11.09








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