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りむさんリクエスト
・無茶する子を怒りながら守る東さん。
椿さんリクエスト
・三輪に懐かれているお姉さん







剣を振りかざし、あるはずのなかった二本の足で走り回り戦う。
特別な訓練室の空間は倒されても実体に影響は無く、好きなだけ戦える。
言ってしまえば、死に至るような怪我をしても何ら影響なく戦闘訓練を続けることができる空間。
玄界と呼ぶには少しばかり出来すぎた空間で戦った私の頭が、爽快、快感、愉悦、脳内が快感に伝わる物質で塗れ、全身が興奮で満ちる。
肺を使い戦うことは基本的になく、四肢を使い動体視力だけで戦い空気を割り武器を振りかざすことが、こんなにも戦っている実感のあるものだとは思わなかった。
水の中では重力などなく、音も無く刺し殺し湧き出す血で水の色が淀んでいく光景が見えるくらい。
ここはどうだろう、武器のぶつかる音、トリオン経由で生み出される鉛球に変化させ勢いよく発射する小型の銃。
槍と盾を組み合わせたような珍妙な色彩の武器は海月の肌に似ていて、気持ちが悪い。
叩けば硬く、あまり割れない。
切りつけても切りつけられても、泡でも血液でもないものが漏れるだけ。
水の中で反響すらしない武器と戦いの音は、脳にまで響く。
鼓膜に響く空間と戦闘の音は、水の中とは違う。
こんなにも、足というのは楽しいのか。
春秋がくれた新しい体。
今まで何の気なしに受け入れていた体は、とても楽しい。
氷を澄ませ固めた壁の向こうで、春秋は私を見て微笑んでいる。
病院で死屍累々だった私とは違う、武器を持ち戦う、本当の私に限りなく近い姿。
水の中で鱗を纏わせ、武器を手にして珊瑚のような目と蛇紋石色の髪を海水に漂わせていた私よりも、春秋がくれた体が好きになる、春秋の微笑みのために。
春秋が喜ぶのなら、この体のままでいよう、春秋のために。
嬉しい、うれしい、その感情で体がいっぱいになる。
小荒井の腕を切り落とし、奪い取った武器で小荒井を撃つと、小荒井はすぐに消えた。
これをベイルアウトというらしく、実体にはなんの影響もないという。
信じられずにいると、氷の塊を詰んだ壁が変化した。
オーロラのように変化したと思えば無機質な石の壁になり、大きく綺麗になめされた岩の扉が開き、春秋と米屋が現れる。
春秋、と名前を呼ぶと、春秋は楽しそうな顔をした。
「なまえ、あまり頑張りすぎるとトリオン切れになるぞ、あと戦い方が荒い。」
最後のほうは語気を荒げかけたのを鼓膜に触れさせてしまい、耳と顎のあたりがビリビリした。
春秋の顔は怒っていないけど、声はいつもより数ミリほど低い。
聴覚の調整をし、春秋の声を一瞬だけ遠ざける。
ごめんなさい、と言おうとすると、米屋が奇妙な笑顔をした。
細い目を更に細めて、真っ黒な目を薄い瞼から覗かせてくる。
「戦い方は荒っぽいけど、あれっすよね、映画のアクションシーンみたいな感じじゃないですか!荒船っていうのがいるんですけど、なまえさんのムービー見せたら喜びそう。」
「ムービー?」
「戦闘記録!途中から録画してたっぽい。」
米屋がそういって、壁の上を指差す。
壁の上にある小さな氷の壁の向こうから、金髪で白い棒を咥えた男が手を振った。
操縦班なのだろうか、その男は米屋と似た目つきで藻色に似た服を着ている。
ここにいる人物は、服にも決まりがないのだろうか?
違う服装の者同士が仲良さそうに会話したり、同じ空間にいたり、隣にいたり、リーベリーではそんなことはありえない。
階級と血筋は避けて通れないものだから、普段からそうしている。
ここは、そんなことはないらしい。
氷の壁を出て、春秋と話していたときのテーブルに戻る前に小荒井が走りよってきた。
強い、とか、凄い、とか言われたけど、春秋のことが気になる。
ここは差別もなく、チャンスだけは平等に与えられた世界。
どうしてこんな世界があるのか、わからない。
生きる者には血という飾りも、家柄という生い立ちも、血の歴史という過去もある。
そんなものをどうでもいいという世界は絶対になくて、だから常に自分の中にある遺伝子を日頃に移す。
驕らないために、陥らないために。
身を貶される恐怖が、この世界にないのだろうか?
それでは、一体誰がこの世界の統率を取っているのだろうか?
疑問ばかり浮かぶ私は、目の前にいる小荒井に頷き、ただ微笑んでいた。
元気な子供、こんな子供はリーベリーには滅多にいない。
貴族の子供であれば優秀で元気で博識なのは当たり前だが、小荒井からは気取った品もなければ、落ちぶれた醜さもない。
普通と称するに相応しい小荒井は、どうしてこう育ったのか。
わからないままでいると、春秋が私に声をかける。

「なまえ、あまり無茶をするな。」
「してない」
「さっきから相槌ばかりじゃないか、トリオン切れだろう、休め。」
春秋はそう言うと、私の肩を掴んで進み出した。
背後からは「なまえさーん!またやりましょー!!」と小荒井の元気な声が聞こえる。
負けたのに、どうしてそんなに楽しそうに出来るのか。
勝った相手と負けた相手で同等の立場でいるのが、この世界の共通認識なのか。
では、戦争は?
アフトクラトルが必死な上に、この世界を滅茶苦茶に破壊した時、この世界は誰が指揮を取り破壊の報復と復讐をするのか。
触れ合うほどに、私の奥底で疑問ばかりが溢れる。
「なまえ。」
上の空だった私に、春秋が声をかける。
鼓膜の調整をそのままにしていたから、低い声を至近距離で拾う。
顔半分が春秋の声で痺れてから、胸が鳴る。
溢れる疑問に蓋をするように、肩を掴む春秋への思いでいっぱいになった。
「あれが、ボーダーのシステムだ。好きなだけ練習できる。どうだ?無理しない程度に出来そうか。」
「できるわ、春秋はしないの?」
「暫くいいかな。」
「春秋は、なんの武器を使うの。」
「こういう銃。」
春秋が私の肩を離し、手で銃の持ち方の真似をする。
たぶん、小型の大砲だろう。
春秋の肩幅なら、そのくらいの武器は扱える。
そうなんだ、と言えば細長い石に座らせられた。
「少し待っててくれ。」
と言って、来た道を戻った。
たぶんあの二人の話し相手をするのだろう、春秋はきっと皆から頼りにされるような人なんだ。
身元不明の私を助け、正体不明の私に話しかけ、助けてくれた。
リーベリーじゃ身元が分からない女なんて助けない、利用されるだけ。
この世界は、違う。
リーベリーとは違うんだ。
髪の色や肌の色の種類は少なくても、考え方や人の許容はリーベリーよりもずっとずっと多い。
でも、私がこの世界で受け入れられることはあるだろうか?

春秋の背中を見つめてから、自分の足を見る。
長い足、鱗のない足。
尾びれがない代わりに、地面でバランスを取るための平たい足がある。
ぱっと見て、腰から膝まで30cm、膝から足まで50cm。
足は25cmというところだろう。
この下半身がバランスを取りやすいのか、リーベリーでは教えてもらってない。
でもこれでいい、春秋がくれた足だから。
足を、軽く振ってみる。
重くなく、空気を切るたびに足の内側が空気に素早く撫でられ、冷たい。
貧民達が踊っていた民族舞踏を思い出す。
足を下品に回しあい、髪を全身に巻きつけるようにして踊る。
服の切れ端が肌に触れあい、体を動かし笑いあうあの踊りが、今なら踊れそうだ。
そっと立ちあがり、あの踊りを思い出す。
片足をあげ、もう片方の足で回る。
くるくる、と軽く回ることが出来てから、踊りの続きを思い出して続けた。
碇のように揺れつつも両腕でバランスを取り、つま先で立ち、あげた片足を片手で掴んで、背筋をゆっくりと折る。
胸が天を向き、髪が地に下がる体勢を豊穣の祈りだとか呼んでいた気がするけど、貧民達が願うのは作物の豊穣とか神の怒りを買わないこと。
今の私に、神は微笑まない。
足を手に入れて、あまつさえそれを嬉しく感じている。
神の怒りは、きっと来ない。
水の中で溺れ、こんな目に遭う私に神は最初から目もくれていない。
祈りなんてない、でも春秋への祈りはある。
私を助けてくれた春秋の微笑みのためなら、なんだって出来そう。
背筋を折ったまま、天井を見つめ足を軸にして廻る。
軸にしている爪先がきゅるきゅると音を立てているのが楽しくて、つい笑う。
足がある、私には鱗のない足がある。
きゅるきゅる鳴る音は、私の脚が地面にあるから鳴る音。
海豚の鳴き声のような音に満足し、体を地面に落とすように片足を地面に戻し、体勢を戻した。
貧民達の踊りの良さは分からないけど、意味はあるのだろう。
今の私のように、なにかに祈り、微笑みたい気持ちをずっと続けて生きたい。
そんな気持ちなのではないかと思い、また座り込む。
細長い石は、座っても変化がない。
珊瑚であれば魚が出たりするのに、何もかもが質素だ。
春秋を待とう、そう思うと至近距離から声がした。
「バレエ、か?」
声を聴いて、すぐに誰だか分かり全身が凍る。
視線を素早く動かせば、秀次がいた。
襲い掛かる気配はなく、手に武器も持っていない。
目つきだけは鋭いままで、怖かった。
バレエというのが何かの合図かも、と身構えたが、複数が襲い掛かってくる気配は無い。
絞め殺そうと手の関節を鳴らしてもいないので、逃げる体勢だけを作った。
秀次の目つきが、私を捉える。
砂色の髪と白い肌を見てから、顔を見られた。
米屋の言葉を思い出す、「別にこれ変な意味じゃないすよ?秀次の姉は大規模侵攻で死んでるんで、オレは秀次の古いアルバムでしか、あいつの姉を見たことないんすけど、いやーこう、なまえさん、すこし横向いてもらえますか?」
思い出して、秀次の怖い視線からそっと横を向いて、秀次が拳を振りかざせば逃げられるように足を軽く地面に置く。
秀次は私を見つめるだけ見つめて、私が座っている細長い石の一番端に座った。
無言、無言。
春秋が止めた秀次の恐ろしい顔を思い出して、ぞっとする。
内臓が悲鳴をあげそうになる出来事を覆い隠すように、さっきは楽しく戦ったのに。
来ないで、怖い。
言葉にしないほうがいいのは分かっていても、今にも叫びそう。
春秋はどこ、早く戻ってきて。
願う私の思いも虚しく、秀次が私に話しかけてきた。
「なまえは、初めて見たとき色々と…余計なことを思い出させる姿をしていた。おまえは俺の姉では、ない。」
「色々、って、お姉さんが死んだこと?」
「…誰から聞いた。」
米屋、と言えば秀次が大きな溜息をついた。
「似ていたんだ、今にも死にそうで、虚空を見つめる目の脆さと……怪我が……。」
「…あの時、死にそうだった」
「だろうな、おまえは人魚だろ、だが…気分を害しただろう、すまない、おまえは俺の姉ではない。ただの近界民だ。」
秀次は、怖い。
地獄の果てまで追いかけられそうな予感がするし、今ここでメッタ刺しにされてもおかしくない。
なのに、秀次は私を罵倒することもなく、ただ黙って座っている。
「仲間はどうした。」
「いない」
思い出したくない深海での出来事。
私のことを、仲間は待っているか心配しているか。
他人のことだから分からないけど、たぶん気にはしてくれているはず。
「そうか、片付けやすいな…おまえは、昔の俺のような脆さがあった、さっきのバレエも気持ち悪いぞ。」
秀次は、本当に怖い。
でも、可哀想ではある。
視線を僅かに移動させ、秀次を改めて観察した。
雰囲気と威圧感で年齢を感じさせないけれど、間違いなく若い。
骨格に対する肉体の薄さから察するに、18にもなっていないだろう。
子供が血を分けたものを亡くす悲しみは耐えがたい。
秀次は、今もそれに耐え続けている。
私の立場から言えることはなにもなく、憎しみをぶつけられれば受け止めるしかない。
そんなことをされれば、私は怯えるだろう。
だけど、こんな目に遭って、脚を得て、後ろ暗い予感を先ほどの戦いで薄めてきた、そんな私がこれ以上酷い目に遭うことなんてあるだろうか?
「秀次」
名前を呼んでみた。
秀次は驚いて私を見て、暗い目を私に向ける。
「戦おう、さっき春秋に戦い方を教えてもらったから、あなたはベイルアウトしても平気よ」
そう言うと、秀次は口元を殆ど動かさずに答えた。
薄い唇に血色はなく、目つきも顔色も悪い。
「なまえと?ふざけるな、おまえが戦えるわけないだろう。」
「さっきやったわ、あなたとも戦える。憎しみはそこでぶつけて」
さあ、どう答えるか。
秀次が襲い掛かってきたら逃げる、殴りかかってきても逃げる、隠していたナイフを振りかざせば全力疾走する。
返答を、秀次の恐ろしいほど暗い目を見て待つ。
秀次が俯き、ゆっくり立ち上がる。
「俺と戦う気なら、殺される気で来い。」
語気に憎しみを含んだ秀次が、春秋が来た道を戻るのを見て何も言えなくなった。
足があっても、姿が似ていても、私は怯える。
それしかない、それだけはこの世界の決まりなのだと秀次が告げたように思えた。
悲しくは無いし、これが当たり前。
髪の色や肌の色の種類は少なくても、考え方や人の許容はリーベリーよりもずっとずっと多いこの世界で、期待をすれば痛い目を見る。
きっとそうなんだ、と俯けば、春秋の足音がした。
顔をあげれば、遠くから春秋が私に向かって手を振りながら歩み寄りつつ声をあげる。
「なまえ!秀次がやるって!」
この世界は、人の許容も考えもずっと多い。
憎しみをぶつけられるだけと分かっていても嬉しくなり、歩いていく。
今はこの脚がある。
春秋がくれた脚。
とても好きな二本の脚は、私の未来になるだろうか。
春秋の側にいくと、忙しそうに告げられた。
「冬島がなまえのトリガーの解析を終えたそうだ、俺は先に行く。秀次と一戦交えたら話し合うぞ。」





2018.04.29








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