逼塞させない




とうげさんリクエスト:夢主→ベルトルト→アニ→夢主の三角関係
せつさんリクエスト:人懐こい夢主と黒トルト








高い背と優しそうな顔。
がっしりしてるのに物腰が柔らかくて、何かを頼まれても断りそうにない雰囲気。
兄貴分のライナーの後ろにいるから目立たないけど、私はしっかり見てる。
そう、見てるだけ。
今日も話しかけられず、随分前に会話したことを思い出して一人で嬉しくなっているだけ。
ベルトルトのことが好きだなあ、好きかもしれないなあと思うのに、何も出来ない。
恋煩いが頭にきてしまって、情けなかった。
顔を思い出して、体の底が真っ赤になる。
ベルトルトはライナーの側にいることが多いから、いざ話すとなるとライナーも交えて話さなきゃいけないし何より人前でベルトルトに話しかけるのが恥ずかしい。
顔がすぐ真っ赤になるから、ベルトルトと同じくらい浅黒い肌なら良かったのに。
目の色が変わるのがすぐ分かるから、ベルトルトと同じ黒の目でいいのに。
「なんでだろうなあ」
色々な解決できない「なんでだろう」が重なると、これ以上ないくらい面倒くさくなる。
皆やり場のない気持ちをどうしているのか、聞いたこともない。
聞いてみればいいのに、聞けない。
思い切って、サシャになったつもりでベルトルトねえねえと話しかければいい。
コニーになりきってベルトルトに絡んでみればいい。
ジャンみたく気さくに接すればいい。
なのにできない、それは私が私であるからだ。
ああ、ほら、面倒くさい気持ち。
自分の気持ちも意思も恋心も、どうでもよくなって投げ出したくなる。
「面倒くさい」
食堂外でしゃがみこんで溜息を長く長く吐く。
まだ残っている人たちの楽しそうな声を聞きながら、溜息で吐き出した息をまた吸う。
生きている間は、呼吸しなきゃいけない。
呼吸すれば、脳も動く。
脳が動けばまだ面倒くさい自分の気持ちと会わなきゃいけない。
なら呼吸が止まればいいのに、食堂の中にいる人の楽しそうな声を聞きながら死んでしまっていいのに。
訓練中に突然息が止まって死んでしまえばいい。
突然どこかから呼び出されて訓練兵ではなく別のとこの雑務勤務にでもなればいい。
息を吸って、頭がぐらっとしたまま顔をあげれば、音もなく扉が開いた。
アニが抜け出るように食堂から出てきて、私を見る。
僅かな光で透けるように輝く金髪、驚くくらい青い目、白い肌に影を作る大きめの鼻。
少しだけ目立つ容姿のアニは、羨ましかった。
強いし、成績も良いし、苦労をしなさそう。
憲兵団に行きたいというアニの気持ちの揺らぎ無さは、強くて羨ましい。
口にすれば「バカじゃないの。」と言われておしまいなんだろうけど、アニは凄いと思っている。
いいなあ、と横目でアニを見れば、運よく話しかけてもらえた。
「なまえ、なんでそんな顔してるのさ。」
案の定しゃがみこんでいる私に声をかけたアニの目は、いつもどおり冷たい。
「なんでもないよ」
それだけ言えば、ああそう、と呟き去るだろうと踏んでいると、アニは思わぬ行動に出た。
しゃがみこんでいる私の間近にまで歩み寄り、私と同じ目線までしゃがみこんだ。
覗き込まれるような視線にぎょっとすると、アニが私の手首を掴んだ。
「何かあるね、隠してるだろう。」
「なにも」
反射的にそう言っても、アニは手首を離してくれない。
お見通しなんだろう、何を言っても無駄と分かってぽつりと言い落とす。
「アニは、いいよね」
「なにが?」
「気分とか、さ」
「そんなのコロコロ変わるもんだよ、あんたはそうじゃないの?」
「たぶん違う」
「じゃあずっとしゃがんでるつもりなわけ?違うだろ、どうせ寒くなったらベッドに戻るだろう。」
アニの手が私から離れて、アニがはあと溜息に近いものをついた。
正直、気まずい。
アニに何かきついことを言われたら、今度こそ死にたくなるのが分かっていた。
たぶん、精神的に殺される。
このまま走って戻ってもいいけど、なんとなく離れる気がしない。
アニの言葉が怖いけど、逃げられるわけもなく。
「何を持ってそう言ってるのかさっぱりだよ、こんなとこで一人になってワザとらしくしてさ、誰かに相手してほしいの?なまえ、あんたそんな面倒くさい奴だった?」
言い当てられて、一気に悲しくなる。
アニにもそう見えているんだ、と思うと目が熱くなって俯く。
こんな女になったきっかけは何だっけ、ああ、恋煩いで頭をやられたから。
本当に面倒くさくなった自分が、アニの隣にいる。
今にも叫びそうな私の気配を察知したのか、アニが私の肩を掴んで髪の毛を顔から払った。
アニの指が視界に入って、伸びた前髪で淀んでいた視界が晴れてからアニを見れば、うっすら笑顔を浮かべている。
驚くよりも先に、アニが驚くべきことを言い出した。
「ほら、顔あげなよ。なまえ、綺麗な顔してるんだから前向きな。」
え、と声を漏らしていればアニが皮肉そうに笑う。
「俯いていたらなまえは暗いだけだけど、こうしてさ、少し明るくしなよ、あんた羨ましいくらい綺麗な顔してる。」
アニの手で前髪が両耳にかかって、視界が晴れやか。
羨ましいくらい、と言われても、顔に自信はない。
でも、そう言うアニが嘘をついているようには見えなかった。
結んでいる髪と同じくらいの長さにまで前髪が伸びてきたから、思い切って切ってしまってもいい。
「何に落ち込んでるか知らないけどさ、あんた自信持ちなよ。」
「落ち込んでは、いない」
「なら雰囲気でも変えなよ、私はあんたがその綺麗な顔を惜しみなく出してるほうが好き。」
目の前に広がる、アニの笑顔。
珍しい、とても珍しいアニの笑顔は私の心に染み渡る。
同性のアニが、私に綺麗だと笑いかけた。
それなら、異性のベルトルトがそう言ってくれる可能性だってあるのではないか。
何より、あのアニが私に笑いかけた。
特別な気分に支配され、アニにこれでもかという友情が湧き上がる。
「アニぃ!!!ありがとお!!!!」
押し倒さんばかりの勢いでアニに抱きついたら、アニが転びかけた。
よろよろ立ち上がるアニに抱きついたまま、ありがとうーと呻く。
「な、何!!!誰かに見られたら…。」
「私がんばるよおお、アニぃぃぃぃ」
忘れかけていたものが一気に戻ってくる感覚がした。
これでいい、楽にして人と接すれば間違えない。
アニありがとう、と言えば、アニは囁くように言葉を漏らした。
「…まったく、なまえ、勘違いされないよう生きていくんだよ。」


食堂からの帰り、備品倉庫で鋏を探し当てる。
備品倉庫は基本的に人がいなくて、あまり行かないように言われている場所だ。
運が悪いとここで性行為をしているアホ共にぶち当たるから、というのは暗黙の了解。
必要に迫られ備品倉庫に来た私の手には、鋏が握られた。
これがあれば前髪くらい簡単に整えられる。
アニの言葉だけで思い切って切ってしまおうと思うくらいには、人の意見で泳がされている。
私はやっぱり、どうしようもなく面倒くさい人間だ。
それも前髪をさっぱりしたら終わりにしようと決めて、備品倉庫から出る。
鍵のかからない扉をしっかり閉めて、さあ出ようという時。
同じように備品を取りに来たであろうベルトルトが、私を見ていた。
どき、と高鳴る鼓動を一時的に無視して、もう一度扉を開ける。
それから、どうぞ、と微笑んでみた。
ベルトルトに微笑みかけると、私の中の恋煩いの部分が悲鳴をあげる。
普通に接することが出来た、それだけで嬉しい。
ベルトルトの黒い瞳と視線が絡まって、備品倉庫に入るベルトルトの背中を見つめて今日はおしまい。
そのつもりだった。
扉に入るのかと思えば入らずに、私が開けた扉をベルトルトが閉める。
そして、鋏を手にした私を見下ろす。
「なあに?」
「アニと何を話してたの?」
開口一番、質問。
何事かと黙る私を、ベルトルトが何気ない顔で見下ろす。
優しそうな顔にくっついている浅黒い肌と黒い瞳、物腰の柔らかいところ、黙っていても強いところ、私はベルトルトが好き。
だからこの状況は嬉しいけど、何か違う。
何気ない顔をしているけど、何かが違うと恋煩いで鈍った本能が警戒する。
アニと何を話したか、という質問。
会話という会話ではなく、アニが私を励ましたようなもの。
アニに励まされましたとは言えず、内容をぼかす。
「話してはいない…でも私が独りで落ち込んでたら、それとなくアニが」
それだけ言って、納得してもらえるだろうか。
ベルトルトはどうしてこんなことを聞くんだろう、なんでだろう。
疑問ばかりが残りそうなままになれば、ベルトルトがまた何気ない顔のまま告げた。
「気に入らない。」
「え」
優しそうな顔に似合わない言葉が飛び出してきて、鋏を握る手の温度が下がった。
目の前にいるのは、確かにベルトルト。
顔つきも雰囲気も普段と変わらない。
なのに、この感じは何だ。
「何も言わずに黙っているだけでアニに気に入られる君が気に入らない。」
鋏を持つ手どころか全身の温度が一気に下がる。
風も吹いていないし、今日は気温も下がっていない。
だから私の血の気が知らないところに抜けていく感覚が、気持ち悪かった。
「えっ、と、あの」
「怒ってないよ、怯えないで。僕が悪者みたいだろう。」
優しそうな顔で、ベルトルトが私を宥める。
そんなに怯えた顔をしてしまったのか、そう冷えるよりも先にベルトルトの手が私の肩に置かれた。
大きな手、触れて欲しい大好きな手。
「なまえ、君は何も悪くない、僕は怒ってもいない。」
「アニとそんなに話してないよ」
「黙っているだけで目を向けてもらえていいよね、なまえはそうやって生きてきたんだろう?羨ましいよ。」
優しい顔に似合わない言葉に、心臓が止まりかける。
こんな人だったか、こんなことを言う人だったか。
ライナーの背後で棘のあることを考えているような顔つきには見えない。
アニが口にした言葉と同じ言葉をベルトルトが言っているのに、意味合いが違うように聞こえて仕方なかった。
羨ましい、とは何だ。
いつもの態度じゃ、こんなことを言う人だとは思いもしない。
黙っているだけで目を向けてもらえたことなんて無いし、今日のアニが特別だっただけ。
誰かに頼りきったまま生きてきたことも無いのに、どうしてだろう。
分かりきったように言うベルトルトが、別人に見えた。
もしかしたら、恋煩いで死にかけた頭はベルトルトが棘のある人物だと見抜けなかったのかもしれない。
「調査兵団に来るまで、そんな苦労もしてないんだろう?羨ましいよ、僕らとは大違いだ。」
「僕ら、って?」
「僕とライナーとアニ、同じ故郷なんだ。だからライナーとアニが何を考えているか、僕には分かる。」
僕らは仲間だから、と私の肩から手を離す。
ベルトルトの手が離れたところが、温かい。
どれだけ自分の体温が下がっているか分かって、冷や汗が噴き出そうになる。
鋏を持つ手から汗が流れないか不安になっていると、ベルトルトの優しい声が私に降り注ぐ。
「なまえ、君のことも仲間だと思うよ、でも僕は気に入らない。」
何か言おうとすると、喉の奥で引っかかった。
言おうとしたことは何だっけ。
アニと話したことがいけないの?
私がアニと話すと何かいけないの?
同じ故郷の人しか知らない秘密を知られたと思っている?
いつものベルトルトからは想像もつかないことを言わせてしまうようなことがあって、その原因は多分私にある。
だからこうして詰問されているんだ。
いや、そもそもこれは詰問か?
私の過敏な心が詰問だと受け取っているだけで、実は怖いことは何一つ言われてないんじゃないか。
浮かんでは混ざり合っていく疑問に確たる疑惑が浮かび、それを口にした。
「私だけが気に入らないのね」
これだけは間違いないよね、と同意を求めたくて口にする。
一蹴するように、ベルトルトが断言した。
「僕のことも含めて、全部。」
寂しすぎる言葉に、寒気がする。
逼塞した心だけが溢れてきて、頭の中が燃えがあった。
ベルトルトの優しい顔だけが見える。
アニとは違う、優しそうな顔と目元が私は大好きだ、それなのに、なんでこうなった。
ベルトルトに言いたいことは山ほどあったのに、それらが何だったか思い出せなくなる。
血の気が消えて、体の中を冷たい水が這い回った。
手にある鋏は、なんのためだっけ。
アニに言われたから?
ベルトルトにも綺麗な顔だって言われたくて?
アニに褒められたから?
それくらいしか思いつかない、つまらなくてくだらない頭で問答する。
私は褒められるにも、羨ましがられるにも値しない人間で、そんな人間にアニが手を差し伸べた事実が気に入らないんだ。
そうに違いない、と思って俯けばベルトルトが宥める。
「俯かないでくれ、僕がなまえを叱ってるみたいじゃないか。」
優しい声。
ベルトルトが私だけに声をかけてくれるのを、何度思い描いたことか。
私だけを見てくれる状況を、どれだけ欲しがったことか。
誰かに懐くわりには、怖がりで臆病で面倒くさがりな私にとって都合が悪いだけで、この状況は良いものなのではないか。
必死で答えを探る私に怒鳴ることもしないベルトルトから逃げたら、二度と話せない気がした。
やっぱり私だけが怖がっているだけではないか、と顔を上げる。
ベルトルトは怒った顔もせず、いつもの顔をしたまま私を見ていた。
「へえ…なまえ、君って綺麗な目元をしてるんだね。」
大きな手が伸びてきて、私の前髪をそっと退けて、それから私の目を覗き込む。
ドキドキする余裕もない、何か違う気持ちを向けられている。
顔は相変わらずかっこいいのに、逃げなきゃいけない気持ちがついてまわった。
「なんで、今日、ベルトルト怖いね」
「別に怖くないよ、僕が誰かを殺すように見える?」
殺す、という言葉に手にある鋏を気にした。
恐怖したことが、そんなことにまで繋がる意味がよく分からなかった。
「そこまで飛躍するの?」
素直にそう言えば、ベルトルトがふっと笑った。
優しい笑顔で、目元が細まって、長い睫毛が下瞼にかかって、口元から見える歯は歯並びがいいし、とにかくこの上なくかっこいい。
状況が状況だからときめくことがないけど、やっぱり好き。
「なんとなく、アニが君を慕うのが分かるよ。僕もなまえに惹かれるよ、素直すぎて羨ましい。」
ベルトルトが決心したように、私の手を握る。
「僕から離れないで。」





2017.12.17









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