拝啓、権威の先へ







シロさんリクエスト
リヴァイと政略結婚させられる令嬢ヒロイン







世の中に意味のわからないことが転がっているのは、よくある話だ。
壁の中で良い生活をしている自分でも、わからないことがあったりする。
例えば、お金も家もないからって職を求めて壁をひとつ越える人とか。
王都のほうが明らかに仕事もあるというのに何故、と使用人に言えば「職を失うような失態をする者を誰が雇いたいのでしょうか。」と言われ、ああそうかと納得しかける。
何か別の事情があるかもしれないけど、言葉の表面だけの納得を求めるのなら一蹴で済む。
孤児や可愛そうな子は、国の世話になるか盾と刃になるくらいしかマトモな道が残されてない。
私はそういう子達とは違うと、幼少期から自覚はあった。
組織があり、階級が存在し、階級と肩書きには尊敬が付きまとう。
私に付きまとう尊敬は、それなりのもの。
羨ましがる人もいるけど、奪いにくる人はいないから程度のある地位は安全だ。
それでも、つい最近壁がひとつ壊されたとか聞いたし、他の人が死にすぎて食料や服や生活必需品の材料生産が減るのは嫌だから、偉い人は騒がしい。
何かしないと自分達の生活が壊れる、と皆不安なのだ。
綺麗なドレス、美味しい紅茶、富を飾る建造物、値の貼る芸術品、手入れに時間と金をかけた美しい庭。
それらに似合う女性になるため、私は産まれてきた。
私が美しければ、自然と周りも美しさで保たれる。
美しいものは、美しい言葉と仕草と心から生まれていく。
身の回りから花と紅茶とドレスが消えないのならそれでいいので、都合で結婚することになった時は簡単にサインをした。
家から出て行くための結婚なら泣き叫んで暴れたけど、相手が私に取り入るための結婚。
相手は偉いというか、功績を挙げた武将だみたいなことを祖父に言われた気がしたけど、気にしていなかった。
武勲をあげて良家の女と結婚することが出来る男、そして結婚でしか良家に取り入れない男。
結婚に興味はない。
ただ、結婚相手となる男がどんな人物なのか、それだけは気になった。



日差しの中でも、リヴァイは音もなく近寄る。
何かの癖なのだろうけど、不気味すぎて過去を探りたくなった。
それにも慣れて、訪れたリヴァイを無視し庭の花を見つめながら紅茶を飲む。
「アールグレイか。」
温度と味と匂いを楽しむ私に低めの声が降りかかる。
横目で見れば、いつもの雰囲気。
人を見下すような目の中に棘を抱えた目つきと、がっしりした身体つき。
背は低いので、すぐに目線が合う。
「匂いで分かりますの?」
ああ、と呟いたリヴァイが私の真向かいに座る。
テーブルの下で脚を組んで、日差しの中にどっかりと違和感を携えたまま紅茶もないのに私と話そうとしている感覚は、分からない。
「腐るほど飲んだからな、匂いで分からねえと売りつけられるときに騙されるじゃねえか。」
汚い言葉に似合わぬ仕草。
変な持ち方で紅茶を飲むから、リヴァイと一緒にお茶をするのは嫌だ。
もちろん、本人にそれを告げたことはない。
立場上、私の婿で旦那であり権力は私にあっても、相手は男。
殴られてしまえばおしまい。
「なまえは平気で出されたもん口にするけどよ、それにクソでも混じってたらどうすんだ。」
言葉も汚すぎれば暴力になることを、リヴァイは知らない。
調査兵団で上り詰めても、この程度かと私と私の家族と屋敷の人間全員に知らしめたことだけは認める。
でも、私といる時くらい丁寧にしてほしい。
「屋敷の使用人に、そのような不躾で無教養な方はいません」
紅茶を一口。
香りもよく、お茶をするたびに次のお菓子のことを考える。
壁ひとつ向こうから来て上り詰めた菓子職人の腕を買った父上は、小さい頃は私のためにその職人からマジパンやレープクーヘンを取り寄せていた。
そのうち原因不明の病気で亡くなったと聞いたときは、すこしだけ寂しかったのを覚えている。
甘いものは常に側にあり、美しいものばかり見ていれば汚いものは何かと逆に考えてしまう。
汚いものは、死であり恐怖であると適当に結論付けていたけど、リヴァイは常にそれらと隣り合わせの仕事をしている。
でも、リヴァイが汚くない。
潔癖の気があり、使用人が掃除したあとも確認して気に入らない汚れがあれば延々と拭いていたりする。
どこの出か知らないけれど、まったくの無教養ではなさそうだった。
それなのに何故調査兵団にいたの?とは未だ聞けない。
だってこの男とは政略結婚だから、調査兵団の武勲と結婚する器のある家と証明するための結婚だから。
「フルーツハーブティーは好きか。」
リヴァイが行方の無い考えを巡らせる私を、現実に引き戻す。
鋭い目つきが緩むことなく、前髪が目元に影を作っている。
「アールグレイが好きよ」
素直にそう言えば、リヴァイがいつもの顔をした。
不遇を期待に変えたような顔。
好きな顔ではないけど、そんなのどうでもいい、ただの旦那だから。
「良いもん食ってきたのに庶民的だな、俺も普段からアールグレイを飲む。」
「もうひとつ壁の向こうにも紅茶が?」
「あるに決まってんだろ、紅茶は地下街じゃ最高級品だ。」
聞き捨てなら無い単語に、思わず反応する。
紅茶のカップをそっと置いてから、問いただす。
「地下街?」
「ああ。」
「行ったことがあるの?」
「ある。」
「調査兵団はそんなとこまで調べるの」
「俺が地下街にいた時は調査兵団関係ねえよ。」
「どんなとこなの」
「肥溜め。」
言い切ったリヴァイが、私を見据える。
身なりも汚れていないし不潔ではないのに、何故か得体の知れない感覚を持ち合わせてたリヴァイ。
この人は、私の知らない汚さと闇を知っている。
私と正反対の生き方をした人と、私は結婚してしまった。
おぞましい事実のはずなのに、わくわくする。
御伽話を聞いた子供みたいな気分になり、つい口から零れた。
「王都で仕事を失った人ですら寄り付かぬ魔窟と聞きましたわ、そこの事情を知っているなんてリヴァイは非常に愉快ですね」
精一杯の愛情表現。
リヴァイが皮肉たっぷりに微笑んでから、疑いの目を向けてきた。
「俺は屋敷たまにしか帰らねえ、それでもいいとサインした女だから、もっとつまんねえ奴だと思ってた。」
「もっと美しい言葉を使いなさいませ、すこし綺麗に笑ったらどうです」
皿の上のシュペクラティウスをひとつ掴んで、リヴァイに差し出す。
無骨な指がシュペクラティウスを受け取り、するりと飲み込むように齧る。
ガリガリと齧るわけでもなく、仕草だけは綺麗。
どういう生い立ちなのか、時間をかけて聞くしかないのか。
リヴァイがシュペクラティウスを飲み込んだあと、黒のジャケットのポケットから袋を取り出した。
私の前に置き、目で合図する。
開けろということなのだろう、従いたくなくてカップから手を離し、手を膝に乗せて座り直す。
私の様子を見たリヴァイが、袋を開けて中身を取り出した。
袋の中には、随分と豪華な首飾りが入っていた。
そのまま袋に入っていたので傷がついているのでは、と思ったけれど、日差しの中でこれでもかと眩しく輝く。
一目見て、値の張るものと分かる。
石の輝きと組み方からして、特注品だろう。
貴族会でつけるような首飾りをこの時間に持ってくるような人は、初めて見る。
「どうだ。」
「どう、って、嬉しいですわ」
「馬鹿正直だな、つまんねえ。」
つまらない、と言われても目の前にある首飾りは素晴らしい。
本当は首飾りを手にして叫びたかった。
これを目にして騒げるほど、無教養な女になっていない。
「これは」
「調査兵団でも地位はそれなりのもんだ、これくらい買える。」
私の皿から無断でシュペクラティウスを手に取り、ひとつ食べる。
食べていいかの一言もないかと唖然としてれば、リヴァイがまたポケットから何か出した。
「これ、お前の婆さんのだろ。」
袋にも入ってない向き出しのペンダントがそのままトンとテーブルに置かれ、目を奪われる。
我が家の象徴である家紋を純金に押した蓋のペンダント。
どこをどう見ても我が家のものであるそれに、ぞっとする。
これは、祖母の葬式で棺に入れたはずのもの。
冷たくなって動かない祖母に、最後に大切なものをと、祖母が大事していたペンダントを棺に入れて。
「そんな」
動揺する私を戸惑わせないためか、リヴァイが喋り出す。
「俺の仕事中に突っかかってきた野郎がクソみてえな売人で、強盗から墓荒しで手に入れた売り物は地下の闇市で取引されるらしくてな、壁ひとつ向こうでお仕事してたから邪魔してみたらこの手合いの山だった。
阿漕な野郎だ、古いもんに値がつくのは当たり前として盗品を骨董品と最後まで言い張りやがった。」
「最後?」
「殺しちゃいねえ。」
唖然とし、そんな、どうして、と冷や汗が噴出す。
祖母の墓が荒らされていた事実と、それを落ち着かせるように現れた祖母のペンダント。
戻ってきたのは良いこと、だけど、もしリヴァイがいなければ我が家の家紋が出自も分からない下種な成金の手に渡っていたかもと思えば、眩暈がする。
胃にある紅茶の意味もなく背中から冷えていく私に、現実が迫った。
祖母のペンダント、盗む輩、それを取り戻すことまで出来るリヴァイ。
リヴァイと結婚した私、調査兵団の男と結婚するような気前を見せつけたかった家。
家の中の私、愛も知らぬ私。
目の前にある首飾りとペンダント。
「リヴァイ、どうして私と結婚を」
「意味はねえな。」
あっさり言い切るリヴァイを見つめ直す。
今にも泣きそうな私を見たリヴァイが、ははっと息を漏らすように笑う。
「俺がなまえに一目惚れしたから、ってのは意味になるか?教養あんだろ、本沢山読んだその頭で考えて教えてくれよ。
かなり無理言ったから何人かに嫌われちまって、俺がここ最近まともに話してる相手ってたらなまえくらいだ。」
教養は、ある。
でも気持ちのままに行動する人の心まで把握することなんて、知らない。
無言を貫こうとして、疑問が浮かぶ。
「無理って」
「なまえ欲しさに色々とな、まあそれもペンダントでチャラにしてくれ。」
いいだろ、と言うリヴァイを見て、ペンダントを握り締めた。
盗品を取り戻したのだから、大功績。
私欲しさに色々、ってなんだろう、私の知らない何かが動いていたのだろう。
美しいものだけがあればいいと考えて簡単にサインをしている間に、見えない何かが動いていて、リヴァイは私が好きだからという理由で色々して。
その色々が何なのか、分からない。
「俺のことを、なまえは愛せないだろう。」
私は、世界を知らない。
目に涙を浮かべたまま、リヴァイを見つめた。
「だから俺からの贈り物だ。」
愛せないと言われ、頭がぐらぐらする。
貧血でも起こしたか、紅茶に当たったか、熱でも出たか。
どれでもない。
「愛する、とは何かあまり分かりませんの」
「思いやりじゃねえのか。」
ペンダントから手を離し、リヴァイの手をそっと握った。
優しく、優しく撫でる。
愛するとは何か、私は知らない。
何も知らないまま結婚した私を待ち受ける愛とリヴァイとの生活は、どこに行き着くのか。
誰にも分からない今後を見守るペンダントと、私とリヴァイ。
リヴァイの気持ちに答えるにはどうしたらいいか、教養があるはずの頭が行き止まる。
目に溜めていた涙がぽろりと落ちて、手を伝って落ちた。
手に残された涙のあとを、リヴァイがなぞる。
愛の形は確かにあると知り、品性も知恵も役に立たないと知って、リヴァイと同じようにははっと息を漏らすように笑えば、リヴァイが私の頬を撫でた。






2017.09.25








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