未来への眠り





キャラクター名鑑で教官の身長体重誕生日まで判明する大事件の夏
というわけで教官おたおめ


内容はシリーズものの続きになってます
とにかく教官に幸せな後生を送らせたい勢









夢の中にいても、身体に痛みが走れば目が覚める。
心臓が動き、呼吸をして、何かしらに紛れ込みどさくさに紛れて人として生きていても、必ず眠り、そして目が覚めていく。
目覚める故に向けられる過酷な現実や希望に満ちた未来は、時に陥れられる。
汚泥の底に沈めば、大抵の人間は足掻く。
何もせず口を開けたまま生きるだけの人間を尻目に、もがき、足掻き、生きるための高みを目指す。
かつてはそんな人間ばかりの集団にいたはずの私が変わったきっかけは、身体に備わる生物的な部分を呼び起こす感情。
生きている限り避けられない痛みや快感や怖気といった感覚は、生きている実感を与える。
明けない夜はなく、夜のこない朝はない。
残酷な仕組みを理解するために、人は眠る。
生きたまま眠り、朝を向かえ何事もなく生きれるのなら、それより幸せなことはない。
私はそう思っている。
まどろみの中、聴きなれた泣き声で目を覚ます。
ふっと眠気から現実に引き戻されれば、胸が張った。
不快感はなく、ベッドから起き上がり足早に揺り籠に駆け寄る。
無機質な部屋に少しばかりの生活感を足したありふれた部屋には、あまり似合わない泣き声と揺り籠。
これくらい地味なほうが、私は落ち着く。
それはキースも同じのようで、家を変えようとか引っ越そうとか壁をもうひとつ向こうに越えて安全地帯に行こうとは言い出さない。
何より教官という職を辞める気はなく、身体にガタが来るまで引退しそうにはなかった。
2m近い身長に筋肉しかない鍛え上げた身体はそう簡単に崩れる気配はなく、いつまでも背格好だけは立派な団長だった時のまま。
私は変わっていく、そしてキースに追いつかないうちに、子供が育ちきるだろう。
服をずらし、まだ小さくて壊れそうな子供をそっと抱きかかえ胸に顔を寄せてやれば、すぐに胸に吸い付いた。
小さな身体はそのうち重くなり、キースに似れば相当背が高くなり身体ががっしりして、私に似ようものなら見た目だけで色々勘違いされる子になるだろう。
どうかキースに似ますようにと願いながら授乳していると、テーブルで書類を弄っていたキースが私を見ていた。
手を止めて見る、元は怖かったおじさんに微笑みかける。
「なあに」
皺だらけの目元、何かを潜めたような目、見るからに厳しくて融通のきかなさそうな顔。
大体の人間が怖がる容姿をしたキースに一目惚れしたのは新兵の頃だった。
三年も経てば飽きるとか、子供を産むと変わるとか、色々耳にはしているけど私自身は今のところそうなる気配は無い。
ただひとつの変化があるとすれば、キースだ。
見た目こそ異様に怖いものの、以前より含んでいた険しさと刺々しさと厳しさを一緒くたにした雰囲気が、どういうわけか薄れてきた。
厳しく堅苦しい感じに引き寄せられた私にとって物足りないものはあるけれど、不満はない。
年の功で積み重ねてきたものが薄れるのは髪の毛くらいでいい、と本人に言おうものなら怒鳴り散らかされ逃げる未来は容易に想像できる。
ただ、今はそう言われても怒鳴り散らすかどうか分からない。
もしかしたら鼻で笑って、馬鹿か。と言われ終わりかもしれない、そう思うくらい怖い雰囲気が薄れている。
私だけが幻覚を見ているのかもしれないし、授乳のしすぎで脳に栄養が行っていなくて違うものが見えてるのかもしれない。
それでも、何かが違う。
「不思議なものだな、泣いただけで腹が減っていると分かるのか。」
言葉遣いに違いはなくとも、なんとなく伝わる感じが違う。
いつもなら少しばかりの棘か後ろ暗さか覆い隠す感じがあったのに、何故かそれが無くなっている。
失われたというよりは、必要がなくなったのではないかと思う。
私と、私が抱きかかえる子供を見る目が、どうにも優しすぎる。
「なんとなく」
「なまえがなんとなくで分かることが、俺には分からない。」
気が抜けた時には一人称が俺になるところは変わってないし、言い回しが皮肉になっているのも変わらない。
「慣れたら分かるわよ、なんとなーく、お腹すいたかオムツか抱っこか分かる」
「どうやって分かるんだ、鳴き声は全部同じに聞こえるぞ。」
うーんとね、と考える。
見た感じは怖く、厳しく、今にも殺しにかかってきそうな顔つきをしたおじさん。
実は人間くさい内面を抱えた普通のおじさんなことも、もう分かりきっている。
「ほら、キースがお腹空いた時とか静かに近寄ってくるでしょ、あとムラムラした時は見下ろしてくるのとか、それと似た感じ」
まったくの別物だけどね、と付け加えると、溜息を漏らすように笑った。
笑うことが殆どなかったキースが、最近は鼻で笑う以外に口元をすこし歪めて笑う。
ふっと笑うと皺だらけの目元に皺が寄るところとか、口元に大きく皺が寄るところは、今でも好き。
「動物の勘に似てる。」
ここで、女の勘だとか産めるものしか持てない勘だとか、そういう言葉を使わないところ。
自分の感情に媚びないところが、とても好き。
「なんか隠されてこそこそしてると分かるでしょう、ああいうのと同じ」
「俺には出来ない。」
胸から口を離した子供を抱きかかえてキースに歩み寄る。
お腹がいっぱいになって落ち着いたのか、泣きはしない。
「出来るわよ、抱っこしてみて」
優しく言うと、キースが立ち上がって私と子供を見下ろす。
少しだけ腕から差し出してみれば、子供が何かに気づいたように目を私に向けた。
キースの大きな手が伸びてきて、壊れ物を預かるように抱く。
手に乗せて、すぐ身体を引き寄せ、私の手が離れてもいいくらいの加減になった頃、手を離してみた。
大きな手に抱かれる子供は、あまりにも小さい。
子供も誰に抱っこされたか分かっているのか、泣きはせず大人しくしている。
まだ微笑み始めるかどうかも分からない年頃でも、なんとなく分かるのだろう。
子供から目を離し、キースを見た。
いつもなら険しくて怖い目をして他人を見下ろしているのに、子供を見る時の目は妙に影がない。
もともと影のない目つきだったのかもしれないし、私が知っている怖いおじさんのキースは後々のもので元は優しいだけの人なのかもしれない、と思う。
団長になれる実力と、辞めてもなお教官として生きれる根性。
比べて私はなんだ、被虐心まみれで近づいてモノにしようとかかった哀れな女。
そんな女でも子を産めて、キースのこんな優しい顔を見れるのだから、女でよかったと思う。

子供が少しぐずった途端、大きな身体をびくりとさせて子供を私に寄越してくる。
扱い方が分からないようで、渡す手が固まっていた。
子供を抱っこして落ち着かせたあと、背中をさする。
小さくて柔らかい背中の下には確かに骨があって、肉があり、血管が通り、そのうち喋るし甘えられるし一緒に遊ぶし、大きくなれば憎まれ口も叩かれる。
キースがいればそれでいいと豪語していた私の人生に現れた希望は、愛しいばかり。
子供を抱っこしてると、キースが呟いた。
「この子は、どう思うだろうか。」
目をやれば何度目か見る、寂しい気持ちを厳しい態度で覆い隠した目。
ぐずられたのがショックだったのか、何か思うことが最初からあったのか、ぽつりぽつりと話し始める。
「希望に対して無頓着で・・・自分の可能性すら見えなかった俺が、他人のことなど分かるのか、なまえのことも全部は分からないのに、特に子供のことも・・・。」
「つまんない男なら、とっくに貴方の元から消えてるけど」
落ち込んだキースを叩き上げるように言いまわす。
こういうことは何度もしてきた。
団長を辞めた直後なんか、壁がボロボロになったこともあって精神不安定だったときに喜劇の役のように、落ちては上げてを繰り返した。
苦にはならなかった記憶があるので、今更なんとでも言えばいい。
子供がげっぷを出したのを確認して抱き変えれば、柔らかそうな頬が笑うように動いた。
幸せそうにしている子供を見て、キースがまた続ける。
「育てていくうちに親としても育っていくでしょう、育成は得意分野なんじゃないの」
「そうだな、だが・・・こうなると話は別だ。」
別、と考える気持ちがあるだけ親になる素質は多少なりともあるじゃないか、とは言わずに耳を傾ける。
聴きなれた大好きな声が、鼓膜に触れた。
「なまえ、思わないのか。自分の父親が団長の座を投げ出した挙句平凡に逃げた男だと分かれば、軽蔑するだろう。」
子供が大人になる頃には平凡が当たり前になっているかもしれないのに、と言いかけた。
時代は変わる、そして人も変わる。
環境や世代や時勢で、大体のことが人は決まってしまう。
それに抗うのが調査兵団だった。
無垢な新兵を扱きあげ鍛え上げる姿からは掛け離れた言動を聞いているのが私だけでよかった、と思う。
「この子が大人になる頃には、軽蔑しないような未来がきているかもしれないわ」
「未来そのものを選ぶ時期や見据える時期に、俺はいないほうがいい。」
はっきりと言い切られ、少々心配になる。
相変わらず私と子供を見たままだけど、逃げ出す気配はない。
ある朝起きてキースがいない、なんて事態は起きそうになくとも、こう言われると不安にはなるものだ。
「いたほうがいいでしょう・・・子供を全力で殴るとか怒鳴り散らすとかしないで、見守って時に叱る程度に躾を留めるのなら、子供は親を尊敬していくものよ」
根本的なところだけを指摘して口を噤めば、子供が声を発した。
何を言っているかは分からなくとも、声を出し、そのうち喋り出す。
希望でもあり未来でもある、子供とはそういうものだと理解していても、キースが踏み込めないのはもっと別のところに原因があるんだろう。
追及はしないし、何も探らない。
今のキースの相手だけをしたいと思う私は間違っていないと思いたかった。
キースが、何かを見つけて目をやるときのような顔をして呟く。
「躾か・・・新兵にすることを逆のことをすればいいか。」
「まあそうね」
キースは椅子に座ると、テーブルの書類をまとめた。
急ぎのものではなかったらしく、ペンもインクも散らばっていない。
「大人には子供を見守る義務がある、正しい道へ導くことも守ることも助けることも大人の義務、子供は説教されて不機嫌になるし、自分は特別だって思い始める厄介な生き物だけど、向き合っていけば大人になってくの」
そんなこと分かってるでしょう?とは言えずにいると、キースが少しだけ落ち込んだ顔をした。
何か思うことがあるなら言えばいいのにと思わずにはいられない程度には女で、今の貴方を愛したいと思う程度には自分でいる。
半端な生き物になった私がどうなるのか、それは誰にも分からない。
未来なんて考えても仕方ない、明日に生きろ、それくらい分かる。
「団長してた貴方なら、どういうことかわかるでしょう」
そうしか言えなくて、子供を揺り籠にそっと戻す。
言葉にならぬ声をあげているけれど、笑っているように聞こえる。
私にとって特別なこの子は、他の人から見ればただの赤ん坊。
そのうち喋ったり遊んだりイタズラしたりする日がくるのかと思えば、何もかもが楽しみになる。
揺り籠から離れて、キースの元に向かう。
落ち込んだ顔をどうかにしようと思えば、私を見て微妙に微笑んでいた。
薄暗さもない、ただの微笑み。
こんな顔をする人だったかと思うより先に、こちらも微笑が零れた。
椅子から立ち上がり、キースの大きな手が私を抱きしめる。
不思議と後ろ暗い興奮を控えた気分にはならず、ただ温かい気持ちになった。
子供も、抱っこされているときこんな気分なんだろうか。
「不安という程でもないが、なまえと俺の子供が幸せそうにしているのを見ると、ただの傍観者にすぎない俺が、こうしていいのかとな。」
「誰にでも幸せだって思うことを手に入れる権利があるわ」
私を抱きしめたまま、耳元まで顔を下ろしてきたキースが「俺でもか。」と囁く。
「もちろん」と返せば、そのまま抱きしめられた。
大きな身体に包まれて幸せ、と思えば耳元でボソリと呟かれる。
「なまえ…強請らなくなったな。」
意味することが分かり、顔が熱くなる。
抱きしめられようものなら、すぐ下着を濡らしたり脱いだりしてたし、今もやろうと思えばそうするだろう。
そういう気分になりにくい日なだけだと言い訳したくなり、腕の中から思わず抜け出そうとする。
「違うわよ!ただ…」
抜け出そうとしても、抱きしめる力が強くて抜け出せない。
腕の中でもがけば、首筋にキスされた。
久しぶりにその気になったのだろうか、キスをされただけでえげつないくらい反応してしまう下半身は健在で、自分に少し呆れる。
耳元の近くで何度もちゅ、ちゅ、と音がして、股が熱を持ちじわじわと出来上がっていく。
「ほら、あれよ、まだお腹がぷにぷにしてて」
「関係ない。」
顔を見れば、至って普通の顔をしていた。
したいときの顔じゃないのに気づいて、早とちりは自分だけだったと気づき哀れになる。
下着の中は後でどうにかするとして、とにかく違うことを考えた。
「むかーしむかし、怖くて背が高くて他の兵士から怖がられてるおじさんがいました、おじさんは怖がられてる前は、立派な騎士でした。
立派な騎士だったおじさんは、剣の持つ力を抑えきれず、剣を手放しました。
剣を手放したおじさんは、騎士であったことの意味を探している時に、騎士の時に会っていた変な女にひっかかり、お互いを抱きしめ合うと魔法にかかり、王子様とお姫様になりました。
お姫様は子供を産んで、家族みんなで暮らしましたとさ、どう?そのうちあの子に聞かせたいな」
「はしょりすぎだ。」
軽く抱きかかえられて、重くなったとか太ったとか言われないかと思ったが、そんなことはなかった。
軽々と抱きかかえられキースの硬い肩に顎を乗せ、背中と腰を抱えられたまま脚が宙ぶらりんになる。
後ろで揺り籠の中にいる子供が何か言う声が聞こえた。
構って、または抱っこして、だろう。
降りようとした私を察したのか、抱きしめられたまま揺り籠に向かってくれるキースの背中を、そっと抱きしめた。







2017.08.18









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