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おぜんざいさんリクエスト
男子高校生と如何わしい関係になったら死にかけた14.5の続きの小話


本誌ネタバレ含みます
ライナー誕生日おめでとう







遠く、遠く、出会った土地から離れて月日は経った。
時にして数年といえど、遥か昔に感じる。
ライナーが名実ともに「大人」になってすぐ、私達は土地を離れ暮らし始めた。
上手くいくか不安だったことも、ある。
「故郷に近いところは嫌だ」と呟いたライナーの小声を聞き逃さなかった私は、地図上で遠くにある場所に移り住み、上手いことやっていく選択をした。
どこまでも二人でいける、と言ったライナーの気持ちに嘘は微塵もなかったようで、知らない土地でも働き、食べ、寝て、毎日を過ごす。
生きることを諦めないライナーと、その背後で生きる私。
ありふれた光景に、ありふれた男女の関係。
私の下腹部は白玉のように膨らみ、ライナーと私の間に育まれた愛の結晶を宿し、次の季節を迎える前には命を産むだろう。
ライナーは私の膨らんだお腹を撫でながら、微笑んでいる。
「なまえはその時どうしたの?」
私のくだらない昔話に、ライナーが興味津々といった様子で目を向ける。
お腹の中にいる子供に聞かせるには少々耳の痛い失敬な話でも、今はまだできた。
「ムカついたから言い返して殴ってやった」
あはは、と笑えば、ライナーも笑った。
遠く離れ暮らして分かったことが、いくつもある。
ライナーは見た目とは裏腹に、驚いてしまうくらい子供っぽい。
甘えてくるタイミングが大人の私には理解できないし、大人に見えることもあれば、時折不自然なくらい子供の顔になる。
精神年齢でいえば、下手をすれば10代前半で止まっているだろう。
それを覆い隠すような性格で、ライナーは成り立っている。
覆い隠してある上澄みが好きなわけではないので私は問題ないとしても、この性格にベルトルト君は戸惑っていたと今になり思う。
くだらない昔話を続ければ、ライナーが私の肩に寄りかかってきた。
「イライラしたら殴っていいなんて聞いたことがない。」
疑問もなさそうな、無垢な回答。
「アホにはアホで対処するのが一番、ってだけよ」
ライナーの額にキスをして、ソファに横になる。
大きなお腹を抱えて生きるのは大変で、離れた土地で働いて食べて生きるよりも困難が付きまとった。
それでも私を支えるライナーは、根っから優しいのだろう。
ソファで横になれば、ライナーも同じように横になった。
腕を差し出し、腕枕にしろと迫る。
大人しく頭を置いて、逞しい腕に頭を委ねた。
筋肉ダルマのような腕を持っていても、ライナーはとても子供っぽい。
覆い隠すためにある性格は大人の性格でも、ふとしたことで揺らぐ。
それでも、離れた土地で暮らし始めてから暴力も暴言もないので性善説を信じたかった。
腕枕をするライナーを見れば、目を閉じている。
リラックスしている間に、と起き上がりトイレに行こうとソファから抜け出す。
大きなお腹に気を使い、足を動かせばライナーに腕を掴まれた。
起き上がるのを手伝うのかと思えば、少しだけ腕を引かれる。

「待って。」
その言葉で、すぐに気づく。
「どこに行くんだ。」
ライナーの不安のスイッチは、いまでも分からない。
諭せばすぐに治まるから、何かしら原因があるんだろう。
「トイレよ」
原因を知りたいわけじゃない、問い詰めたくもない。
だからこのまま、と思いを込めて笑う。
「本当?」
疑っているわけじゃなく、ただ不安でそう言う。
まるで子供、でもライナーの性格だから、仕方ない。
「一緒に行きたいの?」
そう返すと、いきなり顔を赤くして腕を放してくれた。
ライナーが少し俯いて、私を上目遣いで見てから、また伏目がちにする。
「そんなわけじゃ・・・。」
不安そうにするライナー。
トイレに行く選択を一旦辞めにして、ライナーと向き合う。
ライナーの柔らかい金髪を撫でれば甘い目をされて、つい撫で過ぎてしまった。
筋肉質な身体に厳しい顔をしたライナーが、私にだけ甘える。
私にしか腹を見せないのが、嬉しい。
「なまえ。」
私に撫でられて絡まった髪を直しもしないライナーが、大きな身体のまま私に縋りつくように話しかける。
「ここから・・・前いたところまで、どれくらいかかる?」
「半日かかるんじゃないかしら」
飛行機で、と付け加える手間を観察に回した。
ライナーの見た目は、頼もしくて頼れる男性で、最近伸ばし始めた髭も最高にセクシー、がっしりした身体に呼び寄せられる女は数知れない。
ただ、目だけは子供のままなのだ。
「戻りたいの?」
そう聞けば、違う、と呟かれる。
伏目がちにするライナーは、何を見つめているのだろう。
大きく膨らんだお腹を見ているのかもしれないし、別のものが見えているのかもしれない。
「なまえと一緒にいれるところがいい、でも、なんか・・・・・・・・・・・・・・・俺、なまえとずっと一緒にいたい。」
「私もよ」
一瞬の間に、ライナーは何を思ったのだろう。
考えても、私じゃ答えを掴めない。
ライナーが私を見て、行き場のない答えを探し始めた。
「俺はもう大人だ、そうだよな?」
「どう見ても」
「俺の、夢があって。」
夢、と思えばライナーはそこで口を閉じた。
そして何か悪いものでも見たかのように、顔を青くする。
名前を呼んでライナーの頬を撫でて抱きしめてあげたいけど、こういう時に出来ることは、なにもしないこと。
ライナーから何かを言うまで、私は黙る。
そして、しっかりと受け止めて大人の対応をすること。
俺の夢は、と言ったまま、ライナーが飛んだ話を始める。
「なまえはどうして俺と一緒にいてくれるんだ?」
「愛してるから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう、だよな。」
「そうじゃなかったら何なの」
一緒にいる理由は、友情なら友達だから、家族なら家族だから、恋人なら愛情があるとか、色々言える。
分かっていても、不安が一生付きまとうのだとすればライナーの心の傷は深い。
わざわざ傷を抉るようなことはしたくない、だから何も聞かない。
今のライナーが好きだから、過去なんてどうでもいい。
でも、こうなってくると少しだけ気になるのは、私がまだ人として出来てない証拠。
「なまえは俺と一緒に行ってくれたのは、俺が・・・色々して、だから。」
「それは関係ないわ」
「ああ、じゃあなまえに子供が出来たから、俺の側にいてくれるんじゃないのか?」
「そうね、子供にお父さんの顔見せたいし、そういう意味では当然一緒にいたいわね」
ライナーが、また黙り込む。
あまり長いようならトイレに行きたい気持ちが破裂するけど、その前にライナーの気持ちが破裂してしまうかもしれない。
定期的に決壊するわけではないと分かっていても、こういう目をされたら動けないのは誰だって同じ。
寂しがる子供の目。
瞳孔が開いて、眼球を覆う瞼の筋肉が緩く開く。
そんな目をした人を、放っておくことはできない。
ソファに座ったまま、ライナーが呟く。
「夢、夢はな。」
「うん、なあに?」
「俺は・・・すごく、すごく・・・父さんと母さんと暮らしたかった。」
閉口。
そうするしかない言葉に、胸が詰まる。
ライナーの元には母親しかいないことは、離れた土地に行く際に挨拶した時に会っていたから知っていた。
お父さんはどうしたの、なんて聞くことはしない。
家庭には家庭の事情があるから、そんなことは大人なら分かるから。
でも、いざ目の当たりにすれば閉口する。
「俺と母さんは、父さんと暮らせたのに、父さんが嫌だって。」
「辛かったね」
「わからない・・・父さんは俺が嫌いだから、父さんが辛いんじゃないの?」
私じゃ理解できないことを、ライナーは平気で言う。
「知らないんだ、俺、どうしたら父さんらしく出来るか・・・本とかドラマの父さんは違うし、父さんは母さんのことが嫌いで、俺のことはもっと嫌いだったから。」
辛い、辛い思い出。
断片的に語るために思い出す出来事が辛いのだろう、ライナーの目尻が歪む。
「俺も・・・。父さんになった俺はなまえのこと嫌いになる、そうなんだろ?」
「私はライナーのことを嫌いにならない」
一言、それだけ言う。
不安を覆う言葉は肯定ではなく、安堵を呼び寄せる言葉でないといけないのは、わかる。
私も昔は子供だった。
どうしていいかわからないときに欲しいものは、この上ない安心。
ライナーは、いつになったら安心できるんだろう、
もし安心することがあるなら、その時に側にいたい。
それが私の夢。
私の夢は、私の中で完結する。
ライナーの夢は、出口も見つからず光も見えない迷路で彷徨うようなものだった。
光になりたいと思うことは、きっと行き過ぎている。
一緒にどうにかしたいと思わないほうがいいことも、分かっている。
大きなお腹を抱えた私は、ただ黙る。
「俺が・・・ベルトルトとアニと一緒に行ってた理由も、他の奴が裏で色々してたからだったし・・・。」
「ライナー、辛いことは考えなくていいの」
大きな手が、自らの額を押さえる。
何かを考えるとき、辛いときにライナーがいつもする仕草。
太い指で目元が覆われて、悲しそうに見えた。
「頭の中を這いまわるんだよ、どっか行ってほしいことが全部なにもかも、なまえとこうしてるのに、なまえに分からない。」
額を押さえたライナーの腕を、そっと撫でる。
汗をかいてないことを確認してから、ライナーの頭を撫でた。
撫ですぎてぼさぼさになった髪を元通りにして、筋肉で覆われたうなじを撫でてから諭す。
「言いたくないこと、辛いこと、私にもある。昔のことや辛いこと、過去を乗り越えて今のライナーがいるんだから」
大きなお腹の私を見捨てないライナーは、父親をやる気があるんだろう。
同時に、逃げてはいけないと責め立てる事実になっている。
気づいたところで私に出来ることは限られていた。
ライナーが本当に過去を乗り越えているのか、私には分からない。
一時期最高に不安定になり、私の上に馬乗りになって怒鳴り散らしたときよりは落ち着きを見せている。
あの時は私が迂闊であり愚かであったことを忘れてはいけないし、忘れる気もない。
目の前のライナーは、私を愛してくれる。
私も、愛してる。
「ライナーは、私のことを愛してるって言ってくれた。私はそれが、嬉しいの、自分なんか愛されるに値しないって思うのは皆同じよ、本当に愛してくれる人と愛される人が一緒になれば、それだけで心は救われていくの」
救える存在になれるのか、わからない。
それでも誰かを救える人でありたい、我儘な願いでもいいから、それだけは守りたい。
「俺も、そうなれるか。」
ライナーの目が、一瞬だけ晴れる。
大好きな本を見つけた子供のような目。
それを見て、微笑まずにはいられない。
「なれる、諦めないのなら絶対になれる」
窓から陽が差して、私達を照らす。
もうすぐ夕刻が近い。
夜になる前に夕食を作って、お腹を労わって、眠りについて、朝を迎える。
私達の朝はいつも希望に満ち溢れている、そう分かっていても不安に包まれたライナーを抱きしめ続けることが出来るのは私だけなのだろう。
神にはなれない、聖母にもなれない。
ライナーを抱きしめるために産まれたと思うことくらい、浅はかなことは出来る。
泣き出そうとしないライナーに微笑みかければ、ライナーが少しだけ安心した顔をした。







2017.08.01








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