09



りっくんさんリクエスト
静寂の恋 続き


続き全然書いてなかった事実を目の当たりにして倒れそうになった







透明な水を固めた大きな壁の向こうには、広間があった。
無機質で規則性のある岩を整えた壁に、申し訳程度に草花や板を積み重ねて出来た置物があり、その置物の近くや側で人が寛いでいる。
皆同じような白い服を着ている、と見渡せば違う服を着た人々も見かけられた。
数は、ざっと見て50ほど。
それも全員が子供だ。
この全てが近界民を倒すために育成されていると知ると、少々えげつなさを感じる。
春秋が私を連れて歩けば、子供達が目を向けた。
その子供達も、一様に髪と目の色が黒色か茶色で僅かな恐怖心を感じる。
リーベリーには瑪瑙の瞳から汚泥の瞳まで様々で、外見から身分を察することができた。
ここの世界の人は、ぱっと見ただけでは分からない。
それは恐らく私がまだ来たばかりだからなのだろうけど、疑問に思わざるを得なかった。
「こんなにいるの」
そう言うと、前を歩く春秋が大きな板の置物が段差をつけて二つ置いてある前で止まり、下のほうにある板に座る。
春秋がもうひとつ、目の前にある板を差したのでそこに腰掛けた。
すると、春秋が驚く。
「椅子に座るんだ、これは机。」
「そうなの?じゃあ椅子に座る」
椅子、と呼ばれた長い板に座り、春秋と大きな机を挟んで座った。
机と椅子、リーベリーでは馴染みのないものだ。
なにかを置くときには水晶に手を加えた台座や、大きな海綿生物、珊瑚を使う。
目の前の春秋ではなく、周りにいる子供達を見ていると春秋が私に話しかけた。
「三門市は近界民の大規模侵攻で大きな被害を受けた。失ったものが多いという人間が数多く存在する。だからボーダーになりたいと思う人間が多くて、いつもこの有様だ。他県から来るものは極僅か。」
「他県?」
「違う領土ってこと。」
「ああ、そうなの」
この領土が襲われたとして、他の領土の人が戦いこないと言うことは、まあ、そういうことなのだ。
皆戦いが怖い。
未知のものが、怖い。
私は今、この広間にいる子供達に近界民だとバレてしまえば全員から暴行を受ける対象になることが怖い。
皆、なにかの恐怖と戦い、そして勇気を持つ。
リーベリーも、何年か戦争していたときはそうだった。
将軍は勇ましく死に、兵士は讃え、捕虜は嬲り殺され、敵国に勝てば金になるものを奪い、領土を占領する。
野蛮をやってのける勇気ある戦士に平民は勇気を貰い、そして生きる。
そういうものではないのか、この世界はそうじゃないのか。
「皆子供じゃない、どうして」
疑問を投げかければ、春秋は微笑んだ。
「トリオン器官の問題と、こっちでは大人は忙しいんだ。」
「トリオンの問題だけでいいの?」
そうだ、と春秋。
通り過ぎた子供達がまた私の顔を見たのに気づいて、すこし身が冷える。
砂色の髪は、目立つ。
そういえば自分の瞳の色が何色かまだ確認してないことに気づいて、すこし俯く。
目を向けてしまっていいのか、悩んだ。
机を見て、春秋に聞いた。
「私のとこは、階級によるわ。国王の血筋に近い貴族は色んなことをして、世界を動かしていく、貧しい平民は穢れの多い仕事をして一生を過ごす。
平民が形勢逆転を狙いたいなら武将になるくらいしかない、だからリーベリーの軍隊は重要な組織よ。
だけどここ・・・と言うより、この組織はみんな同じに扱われるの?身分や生まれはどうでもいいの?」
私にとっては、疑問だった。
きっと、身分や生まれは二の次の国なのだろう。
それは春秋が海で裸のままの私を犯さずに然るべき機関に保護していったように、この国では当たり前。
なんとなく、そんな気がしていた。
巨漢のレイジ、明るい陽太郎、そして春秋。
春秋は説明するように、ゆっくりと話す。
「隊員である限り、皆平等だ。隊の階級はあるけれど、実力により変動していく。全員にチャンスがある。」
「賭博のようね」
そう言うと、春秋が笑った。
春秋が笑うと目元に少しだけ窪みができて、皮膚の下の頭蓋骨を想像する。
リーベリーの民とは違う頭蓋骨をしているのだろうか、気になるけど、聞いたらきっと怖がられてしまう。
すこし遠くで子供達がトリガーを手にしているのを見て、春秋に目配せしてから聞いた。
「こちらの世界のトリガーは皆あの形なの?」
「そうだよ、なまえのところは?」
こうして、私のような立場の者を気に掛けてくれる。
近界民なのに、偶然春秋が見つけただけだというのに、私は春秋たちの敵なのに。
海にひとり溺れたときの僅かな記憶。
爪から骨へ侵入する、冷たく痛みとは違う寒気のある違和感。
自分の手を見て、説明する。

「爪や歯をトリガーに改造するのが殆どよ。その場合は爪を強く刺激するか、歯の中に埋め込んで強く噛むと起動する。筋肉の動きですぐに起動できるから水中戦には適応性が高いの。
私は爪も歯も弄りたくなかったから、指に嵌めるタイプのトリガーを使っていたわ。水かきの部分と癒着するから指をまっすぐにすればトリガーが起動する」
指に嵌めたトリガー、それを押そうとして、そこから先は出来れば思い出したくない。
歩く訓練をさせられたことだって、とても痛かった。
春秋と本当の姿で再会するまでのことは、良いことばかりではなかった。
手指をぴんと伸ばせば、春秋が興味深そうに言った。
「そうしたら、こっちのトリガーに慣れるのには時間が掛かるかもしれない。」
「どれくらいかかるかしら」
「武器も内臓されたトリガーだから、いちいちトリガーをオンオフにしないといけない。なまえはその必要がないから、追々教える。」
「武器は何になってるの」
「普通の剣だ。」
「変えたいわ、兵士は剣ではなく、自分の背丈より高い槍を持って腰には銃って決まりがあったから、そのほうがいい」
兵士や平民は生身で、戦士と貴族だけがトリオン体になれるということは伏せた。
私は両方やったことがあるけど、トリオン体のほうが戦いやすかったのは事実。
「出来ないこともないが、冬島に頼んで変えるか?」
そう言った春秋に向かって「東さああああん!!!」と駆け寄る声が向かってきた。
すぐに耳に手をやり内耳の感覚を下げ、声質に対応する。
春秋の声は低くてうるさくないから、こういう明るい声には耳がまだ慣れていない。
駆け寄ってきたのは、うすい茶色の髪を前に整えた少年と黒髪できつい目をした少年だった。
東さん東さんと駆け寄ったうすい茶色の髪を前に整えた少年が、私を見て露骨に驚く。
「えっ、誰!?」
そして気づく、うるさい少年と私の服装が一緒だ。
後ろにいる黒髪できつい目をした少年は、また違う服を着ている。
にっこりと笑った春秋が、少年の肩を押さえた。
「小荒井、なまえだ。一時的にうちの隊員。」
春秋が、少年を諭す。
小荒井と呼ばれた少年が、春秋と私の顔を何度も見て焦った。
「へっ?あ、あの・・・。」
やはり、私は異質な見た目なのだろう。
内耳の感覚を下げ、笑いかける。
「言葉、わかるよ」
「うおおおお安心した!どうも!東隊アタッカーの小荒井登です!」
小荒井の後ろから、きつい目の少年も挨拶してくれた。
「米屋です、ども。」
きつい目の中にある瞳孔が真っ黒なのに、それを覆う瞼が釣り上がっていて怖い。
海洋生物のような雰囲気のする米屋に笑いかけると、小荒井がすぐに質問攻めにかかった。
「東さんの大学の留学生ですか?日本語すげー上手いし、諸々平気だったんですか?っていうかボーダーに一時入隊とか大丈夫なものなんだ。」
全部に正直に答えたら、大変なことになる質問を平気で投げかけてくる。
知らない人からすれば私こそが未知の塊なのだ。
小荒井は、目をきらきらさせたまま私に歩み寄った。
「暇なら個人戦しません?」
「個人?」
「一対一で戦うんですよ、あ、武器の設定とかは終わってますよね?ねえ、東さん!」
口ぶりからして、練習試合なのは伝わった。
この身体で戦えるかどうかは分からないけど、ばれないように過ごさなければ。
「終わってる。なまえがよければどうだ。」
どうだと薦める春秋の押しと、少年のやる気を断るのは気が引ける。
「やってみたい」
いよっしゃーと嬉しそうにする小荒井の背後で、米屋はとても難しそうな顔をしていた。
私と小荒井が戦うのが気に入らないのか、と思えば米屋がいきなり私に話しかける。
「すいません、もっかい名前教えてもらっていいすか?」
見た目の雰囲気は正直不気味だったけれど、声を聞いて分かるのは、米屋は分け隔てのない性格だ。
砕けた言葉を無視するつもりもなく、もう一度名乗る。
「なまえ」
春秋がつけてくれた、この世界での名前。
私は気に入ってるし変える気はない。
名前を聞いて、米屋の顔が僅かに何かの確信を掴んだように変わる。
「あー・・・わかる、確かにオレこれ分かるわ。」
「何が?」
「あの、なまえさん最近まで怪我してたりしませんでした?」
心臓が激しく鳴り、身体が冷えた。
春秋と一瞬目配せすれば、春秋は米屋のほうを見ていた。
「はい」
「あー!じゃあそうだ!間違いない!」
喜ぶ米屋に、小荒井が寄りかかった。
「なに?なんなわけ?」
「ほら、焼肉の時に言ったじゃねえか、姉貴がどうのって件。」
その言葉を聞いた小荒井が、ああ、と声を漏らす。
疑問に思い見つめていると、米屋が笑顔で話し始めた。
「いやあ、チームメイトに秀次っていうやついるんすけど。」
ぞく、と背筋が凍り動けなくなる。
先ほど起きた出来事が蘇りそうになり、秀次の顔が浮かんだ。
私が近界民だと知り、激昂、憎しみ、憤怒を混ぜた顔をした秀次を春秋が押さえていた恐ろしい光景。
それを知らない米屋は、話を続ける。
「なまえって人が自分の姉に似てるって最近言ってて。」
「えっ」
秀次との出会いを思い出す。
手を握られ、額に汗を浮かべ息を詰まらせた秀次が「姉さん。」と強い声色で呼んだこと。
しゃがみこんだ黒髪は春秋と違って怖かったことも、覚えている。
唖然とすれば、米屋は気さくに話し始めた。
「別にこれ変な意味じゃないすよ?秀次の姉は大規模侵攻で死んでるんで、オレは秀次の古いアルバムでしか、あいつの姉を見たことないんすけど、いやーこう、なまえさん、すこし横向いてもらえますか?」
そう言われ、渋々横を向く。
斜めに向いて、春秋を目を合わせた。
春秋はしっかりと私の鼻筋のあたりを見つめているようで、目が合わない。
そして、米屋が自分の手と手を叩く。
「わかった!あいつ、髪の長さと輪郭とか、雰囲気のこと似てるって言ってたのか!」
雰囲気、という顔や身体の造形ではどうしようもないところが似ていると言われ、困惑した。
自分の顔は触っているから分かるが、この世界の人よりも鼻が高く目が大きく、頭部は小さく毛色も違う。
大規模侵攻で姉が死んだ、そう知っただけであの目つきと暗い声の真相が知れた気がする。
秀次の不気味さは、悲しみと憎しみから来ている。
そう知ってしまった私を置いて、米屋は続けた。
「なまえさんどう見ても外人じゃないすか、めっちゃ日本語上手いし名前きいてあれ?似てないじゃんとは思ったけど、うおー納得。」
「秀次は、私のことをなんて?」
怖いもの知りたさの気持ちが沸く時点で、私の精神は荒んできている。
知っても傷つくだけのことを知って、私はどうしたいんだろう。
こうしている間にも、秀次が私を倒すために武器を調達していたら、と思うと米屋が明るく告げる。
「ん?最近は聞いてないすよ、ただ少し前・・・一週間くらい前はよく言ってた。東隊に入るんじゃ、ライバル同士じゃん?だからあいつも言わなくなったんだなーって今納得してる。」
米屋に続いて、小荒井が続けた。
「何せオレらの東さんだからな!東さんが認めるってことは実力あるんですよね!?」
一応、と頷くと「なまえさん!個人戦しましょうよ!」と言われ、春秋を見る。
春秋は頷いて、小さな声で「いってらっしゃい。」と言った。
安心して、小荒井の後に続く。
詳しい説明は後で聞くとして、この組織は平和である事実を突きつけられ、私の心は揺れる。
本来なら拷問されていいのにと思う私の考えは、この世界で異質なのかもしれない。
それが分かっただけで、少しだけ前向きになれた。








2017.07.28








[ 246/351 ]

[*prev] [next#]



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -