乳白色の慄き




水瀬さんリクエスト
荒船とお風呂に入って、荒船がお湯に顔をつける練習をする






寝転がって、まるでそこにバランスボールがあるように腰を左右に動かしてから脚を曲げて腰を上げる。
引き攣るには足りない運動をすれば、背筋から腰の付け根が締まった。
これだこれだ、と続けていると、哲次くんがお茶を飲みながらポストに入っていた郵便物をテーブルに置いてジャケットをテーブルに置く。
「なまえ、その体操なんだ?」
テーブルの上にある冷奴と麻婆豆腐には目もくれず、私を伺った。
「腰ダイエット体操」
外が暑かったのか、少しだるそうにしている哲次くんの手が赤い。
日焼けのあとにしては妙に敏感だ。
泳ぐことが出来ないから海に行っても皆の背中にオイルを塗る係に徹する哲次くんの肌や感覚は、想像よりも敏感なのかもしれない。
哲次くんの手を伺いながら脚を曲げて腰を上げるセットを繰り返していると、まじまじと見られた。
「そんなにやる必要あるか。」
そりゃあ夏だから!海だから!とは言えない。
「椅子に座ったときに腰を痛めないようにするためだよ、あと背筋を鍛えるため」
「なまえ、背筋をやるなら同時に肩も鍛えないとキツいぞ、無理はするなよ。」
木崎さんを目指す哲次くんの的確なアドバイスに、腰が鳴る。
疲れた様子でシャツを脱ぐ哲次くんのしっかりした背中が憧れとまではいかないけど、締まってていいなあと思う。
ほっそりとした体型を目指したいのは女性共通でもあるけれど、と思ったところで肝心要のことを口にした。
「哲次くん、ご飯いいの?」
二人分の冷奴と麻婆豆腐、冷蔵庫にはデザートの抹茶プリン。
ご飯を食べてからお風呂に入って寝るのか普段の流れだけど、どうにも疲れたのか哲次くんが呻く。
「先に風呂にしたい、なまえ。一緒に入るか。」
もはやなんでもなくなったことのように、そう口にする。
えっ、とドキドキする間も与えずに脱いで脱衣所に向かう哲次くんの背中を追うため、体操をやめた。
心なしか背筋が締まった気がするけど、結果なんて続けないとわからない。
「うん、入る!」
答えれば脱衣所から「早く来るといい。」と聞こえた。

バスミルクを入れた心地のいい薔薇の香りのするお湯で、肌を撫でる。
横で雑に身体を洗う哲次くんをよそに、乳白色になったお湯で顔を撫でた。
顔に触れたお湯が首を伝っていく感覚を堪能していると、それを見ていた哲次くんがぼそりと呟く。
「よくそんなことできるな。」
風呂場では、小さな声もよく響く。
いつも聞く声だったけど、その声には確かに疑問という疑問が付着していた。
「え?普通だよ」
「そうか、体育のあと水のみ場で頭洗うのにも抵抗あるから、俺には無理だ。」
「それは私も抵抗あるかな」
よくCMである光景。
部活中に疲れた男子が水のみ場の水で頭を洗ってから、清涼飲料水をがぶ飲みして美味しいとか生き返るとか言う。
ああいうものは見ていて疲れもしないし興味もわかないものだけど、哲次くんが水のみ場で頭を洗おうものなら女の子達が狂喜してそうだ。
実際は水のみ場なんて使わないし、使うとしても汚れたものを洗うくらいの応急処置場。
水に濡れた色っぽい哲次くんは、普通見れない。
どれだけの女の子が憧れているかは想像に難くなかった。
私は何の苦労もなしに哲次くんのお風呂を眺めているけど、羨ま死ぬ女の子がいてもおかしくない。
哲次くんのお尻にある噛まれた痕とか、知る人間は数少ないからだ。
身体についた泡を流す哲次くんが「痛い。」と言った。
見てわからないだけで、やはり日焼けあとがあるんだろう。
流れていく泡を目で追っていれば、哲次くんがバスミスクのお湯に浸かった。
オールバックにされた癖のある髪は、まだ濡れている。
眉毛についたお湯を指で拭っている哲次くんを見てドキドキして恥ずかしくなって、口元まで深くお湯に浸かった。
もったりとお湯に浸かる私を見た哲次くんが、再び声に疑問を付着させる。
「…よくそういうことが出来るもんだ。」
哲次くんは、泳ぐのが大の苦手。
それどころか顔に水をつけるのも苦手で、水がかかわることに関しては子供のよう。
知ったときこそ驚いたものの、今では完璧に見える哲次くんの可愛い欠点として受け入れられた。
姿勢をずらして、狭くなった湯船で脚を曲げる。
膝だけがお湯から出て、哲次くんは両腕を湯船の縁にひっかけるように置いた。
ふう、と息を吐き出して疲れを癒す哲次くんの側にいれることは嬉しい。
こういう時だからこそ言えることも、あるのだ。
お湯に顔を入れて、軽く顔を洗ってみる。
バスミルクの成分を肌に染みこませ、明日の肌がつるつるになるようにと洗ってから哲次くんを見れば、真顔になっていた。
「やってみて」
「嫌だ。」
即答も想定内、バスミルクの成分を哲次くんの肌に染みこませ、あわよくば自分と同じ香りで朝目が覚めたい。
下心を察する気持ちよりも恐怖が勝ったらしく、哲次くんの顔が強ばった。
「いやいや、そう言わずに」
顔を振り、無理だと伝えてくる。
わざとらしく身体を寄せて胸を哲次くんの胸板に押し付けてみれば、哲次くんの真顔がすこしだけ綻ぶ。
「何が怖いの?シャワーやお風呂そのものは平気だよね、泳ぎはしなくても温泉や、こういうちょっとオシャレなお風呂で顔を洗うくらいは」
単純な疑問を口にすれば、哲次くんが目を逸らす。
長い睫毛がはっきり見える程度に伏目がちにした哲次くんが、お湯を見つめた。
乳白色、不透明、湯船の底どころか腕を入れれば先は見えない。
まるでそれらが異物のように思えているかのごとく、語り出す。
「シャワーは水滴の塊だ、顔を下に向けて気道を確保すれば呼吸できるし洗える。洗顔料を顔につけるときは口を空けて呼吸するか、僅かに息を止めればいい、湯船は首から下を暖めれば問題ない。
だが海やプールはどうだ…あれは全身を水につけることが前提だ、顔を水に入れたら息ができないだろ…無理だろ…この国の死因で多いもののひとつに風呂で溺死なんてのもあるくらいだ、万全を尽くさないと命が刈られる…。」
言っていることが妙に小難しいのは、動揺しているからだろう。
風呂なのに青ざめる哲次くんの肩を掴んで、説得する。
「私がいるし大丈夫だよ」
「なまえが側にいても危ない時は危ないし死ぬ時は死ぬ。」
頬に手をかけようとして、遮られた。
「いや待て、なまえ待て待て待て、あのな、水につけたまま呼吸できないだろ?その間どうするんだ、呼吸したくなったらどうする。」
「その間呼吸を止めていればいいんだよ、一瞬だけ、哲次くん呼吸とめるの苦手だった?」
「そうじゃない違う、別に陸上にいる時は関係ない、水が顔にあたるかもしれない状況で呼吸を止めたらと思うと…。」
私にまで飛び火した疑問は、膨れ上がる。
苦手なものは、本人にしか分からない。
何故苦手なのか、どうして嫌なのか、どうして怖いのか。
自らが反射的に判断してしまうものを超えることは、少しだけ努力がいる。
「なんで水がそんなに苦手なの?」
「こう…顔というか、全部包まれて身体の中の何もかも止まる感じが…」
「顔洗うときは?」
「さっきも言ったが口呼吸。」
「石鹸入らない?」
洗顔料なんて、まずいし口に入ると気持ち悪い。
哲次くんは格好よく答えを告げる。
「入らないよう訓練を積んできた。」
水も滴る良い男の哲次くんが、そろそろ上せてきたのか顔が赤い。
濡れた髪を乾かす頃には、いつもの顔色に戻るだろう。
それでも私は、この話題を続けたかった。
「水の中に入ったまま顔をつける訓練も積んでいこうよ!」
「無理。」
断言する哲次くんを見て、本気なんだ、と悟る。
そっかと呟いてから、すこし腰をあげた。
濡れた髪をまとめていたのに毛先が肩について、胸に垂れる。
それを見た哲次くんの視線が釘付けになってるのを見て、やっぱりいつもの哲次くんだ、と安心した。
狭くなった湯船で身動きを取るのは、すこし苦しいけどお湯のおかげで気持ちが良い。
腰ダイエット体操のおかげか楽に腰が上がり、おっぱいの間に哲次くんの顔を招き入れて抱きしめる。
「よしよし、哲次くん、水は怖くないよ」
濡れた髪を撫で、頭をそっと抱きしめ肩を抱く。
大きめの肩にガッシリとついて取れなさそうな筋肉は、哲次くんの努力の証。
格好いいな、と思って肩を撫でて、それから勢い良く首まで湯船に浸かる。
身体が温まると同時に、おっぱいの間にいた哲次くんの顔がお湯にダイブした。
癖のある髪の毛が、一瞬だけお湯に浸かり泳ぐように揺れる。
予想外のことに驚いた哲次くんが動物のように身体を動かし暴れてから私の腕の中から抜け出す。
「うおっほぉ!!!!!!」
なんとも男らしい叫び声をあげた哲次くんの顔は、お湯まみれだった。
乳白色のお湯にまみれ頬を真っ赤にした、実に色っぽい哲次くん。
お尻の噛み痕を知る人間は少なくとも、哲次くんのこんな姿を見れるのは私だけ。
私は嬉しくなって、つい本気で喜んだ。
「出来たじゃない!」
ショックで膝を抱えて肩を震わせ笑う哲次くんが、呻いては笑う。
何度もお湯を顔から払い、状況に打ち震えていた。
「なまえ…あんまりだ…。」
「目とか鼻とか染みる?」
「染みない…。」
またやってみようね、と言えば、上目遣いの哲次くんが頷いてから笑った。
明日は起きたら、ふたりとも同じ匂いを纏って目を覚ますだろう。





2017.07.12








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