特別な顔






18巻カバー裏ネタ








生駒さんが、骨っぽさの浮かぶ大きな手で指先を転がす。
ゴーグルのない目元は、思ったより怖い印象がある。
「ほんまもう男っちゅうんわな、柔らかくてふわふわしてるもんに弱いねん。」
それでも、こんな言葉が出てくるのは感情豊かな部分があるからだろう。
静かさの中に、どこか荒い部分を持った声が響く。
手元にあったソースをかけながら、独特の言い回しと舌の動きをした生駒さんは喋る。
「どこ触っても掻きまわしても柔らこうて困るわ、俺幸せや。」
片手でソースを持ったまま、片手だけでソースの蓋を閉める動きをする指の皮膚の下にある、しっかりした骨に目がいく。
生駒さんの背後にあるギターが、重苦しく光景を見つめてくる。
居合いをやっているんだから、実際にも反射神経や常人には出来ない不可解な動きをしてもおかしくない。
ふざけたことしか言わない時も、ふざけてる時も、殆ど動かない目とは対照的に口と手はとてもよく動く生駒さん。
指の間の皺が手の中で影をつくる様子に釘付けになる私の視線なんかよそに、生駒さんは手を止めない。
「ふわっふわの肌しとんやん、はよ食べたいな?」
溢れ出しそうな液体を絡め取る前に動く指と、その先にある針。
「なあ自分、俺のこと好いとる?好いとったら嬉しいわあ、ほんま俺なあ自分のこと好きやねんな、相思相愛なら最高やんな。」
作戦会議室を覆うような、たこ焼きの良い匂い。
着々と焼きあがるたこ焼きに向かい口説き続ける生駒さんに、辛抱堪らず声をかけた。
「生駒さん、さっきから何やってるんですか?」
私の問いかけに、お?と間抜けな声で反応してもなお、手元はたこ焼きをひっくり返し続ける。
関西人特有のものなのだろうか、生駒さんも水上くんも隠岐くんも、たこ焼きを焼くのが上手い。
しかも美味しい。
この人たちはボーダー以外でも絶対に生きていくことができると断言できる。
たこ焼きを焼く生駒さんが、不審な言動の訳を答えた。
「この前のボウリングで水上がな、雪の結晶にも愛を囁き続けると綺麗な結晶になるいう逸話の中の逸話を聞いてん、同じことを食いモンにもしたら旨なると思てな。」
生駒さんの答えに、背後で溜息交じりの笑いが聞こえる。
後ろにいた真織ちゃんが、振り返って生駒さんに関西弁同士のノリで話しかけた。
可愛い目を細めて、今にもヤジを飛ばしそうだ。
「やらしい台詞ようポンポン出るわな、ほんっとその発想力だけは素直に羨ましいと思うわ、どないなっとんねんその神経。」
よく聞く喋り方で、真織ちゃんは詰りに似た冗談をふっかける。
どこか男勝りな態度も含めて大好きなので微笑んでいると、なんや!と言いたげな真織ちゃんの視線が向けられた。
関西人同士冗談の深い意味まで分かるのか、たこ焼きを焼く生駒さんが柔らかく怒鳴る。
「なんやもうなまえちゃん来る聞いたから生駒家秘伝のたこ焼きやっとんのに、やる気削ぐんかい。」
「うそつけ生駒家京都やろが、茶漬けにせんかい。」
「マリオちゃんなー、俺が茶漬け出すのはなまえちゃんにとってはホンマ洒落にならん思うやん。」
京都での茶漬けの意味は知っている、たしかに洒落にならなさそうな気はする。
真顔のまま、きめ細やかな手つきでプレートに敷き詰められた無数のたこ焼きを作る生駒さん向かって、真織ちゃんが叫んだ。
「ウチだけんときは焼かんくせに、はよ埃被ったギターいじらんかい!」
「安心せいやマリオちゃん、俺の愛を注入したラブラブたこ焼き、かわいいかわいいマリオちゃんにもあげるから。」
「きっっも!!きっも!」
照れるときに出る口癖。
素直に嬉しいと言えずに攻撃的になっても、決してそれ以上にはならないところが好き。
真織ちゃんは可愛い、そう思っていると生駒さんがいきなり私に話題を振った。
「いやほんま最近ギター辞めて料理いこう思てなー、なまえちゃん料理できる男どないや?」
「どう、って、いいと思いますよ」
「ほんま?ラブラブたこ焼き食うて判断してくれへん?」
「ええ、はい」
なんと答えるのが正解なのか、関西人ではない私には分からない。
曖昧な回答をした私を見て、真織ちゃんが助け舟を蹴り出した。
「んなこと気にすんねん、ラウンジでギター弾きながら湯葉でも作りいよ。」
たこ焼きを転がし終わった生駒さんが、ふとこちらを見る。
相変わらずの目元で、かっこいいなと思いつつも次から次へと繰り出される関西特有の口調とキレのある言い回しに心が吹き飛ばされてしまう。
「俺はここのたこ焼き職人やろからね、湯葉とは相容れぬ存在や。」
「何言うてんねん、自分湯葉めっちゃ食うとったやん。」
「京都人が皆湯葉好きやと思うなよ、俺は外国人向けの京都の店で出される湯葉がトラウマなんや。」
「んなこと知るかっちゅうねん!!!」
吼えた真織ちゃんを見て笑っていると、振り返って私の元へ戻ってきてくれた。
きらきらした目を向けて、私の顔を覗き込んでくれる。
「ね、なまえなまえ。」
なあに、と答える前に、真織ちゃんが自らの背後に手を伸ばし何かを掴み取って、その何かを私に差し出した。
「できたんや!」
と言って微笑むも、相変わらずたこ焼きを焼き続ける生駒さんの目を気にしたのか、すこし奥に引っ込むよう手で合図される。
オペレーターデスクのほうに向かい、漫画と小説にまみれた壁を背に渡されたものを見た。

袋に入り、ラッピングされた10cmちょっとの大きさのものに、これは、と心躍る。
そっと袋を開ければ、白と黄色と青のリボンをつけ、金色のボタンがついたワンピースを着たピンクのうさぎのぬいぐるみが出てきた。
まんまるな顔をしたうさぎの顔を見た瞬間、感極まる。
「うわー!かわいい!」
ぬいぐるみを抱っこしてその場でくるくる回ってから、もふもふの手触りを堪能しているうちに思いついた。
「ね、これ鞄につけてもいい?」
「いいけど、ウチが作ったとか言わんといてや。」
恥ずかしそうに目を逸らして、ぶっきらぼうに言う真織ちゃん。
本当はどうしてそんなことを言うのか知っているけど、聞いてしまう。
「なんで?」
真織ちゃんの特別な顔が見たいから、わざと聞く。
渋々、といった具合で私の顔を見てから、真織ちゃんの手で生み出されたぬいぐるみを見て、私をもう一度見て、告げる。
「ウチ、褒められるとかないし、恥ずかしいの嫌やねん、そういうの・・・なーんか犬みたく褒められ待ちみたいなの。」
照れながら、恥ずかしいと言う真織ちゃん。
女に産まれていてよかったと心底思いながら、ぬいぐるみを抱きしめ邪な気持ちがないことを示す。
「そんなことないよ、ぬいぐるみをこんな綺麗に作る人初めて見たよ、私が他の人でも、このぬいぐるみどうしたのって聞いちゃう」
「んなん、型あればどうにでもなるわ。」
「裁縫こんなに出来て、しかも可愛く作れるなんて凄いよ、マリオちゃん」
褒めれば、目尻を下げて今にも逃げ出しそうな顔をした真織ちゃんが褒め言葉を耐えながら受け止めてくれた。
「大したことちゃうもん・・・。」
真織ちゃんかわいい、と抱きつくかわりにぬいぐるみに抱きついた。
もふもふした手触りは私のもの。
照れる真織ちゃんの髪の毛も、触るとモフモフしてそう。
「なあもうしまってな、恥ずかしいねん。」
手をばたばたさせた真織ちゃんを見て、オペレーターデスクの横に置いておいた鞄に仕舞う。
「大事にするね」
嬉しくて笑うと、顔が熱くなった感じがした。
恥ずかしそうにツンとする真織ちゃんの顔を見て、思ったことがつい漏れる。
「マリオちゃん、肌綺麗だよね」
「ん、そうなん?まあ乾燥肌ちゃうから、あぶらとり紙は使うけど。」
「メイクしないんだ?」
メイクと聞いて、真織ちゃんが断固拒否した。
ないないと頭を振り、ボーイッシュにセットされた髪の毛先が揺れる。
「しまへんわ!ウチがそんなんしてもキモいだけや!」
「なんで?マリオちゃんメイクしてウィッグしたら変わると思う」
「ウィッグ?ヅラか?」
「うん、ヅラ」
「そんなん嫌や!ウチはこれでええねん!」
肌に何もしていないから、真織ちゃんの顔色はすぐわかる。
照れれば頬も顔も真っ赤になるし、焦れば顎から下の血の気が引いてくし、興奮すると耳が真っ赤になって汗が出ることも、知ってた。
本当はそのほうが分かりやすくて可愛いけど、ついつい女の子らしくしてほしくなる。
ぬいぐるみをラッピングしていた袋を仕舞うついでに、もう一度鞄に手をいれて、渡すはずのないものを手に取った。
「ね、じゃあさ、今日のお礼に貰ってくれるかな」
真織ちゃんの目の前に、今日買ったものを差し出す。
「なんやねんこれ。」
袋の中から取り出し、箱の中身を渡すために分解し始めると、真織ちゃんは分かりやすく顔を顰めた。
「コフレ今日買ったんだけど、こっちのアイシャドウあげる」
「アイ・・・なにそれ。」
「瞼に塗るキラキラ」
わからなさそうにする真織ちゃんが可愛くて、つい褒めてしまう。
「肌は綺麗だから、無理にファンデとか塗らなくていいよ」
自分の分にファンデーションとリップグロスを残し、アイシャドウを渡す。
手入れはされていないけど荒れていない手で、アイシャドウを受け取った真織ちゃんが顰め顔の次は照れくさそうな顔をした。
不安と混乱と焦りの混じる顔をした真織ちゃんが、攻撃的になりかける。
その瞬間の顔が、とても好き。
「こんなん貰っても困りまっせ、おしゃれなんか、ウチがメイクしたら皆なんか言うんとちゃう?」
「マリオちゃんが想像してるようなこと、起きないよ」
真織ちゃんが、受け取ったアイシャドウを眺める。
茶色と黒で纏まったアイシャドウは、真織ちゃんの二重の瞳に映えるだろう。
メイクしてくれた時が、とても楽しみ。
ボーダーには絶対にメイクしてこないから、休みの日に誘えばメイクしてくれるかも。
真織ちゃんの特別な姿や気持ちを、少しでも得たい。
たぶん、私の考えてることがバレたら「きっも!ヘンタイやん!」とか言われるんだろうな。
それは嫌だなと思っていると、真織ちゃんがなまえと呟いた。
アイシャドウを握り締めた手に、怯えたつもりでしているであろう上目遣い、照れと焦りで真っ赤な顔。
「ウチ、お兄ちゃんばっかでこういうの知らんもん。メイク似合うような、ぬいぐるみみたいな服もあらへんし、メイクの使い方分からへんし・・・どうやるんか知らんもん、なまえ、責任とってウチに教えてえや・・・。」
私が男なら、ここで襲う。
でも私は運よく男ではない。
それが幸いし、一瞬の理性の判断を得たあと、本能のままに行動した。
真織ちゃんに抱きつき、あらん限りの頬ずりをする。
「マリオちゃん可愛いいいい!!!!!可愛い!!!!!!」
絞め殺されそうなときめきの中で叫ぶと、至近距離でくぐもった声がする。
「なんや!可愛くあらへんわ!」
そんなことない、そういうところが可愛い。
「明日買い物いこ?メイク一式揃えて服買いにいこ?髪も伸びてきたら少し髪形変えよう?靴も買おう?」
「別にええねん!そんなんええねん!!」
「マリオちゃん絶対青系のトップス似合うから買いに行こう?ブラも可愛いの買おう?お揃いのブラ買おう?」
「ええわー!そんなん無理やー!!!」
真織ちゃんに頬ずりし抱きついていると、壁の向こうから生駒さんが見ていた。
いつから見ていたのか、まったく分からない。
先ほどの可愛すぎる真織ちゃんを見られていたとしたら、不動の生駒さんの表情筋を歪ませなければ。
私と視線が合うと同時に、今まで何も見てませんでしたという風に私達を呼んでくれる。
「なまえちゃんマリオちゃん、焼けたでーって二人なんや好きおうてるんか。」
「違うわアホ!」
そう言い切った真織ちゃんを、いつかその気にさせてやる。
そっとポケットにアイシャドウをしまった真織ちゃんには、好きの気持ちしか沸かない。
腕の力を緩めてからたこ焼きの匂いに向かえば、三人分の皿と箸と水が用意されていた。
皿の上には既にたこ焼きが六個乗っていて、見るだけでも満足してしまいそう。
自分好みにソースをかけて一口齧れば、熱さと一緒に美味しさが流れ込んできた。
「美味しい!」
「やろ?なまえちゃんへのラブラブパワー注入や。」
何を言うんだ、と言う前に真織ちゃんが再び助け舟を蹴り上げて出してくれた。
「神戸のたこ焼きを思い出すわ。」
「なんや郷愁に浸ったか?そない旨いか?」
「んなことないわ!アホ!」
元気に言う真織ちゃんが好き、でも、気持ちには気づいてくれるのかな。
気づいてくれなくたっていい、私には特別な顔を見せてくれるんだから。
たこ焼きの匂いとソースの美味しそうな匂いに包まれながら、やはり少し手前から見ていたであろう生駒さんが真織ちゃんにそれとなく聞き始めた。
「つーかマリオちゃんな?俺に何でなまえちゃん紹介してくれへんかったん?カワイイ子やん?」
「ウチの友達やけん、誰もやらんわ。」
にやけそうになって一個まるまる頬張ったたこ焼きが熱くて水を飲むと、真織ちゃんが笑った。






2017.03.08








[ 217/351 ]

[*prev] [next#]



BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
×
- ナノ -